瀬名の失踪

ー/ー



 次の日、瀬名が失踪(しっそう)した。

「藍果先輩……っ」

 歩道橋のすぐそばにある、小さな公園の屋根の下。そこのベンチに腰掛けて、(わたし)はびしょ()れの靴から垂れる水滴をじっと見つめていた。傘の柄を握りしめ、新聞部の後輩——アヤが駆け寄ってくる。私の前で足を止めると、息せき切って顔を上げた。

「やっぱり、見つかりませんでした」
「……っ、そっか……」

 瀬名は、一時間目が過ぎても登校してこなかった。朝、家を出た後に消息を絶ったらしく、先生たちも捜索にあたったが、今も変わらず行方不明(ゆくえふめい)のままだ。大雨警報が出たこともあって、学校は十一時前には切り上げられた。

 それから、アヤとも手分けして瀬名を探し始め、早くも一時間半だ。瀬名が通っている塾や、よく行っている本屋。私もその近辺を探してみたが、足取りはつかめないままだった。

「……先輩、一回(あきら)めて帰りましょう。雨だって午後からもっとひどくなるみたいですし……学校からも外出は自粛(じしゅく)するように言われてるんですから。私たちまで事故にあったりしたら手間が増えます」
「分かってる、分かってるけど……」
「藍果、アヤの言うとおりだ。ここは一旦引こう」

 瀬名の失踪に、例の化け(づた)を差し向けてくる犯人が絡んでいないとも言い切れない。それもあって、弓丸も捜索(そうさく)手伝(てつだ)ってくれていたのだが。

「確かに、瀬名の失踪が〈化生のモノ〉や禍者によるものだったら、それは辿(たど)るべき手がかりにもなる。でも、そろそろ探し始めて半刻(はんとき)以上は()ってるんだ。ここは相手の出方を(うかが)った方がいい」

 私は、口を引き結んでアヤの顔を見上げた。アヤに弓丸は見えていない。雨風に乱れたショートカットの髪が、白い頬にはりついている。アヤはそれをうっとうしそうに指で払って、私から目をそらした。

「瀬名先輩と、ケンカでもしたんですか」
「……そういうわけじゃ」
「さては図星ですね。困りますよ、仲良くしといてくれないと」

 アヤは、こんなときも冷静沈着だ。合理的に状況を判断して、私たちが取るべき行動を示してくれている。私なんかより、ずっと頼りがいがあって、しっかり者で。

「……アヤちゃん。こんなに雨もひどいのに、瀬名のこと、探すの手伝ってくれてありがとう」
「いえ、別に気にしないで」

「付き合わせちゃってごめん」

 アヤは、いい子だ。悪口は言わないし、お願いした作業は快く引き受けてくれる。今日(きょう)だってわざわざ私のいる教室まで来て、「瀬名先輩のこと、探すの手伝いましょうか」って。

 けれど、最近気づいたことがある。アヤは、私たちと話しながら、いつも何か別のことを考えている。部活が終われば一分一秒を惜しむように学校を飛び出す理由も、そこにあるような気がしていた。

「ほんとは、帰ってしたいことがあるんじゃない? それなら、無理しなくてもいいよ」
「……藍果先輩」

 なんだか、瀬名のことも私のことも、ぞんざいに扱われているようで。普段なら、何も気にしなかったと思う。けれど、今は。

「私、もう少し探してみる。アヤちゃんは、先に帰ってて」
「……分かりました」

 そう言って、アヤはその傘を手前側に傾けた。激しく(たた)きつける雨、次から次へと伝い落ちる水の滴で、すりガラスのようになったビニール傘が私とアヤとをさえぎる。

 不意に、雨が()んだ。

 あれほどひどく降りしきっていた雨粒が、今や一滴も落ちてこない。それなのに、相変わらず空は暗くて、じっとりと墨を吸ったような雲が垂れこめている。急な静寂が辺りを包み、張り詰めた糸のような高音が耳の奥で響いた。

「あれ、雨……」

 アヤはそう(つぶや)きながら、傘をずらして空を見上げる。
 次の瞬間、土砂崩れのような轟音(ごうおん)(はじ)け、アヤの背後、約二メートル後方の地面が割れた。土塊(つちくれ)が飛び散り、砂が舞い、巨大な蔦が地中から飛び出す。バネのように伸び上がり、アヤを覆い尽くそうと襲いかかった。

「こいつか!」

 弓丸が叫び、流れるような動作で腰の太刀(たち)を抜き去った。(とげ)のついた蔦は、支柱を探り当てたかのようにアヤの手足へと巻きついて、地の割れ目へと引き込む。

「ア、ヤちゃ……っ」

 呼びかけようにも声がかすれる。アヤは呆然(ぼうぜん)と目を見開いて、ビニール傘を取り落とした。弓丸が太刀を振りかぶり、蔦に向かって跳びかかる。

「せ、せんぱ……」

 大量の蔦が(おお)いかぶさり、亀裂の奥へとアヤの体が飲み込まれた。ざん、と地面に突き刺さった太刀の刃先が蔦の一部を断ち切るが、仕留めるには到底及ばない。ビニール傘が地面に落ちて、その透明な表面を泥水が汚す。

 ほんの一瞬の出来事だった。


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 次の日、瀬名が|失踪《しっそう》した。
「藍果先輩……っ」
 歩道橋のすぐそばにある、小さな公園の屋根の下。そこのベンチに腰掛けて、|私《わたし》はびしょ|濡《ぬ》れの靴から垂れる水滴をじっと見つめていた。傘の柄を握りしめ、新聞部の後輩——アヤが駆け寄ってくる。私の前で足を止めると、息せき切って顔を上げた。
「やっぱり、見つかりませんでした」
「……っ、そっか……」
 瀬名は、一時間目が過ぎても登校してこなかった。朝、家を出た後に消息を絶ったらしく、先生たちも捜索にあたったが、今も変わらず|行方不明《ゆくえふめい》のままだ。大雨警報が出たこともあって、学校は十一時前には切り上げられた。
 それから、アヤとも手分けして瀬名を探し始め、早くも一時間半だ。瀬名が通っている塾や、よく行っている本屋。私もその近辺を探してみたが、足取りはつかめないままだった。
「……先輩、一回|諦《あきら》めて帰りましょう。雨だって午後からもっとひどくなるみたいですし……学校からも外出は|自粛《じしゅく》するように言われてるんですから。私たちまで事故にあったりしたら手間が増えます」
「分かってる、分かってるけど……」
「藍果、アヤの言うとおりだ。ここは一旦引こう」
 瀬名の失踪に、例の化け|蔦《づた》を差し向けてくる犯人が絡んでいないとも言い切れない。それもあって、弓丸も|捜索《そうさく》を|手伝《てつだ》ってくれていたのだが。
「確かに、瀬名の失踪が〈化生のモノ〉や禍者によるものだったら、それは|辿《たど》るべき手がかりにもなる。でも、そろそろ探し始めて|半刻《はんとき》以上は|経《た》ってるんだ。ここは相手の出方を|窺《うかが》った方がいい」
 私は、口を引き結んでアヤの顔を見上げた。アヤに弓丸は見えていない。雨風に乱れたショートカットの髪が、白い頬にはりついている。アヤはそれをうっとうしそうに指で払って、私から目をそらした。
「瀬名先輩と、ケンカでもしたんですか」
「……そういうわけじゃ」
「さては図星ですね。困りますよ、仲良くしといてくれないと」
 アヤは、こんなときも冷静沈着だ。合理的に状況を判断して、私たちが取るべき行動を示してくれている。私なんかより、ずっと頼りがいがあって、しっかり者で。
「……アヤちゃん。こんなに雨もひどいのに、瀬名のこと、探すの手伝ってくれてありがとう」
「いえ、別に気にしないで」
「付き合わせちゃってごめん」
 アヤは、いい子だ。悪口は言わないし、お願いした作業は快く引き受けてくれる。|今日《きょう》だってわざわざ私のいる教室まで来て、「瀬名先輩のこと、探すの手伝いましょうか」って。
 けれど、最近気づいたことがある。アヤは、私たちと話しながら、いつも何か別のことを考えている。部活が終われば一分一秒を惜しむように学校を飛び出す理由も、そこにあるような気がしていた。
「ほんとは、帰ってしたいことがあるんじゃない? それなら、無理しなくてもいいよ」
「……藍果先輩」
 なんだか、瀬名のことも私のことも、ぞんざいに扱われているようで。普段なら、何も気にしなかったと思う。けれど、今は。
「私、もう少し探してみる。アヤちゃんは、先に帰ってて」
「……分かりました」
 そう言って、アヤはその傘を手前側に傾けた。激しく|叩《たた》きつける雨、次から次へと伝い落ちる水の滴で、すりガラスのようになったビニール傘が私とアヤとをさえぎる。
 不意に、雨が|止《や》んだ。
 あれほどひどく降りしきっていた雨粒が、今や一滴も落ちてこない。それなのに、相変わらず空は暗くて、じっとりと墨を吸ったような雲が垂れこめている。急な静寂が辺りを包み、張り詰めた糸のような高音が耳の奥で響いた。
「あれ、雨……」
 アヤはそう|呟《つぶや》きながら、傘をずらして空を見上げる。
 次の瞬間、土砂崩れのような|轟音《ごうおん》が|弾《はじ》け、アヤの背後、約二メートル後方の地面が割れた。|土塊《つちくれ》が飛び散り、砂が舞い、巨大な蔦が地中から飛び出す。バネのように伸び上がり、アヤを覆い尽くそうと襲いかかった。
「こいつか!」
 弓丸が叫び、流れるような動作で腰の|太刀《たち》を抜き去った。|棘《とげ》のついた蔦は、支柱を探り当てたかのようにアヤの手足へと巻きついて、地の割れ目へと引き込む。
「ア、ヤちゃ……っ」
 呼びかけようにも声がかすれる。アヤは|呆然《ぼうぜん》と目を見開いて、ビニール傘を取り落とした。弓丸が太刀を振りかぶり、蔦に向かって跳びかかる。
「せ、せんぱ……」
 大量の蔦が|覆《おお》いかぶさり、亀裂の奥へとアヤの体が飲み込まれた。ざん、と地面に突き刺さった太刀の刃先が蔦の一部を断ち切るが、仕留めるには到底及ばない。ビニール傘が地面に落ちて、その透明な表面を泥水が汚す。
 ほんの一瞬の出来事だった。