決意

ー/ー



 きっと大丈夫だろう、本当につらくなったら教えてくれるだろう——そう思い込むことは簡単だ。そうして人は、大切なものを取り落としてしまう。気づいてから手を伸ばしても、(くう)をつかむばかりで。もう二度と、あんな思いはしたくない。どうしても、何か力になりたかった。

「私、できることなら何でもするよ。だから、一人で全部抱え込まないでほしいの。元はと言えば、私が……」
「確かに」

 弓丸は、私を(さえぎ)って言葉を続けた。

「確かに、一人より二人の方ができることは増えるだろうな。僕は、数年前からああいう〈化生(けしょう)のモノ〉を退治してまわっている。そして、〈化生(けしょう)のモノ〉を操っているのが禍者(かじゃ)という存在なんだ」
「……じゃあ、その禍者(かじゃ)っていう存在を倒せば、全部問題は解決するの?」
禍者(かじゃ)がどうやって生まれているのかは、今のところ不明だ。出てくるたび退治するしかないな」
「それが分からない限り、これからもずっとそうやって過ごしていくつもり……ってこと?」
「そうなるな」

 少年は端正な顔を上げ、真剣な表情で口を開く。

「僕の血で多少回復力は上がっているはずだし、耐性だってついてる。でも、ここから先はそれだけじゃどうしようもない相手だって出てくるだろう。正直言って、生身の人間には荷が重いよ」
「でも! それでも私は、手伝わなきゃ……いけないの」

 この子のことを、もっと知りたい。そして、この子が背負っているものを、少しでも減らしてあげられたら。
 それだけじゃない。あのとき私が、手を伸ばしてしまったばっかりに、この子を何年も縛りつける——そんな未来、認められるわけがなかった。

「……そんなに言うなら、好きにしろ。ただし」
「た、ただし?」

 水晶のような、澄んだ淵を思わせるまなざし。その奥へと誘い込むかのごとく、ズ、と縦長の瞳孔が広がる。

「もう一度言っておく。僕みたいになっても知らないからな、藍果」

 月のない夜、いっそう深まる暗闇の下。名前を呼ばれた瞬間、凍えるような感覚が背筋を走った。見かけは七つ。中の歳は八百。大蛇に喰われて神となり、〈向こう側〉を生きる異形(いぎょう)の者。きっと私は、この(あやかし)魅入(みい)られてしまったのだ。

「じゃ、おやすみ。存在の年齢は八百だけど、どうしても……この体に引っぱられる。(いぬ)(こく)より、先は……起きてられないんだ」

 時計を見れば、その針は午後八時半を指していた。戌の刻は、確か午後七時から九時のことだったと思う。小学生の体にとっては、もう寝てもいい頃合いだろう。
 弓丸は何を思ったか、短刀と鞘を渡してきた。その色白な頬には、淡い赤みが差している。目も半分閉じかかっていて、うつら、としつつも話を続けた。

「僕はここから戻れるから。ああ、それと。この短刀は、これからも護身用に持っておくといい」
「あ、え、それはありがたいけど、戻るってどこに」
「今度、案内してあげる。刀、鞘にしまっといてくれ」

 そう言って、彼は幽霊のように(さや)の中へと消えてしまった。
 短刀を鞘に戻せば、凛、と心地よい音がする。気づいてみれば、私はすっかり非日常の中にいた。足を取られ、巻き()かれ——どうせ、もう無関係でいることはできない。だったら、あとは私にできることを全力で頑張るだけだ。

 彼があの歩道橋で手すりの上に立っていた理由も、〈化生(けしょう)のモノ〉や禍者(かじゃ)にまつわる真実も、今はまだ分からない。
 けれど、弓丸と一緒に進めば——〈七年前〉と再会する。そんな気がしてならなかった。それを乗り越えることができれば、叶えたい夢も、将来も、見つけられるんじゃないかって。

「私……もしかして、自分を助けたいのかな」

 頭の中に浮かぶのは、弓丸と出会ったときのこと。それから、助けられなかった元クラスメイトの女の子。

 渡された短刀を、強く、強く握りしめた。


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 きっと大丈夫だろう、本当につらくなったら教えてくれるだろう——そう思い込むことは簡単だ。そうして人は、大切なものを取り落としてしまう。気づいてから手を伸ばしても、|空《くう》をつかむばかりで。もう二度と、あんな思いはしたくない。どうしても、何か力になりたかった。
「私、できることなら何でもするよ。だから、一人で全部抱え込まないでほしいの。元はと言えば、私が……」
「確かに」
 弓丸は、私を|遮《さえぎ》って言葉を続けた。
「確かに、一人より二人の方ができることは増えるだろうな。僕は、数年前からああいう〈|化生《けしょう》のモノ〉を退治してまわっている。そして、〈|化生《けしょう》のモノ〉を操っているのが|禍者《かじゃ》という存在なんだ」
「……じゃあ、その|禍者《かじゃ》っていう存在を倒せば、全部問題は解決するの?」
「|禍者《かじゃ》がどうやって生まれているのかは、今のところ不明だ。出てくるたび退治するしかないな」
「それが分からない限り、これからもずっとそうやって過ごしていくつもり……ってこと?」
「そうなるな」
 少年は端正な顔を上げ、真剣な表情で口を開く。
「僕の血で多少回復力は上がっているはずだし、耐性だってついてる。でも、ここから先はそれだけじゃどうしようもない相手だって出てくるだろう。正直言って、生身の人間には荷が重いよ」
「でも! それでも私は、手伝わなきゃ……いけないの」
 この子のことを、もっと知りたい。そして、この子が背負っているものを、少しでも減らしてあげられたら。
 それだけじゃない。あのとき私が、手を伸ばしてしまったばっかりに、この子を何年も縛りつける——そんな未来、認められるわけがなかった。
「……そんなに言うなら、好きにしろ。ただし」
「た、ただし?」
 水晶のような、澄んだ淵を思わせるまなざし。その奥へと誘い込むかのごとく、ズ、と縦長の瞳孔が広がる。
「もう一度言っておく。僕みたいになっても知らないからな、藍果」
 月のない夜、いっそう深まる暗闇の下。名前を呼ばれた瞬間、凍えるような感覚が背筋を走った。見かけは七つ。中の歳は八百。大蛇に喰われて神となり、〈向こう側〉を生きる|異形《いぎょう》の者。きっと私は、この|妖《あやかし》に|魅入《みい》られてしまったのだ。
「じゃ、おやすみ。存在の年齢は八百だけど、どうしても……この体に引っぱられる。|戌《いぬ》の|刻《こく》より、先は……起きてられないんだ」
 時計を見れば、その針は午後八時半を指していた。戌の刻は、確か午後七時から九時のことだったと思う。小学生の体にとっては、もう寝てもいい頃合いだろう。
 弓丸は何を思ったか、短刀と鞘を渡してきた。その色白な頬には、淡い赤みが差している。目も半分閉じかかっていて、うつら、としつつも話を続けた。
「僕はここから戻れるから。ああ、それと。この短刀は、これからも護身用に持っておくといい」
「あ、え、それはありがたいけど、戻るってどこに」
「今度、案内してあげる。刀、鞘にしまっといてくれ」
 そう言って、彼は幽霊のように|鞘《さや》の中へと消えてしまった。
 短刀を鞘に戻せば、凛、と心地よい音がする。気づいてみれば、私はすっかり非日常の中にいた。足を取られ、巻き|憑《つ》かれ——どうせ、もう無関係でいることはできない。だったら、あとは私にできることを全力で頑張るだけだ。
 彼があの歩道橋で手すりの上に立っていた理由も、〈|化生《けしょう》のモノ〉や禍者《かじゃ》にまつわる真実も、今はまだ分からない。
 けれど、弓丸と一緒に進めば——〈七年前〉と再会する。そんな気がしてならなかった。それを乗り越えることができれば、叶えたい夢も、将来も、見つけられるんじゃないかって。
「私……もしかして、自分を助けたいのかな」
 頭の中に浮かぶのは、弓丸と出会ったときのこと。それから、助けられなかった元クラスメイトの女の子。
 渡された短刀を、強く、強く握りしめた。