「いつまでも貴方を待ち続けることは出来ないから」
其れが彼女と交わした最後の言葉。
俺は夢を追いかけ続けて、彼女は其れを応援してくれて。
ずっとそんな日々が続くと信じていた。
だけどその終焉は、あっけなくそして突然訪れた。
「あぁ……また落選だったか……」
俺は自宅に届いた封筒の中身にざっと目を通して、そこに書かれている文言の意味を理解し、ため息を吐いた。
もう何度目のオーディションだか解らない。
内容は見慣れたお祈りメールだった。
「今回はいけそうな気がしたんだけどな……」
誰に聞かせるでもなくぼやいてみる。
俺は今年で26になるアルバイター。
アルバイトをしながら、高校生の時から組んでいるバンドでベーシストとして頑張っている。
俺たちのバンドは、ライブハウスではそこそこ有名でもあり、なんとかギリギリチケットを売りさばける程度に活躍はしているけど、ゴリゴリのハードロックだし恋や愛を歌うこともないからか、オーディションには落選し続けている。
そろそろ夢から現実に戻らなければならない年齢にさしかかっていることは解ってるけど、それでも夢を応援してくれている彼女がいるから頑張れた。
いつか絶対にメジャーデビューして、彼女を幸せにするのだと思っていた。
だけど今回の落選を彼女に告げたときに、俺は想像もしていなかった言葉を聞くことになった。
折りたたみテーブルの上に並べられた質素な食事。
ご飯と焼き魚と味噌汁、それに小鉢。
見慣れた食卓の光景だった。
そこで俺は今回もダメだったことを、彼女に告げた。
「そう……」
短い言葉を彼女はもらした。
その様子に違和感を感じてしまう。
いつもなら、俺の気持ちを盛り上げようと色々な言葉で励ましてくれるのに、今日はどうしたのだろうか。
そんな疑問を抱いてしまい、飯を食うふりをして上目で彼女の様子を盗み見る。
彼女はご飯にもおかずにも一切手を付けていなかった。
ただ黙って俯いたままそこに居た。
その様子に俺は何故か嫌な予感を感じてしまう。
「ね……私たちもう。限界かもしれない……」
ぽつりと彼女が漏らした。
その言葉は俺の心臓を止めてしまうかと思うほどの衝撃を与えた。
「ごめん……私がもう耐えられないかもしれない」
彼女の座っているテ-ブルの上に涙がポタポタと落ちていくのが妙にリアルに目に映った。
「夢を追いかけている貴方が好きだった。夢を語る貴方をみているのが幸せだった。でも、でもねいつまでもそんなことを続けていられないってことから目をそらしてた。自分をだましていたの……私たちもう無理かも……」
初めて吐露された彼女の本心。
それに気がつけなかった自分の愚かさを俺は初めて知った。
彼女の言葉を真に受けて、彼女はいつでも俺を応援してくれていると思っていた。
彼女がそんな悩みを抱え込んでいたなんて、気がついても居なかった。
「……じゃ、じゃあさ、おれもうバンドやめるよ。仕事も探す……だから少しだけ待って」
「ううん……貴方は夢を捨ててまで生きていけない人。だからね……だから私も限界まで頑張ってみた。だけど……ごめんなさい、本当に勝手だけど私にはもう無理だと思う……」
俺の申し出はあっさりと一刀両断されてしまう。
彼女はずっと涙を流しながらごめんを繰り返す。
彼女が悪いわけじゃないのに、彼女に甘えて夢ばかり追いかけていた俺が悪いに決まっているのに。
なのに彼女は、自分が悪いのだと自分を責め続けて涙を流し、そして謝罪の言葉を口にしていた。
彼女を愛しているなら、大事に思っているなら、ここで彼女の手を離すことが一番だと、俺自身が気付くまでずっと、彼女は謝り続けていた。
一緒に夢を追いかける事を、先にリタイヤしてしまう自分を責め続けて。
「……そっか、今までありがとう。俺さ……お前が居てくれたからずっと頑張って来れた。だからさ、恨んでもいないし酷いとも思っていない。ごめんな、ずっとお前の苦しみに気がつけなくて。」
恐る恐る手を伸ばして、そっと彼女の髪に触れる。
柔らかくて滑らかな彼女の髪を撫でることが好きだった。
彼女が少女のように笑う顔が好きだった。
唇を重ねたときの感触が好きだった。
大きくはないけれど、柔らかで俺を受け止めてくれる胸の感触が好きだった。
俺に抱きついてきて甘えるときの彼女の体温が好きだった。
ああ、俺はこんなにも彼女のことが好きだったんだ。
失ったものの大きさを自覚して、俺も泣きそうになるけど、それでも最後は男らしくしなければならない。
俺は大きく息を吸って、ギリッと奥歯を噛み締める。
「今までありがとう……お前のこと好きだから、俺の事で苦しめたくない。だから終わりにしよう」
そのあとは俺も彼女もただただ泣くだけで、言葉にはならなかった。
翌朝、俺が目を覚ましたとき、彼女の姿は部屋の中になかった。
小さな机の上には「今までありがとう。夢を諦めないでね」とかかれた小さなメモ用紙と、ペアリングだけが残されていた。
◇◇◇◇◇
20XX年12月。
恋人達が浮き足立つ季節に、私は最近付き合い始めた彼の腕に自分の腕を絡めて街を歩いていた。
信号待ちで駅前のビルのオーロラビジョンに映る映像を何気なくみてみる。
今年デビューしたばかりなのに既に注目のバンド「Liquid Poison」の新曲。
この冬にぴったりのラブバラード。
そんな文字が躍り、そしてここ最近よく耳にする旋律が流れ始める。
今も追いかけている
今も夢見ている。
その先に居る君のことを
消えない君の幻を追い続けている
ロックバンドに似つかわしくない、バラード曲。
「どうしたの?」
私の傍らに立つ彼が、私の方をみて声をかけてくる。
何故そう言われたのか解らず、私は彼を見つめ返す。
「泣いているから……」
彼が戸惑いを浮かべてそう言う。
その時初めて気がついた。
私の頬を涙が濡らしていることを。
「ううん、何でもない……ちょっと昔のことを思い出しただけだから。いきましょ」
私は口角を上げて笑みを浮かべると、戸惑ったままの彼の手を引き、青に変わった交差点を渡る。
私の背中にはオーロラビジョンに映し出されるベーシストの姿があった。
でも私は振り返らない。
ただ心の中で一言だけつぶやき、彼の手を取り笑うのだった。