ワイパーのモーター音。
目の前をせわしなく左右に動き、ウィンドウの雨粒を押し流していく。
闇夜を照らす月明かりもそこにはなく、何時もは煌く星たちの姿もない。
馴染みの高台にある公園の駐車場。ライトを消してしまえば闇だけの世界。
俺は、ハンドルに当てていた顔を上げて、そのままの勢いで
ゆっくりと背もたれにもたれかかる。
急に体重のかけられたシートが、ギシッと不満の声を上げる。
「本当に、もう…変わらない?」
自分で思っているよりも掠れた声。いつもよりも高いトーン。
飲み込んだ唾の音が耳の奥で、やけに大きく聞こえた。
「うん…私はもう、答えを出したから。だからもう、終わり。」
平坦な声。多分きっと、彼女も感情を押し殺してる。
無理に抑えこもうとしているから、感情のない声になるんだって
この1年で学べるくらいには俺は成長したと思う。
「彩香…さん…」
「ダメよ。」
再度言い募ろうとする僕の声を、遮るような彩香さんの声が震えている。
押し殺した感情は、その刹那に急に溢れ出したのか、彩香さんの頬を一筋の涙が流れる。
「十分だよ…私には十分な時間だった。この一年は。」
薄く笑って、彩香さんは車の天井を見上げた。
彩香さんの好きな月は、今夜は雲に隠れて、欠片も見えない。
でもその月を見ようとするかのように、彩香さんは目を細めて、天井を見続けた。
「シンデレラの魔法はね、いつかは解けてしまうの。私にとっては、今が12時の鐘。」
悲しいほど切ないほど、綺麗な絢香さんの横顔。
ワイパーのモーター音が、僕等二人の間に割り込むように音を立て続ける。
「ねぇ…最後に我儘、言ってもいいかな?」
ゆっくりと顔を下ろし、一度だけ軽く唇を噛んだ彩香さんが、微笑を浮かべて僕の方に顔を向ける。
目尻に涙の溜まった微笑は、それでも儚く綺麗で、僕の心臓は音を立てる。
言葉が出なくて、俺は黙って彩香さんを見つめた。
何でも言って欲しいという思いだけを目に込めて。
「大嫌いだよ。彩香なんて。ただの遊びだったんだよ。…そう言って。」
その言葉で、彼女の思いがわかった。だから俺は何故?という疑問すら抱かずに彩香さんを見つめた。絡みあう視線で互いの心の奥底を見つめながら‥。
これだけ心が通い合ってるのに…何故?口に出せない思いを込めて。
「俺は彩香のことなんて、好きじゃなかった。ただの遊びだったよ。」
とめどなく涙が溢れてくる。何故、心と正反対のことを言わねばならない。
胸が痛い。心が苦しい。息ができないくらいに…胸が締め付けられる。
それでも俺は、無理矢理に微笑んで、彩香さんを見つめた。
自分の涙で視界が歪み、まともに見ることが出来なくても、絢香さんを見続けた。
「私も…いっときの気の迷い。年下の男の子と遊びたかっただけ。」
抑えきれない涙を頬に流しながら、それでも綾香さんは気丈に笑っていた。
俺なんかよりずっと大人だった。
「もうおしまい。夏休みは終わったのだから。」
ゆっくりと息を吐き出し、一度だけ顔を俯けた綾香さんは
やがて顔を上げてそういった。そしてもう一度微笑を浮かべるとバッグを手に助手席の扉を開けた。
慌てて俺が状態を伸ばそうとすると、一言、来ないで!と叫び俺の動きを止める。
「遊びの女に…情けをかけたらダメよ。プレイボーイ君。」
背中を向けたまま、そう言うと彼女は、ためらう様子も見せずに車から降りドアを閉めた。
雨の向こう、佇む彼女が見えた。
俺は叫びたくなる衝動を抑える。
彼女の唇が動く。先に行ってと。
きっと彼女はこの後、一人で泣くのだろう。
あの細い肩を振るわせて。
でも俺にはもう、それを止める権利はないんだ。
慰めることも、肩を抱くことも抱きしめることも。
いら立ちで一度だけ、ハンドルに握りこぶしを叩きつけて
血が出るほどに唇を噛みしめると。僕はギアをRに入れた。
ゆっくりと動き出す車。。。
一瞬だけライトの明かりに浮かび上がる綾香さん。
「愛してた‥」
唇が素早くそう動くのを見て、でも俺は振り返らずアクセルを踏み込んだ。
さよなら、最愛の人。さよなら絶対に触れてはいけなかった人。
さようなら、俺の本当の恋。