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第一章

ー/ー



16年も女の子として生きてきたから、少女漫画やラブロマンスには人並みに触れてきた。

だからこそ、甘く痺れる恋愛模様はあくまでフィクションの中だけだって理解してる。

じゃあ、リアルな恋愛って、恋って、いったいどう始まるのだろう。

私はまだ、恋に落ちる感覚を知らない。

ーー

月曜日の放課後。

図書室の扉を開けると、先輩はいつも通り受付で文庫本に目を落としていた。

終礼の後に私がどれだけ急いでも先輩は必ず先にここで本を読んでいる。数分の差という訳ではない。彼の横顔は明らかに本の世界に没入していて、彼の周りには妖精が肩にとまっているかのような静けさが漂っていた。

「……九十九(つくも)せーんぱいっ、今日は何を読んでるんですか?」

私が声をかけると、先輩はいま私に気付いたように「やぁ汐里さん。こんにちは」と言った。それから、時差を修正するかのようにゆっくりと首を回して「あぁ、今読んでるのはね……」と唐草模様のブックカバーを外そうとする。

先輩の細く骨ばった指が、もたつきながらカバーを外していく。それを眼福とばかりにじっと眺めるのが私の毎週の楽しみだった。

「やっと外れた……。今読んでるのは夏目漱石の『こころ』だよ」

先輩は私に表紙を見せ、すぐにカバーを付け直す。少しの会話しか発生しないならわざわざ外さなくてもいいのにとは思うけれど、それを教えてあげるつもりなんてない。

受付に最も近い窓際の席に目を向ける。そこには、この不器用な先輩が作ったとは思えないほど綺麗な『Reserved』の三角札が置かれている。

「冬休み明けだからって忘れてないよ。あそこは汐里さんの特等席だからね」

カバーを付け終わった先輩が微笑みながらそう言った。その笑顔は予約席に差し込む西日のように柔らかい。

「ありがとうございます。今日も時間いっぱい読んでいきますね」

「いいよ。僕も時間いっぱいまでここで読んでるから」

毎週月曜日。私はこのやり取りで1週間をはじめ、6日間かけて緩やかに元気を0にしていく。

月曜日は私にとって特別な時間。絶対に必要な充電時間。

でもきっと、これは恋じゃない。


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16年も女の子として生きてきたから、少女漫画やラブロマンスには人並みに触れてきた。
だからこそ、甘く痺れる恋愛模様はあくまでフィクションの中だけだって理解してる。
じゃあ、リアルな恋愛って、恋って、いったいどう始まるのだろう。
私はまだ、恋に落ちる感覚を知らない。
ーー
月曜日の放課後。
図書室の扉を開けると、先輩はいつも通り受付で文庫本に目を落としていた。
終礼の後に私がどれだけ急いでも先輩は必ず先にここで本を読んでいる。数分の差という訳ではない。彼の横顔は明らかに本の世界に没入していて、彼の周りには妖精が肩にとまっているかのような静けさが漂っていた。
「……|九十九《つくも》せーんぱいっ、今日は何を読んでるんですか?」
私が声をかけると、先輩はいま私に気付いたように「やぁ汐里さん。こんにちは」と言った。それから、時差を修正するかのようにゆっくりと首を回して「あぁ、今読んでるのはね……」と唐草模様のブックカバーを外そうとする。
先輩の細く骨ばった指が、もたつきながらカバーを外していく。それを眼福とばかりにじっと眺めるのが私の毎週の楽しみだった。
「やっと外れた……。今読んでるのは夏目漱石の『こころ』だよ」
先輩は私に表紙を見せ、すぐにカバーを付け直す。少しの会話しか発生しないならわざわざ外さなくてもいいのにとは思うけれど、それを教えてあげるつもりなんてない。
受付に最も近い窓際の席に目を向ける。そこには、この不器用な先輩が作ったとは思えないほど綺麗な『Reserved』の三角札が置かれている。
「冬休み明けだからって忘れてないよ。あそこは汐里さんの特等席だからね」
カバーを付け終わった先輩が微笑みながらそう言った。その笑顔は予約席に差し込む西日のように柔らかい。
「ありがとうございます。今日も時間いっぱい読んでいきますね」
「いいよ。僕も時間いっぱいまでここで読んでるから」
毎週月曜日。私はこのやり取りで1週間をはじめ、6日間かけて緩やかに元気を0にしていく。
月曜日は私にとって特別な時間。絶対に必要な充電時間。
でもきっと、これは恋じゃない。