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第二章

ー/ー



クリスマスにバイトがある、というのは真っ赤な嘘だ。クリスマスだけに。

高校を出るまでは、特にクリスマスに悪い印象があるわけではなかった。母は仕事で遅いからと友人(男共)とカラオケに行けば楽しかったし、彼女がいなくても俺たちは最強だという自信がどこかにあった。田舎に住んでいたから町中にカップルが多くなかったことも関係しているのではないだろうか。

大学に進学し一人暮らしを始めた途端、その無敵感は剥がれ落ちた。抑制から解き放たれた若者がいたるところで性欲をまき散らし、街のあちこちで恥ずかしげもなくイチャイチャし始める。店の客もそうだ。

「何食べるハニー(一部幻聴)」

「これ食べたいけど食べきれるかわかんないよダーリン(一部幻聴)」

「残ったら僕が食べてあげるよマイスイートハニー(一部幻聴)」

「優しい! ありがとう大好き(これも幻聴ならよかった)」

決まってないなら呼び出すんじゃねぇよ!と思うし、ブチぎれながら休憩室に入ると高校生のマキとユウゴがバッと何かをごまかすように体を離して「お、お疲れ様です福圓さん!」とか言ってくるし、クリスマスにあてられた全てのものが俺に牙を剥いてきた。

結果、俺は一番の稼ぎ時であるイブとクリスマスの2日間はシフトに入らず、外界との関わりを断ってしまおうと考えたのだ。

いつもシフトに貢献しているから、店長もこの休みを通さない訳にはいかない。真面目を利用することで俺はこの2年間、籠城に成功している。当然、柏木とも連絡は取らない。

――

目を覚ますと共に、勉強机の前に掛けているカレンダーの「22日」にマジックで大きく×をつける。今日は12月23日。週2の授業が災いして曜日感覚を忘れないようにと買ったカレンダーには、1日から22日まで×がついている。

そして、まだ終わっていない24日と25日にはすでに赤のマッキーで血のように赤黒い×を書き込んでいる。いや、ホラーじゃない。ただ単純に何度も何度も何度も重ね塗りしていたらこうなっただけだ。

起き抜けから喉の調子がどうも悪く空咳が止まらなかったが、今日は冬休み前の最後の授業が1コマある。もし課題が出るなら今日発表されるし、同じ授業を取っている知り合いが、あの日から連絡をよこさない柏木だけなので聞くにも聞けない。休むわけにもいかず、俺は大学へと向かった。

――

一番後ろの席を選んだにも関わらず、耳ざとい、というか何というか。俺の咳払いで柏木は首をグルンと回しガンを飛ばしてきた。"こっちに来い"と隣の席をバンバンと叩いたせいで柏木の周囲に激震が走っている。俺はスマホを取り出してLINEを開いた。

『今日は課題の有無だけ聞きにきた。すぐ帰るからここにいる』

すぐに既読がつき、柏木は二度とこちらを見なくなる。結局教授は現れず、体調不良のため欠席である旨が告げられて終了となった。とんだ無駄足だ。

家にいる証拠を残さないためにバイクを駅前の駐輪場へ預け、スーパーで即席麺ともやし、菓子パンやおにぎり、水やおやつを買い込んだ。今から帰る部屋は外界とのつながりを全て断ったタイムマシンだ。俺を2日後に運ぶためだけに生み出された、夢もへったくれも科学力もないタイムマシン。俺はこれから惰眠をむさぼりゲームや漫画に興じるのだ。誰も俺の楽園を侵すことはできない。 

さっきの教室で見た柏木の背中が一瞬脳裏をよぎる。また悪寒が背中を走ったようだった。

――

悪寒は恐怖でも何でもなく、風邪だった。全身の怠さで目を覚ます。スマホを確認するといつの間にか24日の午前8時になっていた。熱を測ろうにも体温計がない。冷まそうにも冷えピタがない。バファリンもない。咳が止まらない。

今の俺にできることをとにかく考え、水を枕元に置く。それから栄養面に目を瞑り、湯を沸かしインスタントラーメンの蓋をあける。

1年間の疲れがここで出てしまったのかもしれない。毎年、ここだけは絶対に連休が取れると身体も脳も理解しているせいだ。こんなはずじゃなかった。インスタントラーメンはあほほどむせた。

1~2時間ごとに目が覚め、水を飲み、眠るを繰り返す。タイムマシンが完治した12月26日へ早く運んでくれることを祈りながら、俺は毛布に包まり続けた。

――

何度目を開閉したかわからない。目ヤニのせいでパリパリした瞼を何とか開く。スマホの充電は切れていた。

また外が明るく、高い位置からの日差しが部屋に差し込んでいた。どうやら日を跨いだらしい。口の中が気持ち悪くうがいと歯磨きを済ませて布団に戻る。布団からは、俺自身の生ぬるい匂いがした。

昨日よりは随分と体が軽かったが、まだ怠さが残っている。一歩踏みしめる度に床がぐにゃっと歪むように感じるあたり、まだ38度はありそうだ。だが、今日も安静にしていれば何とかなるはずだ。

一度冷たい水に触れたからか、熱はとうに飽和していると思っていたのにまた悪寒を感じ始める。スマホの電源を入れると、LINEの通知が一気に流れ込んできた。柏木から、たこ焼きや焼きそばを焼く写真が何枚も何枚も送られてきている。

まだ生焼けのまま返そうとしていたり、色の薄い焼きそばを下手なコテで混ぜている写真に俺はイライラする。気分はわざと失敗するスマホゲームの広告を眺めている時と同じだった。鉄板焼き屋バイト歴2年の俺を呼び出そうとしているのであれば、あながち悪い作戦ではないかもしれなかった。

例年なら既読をつけないのだが、風邪を引くと心細くなるというのは本当のようだ。気にせず何枚も写真を見る。順番にスワイプしていると、柏木から新規メッセージが届いた。

『既読つくのかよ』

その言葉にまた悪寒が襲ってきた。背中も首も痛みを訴えている。とにかく眠るしか選択肢がない俺は布団に吸い込まれていく。後ろ髪を引っ張られて底のない穴に引きずり落されるような感覚に急に恐怖が沸いて、そして、

俺は柏木に『たすけて』の4文字を送ってしまう。

送信取消を押す間もなく、俺はそのまま意識を手放した。


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クリスマスにバイトがある、というのは真っ赤な嘘だ。クリスマスだけに。
高校を出るまでは、特にクリスマスに悪い印象があるわけではなかった。母は仕事で遅いからと友人(男共)とカラオケに行けば楽しかったし、彼女がいなくても俺たちは最強だという自信がどこかにあった。田舎に住んでいたから町中にカップルが多くなかったことも関係しているのではないだろうか。
大学に進学し一人暮らしを始めた途端、その無敵感は剥がれ落ちた。抑制から解き放たれた若者がいたるところで性欲をまき散らし、街のあちこちで恥ずかしげもなくイチャイチャし始める。店の客もそうだ。
「何食べるハニー(一部幻聴)」
「これ食べたいけど食べきれるかわかんないよダーリン(一部幻聴)」
「残ったら僕が食べてあげるよマイスイートハニー(一部幻聴)」
「優しい! ありがとう大好き(これも幻聴ならよかった)」
決まってないなら呼び出すんじゃねぇよ!と思うし、ブチぎれながら休憩室に入ると高校生のマキとユウゴがバッと何かをごまかすように体を離して「お、お疲れ様です福圓さん!」とか言ってくるし、クリスマスにあてられた全てのものが俺に牙を剥いてきた。
結果、俺は一番の稼ぎ時であるイブとクリスマスの2日間はシフトに入らず、外界との関わりを断ってしまおうと考えたのだ。
いつもシフトに貢献しているから、店長もこの休みを通さない訳にはいかない。真面目を利用することで俺はこの2年間、籠城に成功している。当然、柏木とも連絡は取らない。
――
目を覚ますと共に、勉強机の前に掛けているカレンダーの「22日」にマジックで大きく×をつける。今日は12月23日。週2の授業が災いして曜日感覚を忘れないようにと買ったカレンダーには、1日から22日まで×がついている。
そして、まだ終わっていない24日と25日にはすでに赤のマッキーで血のように赤黒い×を書き込んでいる。いや、ホラーじゃない。ただ単純に何度も何度も何度も重ね塗りしていたらこうなっただけだ。
起き抜けから喉の調子がどうも悪く空咳が止まらなかったが、今日は冬休み前の最後の授業が1コマある。もし課題が出るなら今日発表されるし、同じ授業を取っている知り合いが、あの日から連絡をよこさない柏木だけなので聞くにも聞けない。休むわけにもいかず、俺は大学へと向かった。
――
一番後ろの席を選んだにも関わらず、耳ざとい、というか何というか。俺の咳払いで柏木は首をグルンと回しガンを飛ばしてきた。"こっちに来い"と隣の席をバンバンと叩いたせいで柏木の周囲に激震が走っている。俺はスマホを取り出してLINEを開いた。
『今日は課題の有無だけ聞きにきた。すぐ帰るからここにいる』
すぐに既読がつき、柏木は二度とこちらを見なくなる。結局教授は現れず、体調不良のため欠席である旨が告げられて終了となった。とんだ無駄足だ。
家にいる証拠を残さないためにバイクを駅前の駐輪場へ預け、スーパーで即席麺ともやし、菓子パンやおにぎり、水やおやつを買い込んだ。今から帰る部屋は外界とのつながりを全て断ったタイムマシンだ。俺を2日後に運ぶためだけに生み出された、夢もへったくれも科学力もないタイムマシン。俺はこれから惰眠をむさぼりゲームや漫画に興じるのだ。誰も俺の楽園を侵すことはできない。 
さっきの教室で見た柏木の背中が一瞬脳裏をよぎる。また悪寒が背中を走ったようだった。
――
悪寒は恐怖でも何でもなく、風邪だった。全身の怠さで目を覚ます。スマホを確認するといつの間にか24日の午前8時になっていた。熱を測ろうにも体温計がない。冷まそうにも冷えピタがない。バファリンもない。咳が止まらない。
今の俺にできることをとにかく考え、水を枕元に置く。それから栄養面に目を瞑り、湯を沸かしインスタントラーメンの蓋をあける。
1年間の疲れがここで出てしまったのかもしれない。毎年、ここだけは絶対に連休が取れると身体も脳も理解しているせいだ。こんなはずじゃなかった。インスタントラーメンはあほほどむせた。
1~2時間ごとに目が覚め、水を飲み、眠るを繰り返す。タイムマシンが完治した12月26日へ早く運んでくれることを祈りながら、俺は毛布に包まり続けた。
――
何度目を開閉したかわからない。目ヤニのせいでパリパリした瞼を何とか開く。スマホの充電は切れていた。
また外が明るく、高い位置からの日差しが部屋に差し込んでいた。どうやら日を跨いだらしい。口の中が気持ち悪くうがいと歯磨きを済ませて布団に戻る。布団からは、俺自身の生ぬるい匂いがした。
昨日よりは随分と体が軽かったが、まだ怠さが残っている。一歩踏みしめる度に床がぐにゃっと歪むように感じるあたり、まだ38度はありそうだ。だが、今日も安静にしていれば何とかなるはずだ。
一度冷たい水に触れたからか、熱はとうに飽和していると思っていたのにまた悪寒を感じ始める。スマホの電源を入れると、LINEの通知が一気に流れ込んできた。柏木から、たこ焼きや焼きそばを焼く写真が何枚も何枚も送られてきている。
まだ生焼けのまま返そうとしていたり、色の薄い焼きそばを下手なコテで混ぜている写真に俺はイライラする。気分はわざと失敗するスマホゲームの広告を眺めている時と同じだった。鉄板焼き屋バイト歴2年の俺を呼び出そうとしているのであれば、あながち悪い作戦ではないかもしれなかった。
例年なら既読をつけないのだが、風邪を引くと心細くなるというのは本当のようだ。気にせず何枚も写真を見る。順番にスワイプしていると、柏木から新規メッセージが届いた。
『既読つくのかよ』
その言葉にまた悪寒が襲ってきた。背中も首も痛みを訴えている。とにかく眠るしか選択肢がない俺は布団に吸い込まれていく。後ろ髪を引っ張られて底のない穴に引きずり落されるような感覚に急に恐怖が沸いて、そして、
俺は柏木に『たすけて』の4文字を送ってしまう。
送信取消を押す間もなく、俺はそのまま意識を手放した。