逃げ続ける
ー/ーまた、冬を越せなかった。
落とした目線の先で、白く吐かれた自分の息が現れたり消えたりする。その中に、不意に白い粒が落ちる。今年初めての雪だった。
いつも別れるのは冬だった。寒くなると心まで冷えてしまうのだろうか。なんとなく口数が減って、なんとなく会う頻度が減って、その次に会ったときにはどちらからともなく、別れようか、と。意図したわけでもないのに、それはいつも冬だった。新しい恋人ができる度、これから来る冬が怖くなる。
ふと握り締めていたスマホに目をやると電源が落ちていた。バッテリーの劣化したスマホは急激に冷えると電源が勝手に落ちることがある。まあいい。どうせ連絡なんて来ないのだから。彼からの連絡が来ないスマホになんて、電源が入っていたって価値はない。
そこまで考えて、それはちょっと乱暴すぎるか、と少し冷静になる。スマホに罪はない。スマホと同じく冷え切った両手を擦り、忙しなく駅に向かう人々の波に混ざって歩き始めた。
栄えても廃れてもいない、どこにでもある平凡な駅。ホームにある狭い風除室は人でいっぱいだった。この季節であればまあ普通だろう。ましてや今日は雪が降っている。先ほど降り出した雪は、初雪にしてはずいぶん張り切っている。風がないのがせめてもの救いだった。
都合が良かった。これだけ「寒い」とみんなが共通認識ができる天気であれば、鼻を啜っていようが、顔が赤かろうが気に留める人はいない。そもそも、他人は自分が思っているよりも他人のことを見ていない。
人目を気にせず物思いに耽る。線路の上に雪の粒が落ちる度、それらは一瞬で跡形もなく消えた。
冬が越せないのならば。ずっと、ずっとずっと冬から逃げ続けるのはどうだろう。例えば、次に来る電車に乗って、暖かいところまでずっと乗り継ぐ。冬が迫ってくる度に、電車に乗って逃げ続ける。電車がなくなったら海を渡って、空を飛んで、いっそ冬のない国に行くのはどうだろうか。そうすれば、この恋が冬を越せるかどうかなんて怯えなくていい。
ビュッと突き刺すような冷たい風とともに電車が目の前に滑り込んできた。風除室から出てきた人々とともに、暖房で暑いくらいの車内になだれ込む。電源の落ちたスマホを両手で温めつつ再起動する。すぐさま旅行サイトにアクセスし、南半球への旅行ツアーを眺めてみたりする。当たり前のように、彼からの連絡は届いていない。胸に冷たい風が吹き込むような感覚を押し流すように、オーストラリアの写真を食い入るように見つめる。冬から逃げる。そうすればきっと、私は幸せになれる。
でも。
それでも幸せになれなかったとしたら?悪いのは冬じゃなかったとしたら。
急に頭が冷えて顔を上げると終着駅だった。ドアが開け放たれ、雪が車内に舞い込んでくる。風が強くなってきたようだった。
悪いのは冬ではなく自分自身、と頭に浮かぶ前にバッグの奥にスマホ投げつけホームに降りる。冬から逃げているのではなくて、私は私自身から逃げている。
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