真っ暗の中、自分のくしゃみで目が覚めた。寒い。いつもはもっと穏やかな目覚めをするのだが。そして、恐ろしく目が冴えている。
寝る前に確認した、フタのボタンを押して、外に出る。これまた寒い。置いてある時計を見て、そこに表示されている日付を見て唖然とする。
「12月31日じゃん」
4月に起きるつもりが、まだ12月のうちに起きてしまったのだ。こんなこと、生まれて初めてだ。
目が冴えていてどうしようもないので、部屋から外に出てみる。機械が動く音だけしている静かで暗い施設の中。思えば、自分が冬眠状態のときに、自分の周囲や施設の中で何が起きているのか、考えたことがなかった。当然、誰も起きていないのだろう…
と思ったら、電気がついている部屋がある。スタッフルーム。
「あの、すみません…」
部屋に入ってみる。エアコンによってかなり暖かくなっている部屋の中で、こたつに入りながら一人でおじさんの係員が機械を管理するパソコンを動かしていた。
「あれ、起きちゃったの?時々いるんですよね、そういうお客様が。」
やれやれ、と言いながら、温かいお茶を持ってくる。
「まあ、こたつに。どうぞ入って。お寒いですよね。」
こたつをテレビで見たことはあったが、実際に入るのは初めてだった。足をそっと伸ばしてみる。じんわり暖かい。お茶も一口。体に染みる。
「おいしい…」
「本当に粗茶ですけどね、冬眠をするような人からすれば…」
おじさんの方を見ると、私の視線に何を感じたか、向こうははっとした顔になって、言い訳し始めた。
「あっ、深い意味はないんです。本当に安物です、ということで。人がいらっしゃると思っていなくて、自分用の安いものくらいしか置いていないんですよ」
「私、冬の間、どういう管理をしているか、とか全然知りませんでした。ずっとここで起きているんですか?」
おじさんは苦笑いをして答えてくれた。
「そうですよ、お金を稼がないと生活できませんからね。でも、寝ているお客様は何も知らずに気持ちよく寝ていただいていた方が私たちとしてもありがたいですよ」
お金を稼がないと生活できない。施設にお金を払って冬眠し、その間は食事を摂らないにしても、それで生活できていたのは、家族がある程度以上の水準だったから。当然のことなんだろうが、あまりに当たり前の生活になっていたから、冬眠しない人たちの生活に意識が向いていなかった。恥ずかしい。
「なんかすみません」
「いえいえ、あ、みかん、食べますか。こたつにはみかんですよ」
そう言って、みかんを出してきてくれた。こたつにはみかん、というのはよくわからないな、と不思議に思いつつ、皮をむいていく。少し潰れているところはあるが、皮は向きやすい。甘くて爽やかな味が、乾燥していた私ののどと心を潤した気がした。
「これもおいしいですね」
「お口にあって良かったです」
おじさんは笑う。
「こういう楽しみがあるので、冬も悪くないと思うんですよ。こたつとみかんと熱いお茶があれば。あと、おでんくらいは食べたいかな」
この人は、私の知らない幸せをたくさん知っている気がした。やはり私は恥ずかしくなってきた。そして、少し悔しいから、思わず言ってみた。
「でも、こんな寒い日に起きていたら、体に良くないから」
「そうですね。お客様は早くお休みになられた方が良いですよ。長生きしてくださいな」
おじさんの優しい笑顔を向けられて、また少し恥ずかしくなる。
どこかで、爆発音がした。
「今、爆発した音が聞こえませんでしたか?」
おじさんは笑う。
「ああ、始まったな」
嫌な予感がした。私が起きてしまったのは、機械の故障のせいだったのではないだろうか。施設の機械にとんでもない不備があったとか…。田舎ではそういうことがあるのかも、と父に言われたことを思いだした。
「ちょっと、これを着てください」
渡されたのは、見たことのないようなもこもこのコート。まるで宇宙服だと思った。
「え、なんでですか」
「外に行きますよ」
「この寒いのに?」
ますます眠れなくなってしまう。そして、下手すれば凍え死ぬ。
そんな私の思いに気づかないのか、おじさんも宇宙服のような防寒着を着て、外に出る準備を始めている。外では、爆発音が続いている。まさか、とんでもないSFファンタジー小説のような世界が外に待っているのではないか。それとも、私は夢を見ているのか。
おじさんについていくと、外は防寒着を着こんだ人でにぎわっていた。この寒いのにわざわざ外に出て、外で集まっているのだった。炊き出しだろうか、大きな鍋の周りで人が集まっている。
「なんでこんなに人が…」
「今日は大晦日ですからね」
「おおみそか…」
カレンダーの記載は見たことがあるが、私は起きていたことはなかった。
バァーーーン
花火だ。
一瞬静寂。その後にまたざわめきだす。こんな寒い中で、こんなに元気な人たちはすごい。
「危ない、この大花火大会を見逃すところでしたよ。これがないと年が越せないんだ」
「きれいですけど、部屋の中で見られないんですか、これ。寒くて…」
私を見て、おじさんはいたずら気な笑みを浮かべた。
「お客さん。ここに毎年集まっている私たちは、寒さでとっくに体をやられていますからね、もう狂っているのかもしれませんね。早く死ぬのかもしれない。でも、年越しの、この興奮を味わえないで寝ているより、ずっとちゃんと生きていると思うんですよ。その生きている、って感じを、お客さんにもここで味わってほしいなあ」
バァーーーン
大きな花火と歓声。笑顔。
年度明けは、小さい頃はクラス替えや進級、卒業でドキドキしていたこともあったけれど、ある時からカレンダーの1ページをめくるだけになっていた気がする。
しかし、年が終わって、新しい一年が来る。この瞬間を感じたことは、確かになかった。ただのカレンダーの1ページではない。そんな予感はした。この瞬間にここにいる。そして、来年は、全く違う私がいるような気がした。
「そうかもしれませんね」
私のつぶやきは、おじさんに聞こえたかどうか。
近くにいた人が私たちにホットワインを持ってきてくれた。香りがすごい。
「ありがとうございます」
普段はワインを飲まない私も、この雰囲気に負けて飲んでしまう。空気はとても冷たいのに、体が少し熱くなる。
また花火が上がった。
「ハッピー、ニューイヤー!」
誰かが叫んで、歓声がまた広がった。年が明けたのだ。