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棺桶の上のヴァイオリン弾き

ー/ー



 虫の息の吸血鬼ハンターが告げる言葉を、移動劇場支配人は聞きそこなった。
「ねえ、ちょ、ちょっと待ってよ。ね、もう一回さ、今の台詞を言ってちょうだい。お願いだからさ、ね」
 そう頼まれた相手は、請われた通り同じ台詞を言おうとして、激しく咳き込んだ。その口から血があふれ、着ているシャツの首元を赤く染めた。とても話せるような状態ではない。それなのに吸血鬼ハンターの老人は、先ほど言ったことと同じ話を繰り返そうとした。その苦労は報われる。そう信じているのだ。
 話そうとする老人を遮り、移動劇場支配人は怒鳴った。
「うるせえぞヴァイオリン弾き! 静かにしろ!」
 少し離れた場所に置かれた大道具の棺桶に座り愛用のストラディバリウスを奏でていたヴァイオリン弾きは、演奏の手を休めて言った。
「その話、さっきもしていたよ。もう分かったから聞かなくていいよ」
「俺は聞いていないんだよ!」
「その人の代わりに僕が話すよ」
 移動劇場の一座にヴァンパイアが潜り込んでいる。吸血鬼ハンターの自分は、そいつを殺そうとしたが、持病が悪化してしまった。悔しいが、ヴァンパイアの息の根を止められず、このまま亡くなるだろう。
「だいたい、そんな感じの内容だった」
 移動劇場支配人は隣で横たわる吸血鬼ハンターの老人に尋ねた。
「今の話、本当なの?」
 土気色の顔が、ほんの少し上下動した。それを見て移動劇場支配人は言った。
「どうやら本当らしいな」
 考え込む移動劇場支配人にヴァイオリン弾きは言った。
「問題は、ここからだよ。ヴァンパイアが移動劇場の何処へ潜んでいるのかを聞かないと」
 ヴァイオリン弾きの言うことはもっともである。移動劇場支配人は、ヴァンパイアの隠れ場所を吸血鬼ハンターの老人に訊こうとした。だが、残念ながら遅かった。既にこと切れていたのだ。
 移動劇場支配人は途方に暮れた。
「どうしよ」
 次の公演場所へ向かって荒野を進んでいた移動劇場の舞台裏に忽然と現れた吸血鬼ハンターは、こうして肝心なことを何も言わないまま舞台から退場した。後に残った者たちは困惑するよりほかない。
「何処かに隠れているったって、探すのは一苦労だぞ」
 五万人以上の観客を収容可能な動く巨大建造物の内部は広い。そこに隠れた吸血鬼を見つけ出すのは大変だ。移動劇場支配人は呟いた。
「一座の人間全員で探し出さないといけないな」
 それからヴァイオリン弾きに言う。
「お前も手伝えよ」
 不服申し立てがあった。
「舞台裏の倉庫に吸血鬼ハンターを自称する老人が倒れているって支配人に教えたのは僕でしょ。それで十分だと僕は思うんですけど」
「人手が足りないんだよ」
 クリスマスの時期は例年、従業員に冬休みを取らせている。かつてはクリスマスが興行の書き入れ時だったが、働き方改革が風潮を変えたのだ。
「あ~あ、僕も実家へ帰ったら良かったな。吸血鬼を見つけるなんて、とんでもない仕事だよ」
 ブツブツ不満を言っているヴァイオリン弾きに小道具の杭を差し出し、移動劇場支配人は言った。
「これを吸血鬼の胸に突き刺せ」
 杭を受け取ったヴァイオリン弾きがぼやく。
「僕の繊細な指はヴァイオリンより重い物を持っちゃいけないんですけどね」
 杭よりもヴァイオリンよりも重い棺桶の蓋を開けて中を覗いたヴァイオリン弾きは、そこに美しい女が横たわっているのを見て、驚いた。自分が座っている棺桶の中に、そんなものが入っているとは思いも寄らなかったのだ。
 ヴァイオリンよりも喧しい悲鳴を聞きつけ、移動劇場支配人が飛んできた。腰を抜かしたヴァイオリン弾きの横に立ち、棺桶の中の美女を睨む。
「こいつが吸血鬼に間違いない。ここでケリをつけてやる!」
 移動劇場支配人は横たわる美女の胸に思いっきり杭を突き刺した。肉体の抵抗と衝撃を腕に感じた直後、美女の姿はかき消された黒板の文字のように見えなくなった。
 肩で息をして、その場に移動劇場支配人は座り込んだ。ヴァイオリン弾きは恐る恐る棺桶の内部を確認した。
「消えている……最近の吸血鬼は弱っているって聞いてはいたけど、本当に簡単にやられちゃうんだ」
 世界全面核戦争によって発生した核の冬は、吸血鬼のような超自然的な存在にも大ダメージを与えていた。吸血鬼は厳しい冬の寒さに耐えられなくなり、冬眠するようになったのである。冬眠中は無防備なので、吸血鬼ハンターだけでなく、一般人にも退治された。今も。
 棺桶の中から杭を拾い上げた移動劇場支配人は、それをヴァイオリン弾きに手渡した。
「元の置き場へ戻しておけよ」
 不満はあったが、ヴァイオリン弾きは指示に従った。
 それからストラディバリウスを奏でる。吸血鬼に代わって棺桶に収まった吸血鬼ハンターのためのレクイエムが流れ始めた。




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 虫の息の吸血鬼ハンターが告げる言葉を、移動劇場支配人は聞きそこなった。
「ねえ、ちょ、ちょっと待ってよ。ね、もう一回さ、今の台詞を言ってちょうだい。お願いだからさ、ね」
 そう頼まれた相手は、請われた通り同じ台詞を言おうとして、激しく咳き込んだ。その口から血があふれ、着ているシャツの首元を赤く染めた。とても話せるような状態ではない。それなのに吸血鬼ハンターの老人は、先ほど言ったことと同じ話を繰り返そうとした。その苦労は報われる。そう信じているのだ。
 話そうとする老人を遮り、移動劇場支配人は怒鳴った。
「うるせえぞヴァイオリン弾き! 静かにしろ!」
 少し離れた場所に置かれた大道具の棺桶に座り愛用のストラディバリウスを奏でていたヴァイオリン弾きは、演奏の手を休めて言った。
「その話、さっきもしていたよ。もう分かったから聞かなくていいよ」
「俺は聞いていないんだよ!」
「その人の代わりに僕が話すよ」
 移動劇場の一座にヴァンパイアが潜り込んでいる。吸血鬼ハンターの自分は、そいつを殺そうとしたが、持病が悪化してしまった。悔しいが、ヴァンパイアの息の根を止められず、このまま亡くなるだろう。
「だいたい、そんな感じの内容だった」
 移動劇場支配人は隣で横たわる吸血鬼ハンターの老人に尋ねた。
「今の話、本当なの?」
 土気色の顔が、ほんの少し上下動した。それを見て移動劇場支配人は言った。
「どうやら本当らしいな」
 考え込む移動劇場支配人にヴァイオリン弾きは言った。
「問題は、ここからだよ。ヴァンパイアが移動劇場の何処へ潜んでいるのかを聞かないと」
 ヴァイオリン弾きの言うことはもっともである。移動劇場支配人は、ヴァンパイアの隠れ場所を吸血鬼ハンターの老人に訊こうとした。だが、残念ながら遅かった。既にこと切れていたのだ。
 移動劇場支配人は途方に暮れた。
「どうしよ」
 次の公演場所へ向かって荒野を進んでいた移動劇場の舞台裏に忽然と現れた吸血鬼ハンターは、こうして肝心なことを何も言わないまま舞台から退場した。後に残った者たちは困惑するよりほかない。
「何処かに隠れているったって、探すのは一苦労だぞ」
 五万人以上の観客を収容可能な動く巨大建造物の内部は広い。そこに隠れた吸血鬼を見つけ出すのは大変だ。移動劇場支配人は呟いた。
「一座の人間全員で探し出さないといけないな」
 それからヴァイオリン弾きに言う。
「お前も手伝えよ」
 不服申し立てがあった。
「舞台裏の倉庫に吸血鬼ハンターを自称する老人が倒れているって支配人に教えたのは僕でしょ。それで十分だと僕は思うんですけど」
「人手が足りないんだよ」
 クリスマスの時期は例年、従業員に冬休みを取らせている。かつてはクリスマスが興行の書き入れ時だったが、働き方改革が風潮を変えたのだ。
「あ~あ、僕も実家へ帰ったら良かったな。吸血鬼を見つけるなんて、とんでもない仕事だよ」
 ブツブツ不満を言っているヴァイオリン弾きに小道具の杭を差し出し、移動劇場支配人は言った。
「これを吸血鬼の胸に突き刺せ」
 杭を受け取ったヴァイオリン弾きがぼやく。
「僕の繊細な指はヴァイオリンより重い物を持っちゃいけないんですけどね」
 杭よりもヴァイオリンよりも重い棺桶の蓋を開けて中を覗いたヴァイオリン弾きは、そこに美しい女が横たわっているのを見て、驚いた。自分が座っている棺桶の中に、そんなものが入っているとは思いも寄らなかったのだ。
 ヴァイオリンよりも喧しい悲鳴を聞きつけ、移動劇場支配人が飛んできた。腰を抜かしたヴァイオリン弾きの横に立ち、棺桶の中の美女を睨む。
「こいつが吸血鬼に間違いない。ここでケリをつけてやる!」
 移動劇場支配人は横たわる美女の胸に思いっきり杭を突き刺した。肉体の抵抗と衝撃を腕に感じた直後、美女の姿はかき消された黒板の文字のように見えなくなった。
 肩で息をして、その場に移動劇場支配人は座り込んだ。ヴァイオリン弾きは恐る恐る棺桶の内部を確認した。
「消えている……最近の吸血鬼は弱っているって聞いてはいたけど、本当に簡単にやられちゃうんだ」
 世界全面核戦争によって発生した核の冬は、吸血鬼のような超自然的な存在にも大ダメージを与えていた。吸血鬼は厳しい冬の寒さに耐えられなくなり、冬眠するようになったのである。冬眠中は無防備なので、吸血鬼ハンターだけでなく、一般人にも退治された。今も。
 棺桶の中から杭を拾い上げた移動劇場支配人は、それをヴァイオリン弾きに手渡した。
「元の置き場へ戻しておけよ」
 不満はあったが、ヴァイオリン弾きは指示に従った。
 それからストラディバリウスを奏でる。吸血鬼に代わって棺桶に収まった吸血鬼ハンターのためのレクイエムが流れ始めた。


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