儀式の時
ー/ー
墓石の前で、淡い草色の服を着た少女が手を合わせている。
沈黙のあと、少女は振り向き、はにかんだ。左耳の耳飾りが、風で揺れる。
「お待たせ」
「もういいんスか?」
「うん。ごめんね、付き合わせちゃって」
少女――コノメの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「行こっ、チカップ」
チカップとコノメは手をつなぎ、墓地をあとにした。
「いよいよだね」
コノメの声が弾む。
「なにが?」
「儀式のこと。代表なんだからしっかりしてよね」
オル族の集落では、年に一度、風の大精霊を崇める儀式が執り行われる。代表は、十歳から十二歳までの男子から選ばれる。昔からの習わしだ。
代表になったことを知ったのは、一ヶ月前だった。コノメの祖父であり、集落の長でもあるモリシの家に突然呼ばれ、代表としてよろしく頼むと言われた時は、三つある目が全て飛び出しそうになった。
「わたしもあの場にいたけど、チカップ、ものすごい顔してたよね。ぽっかり口を開けててさ。アッホー鳥みたいなお間抜けな表情で、わたし、思わず吹いちゃったもん」
「ひどいっスよ」
うなだれるチカップを見て、コノメはクスクスと笑った。
「おや、コノメちゃん。旦那さんと散歩かい?」
「まだ結婚してませんから!」
オル族は少数で、密接なつながりを保つ民族だ。そのため、早期の結婚によって両家が強く結びつくことが望まれている。
しばらく歩いていると、コノメが池のほとりで足を止めた。
「さっきね、父さんと母さんにチカップのこと話してたの」
コノメが空を仰いだ。清々しい表情。耳飾りから透明な音が奏でられた。羽の形をした小さな耳飾りは、コノメが昔から大事にしているものだ。
「何を言ったんスか?」
「正式に結婚が決まったことと、チカップが今年の代表になったこと。あとは内緒」
コノメの両親が病死したのは七年前だった。コノメはわんわんと泣いていた。自分もたくさん泣いた。自分がコノメを支えてやらないといけないという気持ちが芽生えたのは、その頃だったと思う。正式に結婚が決まったときは、あふれ出る感情を抑えることに精一杯だった。
「あ、見てみて! ウォルン鳥の子供! 可愛いー」
水色の鳥が、たくさんの子を連れて水面を優雅に泳いでいた。
「ほんとっスね」
二人は池のほとりに座り、まだらに降り注ぐ光が反射する水面を眺めた。
「わたしたちの子供、どんな子だろう。男の子かな、女の子かな」
コノメが無邪気で屈託のない笑みを浮かべている。彼女に引っ張られるみたいにして、チカップも自然と笑みをこぼしていた。
ふと、チカップは水面に映る自身の顔を見た。額にある第三の目は、他のオル族と違って金色をしている。両親曰く、特別なのだという。何が特別なのかは一切聞かされていない。いずれ話すと言われ、それっきりだ。
第三の目が金色をしていることで、同年代からよくからかわれた。しかし、見た目で判断しちゃだめ、とコノメがつど言い返してくれた。
コノメはおっとりしているようだが、芯は強い。自分が一人で悩んでいるとき、いつも悩みの内容を言い当てられ、一緒に悩んでくれた。
「そういや、チカップのお父さんとお母さん、最近よく外に出てるみたいだけど、どこに行ってるの?」
「魔法学校の先生をするため、ソレイン王国に行ってるっス。自分もこの前連れていってもらったんスよ」
「えー、いいなぁ、わたしも外の世界を見てみたいなぁ。チカップだけずるーい」
コノメはわざとらしく頬を膨らませた。
「おじいちゃん、絶対集落から外に出るなって。外は危ないからとか、怪我したら大変だとか、いつも言ってる」
「過保護ってやつっスね」
「もうベッタベタ。お兄さんも出ていったから、寂しいのかな。そうそう、最近花を集めて何かを作ってる様子なの。わたしが尋ねたら、慌てて隠すのよ」
コノメの家系は長の血筋だ。彼女と結婚すると、自然な流れで自分が長となるのが目に見えている。
長となる者は、必ず儀式の代表を務めている。だから、今度の儀式でヘマをするわけにはいかない。考えると、胃が痛くなってきた。
「どうしたの、浮かない顔して」
「な、何でもないっスよ!」
「儀式のことで悩んでるでしょ」
「ホッ!? どうしてわかるんスか」
「すぐわかるよ」
コノメが、そっと笑った。
「チカップ、立って」
コノメに言われるがまま立ち上がる。コノメは微笑んだまま目をつむっていた。
「大事なときに失敗しないおまじない、教えてあげる」
「おまじない?」
「深呼吸して、両手を広げて心の中でこう言うの」
コノメは華奢な両手を大きく広げた。
「シアー・リィ・キッキ、ってね」
暗闇の中を、チカップは飛んでいた。
チカップの頭の中はコノメのことでいっぱいだった。明日からしばらく彼女に会えなくなると思うと、胸の奥が重く沈むような気持ちになる。
家の前に降り立つと、言い争っている声が聞こえた。今家の中に入るのはよくない気がする。物陰に隠れ、聞き耳を立てる。
「本当にチカップが代表でいいのか。予言の通りなら、集落によくないことが起こるのだぞ」
「月隠れの夜、金色の眼が舞いし時、影の風がこの地に呪いをもたらすってやつか」
「しかし、予言には続きがあるだろう。金色の眼は惑いを打ち払い、やがて人々に希望をもたらす、というやつだ」
「そう、私たちの息子は大きな力を持っている。それに、あの方と同じ目の色をしているのよ。将来、集落に新しい風をもたらしてくれるわ」
「そうだ。それに代表の選出は多数決で決まっている。今更変えることはできないですよね、長?」
「じゃあ儀式自体を中止にすべきだ!」
「それはならぬ。伝統を壊そうというのか」
チカップの血の気が引く。話している内容は自分と儀式のことだ。予言? よくないこと? いったい何の話をしているのだろう?
「どうなっても知らないぞ」
数人の足音が聞こえてくる。大人たちが自分の家からぞろぞろと出てきた。長の姿も見える。全員、集落の権力者だ。
「全く、あいつらときたら」
「儀式は絶対成功するわ。ねぇ、あなた」
「もちろんだ」
両親が険しい表情をしながら、権力者たちの後ろ姿を鋭い目で追っていた。
「お父さん、お母さん」
チカップはそろりと顔を出した。
「あら。おかえりチカップ。どうしたんだ、そんなにコソコソして」
「明日から儀式の準備が始まるのよ。早く寝なさい」
両親は、淡々と言った。目は虚だった。
両親の様子が変わったのは、チカップが儀式の代表に選ばれる少し前からだった。どこか人形のようになっていた。
「どうしたの、ボーッと突っ立って」
「何でもないっス。おやすみなさい」
「おやすみなさい、チカップ。期待しているわ」
翌日。チカップは、集落の奥地にひっそりと佇む小さな小屋の中にいた。
儀式の準備として外との接触を断ち、一週間、この小屋で過ごすことになっている。着衣は薄い布一枚。集落の気候は温暖だが、この一帯のみなぜか寒い。
窓の外からは河原が見える。森の奥から流れる清流であり、毎朝そこで身を清めている。
食事は朝と夜の二回運ばれてくる。粗末な料理。運んでくる者は布で顔を隠していて、一切喋らないので誰だかわからない。コノメだったらいいなと思うが、来るのは毎回背の高い大人だった。
昼は儀式で披露する魔法を覚えることに集中する。オル族に古くから伝わる風の魔法。儀式のための魔法なので、攻撃性はない。演出みたいなものだ。
夜になると、酒を飲む。オル族に古くから伝わる神聖なる酒らしい。味は草を絞った汁のようで、正直まずい。吐きそうになりながらも、我慢して少しずつ胃に流し込んだ。
寝る前にコノメのことを思い出すと、体温が上がり、胸が高鳴った。体を丸め、激しく動かす。コノメに会いたい。声を聞きたい。艶やかな身体に触れたい。笑顔を見たい。彼女を喜ばすためには、儀式をきちんと成功させなければならない。
「シアー・リィ・キッキ」
冷静になったチカップは、心の中で呟いた。
拷問のような一週間を終えると、両親が笑顔で迎えに来てくれた。
「さぁ、いよいよだわ」
「期待しているぞ」
両親の額についている目が、大きく見開いた。見つめていると、なぜか心がざわめいた。
月が完全に隠れる夜、集落の中央に位置する広場で儀式は行われる。篝火の明かりが、暗闇に佇む楕円形の石舞台をぼんやりと照らしていた。
真っ白な衣をまとったチカップが、石舞台の上に降り立った。舞台上には大きな魔石が均等に配置され、中央に大きな盃が置かれている。
チカップは舞台の上から辺りを見回した。大勢の民が、舞台を囲んでいる。最前列にコノメの姿が見えた。久々に見る恋人の姿に、胸が熱くなる。
打楽器の音が、聞こえてきた。儀式の開始を告げる音だ。チカップは深呼吸をして、舞台の中央であぐらを組んだ。
盃を両手に持ち、風の大精霊が眠っている塔の方角へと掲げる。しばらく掲げたあと、盃に口をつけた。
酒を胃に流し込んだチカップは、ゆっくりと立ち上がった。舞を始める。力強く、鮮やかな伝統の踊り。
打楽器のリズムが勢いを増した。クライマックス。チカップは羽ペンで魔法陣を描く。大気中のマナが渦巻く。大きな緑色の魔法陣が、足元に出現した。周囲の魔石が反応し、輝きを増す。全ての眼を閉じ、詠唱を始める。
暗闇に映る、緑色の渦。一瞬、影が横切った。
穏やかな風が木々を揺らした。チカップは両手を天に掲げる。彼の周囲に集まった風が塊となり、一気に天に向かって放出された。
打楽器の音が止んだ。
歓声が上がる。これで儀式は終了した。
群衆のざわめきが聞こえる。風が止んでいない。むしろ、勢いを増してきた。ざわざわと、木々が軋んだ。
「えっ?」
儀式は毎年見てきたが、このように風が止まないのは初めてだ。胸がざわめく。
風がさらに勢いを増してきた。石舞台に設置された魔石が、大きな音を出して砕け散った。篝火の炎が消え、辺りが暗黒となる。
「うわっ」
暴風。荒れ狂う風が、広場を襲った。なぎ倒される木々の音。逃げ惑う人々の悲鳴。
「何スか、これ」
人が、葉のように宙を舞っていた。その中心にいるのが、自分だと気づいた。
チカップの目の前で、コノメの体が固い石の上に叩きつけられた。赤い液体が弾ける。小さな羽の形をした耳飾りが、宙を舞った。
「うっ、うああああっ」
チカップの雄叫びが、暗闇に響き渡った。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
墓石の前で、淡い草色の服を着た少女が手を合わせている。
沈黙のあと、少女は振り向き、はにかんだ。左耳の耳飾りが、風で揺れる。
「お待たせ」
「もういいんスか?」
「うん。ごめんね、付き合わせちゃって」
少女――コノメの目にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「行こっ、チカップ」
チカップとコノメは手をつなぎ、墓地をあとにした。
「いよいよだね」
コノメの声が弾む。
「なにが?」
「儀式のこと。代表なんだからしっかりしてよね」
オル族の集落では、年に一度、風の大精霊を崇める儀式が執り行われる。代表は、十歳から十二歳までの男子から選ばれる。昔からの習わしだ。
代表になったことを知ったのは、一ヶ月前だった。コノメの祖父であり、集落の長でもあるモリシの家に突然呼ばれ、代表としてよろしく頼むと言われた時は、三つある目が全て飛び出しそうになった。
「わたしもあの場にいたけど、チカップ、ものすごい顔してたよね。ぽっかり口を開けててさ。アッホー鳥みたいなお間抜けな表情で、わたし、思わず吹いちゃったもん」
「ひどいっスよ」
うなだれるチカップを見て、コノメはクスクスと笑った。
「おや、コノメちゃん。旦那さんと散歩かい?」
「まだ結婚してませんから!」
オル族は少数で、密接なつながりを保つ民族だ。そのため、早期の結婚によって両家が強く結びつくことが望まれている。
しばらく歩いていると、コノメが池のほとりで足を止めた。
「さっきね、父さんと母さんにチカップのこと話してたの」
コノメが空を仰いだ。清々しい表情。耳飾りから透明な音が奏でられた。羽の形をした小さな耳飾りは、コノメが昔から大事にしているものだ。
「何を言ったんスか?」
「正式に結婚が決まったことと、チカップが今年の代表になったこと。あとは内緒」
コノメの両親が病死したのは七年前だった。コノメはわんわんと泣いていた。自分もたくさん泣いた。自分がコノメを支えてやらないといけないという気持ちが芽生えたのは、その頃だったと思う。正式に結婚が決まったときは、あふれ出る感情を抑えることに精一杯だった。
「あ、見てみて! ウォルン鳥の子供! 可愛いー」
水色の鳥が、たくさんの子を連れて水面を優雅に泳いでいた。
「ほんとっスね」
二人は池のほとりに座り、まだらに降り注ぐ光が反射する水面を眺めた。
「わたしたちの子供、どんな子だろう。男の子かな、女の子かな」
コノメが無邪気で屈託のない笑みを浮かべている。彼女に引っ張られるみたいにして、チカップも自然と笑みをこぼしていた。
ふと、チカップは水面に映る自身の顔を見た。額にある第三の目は、他のオル族と違って金色をしている。両親曰く、特別なのだという。何が特別なのかは一切聞かされていない。いずれ話すと言われ、それっきりだ。
第三の目が金色をしていることで、同年代からよくからかわれた。しかし、見た目で判断しちゃだめ、とコノメがつど言い返してくれた。
コノメはおっとりしているようだが、芯は強い。自分が一人で悩んでいるとき、いつも悩みの内容を言い当てられ、一緒に悩んでくれた。
「そういや、チカップのお父さんとお母さん、最近よく外に出てるみたいだけど、どこに行ってるの?」
「魔法学校の先生をするため、ソレイン王国に行ってるっス。自分もこの前連れていってもらったんスよ」
「えー、いいなぁ、わたしも外の世界を見てみたいなぁ。チカップだけずるーい」
コノメはわざとらしく頬を膨らませた。
「おじいちゃん、絶対集落から外に出るなって。外は危ないからとか、怪我したら大変だとか、いつも言ってる」
「過保護ってやつっスね」
「もうベッタベタ。お兄さんも出ていったから、寂しいのかな。そうそう、最近花を集めて何かを作ってる様子なの。わたしが尋ねたら、慌てて隠すのよ」
コノメの家系は長の血筋だ。彼女と結婚すると、自然な流れで自分が長となるのが目に見えている。
長となる者は、必ず儀式の代表を務めている。だから、今度の儀式でヘマをするわけにはいかない。考えると、胃が痛くなってきた。
「どうしたの、浮かない顔して」
「な、何でもないっスよ!」
「儀式のことで悩んでるでしょ」
「ホッ!? どうしてわかるんスか」
「すぐわかるよ」
コノメが、そっと笑った。
「チカップ、立って」
コノメに言われるがまま立ち上がる。コノメは微笑んだまま目をつむっていた。
「大事なときに失敗しないおまじない、教えてあげる」
「おまじない?」
「深呼吸して、両手を広げて心の中でこう言うの」
コノメは華奢な両手を大きく広げた。
「シアー・リィ・キッキ、ってね」
暗闇の中を、チカップは飛んでいた。
チカップの頭の中はコノメのことでいっぱいだった。明日からしばらく彼女に会えなくなると思うと、胸の奥が重く沈むような気持ちになる。
家の前に降り立つと、言い争っている声が聞こえた。今家の中に入るのはよくない気がする。物陰に隠れ、聞き耳を立てる。
「本当にチカップが代表でいいのか。予言の通りなら、集落によくないことが起こるのだぞ」
「月隠れの夜、金色の眼が舞いし時、影の風がこの地に呪いをもたらすってやつか」
「しかし、予言には続きがあるだろう。金色の眼は惑いを打ち払い、やがて人々に希望をもたらす、というやつだ」
「そう、私たちの息子は大きな力を持っている。それに、あの方と同じ目の色をしているのよ。将来、集落に新しい風をもたらしてくれるわ」
「そうだ。それに代表の選出は多数決で決まっている。今更変えることはできないですよね、長?」
「じゃあ儀式自体を中止にすべきだ!」
「それはならぬ。伝統を壊そうというのか」
チカップの血の気が引く。話している内容は自分と儀式のことだ。予言? よくないこと? いったい何の話をしているのだろう?
「どうなっても知らないぞ」
数人の足音が聞こえてくる。大人たちが自分の家からぞろぞろと出てきた。長の姿も見える。全員、集落の権力者だ。
「全く、あいつらときたら」
「儀式は絶対成功するわ。ねぇ、あなた」
「もちろんだ」
両親が険しい表情をしながら、権力者たちの後ろ姿を鋭い目で追っていた。
「お父さん、お母さん」
チカップはそろりと顔を出した。
「あら。おかえりチカップ。どうしたんだ、そんなにコソコソして」
「明日から儀式の準備が始まるのよ。早く寝なさい」
両親は、淡々と言った。目は虚だった。
両親の様子が変わったのは、チカップが儀式の代表に選ばれる少し前からだった。どこか人形のようになっていた。
「どうしたの、ボーッと突っ立って」
「何でもないっス。おやすみなさい」
「おやすみなさい、チカップ。期待しているわ」
翌日。チカップは、集落の奥地にひっそりと佇む小さな小屋の中にいた。
儀式の準備として外との接触を断ち、一週間、この小屋で過ごすことになっている。着衣は薄い布一枚。集落の気候は温暖だが、この一帯のみなぜか寒い。
窓の外からは河原が見える。森の奥から流れる清流であり、毎朝そこで身を清めている。
食事は朝と夜の二回運ばれてくる。粗末な料理。運んでくる者は布で顔を隠していて、一切喋らないので誰だかわからない。コノメだったらいいなと思うが、来るのは毎回背の高い大人だった。
昼は儀式で披露する魔法を覚えることに集中する。オル族に古くから伝わる風の魔法。儀式のための魔法なので、攻撃性はない。演出みたいなものだ。
夜になると、酒を飲む。オル族に古くから伝わる神聖なる酒らしい。味は草を絞った汁のようで、正直まずい。吐きそうになりながらも、我慢して少しずつ胃に流し込んだ。
寝る前にコノメのことを思い出すと、体温が上がり、胸が高鳴った。体を丸め、激しく動かす。コノメに会いたい。声を聞きたい。艶やかな身体に触れたい。笑顔を見たい。彼女を喜ばすためには、儀式をきちんと成功させなければならない。
「シアー・リィ・キッキ」
冷静になったチカップは、心の中で呟いた。
拷問のような一週間を終えると、両親が笑顔で迎えに来てくれた。
「さぁ、いよいよだわ」
「期待しているぞ」
両親の額についている目が、大きく見開いた。見つめていると、なぜか心がざわめいた。
月が完全に隠れる夜、集落の中央に位置する広場で儀式は行われる。篝火の明かりが、暗闇に佇む楕円形の石舞台をぼんやりと照らしていた。
真っ白な衣をまとったチカップが、石舞台の上に降り立った。舞台上には大きな魔石が均等に配置され、中央に大きな盃が置かれている。
チカップは舞台の上から辺りを見回した。大勢の民が、舞台を囲んでいる。最前列にコノメの姿が見えた。久々に見る恋人の姿に、胸が熱くなる。
打楽器の音が、聞こえてきた。儀式の開始を告げる音だ。チカップは深呼吸をして、舞台の中央であぐらを組んだ。
盃を両手に持ち、風の大精霊が眠っている塔の方角へと掲げる。しばらく掲げたあと、盃に口をつけた。
酒を胃に流し込んだチカップは、ゆっくりと立ち上がった。舞を始める。力強く、鮮やかな伝統の踊り。
打楽器のリズムが勢いを増した。クライマックス。チカップは羽ペンで魔法陣を描く。大気中のマナが渦巻く。大きな緑色の魔法陣が、足元に出現した。周囲の魔石が反応し、輝きを増す。全ての眼を閉じ、詠唱を始める。
暗闇に映る、緑色の渦。一瞬、影が横切った。
穏やかな風が木々を揺らした。チカップは両手を天に掲げる。彼の周囲に集まった風が塊となり、一気に天に向かって放出された。
打楽器の音が止んだ。
歓声が上がる。これで儀式は終了した。
群衆のざわめきが聞こえる。風が止んでいない。むしろ、勢いを増してきた。ざわざわと、木々が軋んだ。
「えっ?」
儀式は毎年見てきたが、このように風が止まないのは初めてだ。胸がざわめく。
風がさらに勢いを増してきた。石舞台に設置された魔石が、大きな音を出して砕け散った。篝火の炎が消え、辺りが暗黒となる。
「うわっ」
暴風。荒れ狂う風が、広場を襲った。なぎ倒される木々の音。逃げ惑う人々の悲鳴。
「何スか、これ」
人が、葉のように宙を舞っていた。その中心にいるのが、自分だと気づいた。
チカップの目の前で、コノメの体が固い石の上に叩きつけられた。赤い液体が弾ける。小さな羽の形をした耳飾りが、宙を舞った。
「うっ、うああああっ」
チカップの雄叫びが、暗闇に響き渡った。