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第59話 彼女らの三様、そして

ー/ー



 意外なことに、その声の主は増倉だった。

「樫田は私たちと大槻が一緒に舞台を創ることはできないと思う?」

「…………できないとは言わない。けど、それでいいのか? それはお前らの望む劇なのか?」

 樫田は問う。不安げに、心配そうに、俺たちに聞いてくる。
 増倉は答える。決意に満ちた顔で、はっきりと。

「望む望まないじゃないよ。それが私たちの劇だよ」

 誰もが驚き、心に響いたことだろう。

「前と同じように笑い合って部活ができるかは分からない。出来たとしてもその裏で誰かが不満を持って、どこかで爆発するかもしれない。でも、それも私たちだよ」

 だってそうでしょ? そう投げかける増倉をみんな見つめる。

「少なくとも、一年は一緒にやってきたんだよ? その間に不満や愚痴がなかったわけじゃないでしょ。確かに今回のことは酷いけど、私はできるよ。私は私たちに誇りを持っているから」

 誇り。増倉にとって部活は、俺たちは誇りだとそう言った。
 その言葉は重く誠実で、真っ直ぐだった。

「そうか。増倉らしいな。他の人はどうだ?」

 その意見に納得したのか。
 樫田は彼女らしいとそう言い、他の人へと意見を促した。

「私は分からない。そこまで割り切れない」

 答えたのは夏村だった。
 彼女はさっきみんなと一緒に部活がしたいと言った。その言葉に嘘はないだろう。
 でも、現実を問われたとき断言できない。

「表面上はできるかもしれない。それに私は部活のことは好き。それは言える。けど、私たちに誇りを持ってはいない」

 誇りと好き。その違いは明確ではなく、言葉の上での差異なのかもしれない。
 ただそこにある感情は、譲れないのだろう。

「……そうか。椎名はどうだ?」

 樫田はどこか淡々とした様子で、次へと話を進める。
 聞かれた椎名は何を思っているのか。
 まるで彼女の周りだけ空気が澄んでいるかのように、冷たそうだった。

「したいかではなくてできるか…………そうね。正しい質問だと思うわ」

 椎名は始めにそう言った。
 非常に落ち着いた様子で真剣な態度を崩さすに続ける。

「正直言って私は今まで通りにできる気はしないわ。元々彼には不満があったし、それを今までのように演劇ができるかを問われたら、私は誇りも好きも明言できるほど持っていない」

 彼女らしいといえば彼女らしいのかもしれないが、はっきりとした言葉。
 横で、樫田が深く呼吸するのが聞こえた。



「でも――」



 誰もがそこで終わったと思った言葉には続きがあった。

「今以上の演技ができるかは、一考の余地はあるわ」

 彼女は堰を切るように、話し出す。
 それは感情の吐露でもあった。

「私にも成し遂げたいことがある。そのためなら犠牲は問わないと思っていたわ。でもそれじゃダメだと言ってくれた人がいた。『人を排除していった集団は必ず衰退する』って面向かって言われたわ。その時は馬鹿にしていた……でも今は分かる。こうして話して分かったわ。みんなそれぞれの意志があって主張があって、今が大切なことを。排除するってことはその想いは失くすことだって」

 さっきまでの凛々しさはなく、苦しそうに辛そうにしながらも話し続ける。

「大槻にも意志や主張があって、今話し合ったみたいにできるなら、きっと許す許さない。したいかできるか。その問いの答えなんかなくても今以上の演技ができるんじゃないかしら」

 誰よりも厳しく、誰よりも真剣に部活のことを考えていた椎名が提示した可能性。
 それは希望的観測に過ぎないかもしれない。
 でもそれを彼女が言ったんだ。
 元に戻れないなら今以上を目指そうって。

「それは――」

「樫田」

 俺は言葉を遮り、樫田を見た。
 ここで更に深く話を掘り下げることはできるだろう。

 だが、俺の直感が落としどころはここだという。
 俺の中で胸が高まったように、みんなも同じような感覚を覚えたことだろう。
 今このタイミングが一番近く共感している。

 樫田はそんな俺の考えを察したのか、俺の言葉を待っているようだった。

「樫田、俺の意見を言う必要あるか?」

「いいや、俺にとってはこれ以上にない答えだったよ。二人もいいか?」

「問題ない」

「うん」

 分かってくれたのか、樫田は話をまとめ、二人に聞いた。
 そして覚悟の決まった目で、夏村と増倉も肯定した。

「じゃあ俺の質問は以上だ。他に話しておきたいことがある人がいなければ、今後の方針についてをだな――ん?」

 樫田がポケットからスマホと取り出した。
 バイブモードにしているのだろう。震えていた。

「お、山路からだ。すまん。出ていいか?」

 みんなが頷くのを確認して、樫田が出る。
 何だろう? バイトが終わったのだろうか?

「もしもし、どうした?」

『――』

「ああ、こっちはだいたい終わってな」

『――っ!』

「なに! 本当か!?」

 樫田の表情が強張る。
 何かがあったのだろうと、みんなが察する。

「ああ、分かった。そのまま頼む。みんなに話すから一回切るぞ」

『――』

「こっちからかけ直すから」

『―――』

「ああ、じゃあ」

 みんなの視線が樫田に集まる。
 樫田は連絡を切ると、ゆっくりと言った。


「山路が大槻を見つけたって」



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 意外なことに、その声の主は増倉だった。
「樫田は私たちと大槻が一緒に舞台を創ることはできないと思う?」
「…………できないとは言わない。けど、それでいいのか? それはお前らの望む劇なのか?」
 樫田は問う。不安げに、心配そうに、俺たちに聞いてくる。
 増倉は答える。決意に満ちた顔で、はっきりと。
「望む望まないじゃないよ。それが私たちの劇だよ」
 誰もが驚き、心に響いたことだろう。
「前と同じように笑い合って部活ができるかは分からない。出来たとしてもその裏で誰かが不満を持って、どこかで爆発するかもしれない。でも、それも私たちだよ」
 だってそうでしょ? そう投げかける増倉をみんな見つめる。
「少なくとも、一年は一緒にやってきたんだよ? その間に不満や愚痴がなかったわけじゃないでしょ。確かに今回のことは酷いけど、私はできるよ。私は私たちに誇りを持っているから」
 誇り。増倉にとって部活は、俺たちは誇りだとそう言った。
 その言葉は重く誠実で、真っ直ぐだった。
「そうか。増倉らしいな。他の人はどうだ?」
 その意見に納得したのか。
 樫田は彼女らしいとそう言い、他の人へと意見を促した。
「私は分からない。そこまで割り切れない」
 答えたのは夏村だった。
 彼女はさっきみんなと一緒に部活がしたいと言った。その言葉に嘘はないだろう。
 でも、現実を問われたとき断言できない。
「表面上はできるかもしれない。それに私は部活のことは好き。それは言える。けど、私たちに誇りを持ってはいない」
 誇りと好き。その違いは明確ではなく、言葉の上での差異なのかもしれない。
 ただそこにある感情は、譲れないのだろう。
「……そうか。椎名はどうだ?」
 樫田はどこか淡々とした様子で、次へと話を進める。
 聞かれた椎名は何を思っているのか。
 まるで彼女の周りだけ空気が澄んでいるかのように、冷たそうだった。
「したいかではなくてできるか…………そうね。正しい質問だと思うわ」
 椎名は始めにそう言った。
 非常に落ち着いた様子で真剣な態度を崩さすに続ける。
「正直言って私は今まで通りにできる気はしないわ。元々彼には不満があったし、それを今までのように演劇ができるかを問われたら、私は誇りも好きも明言できるほど持っていない」
 彼女らしいといえば彼女らしいのかもしれないが、はっきりとした言葉。
 横で、樫田が深く呼吸するのが聞こえた。
「でも――」
 誰もがそこで終わったと思った言葉には続きがあった。
「今以上の演技ができるかは、一考の余地はあるわ」
 彼女は堰を切るように、話し出す。
 それは感情の吐露でもあった。
「私にも成し遂げたいことがある。そのためなら犠牲は問わないと思っていたわ。でもそれじゃダメだと言ってくれた人がいた。『人を排除していった集団は必ず衰退する』って面向かって言われたわ。その時は馬鹿にしていた……でも今は分かる。こうして話して分かったわ。みんなそれぞれの意志があって主張があって、今が大切なことを。排除するってことはその想いは失くすことだって」
 さっきまでの凛々しさはなく、苦しそうに辛そうにしながらも話し続ける。
「大槻にも意志や主張があって、今話し合ったみたいにできるなら、きっと許す許さない。したいかできるか。その問いの答えなんかなくても今以上の演技ができるんじゃないかしら」
 誰よりも厳しく、誰よりも真剣に部活のことを考えていた椎名が提示した可能性。
 それは希望的観測に過ぎないかもしれない。
 でもそれを彼女が言ったんだ。
 元に戻れないなら今以上を目指そうって。
「それは――」
「樫田」
 俺は言葉を遮り、樫田を見た。
 ここで更に深く話を掘り下げることはできるだろう。
 だが、俺の直感が落としどころはここだという。
 俺の中で胸が高まったように、みんなも同じような感覚を覚えたことだろう。
 今このタイミングが一番近く共感している。
 樫田はそんな俺の考えを察したのか、俺の言葉を待っているようだった。
「樫田、俺の意見を言う必要あるか?」
「いいや、俺にとってはこれ以上にない答えだったよ。二人もいいか?」
「問題ない」
「うん」
 分かってくれたのか、樫田は話をまとめ、二人に聞いた。
 そして覚悟の決まった目で、夏村と増倉も肯定した。
「じゃあ俺の質問は以上だ。他に話しておきたいことがある人がいなければ、今後の方針についてをだな――ん?」
 樫田がポケットからスマホと取り出した。
 バイブモードにしているのだろう。震えていた。
「お、山路からだ。すまん。出ていいか?」
 みんなが頷くのを確認して、樫田が出る。
 何だろう? バイトが終わったのだろうか?
「もしもし、どうした?」
『――』
「ああ、こっちはだいたい終わってな」
『――っ!』
「なに! 本当か!?」
 樫田の表情が強張る。
 何かがあったのだろうと、みんなが察する。
「ああ、分かった。そのまま頼む。みんなに話すから一回切るぞ」
『――』
「こっちからかけ直すから」
『―――』
「ああ、じゃあ」
 みんなの視線が樫田に集まる。
 樫田は連絡を切ると、ゆっくりと言った。
「山路が大槻を見つけたって」