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第58話 彼も真剣にぶつかってくる

ー/ー



「…………つまりあれか、ここに来て杉野。お前は自分のために……そのなんだ。みんなと部活がしたいと……」

 横にいる樫田が要点のまとまらない様子で、俺に聞いてくる。
 周りのみんなも、驚いている様子だった。
 あれ、てか椎名も驚いてない? さっき外で話したのに。

「極論そうだが、俺は自分の意見を押し通すつもりはない」

「? ちょっと待て。余計にお前の言いたいことが分からなくなったぞ」

 頭痛でもするのか、樫田が額に手を当てる。
 他のみんなも困惑気味だ。
 やべ、言葉足らずだったか?

「つまりだな。大槻に関してはもう部活に来る前提で、ゴールデンウィーク明けのことを考えようって話だ」

「まてまてまて、それが分からん。杉野ここまでの話聞いてきただろ?」

「ああ聞いたよ」

 必死にストップをかける樫田に、俺は力強く肯定する。
 なんだ? 何が分からないというんだ。

「まず大槻を許すか。歓迎会の途中で消えて、夏村を泣かせたことをどう思っているのか。それに対して俺たちはどうすればいいのか。そして場合によっては辞めさせること、あるいは部活のことを考えて行動するのか。そういう話をするんだろ」

「いや、違う」

「違うんかい!」

 樫田が全力で突っ込んだ。
 おお珍しい。

「じゃあ、何について杉野は話したいの?」

 増倉が神妙な様子で聞いてくる。
 俺の言いたいことが自分にとって敵か味方か問うているみたいに。
 だが、違うな。俺は議論を望んで言ったんじゃなんだよ。

「要はだな。俺たちは劇部だろ! なら話すのは演劇のことだろ!」

「…………」

 空気が止まった。
 それはもう困惑とかどうのこうのではなく、無だった。

「うまいこと言われたような、意味が分からないような……」

「正直ピンとこない」

「香菜、これが話し合った結果なの?」

「安心して、私が一番困惑しているわ」

 あれれー? おかしいぞー?
 共感ゼロの失敗人かな。

「みんな自分の意見を言っていただろ」

「ああ」

「じゃあもうそれでいいじゃん」

「あ?」

 あ、やばいやばい。樫田君がキレかかっている。
 顔のゆがみが大変なことになっている。


「いや、あの、その、個人としての意見も集団としての意見も持っていて当たり前なんだよ。それの割り切りは確かにしないとだけど、それは個々人がやることだろ? ならお互いの個人の意見を言い合ったなら、それを尊重しながら集団としての意見を出すしかないだろ」


 ――――。
 あれ? また空気が止まった。
 でもみんな困惑っていうとより驚いてぽかんとしているような……。

「その考え、嫌いじゃない」

 いち早く夏村が少し笑い、そう言った。
 少しだけ場の雰囲気が柔らかくなるのを感じた。

「はぁ、当人が言うんじゃ仕方ないか。にしても杉野の言葉は何でこう」

「わかる。刺してくるっていうか、こう、うわ! ってなる感じ」

「それを杉野が言うのがまた、くるのよね」

「「「わかる」」」

 ん? 何ですかこの団結力。
 さっきまでのピリピリ感が嘘みたいですよ。

「だが杉野、なら余計に大槻に対してはシビアな判断になるんじゃないか? 許す許さないとかの個人的な感情論を無くすってんなら、夏村を泣かせたこととかそういうのは一旦置いておいたとしても。残るのは歓迎会を放り出したってことだろ?」

 樫田が的確に俺の意見に対して疑問を投げる。
 普通に考えれば、それは部活として、部員として許されないことだ。

「確かにそうなんけど、俺たちの話すことは演劇のことなんだよ」

 俺は再びそう言った。
 樫田はその言葉の意味を必死に解釈しようとして黙った。
 言いたいことを続ける。

「そりゃ、俺たちと先輩たちは腹立ったかもしれないけど、一年生たちはどうだった? 楽しそうだったじゃないか。それに一年生たちは事情を知らない。なら部活への影響ない。それに俺は轟先輩に託されたんだよ」

 そう、あのときすぐには気づかなかったが、

『よろしい! ならばゴールデンウィーク後にいつものようにみんなで部活に来るように!』

 あの言葉は確かに俺へ、俺たちへこの問題を託したのだ。
 そんな俺の覚悟を計るように、じっと樫田が俺を見る。
 次に椎名、増倉、そして夏村と、みんなをゆっくりと確認した。
 嫌な数秒だった。

「確かにそうだな。これは部活の問題と考えていたが、現状は杉野の言う通りだ。そしてそうなら、俺たちの問題ってことだな」

「俺たちの問題……?」

 樫田の言い方に背筋が痺れた。
 冷たい悪い予感はすぐに当たる。

「ここが演劇について話す場だっていうなら質問は簡単だ」

 凍てつくような視線をしながら、樫田はみんなを見る。

「みんなは今まで通り、あるいは以上の演技ができるか?」

 誰も何も言えなかった。

 裏方の樫田からの投げかけはあまりにも表舞台に必要なことを突いてきた。

「言い方悪くて申し訳ないが、大事な場面でどっかに行くやつとお前らは演技ができるのか?」

「……その言い方は卑怯だわ」

「ならすまない。最初の質問にだけ答えてくれ」

 椎名が素早く反論するが、樫田は動揺せず訂正をする。
 誰もが言葉に詰まった。

 連帯感。共同性。チームワーク。そんな言葉ばかりが浮かぶ。
 樫田の問いの本質は、きっと誰しも分かることだ。
 集団の雰囲気を悪くする存在。

 『トラブルメーカー』

 大槻がそうであり、いることで座組(しゅうだん)として演技に影響が出ないか。
 その問いにすぐに違うと否定できなかった。
 演劇に関係なく集団に属していれば、その集団の呼吸(ペース)だったり情調(ムード)だったりがある。
 例えば春休みの停滞期。大槻や山路が来ないことで部活の空気は悪かった。
 そして演劇において空気や雰囲気といった肌で知る感覚を創り出すことは前提である。

 部員として俺はできるのか? 今までと同じように大槻と向き合えるのか?

 俺がそう問うている間にも樫田は言う。

「お前らがそれぞれ何を思い、何を考えて黙ったのかは分からない。けど集団として意見を出すってんなら、きっとここでそれっぽい言葉を出して納得するだけじゃ意味がないと俺は思うぞ」

 上っ面の言葉はいつか破綻するから。
 誰かの心の不満が必ず爆発するから。
 そう言われた気がした。

「ああ、別に今までのことが表面上ってことを言っているんじゃない。みんな本音を言っていたと俺は感じたし、実際そうだろうし」

 前置きのように、優しくゆっくりと語る。
 ただ、その言葉は核心を突くようで胸が痛くなってたまらない。

「確かに杉野の言う通り歓迎会については一年生たちや先輩たちへどうのこうのじゃなく、俺たちがどう思うか、そしてそれは演劇部なんだから演劇が基準ってのは分かる。だが俺は大槻とじゃなくて、を問いたい」

 その言葉に、みんなが下を向いた。
 俺の渇望に対して、樫田は現実を問う。
 重く鈍く、どこまでも過酷に。

 樫田はそれだけ言うと、誰とも目を合わせずテーブルを見た。
 まるで祈って答えを待つかのようにしながら、黙った。
 その様子は本気だった。

 どこまでも真剣に俺の意見に対して本気でぶつかってきていた。
 なのに俺は今、樫田にハッキリと言い返す言葉を持っていなかった。
 今までと同じように演劇ができるかだって?
 そんなの、そんなの…………!
 俺が叫びそうになった時だった。

「じゃあ、樫田――」

 そんな声が聞こえた。



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「…………つまりあれか、ここに来て杉野。お前は自分のために……そのなんだ。みんなと部活がしたいと……」
 横にいる樫田が要点のまとまらない様子で、俺に聞いてくる。
 周りのみんなも、驚いている様子だった。
 あれ、てか椎名も驚いてない? さっき外で話したのに。
「極論そうだが、俺は自分の意見を押し通すつもりはない」
「? ちょっと待て。余計にお前の言いたいことが分からなくなったぞ」
 頭痛でもするのか、樫田が額に手を当てる。
 他のみんなも困惑気味だ。
 やべ、言葉足らずだったか?
「つまりだな。大槻に関してはもう部活に来る前提で、ゴールデンウィーク明けのことを考えようって話だ」
「まてまてまて、それが分からん。杉野ここまでの話聞いてきただろ?」
「ああ聞いたよ」
 必死にストップをかける樫田に、俺は力強く肯定する。
 なんだ? 何が分からないというんだ。
「まず大槻を許すか。歓迎会の途中で消えて、夏村を泣かせたことをどう思っているのか。それに対して俺たちはどうすればいいのか。そして場合によっては辞めさせること、あるいは部活のことを考えて行動するのか。そういう話をするんだろ」
「いや、違う」
「違うんかい!」
 樫田が全力で突っ込んだ。
 おお珍しい。
「じゃあ、何について杉野は話したいの?」
 増倉が神妙な様子で聞いてくる。
 俺の言いたいことが自分にとって敵か味方か問うているみたいに。
 だが、違うな。俺は議論を望んで言ったんじゃなんだよ。
「要はだな。俺たちは劇部だろ! なら話すのは演劇のことだろ!」
「…………」
 空気が止まった。
 それはもう困惑とかどうのこうのではなく、無だった。
「うまいこと言われたような、意味が分からないような……」
「正直ピンとこない」
「香菜、これが話し合った結果なの?」
「安心して、私が一番困惑しているわ」
 あれれー? おかしいぞー?
 共感ゼロの失敗人かな。
「みんな自分の意見を言っていただろ」
「ああ」
「じゃあもうそれでいいじゃん」
「あ?」
 あ、やばいやばい。樫田君がキレかかっている。
 顔のゆがみが大変なことになっている。
「いや、あの、その、個人としての意見も集団としての意見も持っていて当たり前なんだよ。それの割り切りは確かにしないとだけど、それは個々人がやることだろ? ならお互いの個人の意見を言い合ったなら、それを尊重しながら集団としての意見を出すしかないだろ」
 ――――。
 あれ? また空気が止まった。
 でもみんな困惑っていうとより驚いてぽかんとしているような……。
「その考え、嫌いじゃない」
 いち早く夏村が少し笑い、そう言った。
 少しだけ場の雰囲気が柔らかくなるのを感じた。
「はぁ、当人が言うんじゃ仕方ないか。にしても杉野の言葉は何でこう」
「わかる。刺してくるっていうか、こう、うわ! ってなる感じ」
「それを杉野が言うのがまた、くるのよね」
「「「わかる」」」
 ん? 何ですかこの団結力。
 さっきまでのピリピリ感が嘘みたいですよ。
「だが杉野、なら余計に大槻に対してはシビアな判断になるんじゃないか? 許す許さないとかの個人的な感情論を無くすってんなら、夏村を泣かせたこととかそういうのは一旦置いておいたとしても。残るのは歓迎会を放り出したってことだろ?」
 樫田が的確に俺の意見に対して疑問を投げる。
 普通に考えれば、それは部活として、部員として許されないことだ。
「確かにそうなんけど、俺たちの話すことは演劇のことなんだよ」
 俺は再びそう言った。
 樫田はその言葉の意味を必死に解釈しようとして黙った。
 言いたいことを続ける。
「そりゃ、俺たちと先輩たちは腹立ったかもしれないけど、一年生たちはどうだった? 楽しそうだったじゃないか。それに一年生たちは事情を知らない。なら部活への影響ない。それに俺は轟先輩に託されたんだよ」
 そう、あのときすぐには気づかなかったが、
『よろしい! ならばゴールデンウィーク後にいつものようにみんなで部活に来るように!』
 あの言葉は確かに俺へ、俺たちへこの問題を託したのだ。
 そんな俺の覚悟を計るように、じっと樫田が俺を見る。
 次に椎名、増倉、そして夏村と、みんなをゆっくりと確認した。
 嫌な数秒だった。
「確かにそうだな。これは部活の問題と考えていたが、現状は杉野の言う通りだ。そしてそうなら、俺たちの問題ってことだな」
「俺たちの問題……?」
 樫田の言い方に背筋が痺れた。
 冷たい悪い予感はすぐに当たる。
「ここが演劇について話す場だっていうなら質問は簡単だ」
 凍てつくような視線をしながら、樫田はみんなを見る。
「みんなは今まで通り、あるいは以上の演技ができるか?」
 誰も何も言えなかった。
 裏方の樫田からの投げかけはあまりにも表舞台に必要なことを突いてきた。
「言い方悪くて申し訳ないが、大事な場面でどっかに行くやつとお前らは演技ができるのか?」
「……その言い方は卑怯だわ」
「ならすまない。最初の質問にだけ答えてくれ」
 椎名が素早く反論するが、樫田は動揺せず訂正をする。
 誰もが言葉に詰まった。
 連帯感。共同性。チームワーク。そんな言葉ばかりが浮かぶ。
 樫田の問いの本質は、きっと誰しも分かることだ。
 集団の雰囲気を悪くする存在。
 『トラブルメーカー』
 大槻がそうであり、いることで座組《しゅうだん》として演技に影響が出ないか。
 その問いにすぐに違うと否定できなかった。
 演劇に関係なく集団に属していれば、その集団の呼吸《ペース》だったり情調《ムード》だったりがある。
 例えば春休みの停滞期。大槻や山路が来ないことで部活の空気は悪かった。
 そして演劇において空気や雰囲気といった肌で知る感覚を創り出すことは前提である。
 部員として俺はできるのか? 今までと同じように大槻と向き合えるのか?
 俺がそう問うている間にも樫田は言う。
「お前らがそれぞれ何を思い、何を考えて黙ったのかは分からない。けど集団として意見を出すってんなら、きっとここでそれっぽい言葉を出して納得するだけじゃ意味がないと俺は思うぞ」
 上っ面の言葉はいつか破綻するから。
 誰かの心の不満が必ず爆発するから。
 そう言われた気がした。
「ああ、別に今までのことが表面上ってことを言っているんじゃない。みんな本音を言っていたと俺は感じたし、実際そうだろうし」
 前置きのように、優しくゆっくりと語る。
 ただ、その言葉は核心を突くようで胸が痛くなってたまらない。
「確かに杉野の言う通り歓迎会については一年生たちや先輩たちへどうのこうのじゃなく、俺たちがどう思うか、そしてそれは演劇部なんだから演劇が基準ってのは分かる。だが俺は大槻と《《演劇がしたいか》》じゃなくて、《《演劇ができるか》》を問いたい」
 その言葉に、みんなが下を向いた。
 俺の渇望に対して、樫田は現実を問う。
 重く鈍く、どこまでも過酷に。
 樫田はそれだけ言うと、誰とも目を合わせずテーブルを見た。
 まるで祈って答えを待つかのようにしながら、黙った。
 その様子は本気だった。
 どこまでも真剣に俺の意見に対して本気でぶつかってきていた。
 なのに俺は今、樫田にハッキリと言い返す言葉を持っていなかった。
 今までと同じように演劇ができるかだって?
 そんなの、そんなの…………!
 俺が叫びそうになった時だった。
「じゃあ、樫田――」
 そんな声が聞こえた。