「で、どうしよっか」
裏にある体育館への入り口は普段から閉まっていて生徒が訪れることはあまりない。入口の前には二、三段の小さい階段があって、そこに香織は座っていた。隣に置いていた鞄を自分の後ろに置きなおすとポンポンと手で地面を叩く。促されるままに僕は肩から荷物を降ろすと香織の隣に座った。
本当なら一言くらい文句を言ってやりたい気持ちもあったが先に声をかけられたことでタイミングを逃した気がして、結局すぐに本題に入った。
「集めるって言っても結構できること限られてない?ほら、物理的に無理って人もいるしさ」
「綾奈ちゃん、学校にいないからなあ。声をかけるのは一番最後かもね」
「だろ?だから結衣か康介とまずは話をしないとなって……」
「……それがどうしたの?」
「いや、なんて話したらいいのか分からなくてさ。色々あったし」
「そっか……」
香織は膝を抱えるとその上に顎を乗せてうーんと唸った。教室とは違って道路沿いの方に近いこの場所は隣に商業施設の駐車場があるせいか、自動車の通る音がよく聞こえる。さらに耳を澄ませると夏休みだからか小さい子供の駄々をこねる声が聞こえてくるような気がした。
「だけどやることは一つだと思うよ」
いつの間にか、さっきの姿勢のまま顔だけこっちを向けて覗き込むようにしていた香織と目が合う。
「一つって?」
「ちゃんと自分の考えてること、思ってることをみんなにしっかり話さないとね」
「難しいことを言う」
「そうかな?」
「そうだよ」
香織は再び正面を向いて少し黙ったあと口を開いた。
「確かにそうかも……だけど想いって想ってるだけじゃダメなんだよ。当たり前のことだけどさ。今を変えたいならなおさらね」
そう言った香織はどこか遠くを見ているようで僕はその横顔から目が離せなかった。
「それでもダメだったら?どうしたらいい」
「納得がいくまで行動し続ける、だよ」
説得力のある言葉を噛みしめていると、香織が微笑んでいるのに気付いて、僕もそれにつられて口角が上がった。「それにしても」と香織が続ける。
「昨日まであんな態度ばっかとってた恵太くんがそんなことで悩むようになるなんてねえ」
「それは……」
言葉に詰まる僕を見て香織はニヤニヤと笑みを浮かべると、ドサッと置いてあった鞄ごと後ろに倒れこんだ。
「あーあ。もっと早くから病院に連れていくべきだったかなあ」
両手を広げて寝そべる香織が吐き出すように言う。それを聞きながら僕は両手を後ろについて空を見上げた。雲一つない一面に広がる青が僕らを覆うようにしている。ずっと見ているとなんだかその青が僕を包んで融かしていってしまいそうな気がした。
「僕も……もっと早くから行っていたらなって思うよ」
「驚いた……そんなこと言うなんて」
香織が勢いよく体を起こす。ふわっと巻き起こった風がそっと肌に触れた。
「ふと思ったんだ。行動してみて実際に何かを得てみると、もっと前からしていればって後悔する。分かってたことなのにさ」
「……じゃあ、恵太くんは昨日行ってなにかを得られたんだ」
「うん。そういう意味で言ったら昨日行ったっていうのがちょうど良かったのかもね」
「どうして?」
「だってさ、昨日行ったから彰が目を覚ます場面に立ち合えて……しかも記憶喪失。それがなかったらみんなを集めるために行動しようなんてならなかったかもしれないし」
「そっか……そうだよね」
香織は僕の言葉に頷くと続けて言った。
「だけど、彰くんの目が覚めたって話はまだみんなに伝えない方がいいかも」
「なんで?彰のためなのに」
「彰くんのためっていうのは私たちの中で分かっていればいいの。それに……」
短くため息をつく。
「恵太くんがやるから意味があるんだよ」
「僕がするから…意味がある?」
「とにかく!彰くんの意識が戻ったってことは言っちゃだめだよ?だから怪しまれるような行動をとるのも禁止。分かった?」
香織の圧に押されるように僕は首を縦に振った。
「分かったけど、怪しまれるような行動って?例えばどんなことさ」
「そうだなあ……普段と違いすぎる行動とか?急に恵太くんがクラスメイトとたくさん話すようになったら変だよね」
「言ってることは正しいけどなんだかな」
「つまり、あんまり目立ちすぎるのは良くないってこと!」
「それを言うなら今日は香織のせいで結構目立ってたけど……」
「あれは良いの!普段の行動の延長だし」
「それを言ったら僕だってそれなりにクラスメイトと会話してるけど」
「どうせ次の移動教室はどこだっけ、とかそういうのでしょ」
決めつけるような言い方に反論したい気持ちはあったが、香織の言っていることは全く間違っていなくて何も言い返せなかった。そもそもこんなくだらないことで言い返しているなんて今日の僕はどうかしている。久しぶりの自分のテンションに違和感を感じてた。しかし、そんなことはお構いなしで香織は会話を続けていくのだから一旦落ち着こうなどという余裕もなく、僕の口調は意識しないうちにどんどん昔のものに戻っていった。強制的に六年間のブランクを埋められていくようだ。
「それに、あれには意味だってあったんだから」
「なんだよ、その意味って」
そう訊いたとき、香織がほんの少し落ち着きのないように見えた。普段が落ち着いているかと言われたら香織はそういう人間に分類されないと思うが、そういうことではなく何かを気にしているという感じだ。ぱっと見普段と変わる部分はないが、人差し指で膝をトントンと指で叩いている。まるで鍵盤を押し込むようなその動作は香織がなにか目の前のこととは別の考え事をしているときの癖だった。別のことをしてたり体を動かしている最中には出ないが、こうやってゆっくり話しているときにはたまに見ることが出来た。
どうやって答えようか悩んでいる香織に対して僕は続けて訊いた。
「忘れ物でもした?」
「え!?」
驚いたからか指の動きも止まる。
「なにか気にしてるみたいだったからさ」
そう言うと納得したように「ああ…」と香織は呟いた。
「もしかして指動いてた?」
そんなことを言われるとは思っていなくて言葉に詰まる。だが、そんなことをしたら言葉にしなくても答えているのと同義だった。
「治そうとしてるんだけどね。最近はしてなかったんだけど…気が緩んじゃってたみたい」
照れ臭そうに香織が笑った。
「恵太くんはしなくなったよね。昔よくやってたやつ」
「そんなのあった?」
全く心当たりがない。
「自分の癖って意外と分からないよね。私も彰くんに言われて気付いたし」
「で、結局なんだよ。僕の癖って」
「言いたくないなあ。本人が気づいてないことに気付いてるって特別感あるし」
おそらく何度聞いたところで教えてくれそうにはない。忘れていたが香織はそういう奴だった。いつも肝心な部分をもったいぶって言わない。そうやって人に悪戯をするのが好きなのだろう。
お預けを食らって気持ちは釈然としないが、そんな気持ちを体の外に出すかのように息を吐いた。
「癖と言えばさ、あの時のこと思い出さない?」
突然ハッとしたように息を吸い込むと前のめりになって話しかけてきた。瞳がキラキラ輝いているように見えて僕は思わず目を逸らした。
「あの時ってどの時?」
「ほら!彰くんと康介くんがバドミントンしてるのみんなで見てたでしょ?初めて彰くんが負けたときのやつ」
「ああ!あれか!」
一気に記憶が鮮明に思い出される。駆け巡る思い出からはあの時の声や匂いさえ感じる気がした。脳内に過去が溢れ出るときどうしてこんなにも懐かしくて胸が苦しくなるのだろう。香織の言ったものは小学六年生になってすぐ、四月のことだった。
寒さを耐え抜いた木々の隙間からは隠れていた蕾の中身が顕わになってほのかに花の甘い香りが漂っている。緑色に着飾り始めてできた木陰では樹皮の裏に取り残されてひんやりとした冷気が漏れていた。
向こうからラケットでシャトルを打つ小気味いい音が聞こえてくる。時間と場所があれば彰と康介はよくバドミントンをしていた。初めて対戦したのはたしか彰が引っ越してきてすぐの体育だった気がする。それまで村の中では一度も負けたことがなかった康介が初めて負けた瞬間でもあった。それもかなりの差で。それが悔しかったのだろう。康介が僕らと遊ぶようになってからはしょっちゅう彰に挑むようになって、僕らもそれを見るのが日常の一部になっていた。もう何度目かという対戦になるが康介が勝つところを見たことがない。僕は特段バドミントンに詳しいというわけではなかったが、それでも康介がそこらへんの選手より圧倒的に上手いというのは分かっていた。きっと康介が村を出ることが出来たなら選手として名を轟かせていただろう。だというのに彰に勝つということだけは全く想像することが出来なかった。
作りかけの秘密基地の中で音を聞いているだけの状況に飽きた僕は、頭の後ろで組んでいた腕を解いた。立ち上がると床がみしみしと音を立てたような気がしてすぐに秘密基地から出た。
梯子を下りると香織は使う予定の木の上に座っていた。視線の先には康介が持参したネット越しに打ち合っている二人がいる。結衣と綾奈はそんな二人の後ろで球審のように立っていた。
「どう?」
声をかけながら香織の隣に座る。それを香織は一瞥すると再び試合に目を向けた。
「結構いい勝負してるよ。康介くん、前よりも上手になった気がする」
「へえ…じゃあ今日こそ勝つかな?」
「だったら賭ける?どっちが勝つか」
今度は顔を僕の方へ向けると答えを待つようにじっと見る。
「賭けるってなにを?」
「そうだなあ……今度の給食の好きなおかず一週間分とか」
「いいけど、賭けになる?」
「恵太くんがそういう気なら私が康介くんに賭けるよ」
「意外」
「なにが?」
「そんなに賭けがしたいって知らなかったよ」
「別に賭けがしたくて康介くんに賭けるわけじゃないですけど?」
ムッと口をとがらせると香織はまた試合の方に視線を向けた。
ゲームの展開は康介が攻めて彰がそれに耐え続けるといったものだった。康介のスマッシュは驚くほど速くて威力が高い。だが、彰はまるで打たれる場所が分かっているかのようにシャトルの落下地点に入ると返してしまうのだ。それでも攻め続けられているのを凌ぎ続けるというのは難しいようで、少しずつ返球にミスが出始めているように見えた。そのチャンスを康介は見逃さず、まるで地面に叩きつけるかのようにラケットを振り下ろす。強く放たれたシャトルは彰のラケットの届かないところに落ちた。康介がガッツポーズをして喜ぶ。
「確かに前より勢いがある気がする」
視線を感じて顔を向けると、香織がほれ見たことかと言わんばかりに自慢げに僕を見ていた。
「なに?」
「いや、別に」
彰が勝つというのは信じているし、そっちの方が間違いなく確率は高い。しかし、どっちが勝つかという話をして更に給食のおかずを賭けるということになった途端に点をもぎ取った康介の姿を見せられると一抹の不安がよぎる。だから勝ち誇ったような表情をしている香織になにか言い返してやりたく思った。
「でもまだ分からないよ?力は康介の方が上かもしれないけどバドミントンは力だけで勝ち負けは決まらないし」
「不安なら恵太くんが康介くんに賭けてもいいんだよ?」
「いいや。そんなことはしないね!彰は一度も負けてないし、もったいない」
「そう?今まで全部勝ってきたからって今負けない保障なんてないよ?未来のことは誰にも分からないんだから」
「なら賭けるのは給食全部にしようよ!」
香織の余裕を崩したくて勢いで言ってしまう。冷静に考えてみれば育ち盛りの子供たちにお昼ご飯を抜かせるというのはかなり酷だ。言い切ってしまった後にやりすぎたと後悔したが自分から言っておいてやっぱりなしとは言えない。そんな葛藤を見せないように堂々と振舞おうと意識したのだが、それが功を奏したのか、流石の香織もこの発言には驚きを隠せなかったようでギョッとして目を見開いていた。
「それは……おかずだけにしよう」
香織が怖気づいたというのも勿論嬉しかったのだが、それ以上に提案を却下されたことに安堵して気付くのが遅れた。
ゲームは進んでいきカウントが十九対十九と拮抗していた。ここまで白熱した試合は初めてで僕らは喋ることなく見入っていた。康介たちがする試合形式は一セット、つまり二十一ゲーム先取でタイブレークはない。あと二ポイント先に取った方が勝ちだ。
葉の揺れる音すらしない緊張感のある静寂の中では試合をする二人の呼吸しか聞こえない。呼吸の荒さからどちらの方が疲弊しているのかは明らかで、普段から励んでいる康介の練習の成果が表れていた。
康介は深く息を吸ってそれを吐き出すとサーブを打った。手前の方に放たれたシャトルは簡単に拾われてしまう。だが、彰は甘く打ちあげてしまい康介はそれをジャンピングスマッシュで返した。それを前に落とすように返球すると康介は前に出て打ち返す。今度は再び高く打ち上げて返すとそれをまた康介はスマッシュする。何度かそれを繰り返すと康介の打ったシャトルがネットにあたって彰のコートに落ちた。
何度も前後に移動してスマッシュを打ち続け体力を消耗したからか康介の息は荒く、得点を喜ぶ余裕すらない。一方で、彰は高く打ち上げることで体力を回復していたようで深呼吸をして集中を高めている。これではどちらがポイントを取ったのか分からない。
サーブはポイントを取った側が行う。今度は奥側にサーブを入れた。彰は再び高く深く返す。康介はやはりスマッシュで返したが威力が落ちているのが目に見えて分かった。難なく前に返球すると康介も前に返す。彰は康介が前に出てきたのを見逃さずそれを冷静に左後ろに返した。なんとか康介はそれを打つと彰は右手前に優しく返球した。それにも追いついて返すと、康介は急いで後ろに戻ろうとした。それは彰がまた左後ろ側に打とうとしているのが見えたからだった。彰も途中までそのつもりだったのだろう。しかし、強く打とうとしていたラケットの振りを緩めると打つ方向を変えて再び右手前に落とした。この見透かすかのように相手の逆を突く動きが彰は上手だった。
今度は彰のサーブだ。奥深くにサーブを打って康介を後ろに下がらせる。このポイントを取った方が勝ちということもあってかラリーは長く続いた。特に康介は先ほどまでとはうってかわって強引にスマッシュを打ち続けるといったプレイをせず、彰を揺さぶるように返球していた。
そうして続けていくと回復した体力も底をつき始めたのか、彰はまた高くロブを上げるようになった。康介はここぞとばかりにスマッシュを打った。力強さが戻っている。前のポイントで見ていたスマッシュを予想していたのだろう。彰は想定よりも強い球を前で受けることになった。なんとか返球されたシャトルは康介のコートの前の方で高く上がる。康介は再びジャンプしてスマッシュを打とうとした。それを見て一歩後ろに下がった彰だったが、なにかに気付くと慌てて前に飛び出ようとした。だが、重心が後ろにあったせいでバランスを崩して動くのが遅れてしまう。康介はラケットがシャトルにあたる直前に力をふっと緩めた。
シャトルはネットのギリギリを通って彰側のコートに落下していく。誰もが康介の勝ちを確信したその時、彰のラケットがシャトルに触れた。声を出しながら振り切ったラケットに押し出されたシャトルはコートの右奥に吸い込まれるようだ。康介は動くことが出来なかった。
「アウト!」
康介の後ろに立っていた綾奈が手を上げた。その声を聞いた康介は「よっしゃああ!」と叫び声をあげると拳を振り上げてガッツポーズをした。最後のプレーで地面に倒れこんでいた彰は仰向けになると両腕を広げた。規則的に膨らむ腹部が疲労を表している。
手に汗を握る熱戦を終えても尚余韻に浸っていた僕は急に横から脇腹をつつかれたことでようやく自分が息をし忘れていたことに気付いた。咽て身をよじるとつついてきた相手を見る。
「給食全部にしておけばよかった」
目を細めてニヤニヤと笑みを浮かべる香織を見て、僕は急に現実に引き戻されたような気がしてため息が出た。
「香織が断ってくれて本当によかった……」
向こうでは康介が彰に手を差し出しているのが見えた。香織は勢いよく立つとそのまま二人のもとに駆けていく。それに続いて手を木の上についた。固いところに座っていたからお尻が痛い。その痛みをどこかへ飛ばすかのように手で払ってみんなの方に向かった。
「負けたよ。もともと力は康介の方が上だったけど、ああいうフェイントとかも混ぜられると厄介だね」
彰は微笑みながら康介の腕をつかんで立ち上がるとそう口にした。
「でも返された」
自分が勝ったというのにあまり堪えていなさそうな彰が不満だったのか、念願の勝利だというのに康介は思ったほど喜んでいないようだ。嬉しそうではあるのだが、もっと騒ぐものだと思っていた。
「アウトだったじゃないか」
「バランスを崩さなかったら入っていただろ?」
「そうかもしれないけど、バランスを崩したのは康介の揺さぶりの結果だ。僕はバランスを崩したし、そのせいでアウトにもなった。たらればの話をしたって仕方ないよ?」
「じゃあ質問を変えよう…なんで反応できたんだ?個人的には結構うまくいったと思ったのにあれが返されるとなるとな」
「……超反応?」
「ちゃんと答えてくれよ」
「えー?敵に塩を遅れってこと?」
どうしようかなあ、と言って首をかしげ、彰は唸りながら腕を組んだ。
「じゃあ一つだけだよ?」
仕方ないなあと言わんばかりにため息をついて目を細めるとそう言った。
「康介には強打するときにする癖があるんだよ」
「癖だと!?一体どんな?」
「例えばさ、シャトルが打ちあがってチャンスボールが来るだろ?それを待ってる間に唇を固く噛みしめてるんだ。最後のは嚙んでなかった。だから強打じゃないって分かったんだよ」
「全然気づかなかった……」
「自分じゃ意外と気づけないよね。あーあ、これで今度から意識されると対応が難しくなるなあ」
腰に手を当てて天を仰いでいる。そんな彰を見ながら康介が口を開いた。
「よく見てる。どうせ俺の癖というのも一つだけじゃないんだろ?まだまだ余裕があるじゃないか」
「まあ、ね」
ニヤッと笑う彰に香織が話しかける。
「じゃあさ、私たちの癖とかも彰くんは分かってるの?」
「少しはね」
「なら彰くんから見た私の癖ってなに?」
「そうだなあ……」
今度はほとんど悩むことなく彰は答えた。
「香織はよく考え事してるときに指を動かしてるよ。指同士を合わせたり、指でリズム取ったり」
「うわ!よく見てるなあ」
「これだけ一緒に遊べば一つ二つは見つかるよ」
「ふーん……三人のはなに?」
「え!?私は聞かなくていいや!」
香織が尋ねたのを聞いて綾奈は慌てたように彰が喋ろうとするのを止めた。
「なんで?気にならないの?」
「だって恥ずかしいし……みんなに聞かれるのが」
「……私、その恥ずかしいことしちゃったんだけど」
香織の訴えでも考えは変わらないようで、綾奈は顔を少し赤らめて恥ずかしそうに前髪を触った。
「結衣ちゃんは?」
「……私も聞かなくていいかな……綾奈が言ってたみたいに恥ずかしいし」
「えー!?」
結衣は綾奈の方をチラッと見てそう言った。香織が不服そうにしているのを見て僕は急いで口を開いた。
「僕もいいや」
その時の香織の顔はとても印象に残っていた。信じられないものを見たという表情の中に失望という感情が混ざったような顔だった。
僕が思い出したと香織に言ったあと、最初は嬉しそうな表情をしていたがそのあとすぐ思い出したように「あ……」と言うと手で顔を抑える。
「やっぱり思い出さなくてよかったや。あれ、私の恥ずかしい思い出だった」
「もう遅いよ……」
香織がため息をついて落ち込んでいるのを見て話題を変えようと言葉を続けた。
「っていうか、あれから僕の癖探してたんだね」
「探すよ。もう意地になってたからね。分からないなら見つけてやるって。そうやって意識してたらみんなの癖を見つけたんだ。彰くんの知ってるものと同じかは分からないけどね」
気のせいかもしれないが顔を上げて語る香織の声にはなにやら重いものがこもっているように感じた。
「でも、それも結構楽しかったし、そう考えたら恵太くんたちには感謝かな」
「なら良かった」
香織のことはこのことを未だに根に持つような人だとは思っていなかったが、口に出してもらえるとやはり少しほっとした。
「まあ、いっか。恥ずかしい思い出だって共有できる相手がいないと寂しいし」
「じゃあ…またみんなを集めないとな」
思った以上にするっと自分の口から出たことに驚いた。
「うん」
そして本当に嬉しそうな顔をする香織の顔を直視できない自分にも驚いた。
「まず、誰に話そうか。康介か結衣かな。学校にいるのはその二人だし」
ふと触れた耳たぶは想像以上に冷たくて僕の頭を冷静にしてくれる。感情を置いておいてとりあえずやるべきことを口に出してみた。
「康介くんはそろそろ大会があるからあんまり話しかけにくいかもね。ただでさえピリピリしてから」
「なら、結衣からか……」
そう口にした途端、物陰からヌッと少女が姿を現した。もし小学生の頃の彼女を知っている者であれば誰しもがその変わりように驚くであろうその少女は物陰から聞こえてきた話が気に入らないようで、自身の不機嫌という感情をこれでもかと言わんばかりに顕わにしていた。
「結衣ちゃん…やっぱり来たんだ」
驚く僕とは逆で香織は表情をまったく変えずに話しかけた。