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3 大家恵太①

ー/ー



 頭がすっきりとして目の前のことに集中できる。今日も相変わらず教室の中を勉強に適した環境ということは出来ないが、そんな雑音も全くと言っていいほど気にならない。その原因は久しぶりにぐっすりと眠ることが出来たからだろうか。昨日はあの悪夢をみなかった。
 何年かぶりの快眠は僕の気持ちを楽にさせた。許されたとまではいかないが、なんだか少しだけ解放されたような感覚。彰が長い眠りから覚めたからかもしれない。となると香織に感謝する必要がある。昨日かなり強引だったが、病院に連れていかれることがなければ立ち会えず、こう感じることもなかっただろう。それに絶対に口にすることはないが、ああやって昔と変わらないで接してくれるというのはありがたくて嬉しいものだった。
 そんなことを考えていると、彼女が廊下から顔を覗かせて教室の中を見回してくるのが見えた。香織は僕とは別のクラスでたまにこうして教室を覗いてくる。もし僕が同じことをしたら何をしているのかと変に思われるだろうが、全クラスに友人がいる香織がするのは日常の一コマとして受け入れられていた。
 ペンを動かすのを止めてゆっくりと顔を動かす香織を見ていると目が合った。香織は大きく腕を振ってきたが、僕はクラスメイトたちがいる中で手を振り返すという行動をするなんて考えは起きず、大した反応も示せなかった。それが不満だったようで教室に入ると一直線にこっちへ向かってくる。いくら日常の一コマといえど他のクラスの生徒が教室に入ってきたとなると気にはしてしまうみたいで、会話に夢中だったりそれでも気にしない人たち以外は香織のことを目で追っていた。
「どうして無視するの?」
 中学に入った頃は香織もクラスメイトがいる場所だろうが気にもせず話しかけてきていたが、僕が嫌そうに逃げたりしていくとそういったことも減って僕が一人のときにだけ話しかけてくるようになった。だから、高校に入ってからこんなに他の人がいる前で話しかけてくるのは初めてで、珍しい組み合わせに興味津々といった視線を感じて冷たい汗が背中を伝った。
「いや……急に来たから驚いてさ。ほら、珍しいじゃん?」
「そう?」
 よく分からない言い訳に納得がいっていないという感じだったが、「まあいっか」と呟くと空いていた隣の席から椅子を引っ張ってきて座った。
「なにしてんの?」
 思わず変なことを訊いてしまう。
「なにって、座るんだよ」
「それはそうだけどさ」
「勉強進んでるの?」
 困惑する僕を放って、香織は机に両腕をついて覗き込むようにテキストを見ている。
「まあ、それなりに」
「どのくらいで終わりそう?」
「あと……一時間半くらいでキリがいい感じかな。なんで?」
「なにして待とうかなって」
「そっか。じゃあまたあとで」
「いや、別にここにいるから」
「は!?」
 当たり前でしょと言わんばかりのその態度に大きな声が出そうになる。なんとか抑えたがそれでも何人かには聞こえたようでこっちを向いてくるのが見えた。
「自分のクラスに戻ってたらいいじゃん」
 反動でさっきよりも声が小さくなった。
「だって確認しに来るの面倒だから。鞄だって持ってきちゃったし」
「僕が終わったら呼びに行くから確認しに来なくたっていいよ」
「迷惑?」
「迷惑って言うか……」
 わざとらしく申し訳なさそうに言葉を連ねる香織にどう返したらいいのだろう。香織が揶揄い半分でこんなことをしてきているのは分かっているが、傍から見たら僕の方が悪く見える気がする。今まではそれでも良かったのだが、みんなを集めるという目的が出来た以上少し都合が悪い。
「分かったよ。とりあえず場所を移動しよう」
「だけど勉強は……」
「もう終わってる」
「え!?」
 しおらしくしていたのが驚いて一瞬で消え、いつもの元気な感じが戻る。
「なんで嘘ついたの!?」
「ああ言えば自分の教室に戻るかなって」
「なんか冷たくない?」
「冷たくしてるってより、一旦戻ってほしかったんだ。今の僕らって目立つだろ?」
「自意識過剰じゃん」
 香織は口元を手で隠して言うとすぐにニヤリと笑う。自分で言っていて少し恥ずかしかったが、そうやって他人から指摘されると一層そう感じて僕は黙った。
「でも目立つのが良いと思ったんだけどなあ」
「そっか」
 よく香織の言っていることが分からないが、とりあえず相槌を打ってみる。だが、そんな心情を察しているかのように香織は「あとで分かるよ」と言うと続けた。
「とりあえず恵太くんの言うように場所を移すって案は賛成。落ち着いたところで話したいよね。どこか良い場所知ってる?」
「体育館裏とかは?あんまり人通らないと思う」
「いいね。確かに話し合いに向いてるよ」
 そう言ってサッと椅子を引いて立ち上がった。床に置いていた鞄もすでに肩にかけている。
「じゃあ、先行ってるね」
 元あった場所に椅子を収めると声をかける間もなく教室から出ていった。あっという間に感じる出来事に翻弄されて僕も急いで机の上のものを鞄に詰め込む。というのも、まだ珍しそうに僕の方をチラチラと見てくる視線がいくつかあって居心地が悪く、とっとと出ていきたかったからだ。目が合うのが嫌であまりそっちの方を見ないようにする。そうやってよく分からない焦燥感に駆られていたせいで、教室を出るときもジーッとかつての友人に見られていたことに僕はこれっぽっちも気が付かなかった。


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 頭がすっきりとして目の前のことに集中できる。今日も相変わらず教室の中を勉強に適した環境ということは出来ないが、そんな雑音も全くと言っていいほど気にならない。その原因は久しぶりにぐっすりと眠ることが出来たからだろうか。昨日はあの悪夢をみなかった。
 何年かぶりの快眠は僕の気持ちを楽にさせた。許されたとまではいかないが、なんだか少しだけ解放されたような感覚。彰が長い眠りから覚めたからかもしれない。となると香織に感謝する必要がある。昨日かなり強引だったが、病院に連れていかれることがなければ立ち会えず、こう感じることもなかっただろう。それに絶対に口にすることはないが、ああやって昔と変わらないで接してくれるというのはありがたくて嬉しいものだった。
 そんなことを考えていると、彼女が廊下から顔を覗かせて教室の中を見回してくるのが見えた。香織は僕とは別のクラスでたまにこうして教室を覗いてくる。もし僕が同じことをしたら何をしているのかと変に思われるだろうが、全クラスに友人がいる香織がするのは日常の一コマとして受け入れられていた。
 ペンを動かすのを止めてゆっくりと顔を動かす香織を見ていると目が合った。香織は大きく腕を振ってきたが、僕はクラスメイトたちがいる中で手を振り返すという行動をするなんて考えは起きず、大した反応も示せなかった。それが不満だったようで教室に入ると一直線にこっちへ向かってくる。いくら日常の一コマといえど他のクラスの生徒が教室に入ってきたとなると気にはしてしまうみたいで、会話に夢中だったりそれでも気にしない人たち以外は香織のことを目で追っていた。
「どうして無視するの?」
 中学に入った頃は香織もクラスメイトがいる場所だろうが気にもせず話しかけてきていたが、僕が嫌そうに逃げたりしていくとそういったことも減って僕が一人のときにだけ話しかけてくるようになった。だから、高校に入ってからこんなに他の人がいる前で話しかけてくるのは初めてで、珍しい組み合わせに興味津々といった視線を感じて冷たい汗が背中を伝った。
「いや……急に来たから驚いてさ。ほら、珍しいじゃん?」
「そう?」
 よく分からない言い訳に納得がいっていないという感じだったが、「まあいっか」と呟くと空いていた隣の席から椅子を引っ張ってきて座った。
「なにしてんの?」
 思わず変なことを訊いてしまう。
「なにって、座るんだよ」
「それはそうだけどさ」
「勉強進んでるの?」
 困惑する僕を放って、香織は机に両腕をついて覗き込むようにテキストを見ている。
「まあ、それなりに」
「どのくらいで終わりそう?」
「あと……一時間半くらいでキリがいい感じかな。なんで?」
「なにして待とうかなって」
「そっか。じゃあまたあとで」
「いや、別にここにいるから」
「は!?」
 当たり前でしょと言わんばかりのその態度に大きな声が出そうになる。なんとか抑えたがそれでも何人かには聞こえたようでこっちを向いてくるのが見えた。
「自分のクラスに戻ってたらいいじゃん」
 反動でさっきよりも声が小さくなった。
「だって確認しに来るの面倒だから。鞄だって持ってきちゃったし」
「僕が終わったら呼びに行くから確認しに来なくたっていいよ」
「迷惑?」
「迷惑って言うか……」
 わざとらしく申し訳なさそうに言葉を連ねる香織にどう返したらいいのだろう。香織が揶揄い半分でこんなことをしてきているのは分かっているが、傍から見たら僕の方が悪く見える気がする。今まではそれでも良かったのだが、みんなを集めるという目的が出来た以上少し都合が悪い。
「分かったよ。とりあえず場所を移動しよう」
「だけど勉強は……」
「もう終わってる」
「え!?」
 しおらしくしていたのが驚いて一瞬で消え、いつもの元気な感じが戻る。
「なんで嘘ついたの!?」
「ああ言えば自分の教室に戻るかなって」
「なんか冷たくない?」
「冷たくしてるってより、一旦戻ってほしかったんだ。今の僕らって目立つだろ?」
「自意識過剰じゃん」
 香織は口元を手で隠して言うとすぐにニヤリと笑う。自分で言っていて少し恥ずかしかったが、そうやって他人から指摘されると一層そう感じて僕は黙った。
「でも目立つのが良いと思ったんだけどなあ」
「そっか」
 よく香織の言っていることが分からないが、とりあえず相槌を打ってみる。だが、そんな心情を察しているかのように香織は「あとで分かるよ」と言うと続けた。
「とりあえず恵太くんの言うように場所を移すって案は賛成。落ち着いたところで話したいよね。どこか良い場所知ってる?」
「体育館裏とかは?あんまり人通らないと思う」
「いいね。確かに話し合いに向いてるよ」
 そう言ってサッと椅子を引いて立ち上がった。床に置いていた鞄もすでに肩にかけている。
「じゃあ、先行ってるね」
 元あった場所に椅子を収めると声をかける間もなく教室から出ていった。あっという間に感じる出来事に翻弄されて僕も急いで机の上のものを鞄に詰め込む。というのも、まだ珍しそうに僕の方をチラチラと見てくる視線がいくつかあって居心地が悪く、とっとと出ていきたかったからだ。目が合うのが嫌であまりそっちの方を見ないようにする。そうやってよく分からない焦燥感に駆られていたせいで、教室を出るときもジーッとかつての友人に見られていたことに僕はこれっぽっちも気が付かなかった。