天界の空を飛ぶ
ー/ー ユージと飛天たちは宿の中庭に出た。ここからお空のお散歩を開始するのだ。
飛天に教えてもらった通り、まずは魔法石にお願いし、力が溜まったところで浮遊術の呪文を唱える。
すると、ユージの身体がふわり、と2メートルほど宙に浮いた。
「うわ」
バランスが取れず手足をばたつかせるユージに、
「ユージ、天導師様はよく、顔を水につけて浮かんだつもりでって言うんだけど、出来そう?」
と、飛天が声を掛けてきた。
「あ、そうか、なるほど」
ヤンのアドバイスはいつも分かりやすいうえに的確だ。
ユージは空中で身をよじり、腹這いになって手足を広げ、全身の力を抜いてみた。
「飛天、ホントだ。楽になったよ」
「うん、いい感じだね!このまま高度を上げるよ!」
飛天たち風の精霊がユージを取り囲み、上昇気流を起こして上空へと引っ張り上げる。
その様子を日向ぼっこをしながら見ていた宿の老爺が、にこにことユージを見送った。
「ユージさん。楽しんでおいで」
「はい。行ってきます!」
手を振る老爺がみるみる小さくなる。
(俺、ホントに空に居るんだ)
ユージは上昇気流に身を委ね、バランスを崩さないように注意しながら辺りを見回す。
ここには、魔界と違って天を突き刺すような高層建造物は見当たらない。見える範囲で一番高そうな建物でも、せいぜい地上20メートルといったところだろうか。
(天界って、空が広いんだな)
遥か彼方の山々の稜線も、ここから決して近くはない場所にある、天界を支配する帝が住まう壮大な宮殿さえもはっきりと視界に捉えることが出来る。
飛天たちは大きな建物に引っかからない程度まで高度を上げ、そこから北に向かって移動を始めた。
「ユージ、気分はどう?」
飛天がユージに並びかけ、様子を窺う。
「もう、最高!」
ユージは満面の笑顔を向けた。
彼は身体一つで空を飛ぶ爽快感に酔いしれていた。飛天たちが起こしていない、地形の変化や上空の気流によってもたらされる風さえも自分を歓迎してくれているように思えた。
左手に暁の宮が見える。いつも下から見上げるばかりの場所だが、空からの眺めもまた壮観だ。
「暁の宮はレア神が足を下ろされるところだから、お邪魔にならないように脇を通るよ」
暁の宮の横を通り抜け、今度は西へと進路を取る。
「調子良さそうだから、ちょっと遠いけど宵の宮まで行ってみようか!」
と、飛天が声を掛けてきた。
「宵の宮って、二大神殿の?」
「そうだよ。闇のイル神を祀っている、女の神官が守る宮だよ」
「へえ、そうなんだ。面白そうだね」
(暁の宮と、何か違いがあるのかな)
ユージは単純にその点に興味を持ったのだが、
「でしょ。ユージは男の人だから、女の人がいっぱいいるところ、興味あるよね?」
飛天はにやにやしながら違う方向の話を持ち出した。
(え、そっち?)
途端にユージの脳裏をサクラのむくれ顔がよぎる。
「何言ってるんだよ。俺、奥さんいるからそういうのダメ」
頭の中のサクラに言い訳するようにユージは否定した。
「なんだ。つまんないの」
飛天は鼻白んだ。
(精霊って意外と俗っぽいのかな)
飛天の態度を見て、ユージは精霊に対する認識を新たにした。
暫く進むと、四方八方見渡す限り木々で覆いつくされた、広大な森が出現した。
「わあ、凄い!」
ユージは思わず声を上げた。
魔界でも魔界政府が主導して郊外などにちょっとした森林を残してはいるが、これほどの規模のものはそうそうお目にかかれるものではない。
(あれ?)
よく見ると、その豊かな森の中にも所々ぽかっと穴が開いたような場所があり、上空を通過するとそこには朽ちた建物が点在していた。
「ここ、昔は誰か住んでいたんだね?」
飛天に確認すると、直ぐに答えが返って来た。
「そうだよ。ここはオニキスっていう大きな国があったところなんだ」
飛天によると、現在の天界は天帝の下ひとつの国に集約されているが、以前は多くの国が存在しており、国と国とが争う戦乱の時代があったそうだ。その中でもオニキスは強大な国家であったが、天帝の出身国との戦に敗れ、滅ぼされたという。
「オニキスは最後まで徹底的に天帝に歯向かったもんだから、彼らが支配していた土地は打ち捨てられて、今ではこの通りの有様ってわけ」
つまりは、当時の天帝の恨みを買ったということだろう。
「これだけの広い土地、再開発したら色々いいことありそうだけど」
ユージは魔界人の感覚でそんなことを口にする。
「そうかな?おいらは豊かな森が増えて良かったなって思ってるけど」
飛天は優しい表情で眼下の森を見渡した。
もしかしたら、彼の大きな目にはそこに生息する動物たちや、精霊たちの姿がはっきりと見えているのかもしれない。
(そうか。飛天は精霊だから、そんな風に思うんだな)
ユージは、ヤンが
「精霊は自然の力が顕在化したもの」
と言っていたことを思い出していた。
(それなら、人間に再開発されて建物ばっかりになるよりも、自然が増えた方が嬉しいよな)
と、ユージは理解した。
そのまま広大な森の上空を進み、宿の中庭を飛び立ってから1時間半ほど経った頃、前方に暁の宮によく似た神殿が見えてきた。
「やっと見えてきたね!あれが宵の宮だよ」
ユージが問いかける前に、すかさず飛天が教えてくれた。
「暁の宮にそっくりだね」
「形は似ているけど、色がちょっと違うんだ。もっと近づいたらわかるよ」
飛天の言葉に、ユージは頷いた。
ユージにとって初めての空中散歩だったが、意外なことに疲れは殆ど感じていなかった。これは、飛行に必要な魔力や体力を飛天たち風の精霊が賄ってくれているからだろう。
(飛天たちさえ疲れていなければ、往復出来そうだな。後で相談してみよう)
出来ることならこの爽快な空の旅をもう少し続けてみたい、とユージは思っていた。
と、その時――。
ユージは右手の方角になにやら蠢くものがあることに気が付いた。
(あれ、何だろ)
それは、急峻な山と山の間から、金色に輝く細長い生き物が空に立ち昇り始めた姿だった。
黄金の身体に陽の光が反射し、キラキラと美しく光り輝いている。
(あれは……龍、なのかな)
ユージは、子供の頃お気に入りだった絵本に描かれていたその美しい姿を思い浮かべていた。
龍と思しきその生き物は、空に昇り切るとくるりと一度旋回し、再び美しい身体を揺蕩わせながら悠々と空を渡り始めた。
(なんて、美しいんだ)
ユージはその美しくも勇壮な姿にすっかり心奪われていた。
(もっと近くで見たいな。こっちに来てくれないかな)
――黄金の龍。キミと一緒に空を飛びたい――
ユージは龍に向かい、強く願った。
「ユージ?何を見ているの?」
その様子に気づいた飛天が、訝し気に声を掛けてきた。
「飛天、俺、子供の頃に絵本でしか見たことないんだけど、あれは龍だよね?」
ユージは龍を指さして飛天を振り返った。
「龍、だって?」
ユージの言葉に、飛天の顔色が変わった。
「ユージ、何を言っているの?天界に龍はいないよ?」
「え、だって、あそこに金色で細長いのが飛んでるじゃないか」
「?おいらには何も見えないよ」
ユージと飛天が嚙み合わない会話をしていると、ユージたちの存在に気づいたのか、龍がこちらを振り向いた。
そして、身体をゆるゆるとくねらせ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あ、こっちに来る」
ユージは歓喜の声を上げた。
(やった、願いが通じた!これで龍と並んで飛べたら最高だな)
などと呑気なことを考えていたユージに向かい、龍が突然大きな口を開けて咆哮した。
耳をつんざくような音と共に、例えようもない衝撃がユージの身体を通り過ぎた。
「あ……れ?」
そこで、ユージの意識が、切れた。
飛天に教えてもらった通り、まずは魔法石にお願いし、力が溜まったところで浮遊術の呪文を唱える。
すると、ユージの身体がふわり、と2メートルほど宙に浮いた。
「うわ」
バランスが取れず手足をばたつかせるユージに、
「ユージ、天導師様はよく、顔を水につけて浮かんだつもりでって言うんだけど、出来そう?」
と、飛天が声を掛けてきた。
「あ、そうか、なるほど」
ヤンのアドバイスはいつも分かりやすいうえに的確だ。
ユージは空中で身をよじり、腹這いになって手足を広げ、全身の力を抜いてみた。
「飛天、ホントだ。楽になったよ」
「うん、いい感じだね!このまま高度を上げるよ!」
飛天たち風の精霊がユージを取り囲み、上昇気流を起こして上空へと引っ張り上げる。
その様子を日向ぼっこをしながら見ていた宿の老爺が、にこにことユージを見送った。
「ユージさん。楽しんでおいで」
「はい。行ってきます!」
手を振る老爺がみるみる小さくなる。
(俺、ホントに空に居るんだ)
ユージは上昇気流に身を委ね、バランスを崩さないように注意しながら辺りを見回す。
ここには、魔界と違って天を突き刺すような高層建造物は見当たらない。見える範囲で一番高そうな建物でも、せいぜい地上20メートルといったところだろうか。
(天界って、空が広いんだな)
遥か彼方の山々の稜線も、ここから決して近くはない場所にある、天界を支配する帝が住まう壮大な宮殿さえもはっきりと視界に捉えることが出来る。
飛天たちは大きな建物に引っかからない程度まで高度を上げ、そこから北に向かって移動を始めた。
「ユージ、気分はどう?」
飛天がユージに並びかけ、様子を窺う。
「もう、最高!」
ユージは満面の笑顔を向けた。
彼は身体一つで空を飛ぶ爽快感に酔いしれていた。飛天たちが起こしていない、地形の変化や上空の気流によってもたらされる風さえも自分を歓迎してくれているように思えた。
左手に暁の宮が見える。いつも下から見上げるばかりの場所だが、空からの眺めもまた壮観だ。
「暁の宮はレア神が足を下ろされるところだから、お邪魔にならないように脇を通るよ」
暁の宮の横を通り抜け、今度は西へと進路を取る。
「調子良さそうだから、ちょっと遠いけど宵の宮まで行ってみようか!」
と、飛天が声を掛けてきた。
「宵の宮って、二大神殿の?」
「そうだよ。闇のイル神を祀っている、女の神官が守る宮だよ」
「へえ、そうなんだ。面白そうだね」
(暁の宮と、何か違いがあるのかな)
ユージは単純にその点に興味を持ったのだが、
「でしょ。ユージは男の人だから、女の人がいっぱいいるところ、興味あるよね?」
飛天はにやにやしながら違う方向の話を持ち出した。
(え、そっち?)
途端にユージの脳裏をサクラのむくれ顔がよぎる。
「何言ってるんだよ。俺、奥さんいるからそういうのダメ」
頭の中のサクラに言い訳するようにユージは否定した。
「なんだ。つまんないの」
飛天は鼻白んだ。
(精霊って意外と俗っぽいのかな)
飛天の態度を見て、ユージは精霊に対する認識を新たにした。
暫く進むと、四方八方見渡す限り木々で覆いつくされた、広大な森が出現した。
「わあ、凄い!」
ユージは思わず声を上げた。
魔界でも魔界政府が主導して郊外などにちょっとした森林を残してはいるが、これほどの規模のものはそうそうお目にかかれるものではない。
(あれ?)
よく見ると、その豊かな森の中にも所々ぽかっと穴が開いたような場所があり、上空を通過するとそこには朽ちた建物が点在していた。
「ここ、昔は誰か住んでいたんだね?」
飛天に確認すると、直ぐに答えが返って来た。
「そうだよ。ここはオニキスっていう大きな国があったところなんだ」
飛天によると、現在の天界は天帝の下ひとつの国に集約されているが、以前は多くの国が存在しており、国と国とが争う戦乱の時代があったそうだ。その中でもオニキスは強大な国家であったが、天帝の出身国との戦に敗れ、滅ぼされたという。
「オニキスは最後まで徹底的に天帝に歯向かったもんだから、彼らが支配していた土地は打ち捨てられて、今ではこの通りの有様ってわけ」
つまりは、当時の天帝の恨みを買ったということだろう。
「これだけの広い土地、再開発したら色々いいことありそうだけど」
ユージは魔界人の感覚でそんなことを口にする。
「そうかな?おいらは豊かな森が増えて良かったなって思ってるけど」
飛天は優しい表情で眼下の森を見渡した。
もしかしたら、彼の大きな目にはそこに生息する動物たちや、精霊たちの姿がはっきりと見えているのかもしれない。
(そうか。飛天は精霊だから、そんな風に思うんだな)
ユージは、ヤンが
「精霊は自然の力が顕在化したもの」
と言っていたことを思い出していた。
(それなら、人間に再開発されて建物ばっかりになるよりも、自然が増えた方が嬉しいよな)
と、ユージは理解した。
そのまま広大な森の上空を進み、宿の中庭を飛び立ってから1時間半ほど経った頃、前方に暁の宮によく似た神殿が見えてきた。
「やっと見えてきたね!あれが宵の宮だよ」
ユージが問いかける前に、すかさず飛天が教えてくれた。
「暁の宮にそっくりだね」
「形は似ているけど、色がちょっと違うんだ。もっと近づいたらわかるよ」
飛天の言葉に、ユージは頷いた。
ユージにとって初めての空中散歩だったが、意外なことに疲れは殆ど感じていなかった。これは、飛行に必要な魔力や体力を飛天たち風の精霊が賄ってくれているからだろう。
(飛天たちさえ疲れていなければ、往復出来そうだな。後で相談してみよう)
出来ることならこの爽快な空の旅をもう少し続けてみたい、とユージは思っていた。
と、その時――。
ユージは右手の方角になにやら蠢くものがあることに気が付いた。
(あれ、何だろ)
それは、急峻な山と山の間から、金色に輝く細長い生き物が空に立ち昇り始めた姿だった。
黄金の身体に陽の光が反射し、キラキラと美しく光り輝いている。
(あれは……龍、なのかな)
ユージは、子供の頃お気に入りだった絵本に描かれていたその美しい姿を思い浮かべていた。
龍と思しきその生き物は、空に昇り切るとくるりと一度旋回し、再び美しい身体を揺蕩わせながら悠々と空を渡り始めた。
(なんて、美しいんだ)
ユージはその美しくも勇壮な姿にすっかり心奪われていた。
(もっと近くで見たいな。こっちに来てくれないかな)
――黄金の龍。キミと一緒に空を飛びたい――
ユージは龍に向かい、強く願った。
「ユージ?何を見ているの?」
その様子に気づいた飛天が、訝し気に声を掛けてきた。
「飛天、俺、子供の頃に絵本でしか見たことないんだけど、あれは龍だよね?」
ユージは龍を指さして飛天を振り返った。
「龍、だって?」
ユージの言葉に、飛天の顔色が変わった。
「ユージ、何を言っているの?天界に龍はいないよ?」
「え、だって、あそこに金色で細長いのが飛んでるじゃないか」
「?おいらには何も見えないよ」
ユージと飛天が嚙み合わない会話をしていると、ユージたちの存在に気づいたのか、龍がこちらを振り向いた。
そして、身体をゆるゆるとくねらせ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「あ、こっちに来る」
ユージは歓喜の声を上げた。
(やった、願いが通じた!これで龍と並んで飛べたら最高だな)
などと呑気なことを考えていたユージに向かい、龍が突然大きな口を開けて咆哮した。
耳をつんざくような音と共に、例えようもない衝撃がユージの身体を通り過ぎた。
「あ……れ?」
そこで、ユージの意識が、切れた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。