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試行錯誤

ー/ー



 さて。
 翌日から、ユージは暁の宮の朝夕の礼拝に顔を出し、午前中は宿で魔法の練習と観察、昼前から夕方まで飛天と共に天界観光をし、夜は魔界から持参したタブレット端末を使って調べものをする、という生活を送っていた。
 
 天界観光では、飛天の案内で天界最速の移動手段『鏡の道』を使って移動した。
 これは、出発地の鏡と目的地の鏡を魔法でつないだもので、これを使えばどんなに遠い場所でもほんの1分程度で着いてしまうのだ。利用方法も至って簡単で、我が身ひとつで出発地の鏡から中に入り、鏡の中の通路を通って目的地の鏡から外に出るだけだ。
 「これ、すごく便利だね」
 手軽な上に、移動時間の短さに舌を巻いたユージに、
 「ユージはお客様だから、特別に、ね」
 飛天はそう言ってにんまりと笑った。
 
 結局ヤンと会えたのは初日のあの時だけだった。
 恐らくジンが言っていた通り天界中を忙しく飛び回っているのだろう。
 幸い、ヤンの的確なアドバイスのお陰で、火起しの魔法はユージひとりでも何とか火花ぐらいは安定して出せていた。
 ただ、魔法を出すのに必死になりすぎて、なかなか呪文が火に変換される様を観察するに至らないという悩みはあったけれども。
 
 魔法石は、宿の老婆が店まで同行して、初心者でも使いやすそうなものを選んでくれた。
 ユージはいくつかピックアップしてもらった中から、豆粒大の七色に輝く魔法石が付いた指輪を選んだ。
 そして、そのついでと言っては何だが、サクラへのお土産としてピンク色の小さな魔法石が付いたピンキーリングも一緒に購入した。
 何故なら、
 「ピンク色の魔法石はね、女の子のお守りになるんだよ」
 と、老婆が教えてくれたからだ。
 魔界で効果があるかどうかは別として、その話をしたらきっとサクラは喜んでくれるだろう。
 
 ジンは、礼拝に顔を出せる時は必ず礼拝堂の入り口でユージを待っていて、例の微笑みと共に出迎えてくれた。
 そこにジンの姿が見えないときは、ユージは一般庶民に紛れて目立たぬように礼拝に参席していた。
 ユージは、礼拝とは聖句のようなものを神官が読み上げるのを皆が首を垂れて聞くものだろうと想像していたが、実際に礼拝に出てみて全く違う光景に驚かされた。
 最初に位が高そうな神官が二言三言発した後で、参加者全員が同じ節回しでまるで歌うように祈りを捧げていたのだ。
(うわ……!)
 最初はその光景に圧倒されたまま礼拝が終わってしまったが、二度三度参加するうちに少しずつその様子を観察出来るようになってきた。
(礼拝が始まる前はそうでもないけど、皆の祈りが始まるとここに何らかの力が生まれているような――)
 ユージには、皆の祈りの歌声そのものが大きな力を発しているように感じられた。
 ひとりで祈るよりも、集団で祈る方が人の数だけ力が増していくのかもしれない。
 
 (俺も祈ったら、この場の力に変化が生まれるだろうか)
 やがて、そのことを試したくなったユージは、ジンに思い切って尋ねてみた。
 「ジンさん、僕も祈ってみても大丈夫でしょうか」
 「もちろん。レア神はユージのことも受け入れて下さるさ」
 ジンは例の笑顔で頷いた。
 ユージは、本を見せてもらいながら皆に合わせて祈りを上げてみた。が、
 (あれ……なんか違うな)
 自分の発した祈りは、何だか皆の祈りの声とは違い、力なく床に落ちている気がした。
 (俺の祈りには力がないのかな。そもそも神を否定する魔界の人間だから、初めからそんなものは備わっていないのか?)
 自分の隣で太く伸びやかに祈りの歌を捧げるジンの声を聴きながら、ユージは沈思した。
 (ジンさんの祈りには力がある。これはジンさんが神官だから?それとも、純粋にジンさん自身が力のある人だから?)
 これは、どちらも正解だろう、とユージは考える。
 (祈りの力は発する人の力量に左右されるのか?でも、それだけじゃない気がする。もっと何か重要なことがあるんじゃないだろうか――そもそも、祈りの力の本質って何だろう)
 
 「ユージ、どうした?」
 ジンに声を掛けられ、ユージは自らの奥深くから現実に引き戻される。
 見ると、いつの間にか礼拝は終わり、参席していた人々がぞろぞろと引き上げていくところだった。
 (考えているうちに終わっちゃったんだ)
 ユージは小さく息をついた。そして、
 「……祈りについて考えていました」
 祈りの歌を聴きながら考えていたことを率直に打ち明けた。
 「祈りの本質ねえ。なかなかの難問だな」
 ジンは腕組みしてしばし沈思した。ややあって、
 「正解かどうかはわからんが、俺の考えでは、突き詰めていけば人の思いとか願いとか、そんなものに辿り着くんじゃないかと思う」
 と、ユージに自分なりの見解を提示した。
 「思い、ですか」
 「そう。例えば誰かの幸せを願ったり、神からの恵みに感謝したり、もっと小さなところでは明日もいいことありますように、ってさ。礼拝の場で歌う言葉は同じでも、そこに乗せる思いは人それぞれなんだよ」
 「となると、皆さんあの言葉通りのことを祈っているわけではないんですね。それでは、ある意味言葉と思いが乖離している気がするんですが」
 「一般庶民はそれでいいんだよ。きっちりしたお祈りは俺たち神官がやるから。それに、レア神はそんなことを気にするようなケチな神様じゃないよ」
 「そうですか……」
 ユージは釈然としなかったが、残念ながら祈りの言葉についてそれ以上追求するだけの知識を持ち合わせていなかった。
 「納得出来ないみたいだな。俺も上手く説明出来ないけど、日々の祈りってそんなもんなんだよ」
 釈然としない様子のユージに、ジンは苦笑いした。そして、
 「小さいことから当たり前のようにやってることを、当たり前じゃない世界の人間に説明するのって、なかなか難しいもんだな」
 と、誰に言うともなしに呟いた。

 
 宿に戻り、野菜のスープとパンだけの簡単な朝食を済ませたユージは、自室で先ほどの礼拝での出来事について考えていた。
 (どうして俺の祈りは床に落ちちゃったんだろう)
 本当なら火起しの魔法の観察をする時間だが、今日はその気分ではなかった。
 (他の人たちと何か違いがあったのかな)
 確かに自分でも不慣れで拙かったとは思うが、祈りの言葉を見せてもらいながら皆と同じように歌ったつもりだった。
 そして、今朝の礼拝の様子を何度も思い起こし、あれこれと考えに考えた挙句、
 「はあ……」
 ユージはぱたん、とベッドに倒れこんだ。
 「ダメだ、わかんねえ」
 完全に行き詰った。
 (そもそも魔界人はダメっていうオチなのかなあ。でも、ジンさんはそんなことないって言ってたし――あー、くそ!時間がないっていうのに、何やってるんだ俺は。魔法の観察だって呪文出してるだけで全然出来てないし)
 頭の中がぐるぐるし出したユージは、意味のない呻くような声を上げながらベッドの上で身体をごろごろと転がした。
 (待てよ)
 と、そのうちに何かに気が付き動きを止めた。
 (一体何を焦ってるんだ、俺?)
 このことである。
 (そうだよ。たった一週間で魔界人の俺が魔法や祈りの本質を理解するなんて土台無理な話じゃないか)
 そのまま寝返りを打ち、反対側の壁を見つめる。
 (今回はヤンさんとジンさんにアドバイス頂けただけでも大収穫だっていうのに、欲張りすぎだろ)
 深いため息をつき、今度は仰向けに転がった。
 
 そこへ、飛天がやって来た。
 「飛天、今日は早いね」
 ベッドに横になったまま声を掛けると、飛天は心配そうに近づいてきた。
 「ユージ、どうしたの?調子悪いの?ジンを呼んで来ようか?」
 どうやら飛天はユージがどこか具合が悪くてベッドに寝転んでいると思ったようだった。
 「あ、いや、具合が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」
 「ホントに?すごく疲れたって顔してるよ?」
 「え、そう?」
 ユージは右手で自分の頬を撫で上げた。
 言われてみれば、天界に来てからというもの、起きている間は必ず何かしていて、のんびりする時間を設けていなかった。
 「今日はお出かけ、やめとく?おいらはどっちでもいいけど」
 (そうだな、色々詰め込み過ぎて知らず知らずのうちに疲れが溜まっているかも)
 そう考えたユージはお言葉に甘えて宿でゆっくり過ごすことに決めた。ついでに夕方の礼拝も休んでしまおう。


 結局、ユージは翌朝の礼拝に顔を出した後、飛天が来るまで宿の周辺を散歩したり、老夫婦とお喋りをしたりして過ごしていた。
 (天界にはまた時間を作って来ればいい。今はわからなくても時間を掛ければきっと掴める)
 そう思い直したことで大分気が楽になり、ようやく天界そのものを楽しむ気持ちが生まれてきたのだ。
 やがて、いつもの時間に飛天がやってきた。
 「飛天、昨日はごめん。お陰でリフレッシュ出来たよ」
 「よかった、今日はユージ、元気そうだね!」
 にんまりと笑う飛天の後ろに、彼と同じ見た目の子供が4人ついてきている。
 「あれ、その子たちは?」
 「おいらと同じ風の精霊だよ。今日はね、ユージにお空の散歩をしてもらおうと思って。おいら一人じゃユージを支えきれないから、応援に来てもらったのさ」
 「え?空の散歩って――」
 「そのまんま。お空を飛ぶんだよ。ユージのことはおいら達がサポートするから、任せておいて!」
 飛天はぽん、と自分の胸を叩いてみせた。
 聞けば、天界人はよく空を飛んで移動するそうで、不慣れな場合は飛天たち風の精霊がサポートしているらしい。
 「そもそも天界人たちが『鏡の道』を使う時って、よっぽど急いでいる時か、ものすごく遠い所に行く時ぐらいなもんなんだよ」
 と、飛天が教えてくれた。
 「へえ、そうなんだ。便利なのに、意外だね」
 「じゃないと混んじゃって、ホントに必要な人が困っちゃうからね」
 「あっ」
 意外とありきたりな理由に、ユージは破顔した。
 「ユージも折角天界に来たんだし、どうせならここでしか出来ないことをやってみた方がいいでしょ?」
 確かに、飛天の言うとおりだ。
 「空を飛べるなんて凄いな。いいよ、やろう」
 ユージの方も気持ちが乗って来た。
 「そうこなくっちゃ。ユージは浮遊術の魔法を出すだけでいいからね!」



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 さて。
 翌日から、ユージは暁の宮の朝夕の礼拝に顔を出し、午前中は宿で魔法の練習と観察、昼前から夕方まで飛天と共に天界観光をし、夜は魔界から持参したタブレット端末を使って調べものをする、という生活を送っていた。
 天界観光では、飛天の案内で天界最速の移動手段『鏡の道』を使って移動した。
 これは、出発地の鏡と目的地の鏡を魔法でつないだもので、これを使えばどんなに遠い場所でもほんの1分程度で着いてしまうのだ。利用方法も至って簡単で、我が身ひとつで出発地の鏡から中に入り、鏡の中の通路を通って目的地の鏡から外に出るだけだ。
 「これ、すごく便利だね」
 手軽な上に、移動時間の短さに舌を巻いたユージに、
 「ユージはお客様だから、特別に、ね」
 飛天はそう言ってにんまりと笑った。
 結局ヤンと会えたのは初日のあの時だけだった。
 恐らくジンが言っていた通り天界中を忙しく飛び回っているのだろう。
 幸い、ヤンの的確なアドバイスのお陰で、火起しの魔法はユージひとりでも何とか火花ぐらいは安定して出せていた。
 ただ、魔法を出すのに必死になりすぎて、なかなか呪文が火に変換される様を観察するに至らないという悩みはあったけれども。
 魔法石は、宿の老婆が店まで同行して、初心者でも使いやすそうなものを選んでくれた。
 ユージはいくつかピックアップしてもらった中から、豆粒大の七色に輝く魔法石が付いた指輪を選んだ。
 そして、そのついでと言っては何だが、サクラへのお土産としてピンク色の小さな魔法石が付いたピンキーリングも一緒に購入した。
 何故なら、
 「ピンク色の魔法石はね、女の子のお守りになるんだよ」
 と、老婆が教えてくれたからだ。
 魔界で効果があるかどうかは別として、その話をしたらきっとサクラは喜んでくれるだろう。
 ジンは、礼拝に顔を出せる時は必ず礼拝堂の入り口でユージを待っていて、例の微笑みと共に出迎えてくれた。
 そこにジンの姿が見えないときは、ユージは一般庶民に紛れて目立たぬように礼拝に参席していた。
 ユージは、礼拝とは聖句のようなものを神官が読み上げるのを皆が首を垂れて聞くものだろうと想像していたが、実際に礼拝に出てみて全く違う光景に驚かされた。
 最初に位が高そうな神官が二言三言発した後で、参加者全員が同じ節回しでまるで歌うように祈りを捧げていたのだ。
(うわ……!)
 最初はその光景に圧倒されたまま礼拝が終わってしまったが、二度三度参加するうちに少しずつその様子を観察出来るようになってきた。
(礼拝が始まる前はそうでもないけど、皆の祈りが始まるとここに何らかの力が生まれているような――)
 ユージには、皆の祈りの歌声そのものが大きな力を発しているように感じられた。
 ひとりで祈るよりも、集団で祈る方が人の数だけ力が増していくのかもしれない。
 (俺も祈ったら、この場の力に変化が生まれるだろうか)
 やがて、そのことを試したくなったユージは、ジンに思い切って尋ねてみた。
 「ジンさん、僕も祈ってみても大丈夫でしょうか」
 「もちろん。レア神はユージのことも受け入れて下さるさ」
 ジンは例の笑顔で頷いた。
 ユージは、本を見せてもらいながら皆に合わせて祈りを上げてみた。が、
 (あれ……なんか違うな)
 自分の発した祈りは、何だか皆の祈りの声とは違い、力なく床に落ちている気がした。
 (俺の祈りには力がないのかな。そもそも神を否定する魔界の人間だから、初めからそんなものは備わっていないのか?)
 自分の隣で太く伸びやかに祈りの歌を捧げるジンの声を聴きながら、ユージは沈思した。
 (ジンさんの祈りには力がある。これはジンさんが神官だから?それとも、純粋にジンさん自身が力のある人だから?)
 これは、どちらも正解だろう、とユージは考える。
 (祈りの力は発する人の力量に左右されるのか?でも、それだけじゃない気がする。もっと何か重要なことがあるんじゃないだろうか――そもそも、祈りの力の本質って何だろう)
 「ユージ、どうした?」
 ジンに声を掛けられ、ユージは自らの奥深くから現実に引き戻される。
 見ると、いつの間にか礼拝は終わり、参席していた人々がぞろぞろと引き上げていくところだった。
 (考えているうちに終わっちゃったんだ)
 ユージは小さく息をついた。そして、
 「……祈りについて考えていました」
 祈りの歌を聴きながら考えていたことを率直に打ち明けた。
 「祈りの本質ねえ。なかなかの難問だな」
 ジンは腕組みしてしばし沈思した。ややあって、
 「正解かどうかはわからんが、俺の考えでは、突き詰めていけば人の思いとか願いとか、そんなものに辿り着くんじゃないかと思う」
 と、ユージに自分なりの見解を提示した。
 「思い、ですか」
 「そう。例えば誰かの幸せを願ったり、神からの恵みに感謝したり、もっと小さなところでは明日もいいことありますように、ってさ。礼拝の場で歌う言葉は同じでも、そこに乗せる思いは人それぞれなんだよ」
 「となると、皆さんあの言葉通りのことを祈っているわけではないんですね。それでは、ある意味言葉と思いが乖離している気がするんですが」
 「一般庶民はそれでいいんだよ。きっちりしたお祈りは俺たち神官がやるから。それに、レア神はそんなことを気にするようなケチな神様じゃないよ」
 「そうですか……」
 ユージは釈然としなかったが、残念ながら祈りの言葉についてそれ以上追求するだけの知識を持ち合わせていなかった。
 「納得出来ないみたいだな。俺も上手く説明出来ないけど、日々の祈りってそんなもんなんだよ」
 釈然としない様子のユージに、ジンは苦笑いした。そして、
 「小さいことから当たり前のようにやってることを、当たり前じゃない世界の人間に説明するのって、なかなか難しいもんだな」
 と、誰に言うともなしに呟いた。
 宿に戻り、野菜のスープとパンだけの簡単な朝食を済ませたユージは、自室で先ほどの礼拝での出来事について考えていた。
 (どうして俺の祈りは床に落ちちゃったんだろう)
 本当なら火起しの魔法の観察をする時間だが、今日はその気分ではなかった。
 (他の人たちと何か違いがあったのかな)
 確かに自分でも不慣れで拙かったとは思うが、祈りの言葉を見せてもらいながら皆と同じように歌ったつもりだった。
 そして、今朝の礼拝の様子を何度も思い起こし、あれこれと考えに考えた挙句、
 「はあ……」
 ユージはぱたん、とベッドに倒れこんだ。
 「ダメだ、わかんねえ」
 完全に行き詰った。
 (そもそも魔界人はダメっていうオチなのかなあ。でも、ジンさんはそんなことないって言ってたし――あー、くそ!時間がないっていうのに、何やってるんだ俺は。魔法の観察だって呪文出してるだけで全然出来てないし)
 頭の中がぐるぐるし出したユージは、意味のない呻くような声を上げながらベッドの上で身体をごろごろと転がした。
 (待てよ)
 と、そのうちに何かに気が付き動きを止めた。
 (一体何を焦ってるんだ、俺?)
 このことである。
 (そうだよ。たった一週間で魔界人の俺が魔法や祈りの本質を理解するなんて土台無理な話じゃないか)
 そのまま寝返りを打ち、反対側の壁を見つめる。
 (今回はヤンさんとジンさんにアドバイス頂けただけでも大収穫だっていうのに、欲張りすぎだろ)
 深いため息をつき、今度は仰向けに転がった。
 そこへ、飛天がやって来た。
 「飛天、今日は早いね」
 ベッドに横になったまま声を掛けると、飛天は心配そうに近づいてきた。
 「ユージ、どうしたの?調子悪いの?ジンを呼んで来ようか?」
 どうやら飛天はユージがどこか具合が悪くてベッドに寝転んでいると思ったようだった。
 「あ、いや、具合が悪いわけじゃないから大丈夫だよ」
 「ホントに?すごく疲れたって顔してるよ?」
 「え、そう?」
 ユージは右手で自分の頬を撫で上げた。
 言われてみれば、天界に来てからというもの、起きている間は必ず何かしていて、のんびりする時間を設けていなかった。
 「今日はお出かけ、やめとく?おいらはどっちでもいいけど」
 (そうだな、色々詰め込み過ぎて知らず知らずのうちに疲れが溜まっているかも)
 そう考えたユージはお言葉に甘えて宿でゆっくり過ごすことに決めた。ついでに夕方の礼拝も休んでしまおう。
 結局、ユージは翌朝の礼拝に顔を出した後、飛天が来るまで宿の周辺を散歩したり、老夫婦とお喋りをしたりして過ごしていた。
 (天界にはまた時間を作って来ればいい。今はわからなくても時間を掛ければきっと掴める)
 そう思い直したことで大分気が楽になり、ようやく天界そのものを楽しむ気持ちが生まれてきたのだ。
 やがて、いつもの時間に飛天がやってきた。
 「飛天、昨日はごめん。お陰でリフレッシュ出来たよ」
 「よかった、今日はユージ、元気そうだね!」
 にんまりと笑う飛天の後ろに、彼と同じ見た目の子供が4人ついてきている。
 「あれ、その子たちは?」
 「おいらと同じ風の精霊だよ。今日はね、ユージにお空の散歩をしてもらおうと思って。おいら一人じゃユージを支えきれないから、応援に来てもらったのさ」
 「え?空の散歩って――」
 「そのまんま。お空を飛ぶんだよ。ユージのことはおいら達がサポートするから、任せておいて!」
 飛天はぽん、と自分の胸を叩いてみせた。
 聞けば、天界人はよく空を飛んで移動するそうで、不慣れな場合は飛天たち風の精霊がサポートしているらしい。
 「そもそも天界人たちが『鏡の道』を使う時って、よっぽど急いでいる時か、ものすごく遠い所に行く時ぐらいなもんなんだよ」
 と、飛天が教えてくれた。
 「へえ、そうなんだ。便利なのに、意外だね」
 「じゃないと混んじゃって、ホントに必要な人が困っちゃうからね」
 「あっ」
 意外とありきたりな理由に、ユージは破顔した。
 「ユージも折角天界に来たんだし、どうせならここでしか出来ないことをやってみた方がいいでしょ?」
 確かに、飛天の言うとおりだ。
 「空を飛べるなんて凄いな。いいよ、やろう」
 ユージの方も気持ちが乗って来た。
 「そうこなくっちゃ。ユージは浮遊術の魔法を出すだけでいいからね!」