変わり映えしない日常
ー/ー キーンコーンカーンコーン。
スピーカーから耳になじんだチャイムの音が聞こえると、柊 燈矢は手早く机の上にあった教科書とノートをかばんに詰め込んで、勢いよく席を立つ。
本日の6限目。
長くてつまらない苦痛の時間――古文という苦行――を乗り越え、担任の都合で帰りのホームルームはなし。
そして今日は部活動もなしという、正に理想的な時間。
こんな日は1秒でも早く、学校の外に出て放課後の街をブラつくのだと、彼は今日の朝、担任から帰りのホームルームがないと告げられた時から決めていた。
「珍しいな、燈矢がそんなに手早く帰宅準備をするなんて」
新記録を樹立しそうな短い時間で、片付けを済ませて席を立った燈矢に向かって声を掛ける生徒がいた。
燈矢の真後ろの席に座っていた、メガネを掛けた男子生徒が声の主のようだ。
ブラウンのハーフリムのメガネに、前髪が立つか立たないかと言った長さの短髪が似合っている。
すこし冷たい印象を与える、細く切れ長の目でじいっと燈矢を見ている。
燈矢は親友と、相手はただの友達だと呼び合っている存在。
鈎坂 康介という名前の生徒だ。
「部活も休み、ホームルームもなし。こんな天国みたいな状況なんて、めったにないだろ。だから俺はめいいっぱい放課後を満喫すると決めた。」
燈矢は顔だけを男子生徒に向けてそう言うと、今すぐにでも駆け出そうとする。
「ちょい待て待て。そんな1秒を惜しんだところで結果は変わらないだろ。」
そんな燈矢の落ち着きのない行動を、やや呆れたような表情で見ながら康介が言う。
「いんや待てないね。しってるか? 少年老い易く学成り難し、ちょっとの光陰軽んずべからずって言うだろ。時間は有限だし止まることはない。なら今この一瞬を大切に……」
「私との約束をすっぽかして、どこに行こうとしてるのかなぁ……燈矢ぁ……」
思いっきり真顔で康介に言い返していた燈矢の言葉を、少し棘のある女子の声が遮った。
その声を聞いた瞬間に、燈矢は声の主を悟ったのだろうか、小さくビクリと体を硬直させて、油の切れたぜんまい仕掛けの人形のように、ぎこちなく首を巡らせて声のした方――教室の前の方の扉――へと顔を向ける。
教室の入口。
その扉のところに一人の少女が立っていた。
やや小柄な体格に少し茶色味がかったショートボブヘアをした、可愛らしい顔立ちの少女。
背が低めなことも有ってか、全体的に華奢にも見え、知らぬ人が見たら実年齢よりは年下に見られそうな外見をしているが、身につけている制服はこの学校の制服でもあるブレザーなので、この学校の生徒に間違いはないだろう。
それほどきつい顔立ちではないのだが、いやむしろ普段は愛らしい顔立ちなのだが、今はとあることが原因で柳眉を逆立てており、胸の前で腕組をしながら口角だけ上げて、しかし全く笑っていない目で燈矢を見ている。
柊 燈矢の幼馴染の少女。
家も2件隣で幼稚園から今まで続く腐れ縁と燈矢が言う相手。
長瀬 彩である。
「あ……彩……。なんでここに……」
ぎこちなく笑顔を作って燈矢が問いかける。
「康介くん、確保の協力ありがとねぇ」
燈矢に向けていた怒った顔を、瞬間的に笑顔に切り替えて康介に軽く手を挙げる彩。
康介はやれやれといいたげな苦笑を浮かべつつ、彩に軽く手を上げて返す。
「な……康介、お前まさか、てか彩はなんで今日部活が休みだと知って」
「燈矢って馬鹿なの? 私の親友の名前を言ってみなさいよ」
冷たい口調でそう言い返されて、一人の少女の顔をが脳裏に浮かぶ。
同じ部活のバイオリンパートの女子。
石神 沙奈恵
そういえば彩と同じC組だったと、今更ながらに気がつく。
「そう言うこと。沙奈恵から聞いていたから、今日は部活がないことは最初から知ってました。……で、燈矢くん。部活がない日に私がお願いしてたこと、覚えてるのかなぁ……」
また作り物の笑顔に戻って、ゆっくりと燈矢の方に近づきながら彩が言う。
貼り付けた様な笑顔の裏に、静かな怒りを感じて思わず燈矢は1歩下がる。
そんな二人のやり取りは、すでに日常のことなのだろうか、まだ教室に残っていたクラスメイトたちは、面白そうに笑いながら二人を見ている。
「まあ……諦めろ。幸いなことに放課後を満喫については叶うじゃないか。有意義な時間を過ごせ」
彩の気迫に押されるように、ジリジリと後退する燈矢の肩を、軽くぽんっと叩くと、いつの間に準備を終えたのかカバンを手にして席を立ち上がっていた康介はニヤリと笑う。
「く……くそっ……康介ぇぇ、この裏切り者ぉ」
苦し紛れにそう言う燈矢の声を、軽く聞き流して彩に向かってサムズアップをすると、康介は足を止めることなく教室を出ていく。
親友にも見捨てられて、幼馴染に詰め寄られた燈矢は泣きたいような気持ちになりながら、必死に彩のご機嫌を取るしかなかった。
そんな様子を、やれやれまたか……とでもいいたげな目で微笑ましく見つめているクラスメートたち。
だがその中で一人だけ、2人を刺すような視線で見つめる女生徒がいることを、その場にいる誰もが気がついていなかった。
スピーカーから耳になじんだチャイムの音が聞こえると、柊 燈矢は手早く机の上にあった教科書とノートをかばんに詰め込んで、勢いよく席を立つ。
本日の6限目。
長くてつまらない苦痛の時間――古文という苦行――を乗り越え、担任の都合で帰りのホームルームはなし。
そして今日は部活動もなしという、正に理想的な時間。
こんな日は1秒でも早く、学校の外に出て放課後の街をブラつくのだと、彼は今日の朝、担任から帰りのホームルームがないと告げられた時から決めていた。
「珍しいな、燈矢がそんなに手早く帰宅準備をするなんて」
新記録を樹立しそうな短い時間で、片付けを済ませて席を立った燈矢に向かって声を掛ける生徒がいた。
燈矢の真後ろの席に座っていた、メガネを掛けた男子生徒が声の主のようだ。
ブラウンのハーフリムのメガネに、前髪が立つか立たないかと言った長さの短髪が似合っている。
すこし冷たい印象を与える、細く切れ長の目でじいっと燈矢を見ている。
燈矢は親友と、相手はただの友達だと呼び合っている存在。
鈎坂 康介という名前の生徒だ。
「部活も休み、ホームルームもなし。こんな天国みたいな状況なんて、めったにないだろ。だから俺はめいいっぱい放課後を満喫すると決めた。」
燈矢は顔だけを男子生徒に向けてそう言うと、今すぐにでも駆け出そうとする。
「ちょい待て待て。そんな1秒を惜しんだところで結果は変わらないだろ。」
そんな燈矢の落ち着きのない行動を、やや呆れたような表情で見ながら康介が言う。
「いんや待てないね。しってるか? 少年老い易く学成り難し、ちょっとの光陰軽んずべからずって言うだろ。時間は有限だし止まることはない。なら今この一瞬を大切に……」
「私との約束をすっぽかして、どこに行こうとしてるのかなぁ……燈矢ぁ……」
思いっきり真顔で康介に言い返していた燈矢の言葉を、少し棘のある女子の声が遮った。
その声を聞いた瞬間に、燈矢は声の主を悟ったのだろうか、小さくビクリと体を硬直させて、油の切れたぜんまい仕掛けの人形のように、ぎこちなく首を巡らせて声のした方――教室の前の方の扉――へと顔を向ける。
教室の入口。
その扉のところに一人の少女が立っていた。
やや小柄な体格に少し茶色味がかったショートボブヘアをした、可愛らしい顔立ちの少女。
背が低めなことも有ってか、全体的に華奢にも見え、知らぬ人が見たら実年齢よりは年下に見られそうな外見をしているが、身につけている制服はこの学校の制服でもあるブレザーなので、この学校の生徒に間違いはないだろう。
それほどきつい顔立ちではないのだが、いやむしろ普段は愛らしい顔立ちなのだが、今はとあることが原因で柳眉を逆立てており、胸の前で腕組をしながら口角だけ上げて、しかし全く笑っていない目で燈矢を見ている。
柊 燈矢の幼馴染の少女。
家も2件隣で幼稚園から今まで続く腐れ縁と燈矢が言う相手。
長瀬 彩である。
「あ……彩……。なんでここに……」
ぎこちなく笑顔を作って燈矢が問いかける。
「康介くん、確保の協力ありがとねぇ」
燈矢に向けていた怒った顔を、瞬間的に笑顔に切り替えて康介に軽く手を挙げる彩。
康介はやれやれといいたげな苦笑を浮かべつつ、彩に軽く手を上げて返す。
「な……康介、お前まさか、てか彩はなんで今日部活が休みだと知って」
「燈矢って馬鹿なの? 私の親友の名前を言ってみなさいよ」
冷たい口調でそう言い返されて、一人の少女の顔をが脳裏に浮かぶ。
同じ部活のバイオリンパートの女子。
石神 沙奈恵
そういえば彩と同じC組だったと、今更ながらに気がつく。
「そう言うこと。沙奈恵から聞いていたから、今日は部活がないことは最初から知ってました。……で、燈矢くん。部活がない日に私がお願いしてたこと、覚えてるのかなぁ……」
また作り物の笑顔に戻って、ゆっくりと燈矢の方に近づきながら彩が言う。
貼り付けた様な笑顔の裏に、静かな怒りを感じて思わず燈矢は1歩下がる。
そんな二人のやり取りは、すでに日常のことなのだろうか、まだ教室に残っていたクラスメイトたちは、面白そうに笑いながら二人を見ている。
「まあ……諦めろ。幸いなことに放課後を満喫については叶うじゃないか。有意義な時間を過ごせ」
彩の気迫に押されるように、ジリジリと後退する燈矢の肩を、軽くぽんっと叩くと、いつの間に準備を終えたのかカバンを手にして席を立ち上がっていた康介はニヤリと笑う。
「く……くそっ……康介ぇぇ、この裏切り者ぉ」
苦し紛れにそう言う燈矢の声を、軽く聞き流して彩に向かってサムズアップをすると、康介は足を止めることなく教室を出ていく。
親友にも見捨てられて、幼馴染に詰め寄られた燈矢は泣きたいような気持ちになりながら、必死に彩のご機嫌を取るしかなかった。
そんな様子を、やれやれまたか……とでもいいたげな目で微笑ましく見つめているクラスメートたち。
だがその中で一人だけ、2人を刺すような視線で見つめる女生徒がいることを、その場にいる誰もが気がついていなかった。
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