「ほら、ヤンがいらんことを言うから脱線したじゃないか。ユージは真面目に相談してるってのに」
ジンは小さく咳払いした。
「祈りの方は、暁の宮の朝夕の礼拝はどうだろう。誰でも参席出来るし、毎回同じ祈りを捧げるから、確認取りやすいと思う。礼拝は、朝6時からと夕方6時から。それぞれ長くても10分ぐらいで終わる」
「なるほど、それなら魔界人の僕でも気軽に祈りの言葉を聞かせてもらえる気がします」
「それじゃあ、この後の夕方の礼拝で実際の雰囲気を味わってもらって、何か問題があるなら別の方法を考えよう。今日は俺も同道するよ」
「ありがとうございます!是非!」
礼拝に初めて行ってみる身としては、神官のジンの存在は心強い。
「俺の提案は以上だ。次はヤンの番だぞ」
水を向けられたヤンは顎を触りながら、意外な提案をした。
「やってみないと何ともだが、天界だったらユージにも火起しぐらいは出来るんじゃないかと思うんだがね」
「!本当ですか!」
思いがけないヤンの言葉に、ユージは色めき立った。
「ヤン。魔界人でも魔法を出せる方法があるってことか?」
「ああ、魔法石の力を借りればいける気がするんだ。人間なら誰でもちょっとは魔力を持っているはずだからね」
「なるほど、頭いいな」
「よせよ。お前に褒められると調子が狂う」
ヤンは肩掛け鞄の中から七色に輝く宝石の付いたペンダントを取り出した。
「きれいな石ですね」
「うん。この石が魔法石だ。これは人間が本来持っている魔力を増幅させたり安定させたりする時に使うもので、天界ではいわば生活必需品だな」
「へえ……」
「今から魔法石の使い方を教えるが、残念ながら私の魔法石は君にあげるわけにはいかない代物でな。済まないが後で自力で入手してくれ。お店の人に魔力を引き出してくれそうな石を選んでもらうといい」
「わかりました」
「よし。ではちょっとやってみよう」
ヤンは、魔法石のペンダントをユージの首にかけ、長さを調節する。
「ペンダントの場合は、魔法石が丁度胸の真ん中に来るようにするんだ。指輪なら好きな指に嵌めてもらえばいい」
「はい」
「大人の天界人ならこれだけで連動するのだが、君の場合はそうはいくまい。手順を踏んでいこう」
「わかりました」
「まず、魔法石に意識を向ける。石の本質を、捕まえる。難しければ、石に力を貸してとお願いする」
「はい」
(魔法石、どうか俺に力を貸して下さい)
ユージは不慣れな自分に一番ふさわしい方法を選択した。
何度か繰り返しお願いしているうちに、胸の奥底から何か暖かな力が湧いてくるような感覚が生まれてきた。
(これ、この感覚、かな)
「ヤンさん、なんか胸の奥があったかくなってきた気がします」
と、報告すると、ヤンは力強く頷いた。
「お、いい感じだな。それが全身にいきわたるまでがんばろう」
「わかりました」
ヤンのアドバイスを受け、ユージは更に力を込めて魔法石にお願いする。
少しずつ、じんわりと、暖かな力が全身に広がっていく。それは突き上げるような衝動的な力ではなく、何処までも優しく、穏やかな波動だった。
「ヤンさん、手の先まで広がってきました」
「よし、そろそろやってみるか。私が火起しの呪文を唱えるから、真似をしてくれ」
「はい」
ヤンが火起しの呪文を唱え、自分の掌に小さな火を出した。それを受けて、ユージも同じ呪文を唱えてみる。
ところが、ユージの方は、ぱちっと小さな音がしただけだった。
「あ、あれ?」
(出せなかった、かも)
気落ちしかけたユージの耳に、ぱちぱちと拍手の音が聞こえてきた。
「すごい、出来てるじゃないか!」
「おお、初めてにしては上出来、上出来」
天界人の二人が頷きながらにこやかにユージに拍手を送っていた。
「え、なんか音がしただけだったけど……」
戸惑うユージに、
「ああ、小さいけど火花が出ていたよ。それも立派な火だ。素晴らしいよ」
と、ヤンは手放しで褒めてくれた。
「!ありがとうございます!」
ユージは改めて自分の掌を見つめた。
(魔法、出せたんだ。魔界人の俺が――なんて、なんてことだ、素敵な経験じゃないか)
ヤンにアドバイスをもらいながら3回ほど火起しの魔法を練習したところ、ユージにも目に見える形で火花が出せるようになった。
「よし、きっかけは掴めたようだからこのあたりで終わりにしよう。後は自分で練習を重ねてみることだな」
と、ヤンは魔法石のペンダントを回収した。
「はい、色々とありがとうございました」
「いやいや、礼には及ばんよ」
ユージが礼を言うのへ、ヤンは右手をひらひらさせながら答えた。
「ところで、ユージはいつまで滞在の予定かな?」
「一週間の予定です」
「そうか。では折角だから、あちこち見て回るといい。魔法の練習や研究ばかりでは疲れるからな」
「はい。後で魔界人向けのツアーを探してみるつもりです」
ユージの言葉に、ヤンの表情が止まった。そして、
「待て待て。それじゃあ人気の観光地しか回らないだろ。行っても面白くも何ともないぞ」
「ヤンの言うとおりだ。あんなの行くだけ無駄足だ。やめとけ」
ユージのプランを天界人たちはきっぱりと否定した。
(いや、天界の観光は初めてだし、俺としては定番でもいいんだけど)
とユージは思ったが、とても言い出せる雰囲気ではない。
「ユージには弟弟子の誼で気の利いた案内役をつけてやりたいが、さて――」
「いえ、本当にお気遣いなく」
ユージは慌てて申し出たが、ヤンは気にも留めない様子で、
「おお、人間ではないがうってつけの奴がいるぞ、ユージ。私の手伝いをしてくれている風の精霊だ。名を飛天という」
と、提案した。
「せ、精霊?」
ぽかんとしているユージに、
「ヤン。魔界には精霊いないだろ。説明してやれ」
と、ジンが助け舟を出す。
「ああそうか。精霊は自然の力が顕在化した存在と考えてくれればいい。見た目は色々だが、総じて人間の良きパートナーだ」
「あ……」
ユージは、ジンの肩の上に乗っていた小さな女の子を思い出した。
「もしかして、ジンさんと一緒にいた女の子も?」
「そうか、ユージはさっき会っていたな。あの子は俺の相棒、水の精霊の水蓮だよ」
「へえ……」
天界は本当に不思議に満ちた世界だな、とユージは思った。
と、その時――。
窓が開いていない筈の応接室に、ひゅうっ、と一陣の風が吹き抜けた。
「天導師様。おいらの噂をしていたね?何か御用?」
見ると、ヤンの頭の上を緑色の服を着た男の子がくるくると走り回っている。大きさは丁度水蓮と同じぐらいだ。
(……!)
ユージの目がその男の子に釘付けになる。
「流石耳が早いな、飛天。今呼ぼうと思っていたところだ」
「やっぱり!大正解!」
飛天はけらけらと笑い声を上げた。どうやら底抜けに陽気な子のようだ。そして、ジンに向かい、
「ジン、久しぶり!相変わらずお医者さんしてるの?たまにはうちにも遊びに来てよ!」
と元気に軽口を叩いていたが、ユージの存在に気づくと、
「あれ?おいらの知らない人がいる。誰?」
ぴたっと動きが止まった。
「この人は魔界から来たユージだ」
「魔界から?二人と知り合い?」
飛天は珍しそうにユージを観察した。
「この人も師匠のお弟子さんなんだよ」
「へえー、あの人のお弟子さんなんて変わってるね!あ、ここに変わり者が3人揃っちゃったね!なんか可笑しい!」
飛天は腹を抱えてけらけらと笑い出した。
「ったく、相変わらず失礼な奴だな」
ジンは飛天の脇腹を人差し指で突いた。
「ひえ、ジン、くすぐったいよ!」
飛天は身体をよじってジンから逃げ出した。
(思ったことを何でも言っちゃうみたいだけど、悪い子ではなさそうだな)
飛天がくるくると動き回る様子を見ながら、ユージは我知らず笑顔になっていた。
「それでな、飛天。明日から一週間ほど、ユージに天界を案内してやって欲しい。ユージは天界のことはまるでわからないから、そのつもりでな」
ヤンの指示を聞いて、飛天は大きな目をきょろっとさせる。
「天界の観光案内、でいいの?穴場も行っちゃっていい?」
「ああ、面白い所に連れて行ってやってくれ。それから、ユージは言葉の研究をしているから、話し相手にもなってやってくれ」
「ふーん、よくわかんないけど、わかった!」
元気な飛天の返事に、ヤンは破顔した。
「ははは、では宜しく頼むぞ」
「おまかせあれ!」
飛天は頼もしく請け負うと、すいーっ、とユージに近づいてきた。
「あ、ユージです。よろしく」
「よろしく、ユージ。おいらは飛天。ちょっと聞くけど、魔界の人間も天界の人間と、おんなじ、かな?」
ユージは飛天から思いもよらない質問を受けて戸惑ったが、
「うーんそうだなあ、多分そんなに変わらないんじゃないかな。と思うけど」
と、無難に切り返した。正直なところ、天界と魔界の人間の差など考えたこともなかったけれども。
「そう、じゃあ、問題ないね!」
飛天はにまーっと笑った。