「ヤン。何をするつもりだ?」
「お前に向けて火の攻撃魔法を出すから、防いでくれ」
「また物騒なことを考えたもんだな」
「お前の実力を買ってのことだぞ」
「ふん。この部屋、燃やすなよ」
「それは防ぐ側次第だな」
「そこ、丸投げするか、普通」
口では文句をいいながらも、ジンの表情は楽しそうだ。
「よし。じゃあ実演開始だ。ジンはそちらへ」
ジンはヤンの指示に従い、応接室のドアを背にして立った。
「ユージは私の後ろから見ていてくれ。ジンがへまをやらかして、とばっちりを食うといけないからな」
「は、はい」
ヤンに言われ、ユージは慌てて席を立つと彼の背後に回った。
「では始めようか。まず火起し」
魔法開始。火を出す。魔法終了。
先ほどと同様、ヤンの右の掌に小さな火が現れた。
「次に、大きな火を出す」
魔法開始。火を出す。大きくする。魔法終了。
今度はぼうっ、と音を立てて、天井に届きそうな大きな火柱が上がった。
(うわ)
想像以上の火の勢いに、ユージは思わず後ずさった。
「そして、憎っくきジンを殲滅せんがため、炎を以て攻撃する」
ヤンはおどけた口調で言い放つと、大仰に呪文を唱えた。
魔法開始。火を出す。大きくする。向きを前に。加速。魔法終了。
すると、先ほど同様立ち上った火柱が方向を変え、ジンに向けて勢いよく殺到し始めた。
「わ、ジンさん!」
ユージは思わず声を上げた。
「ヤン。洒落になってないぞ」
ジンは抗議の声を上げると、小さく呪文を唱え、右手を軽く横に払った。
(あ)
すると、ジンに到達しようとしていた炎は、まるで初めからそんなものは存在していなかったのように忽然と消え失せたではないか。
(炎が、消えた――)
ユージは目を見開いた。
「ジン。それを選択したのかよ」
ヤンはじんわりと苦笑した。
「最初は見た目で分かりやすく氷で対抗しようと思ったんだが、想像以上に火の勢いが強かったんでな。それで、直前で切り替えた」
ジンはすまし顔で肩を竦めた。
「流石だな。神官にしておくには惜しいよ、ジン」
「それは言いっこなしだ」
実演が終わったところで、三人は再びそれぞれの席に戻った。
「ユージ。今ので何か気が付いたことはあったかね?」
「はい。火がヤンさんの指示通りに動いているんだな、ということは、なんとなくわかりました」
「ははは、そうか。まあ最初はそんなもんかな」
ヤンはからりとした表情で口を開けて笑った。
「ところで、さっきジンさんが唱えた魔法って――」
「ありゃあ、無効化魔法だ」
ヤンはお茶を美味そうに喉に流し込んだ。
「無効化魔法、ですか?」
「どんな強力な魔法も一瞬にして効力を失うというやつでな。平たく言うと、そんな魔法最初から唱えてませんでしたよって状態になるのさ」
「へえ……」
(そんな魔法もあるんだ。面白いな)
今まで全く触れたこともなかった魔法の多様さに触れ、ユージはその有り様にほんの少しだけ興味を惹かれた。
「さて、長々と魔法の話をしてしまったが、神への祈りについてはどうなんだ、上級神官殿」
と、ヤンは幼馴染に話を向けた。
「そうだなあ」
ジンは腕組みをして暫し考えた後、
「確かに言われてみれば、祈祷もそうだよ。祈りの言葉は声に出して初めてレア神のお耳に届くんだよ、って子供の頃に教えられたっけ――そうだな、一般庶民はいざ知らず、我々神官は礼拝や儀式の時には必ず声に出して祈りを捧げている」
と、神官としての経験を口にした。
「へえ、そうなんですね。魔界では神様に祈るとか、そういうことは全くしないので」
そう、魔界では神の存在は明確に否定されているのだ。
「だから魔界では魔法が使えないんだろうな。魔法は光のレア神と闇のイル神からもたらされるものだから。二神とも信じないからと言って恵みをケチるような神様ではないが、存在を否定までされたら致し方ないだろう」
ジンは首から下げた銀のプレートを触りながら言葉を続けた。
「え、魔界では、魔法使えないんですか?」
ユージは目を丸くした。確かに魔界では魔法について語ることなど全くないが、まさか使えないと結論付けられているとは思わなかったのだ。
「かなり昔の話になるが、天界の名のある魔法使いが魔界に出向いて現地調査をしたところ、どうやっても魔法が発動出来なかったようでなあ。そんなこんなで、今では神の存在を否定する魔界では魔法が使えないというのが通説になっているんだよ」
「へえ……全然知りませんでした」
「ま、魔界人にとってはそんなのどうでもいい話だろうし、ユージが知らないのも当然だな」
ジンはお茶を飲みながらそっけなく応じた。
「そうそう。それで困る者がいるとすれば天界から魔界に移住した人間ぐらいでな。天界側からしてみても、はっきり言ってしまえばどうでもいいお話というわけさ」
と、魔法使いの頂点に立つ男もまた、涼しい顔で切り捨てた。
三人は議論を重ねた結果、魔法の呪文や神への祈りの言葉での考察から推測するに、言葉も同様に人の口に乗せて初めて効力を発揮するのではないか、との結論に達した。
「僕は魔界で書き言葉の方に重きを置いていましたが、どうも的外れだったみたいです」
ユージにとってそのことは悔しくもあったが、一つの答えが得られた喜びの方が遥かに大きかった。
「思い切って天界に来てよかったです。ヤンさん、ジンさん、あなたたちのお陰で光が見えてきました。ありがとうございます」
にこにこと感謝の言葉を述べるユージに、
「まあ、俺たちも面白かったから、いいんだよ」
「私も改めて魔法について知見を得た思いだ。こちらこそユージに感謝したい」
と、天界人の二人は少し照れ臭そうに言った。
「残りの滞在期間で僕なりに天界での検証を進めたいと思います。そこで、お二人に相談なのですが」
ユージは再び居住まいを正した。
「魔法の呪文が形になる様と、祈りの言葉がどのような形になるのか観察したいのですが、僕ひとりで出来る方法はありますか?」
ユージの問いに、ヤンとジンは顔を見合わせた。
「そりゃまたどうしてそんなことを?」
「ヤンさんもジンさんもお忙しいと思いますので、僕ひとりで進められたらベストかなあと思いまして」
立場上色々な仕事を抱えているであろうヤンとジンにこれ以上付き合ってもらうのは申し訳ないな、ユージは考えていた。
「ユージの研究に付き合いたいのは山々だが、確かにヤンも俺も約束は出来ないな。ヤンはそれでなくても忙しい身だし、俺は俺でいつ何時呼ばれるかわからんし」
「病人怪我人はいつ出るかわからんって話か」
「まあな」
「ジンはそっちに重きを置くからいつまでたっても上級神官止まりなんだよ」
「うるさい」
「おお、怖」
ジンに睨まれて、ヤンは首を竦めてみせた。
(この二人、本当に仲がいいんだな)
ヤンとジンの軽妙なやり取りを、ユージは微笑ましく、そして羨ましく思いながら聞いていた。