2-9 緊急放送に
19/34 学期初めの慌ただしさもようやく落ち着いた頃、星城高校では二日間に渡って文化祭が開催された。一日目はクラス単位での出し物を校内で、二日目は各クラブ活動の練習の成果を、敷地内にある大ホールで発表することになっている。麻奈美は帰宅部、友人たちの部活動もそれほど準備がないので、クラスの出し物の準備に協力していた。
麻奈美のクラスが選んだのは、型抜きだった。小麦粉や砂糖で出来た板状の菓子を針等で抜いていく。単純なのに、菓子が粉っぽいためにすぐ割れる。屋台でするより割安の五枚百円で販売し、綺麗に抜けた人には小さな焼き菓子を賞品にした。
「これ考えた人、すごいね。すごい儲かるし、やる側も集中力つくよ」
交代で担当する店番の合間に、麻奈美も友人たちと型抜きをした。過去に何度かしたことがあるが、最後までうまく抜いたことは一度もない。途中までは綺麗に出来ても、最後の最後で必ず割れてしまう。
「あーっ、あと棒だけだったのに!」
麻奈美は駒の型を抜いていたのだが、あと少しのところで下の軸が折れてしまった。悔しくて割れた欠片を口に入れたが、美味しくないので悔しさは倍増だ。
「おー、やってるねぇ」
店番の交代にやってきた修二が麻奈美を見つけた。隣に光輔がいないのは、きっと芳恵と出かけているからだろう。型抜きの菓子を食べる麻奈美を、千秋が見つめていた。
「なぁ麻奈美、あとで一緒に回んねぇか?」
「やーだ」
「親友が頼んでるっていうのに、冷たいなぁ」
「誰が親友よ。修二はただのクラスメイトだよ」
麻奈美は持っている最後の型に手を伸ばした。今回は傘で簡単そうだが、持ち手のカーブが難しい。隣に座っている千秋も、花のような型に挑戦していた。
「ねぇ麻奈美ちゃん、私は一人になっても大丈夫だよ」
「ううん、私が修二と行きたくないんだよ……あっ……あー割れちゃった」
やはり、麻奈美の傘の型は、持ち手のカーブで綺麗に割れた。しばらくしてから千秋の型も割れてしまったので、受付で残念賞をもらってから部屋を出た。
「そういえば千秋ちゃんも、彼氏呼べば良かったのに」
普段は関係者以外立ち入り禁止になっているが、文化祭の時期だけは他校の生徒にも開放していた。一日目は日曜日なので、他校の生徒も多く見かける。
「ううん。向こうも今日が文化祭なんだって」
「あーあ……それは残念」
本当に、麻奈美はそう思った。
単に、千秋の彼氏を一目見たかった、というのもあるけれど。
「でも、私が彼氏呼んだら、麻奈美ちゃん一人でしょ?」
もちろん麻奈美は、中学までの友人たちに文化祭へ招待の連絡をしていた。しかし、やはりこの時期はどこの学校も考えが同じなのか、全員が文化祭だった。
「もし来年も重なったら、休んで友達のとこ行こうかなぁ」
「ズル休み? バレたら怒られるよ。私も行きたいけど」
他のクラスの出し物を巡って、麻奈美と千秋は学校中を歩き回った。飲食物、隠し芸、スーパーボールすくい、フリーマーケット。文化祭は中学でも経験しているがお金を扱って商売することはなかったので、麻奈美には新鮮な感覚だった。
文化祭は楽しい、嬉しい、面白い。
久々に授業のない日を思いっきり楽しもうとしていた。
しかし、親友に演技は通用しなかった。
「ねぇ、麻奈美ちゃん、なにかあったの?」
「なんで?」
「なんかさ……変だよ。目が笑ってないよ」
「えー? そうかな」
麻奈美と千秋は学園の中庭で休んでいた。白いテーブルと椅子のセットがいくつかあって、緑の人工芝によく映えている。
「ねぇ、例の大学生と何かあったんでしょ?」
身を乗り出して、けれど控えめに千秋が聞いた。
「別に、何もないよ」
本当に、芝原とは何もない。いつも大夢で会って、適当な世間話をするだけだ。
麻奈美は平静を装っていたが、声は裏返ってしまった。
「本当だよ。何も……」
関係は出会った頃と変わっていない。大夢以外で会うことも、もちろんない。
「何もなかったら、麻奈美ちゃんもっと元気だよ? 最近ずっと、悲しそうだけど」
「──彼、好きな人がいるんだって」
一拍置いてから、麻奈美はため息をついた。
「恋だね」
「え? こ、恋?」
「あれ、気づいてなかったの?」
芝原のことは、確かに気になる存在ではあった。大夢の客として、平太郎の昔の教え子として、だと思っていた。
けれど、千秋は──。
「気になって頭から離れない。何でもいいから、いろんなこと知りたい。っていうのは、その人が好きだからだよ」
「で、でも」
「もー素直に認めなさーい!」
「でも、無理だよ、もう……ずっと前から好きな人がいるって」
「他の誰よりも、麻奈美ちゃんのほうが良いって思わせたら良いんだよ。あーなんかこっちまで嬉しくなってきちゃった! 今度、会わせてね!」
「えっ、ちょっと」
麻奈美があたふたしている間に、千秋は「芳恵ちゃんどこかなー」と言いながら校内へ入っていった。
(私、芝原さんが、好き、なの?)
そう思ったとたん、なんだか照れくさくなって、麻奈美は校内へ消えた千秋を探しに行った。走りながら、顔を緩めてしまった。
(好き、だけど……)
芝原には数年前から気になっている人がいる、という話。麻奈美に優しく接してくれているのは、平太郎の孫だからだろう。
(どんな人なのかな。綺麗なんだろうなぁ)
いくつかのクラスの出し物を回った後、芳恵と光輔を講堂で見かけた。歩き回って足が疲れたらしく、座って劇を見ていた。その後ろの席に、千秋と麻奈美も腰をかけた。
「今度さー、トリプルデートしたいね」
千秋が楽しそうに言った。
「えっ? 麻奈美ちゃん、彼氏できたの?」
「違うよ、もう!」
「あ、もしかして、例の大学生?」
「だから違うって!」
ドン! と麻奈美が両足で床を鳴らしたちょうどその時、緊急放送のチャイムが鳴った。
『生徒の呼び出しをいたします。星城学園高等部一年、川瀬麻奈美、至急、職員室まで来てください。繰り返します──』
「私? なんで? 何もしてないよ?」
「とにかく、行かないと」
「う、うん……ごめんね」
そうして麻奈美は友人たちと分かれ、職員室へと急いだ。途中で修二とすれ違ったが、彼も「なにかあったのか?」という顔をしていた。
職員室のドアを開け、麻奈美は呼びだした担任を探した。
「おお、川瀬、こっち来い、早く」
「なんですか」
担任は麻奈美を職員室の隅へ呼んだ。
「先生が──お祖父さんがここで教師をしていたのは知ってるね? ──怪我をして病院に運ばれた」
麻奈美のクラスが選んだのは、型抜きだった。小麦粉や砂糖で出来た板状の菓子を針等で抜いていく。単純なのに、菓子が粉っぽいためにすぐ割れる。屋台でするより割安の五枚百円で販売し、綺麗に抜けた人には小さな焼き菓子を賞品にした。
「これ考えた人、すごいね。すごい儲かるし、やる側も集中力つくよ」
交代で担当する店番の合間に、麻奈美も友人たちと型抜きをした。過去に何度かしたことがあるが、最後までうまく抜いたことは一度もない。途中までは綺麗に出来ても、最後の最後で必ず割れてしまう。
「あーっ、あと棒だけだったのに!」
麻奈美は駒の型を抜いていたのだが、あと少しのところで下の軸が折れてしまった。悔しくて割れた欠片を口に入れたが、美味しくないので悔しさは倍増だ。
「おー、やってるねぇ」
店番の交代にやってきた修二が麻奈美を見つけた。隣に光輔がいないのは、きっと芳恵と出かけているからだろう。型抜きの菓子を食べる麻奈美を、千秋が見つめていた。
「なぁ麻奈美、あとで一緒に回んねぇか?」
「やーだ」
「親友が頼んでるっていうのに、冷たいなぁ」
「誰が親友よ。修二はただのクラスメイトだよ」
麻奈美は持っている最後の型に手を伸ばした。今回は傘で簡単そうだが、持ち手のカーブが難しい。隣に座っている千秋も、花のような型に挑戦していた。
「ねぇ麻奈美ちゃん、私は一人になっても大丈夫だよ」
「ううん、私が修二と行きたくないんだよ……あっ……あー割れちゃった」
やはり、麻奈美の傘の型は、持ち手のカーブで綺麗に割れた。しばらくしてから千秋の型も割れてしまったので、受付で残念賞をもらってから部屋を出た。
「そういえば千秋ちゃんも、彼氏呼べば良かったのに」
普段は関係者以外立ち入り禁止になっているが、文化祭の時期だけは他校の生徒にも開放していた。一日目は日曜日なので、他校の生徒も多く見かける。
「ううん。向こうも今日が文化祭なんだって」
「あーあ……それは残念」
本当に、麻奈美はそう思った。
単に、千秋の彼氏を一目見たかった、というのもあるけれど。
「でも、私が彼氏呼んだら、麻奈美ちゃん一人でしょ?」
もちろん麻奈美は、中学までの友人たちに文化祭へ招待の連絡をしていた。しかし、やはりこの時期はどこの学校も考えが同じなのか、全員が文化祭だった。
「もし来年も重なったら、休んで友達のとこ行こうかなぁ」
「ズル休み? バレたら怒られるよ。私も行きたいけど」
他のクラスの出し物を巡って、麻奈美と千秋は学校中を歩き回った。飲食物、隠し芸、スーパーボールすくい、フリーマーケット。文化祭は中学でも経験しているがお金を扱って商売することはなかったので、麻奈美には新鮮な感覚だった。
文化祭は楽しい、嬉しい、面白い。
久々に授業のない日を思いっきり楽しもうとしていた。
しかし、親友に演技は通用しなかった。
「ねぇ、麻奈美ちゃん、なにかあったの?」
「なんで?」
「なんかさ……変だよ。目が笑ってないよ」
「えー? そうかな」
麻奈美と千秋は学園の中庭で休んでいた。白いテーブルと椅子のセットがいくつかあって、緑の人工芝によく映えている。
「ねぇ、例の大学生と何かあったんでしょ?」
身を乗り出して、けれど控えめに千秋が聞いた。
「別に、何もないよ」
本当に、芝原とは何もない。いつも大夢で会って、適当な世間話をするだけだ。
麻奈美は平静を装っていたが、声は裏返ってしまった。
「本当だよ。何も……」
関係は出会った頃と変わっていない。大夢以外で会うことも、もちろんない。
「何もなかったら、麻奈美ちゃんもっと元気だよ? 最近ずっと、悲しそうだけど」
「──彼、好きな人がいるんだって」
一拍置いてから、麻奈美はため息をついた。
「恋だね」
「え? こ、恋?」
「あれ、気づいてなかったの?」
芝原のことは、確かに気になる存在ではあった。大夢の客として、平太郎の昔の教え子として、だと思っていた。
けれど、千秋は──。
「気になって頭から離れない。何でもいいから、いろんなこと知りたい。っていうのは、その人が好きだからだよ」
「で、でも」
「もー素直に認めなさーい!」
「でも、無理だよ、もう……ずっと前から好きな人がいるって」
「他の誰よりも、麻奈美ちゃんのほうが良いって思わせたら良いんだよ。あーなんかこっちまで嬉しくなってきちゃった! 今度、会わせてね!」
「えっ、ちょっと」
麻奈美があたふたしている間に、千秋は「芳恵ちゃんどこかなー」と言いながら校内へ入っていった。
(私、芝原さんが、好き、なの?)
そう思ったとたん、なんだか照れくさくなって、麻奈美は校内へ消えた千秋を探しに行った。走りながら、顔を緩めてしまった。
(好き、だけど……)
芝原には数年前から気になっている人がいる、という話。麻奈美に優しく接してくれているのは、平太郎の孫だからだろう。
(どんな人なのかな。綺麗なんだろうなぁ)
いくつかのクラスの出し物を回った後、芳恵と光輔を講堂で見かけた。歩き回って足が疲れたらしく、座って劇を見ていた。その後ろの席に、千秋と麻奈美も腰をかけた。
「今度さー、トリプルデートしたいね」
千秋が楽しそうに言った。
「えっ? 麻奈美ちゃん、彼氏できたの?」
「違うよ、もう!」
「あ、もしかして、例の大学生?」
「だから違うって!」
ドン! と麻奈美が両足で床を鳴らしたちょうどその時、緊急放送のチャイムが鳴った。
『生徒の呼び出しをいたします。星城学園高等部一年、川瀬麻奈美、至急、職員室まで来てください。繰り返します──』
「私? なんで? 何もしてないよ?」
「とにかく、行かないと」
「う、うん……ごめんね」
そうして麻奈美は友人たちと分かれ、職員室へと急いだ。途中で修二とすれ違ったが、彼も「なにかあったのか?」という顔をしていた。
職員室のドアを開け、麻奈美は呼びだした担任を探した。
「おお、川瀬、こっち来い、早く」
「なんですか」
担任は麻奈美を職員室の隅へ呼んだ。
「先生が──お祖父さんがここで教師をしていたのは知ってるね? ──怪我をして病院に運ばれた」
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