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7-1

ー/ー



「……大阪城?」
「せやで。もしかして知らんかったか? 和泉ちゃん」

 オーケストラ楽団長からの意外な情報に、私は唖然とした。長年大阪に住んでいるというのに、どうしてそれを知らなかったのか。

 いつもの楽団の練習日。休憩時間に高杉君たちと例のカルテットの演奏場所について話していると、小耳に挟んでいた団長が「良い場所あるやないか」と教えてくれたのだ。
 それは大阪城公園の敷地内で行われている、ストリートライブイベントのことだった。アマチュアグループを対象に参加募集していて、一組30分ほどの時間を与えられ、自由に野外ライブを行うことができるという。

「皆、どう思う?」
「どう思うも何も、これ以上ない絶好の場所じゃないか。早速、連絡してみようよ!」

 興奮気味の荒井君を筆頭に、高杉君と和田君も文句なしと言わんばかりに頷いた。当然、私も大賛成だ。すると荒井君は携帯を片手に練習室から颯爽と出ていった。流石は優等生の荒井君、仕事がとても早い。

「ありがとうございます、団長。とても助かりました」
「なぁに、かまへんって。それより自分ら、カルテットまで組むようなったんやな。僕も聴きに行かせてもろてええ?」
「はい! 是非とも」

 意気揚々と返事をすると、隣で高杉君と和田君が少し渋い顔をして私を見ていた。……え、もしかして嫌だった?
 そんな彼らの様子に気づくことなく、呑気な団長は他の人に呼ばれて席を外した。直後、二人に必死で謝っているところへ、頭の上で大きな(マル)を作った荒井君が戻ってきた。どうやら無事に申し込みができたようだ。

「音響機器は全て用意してくれるってさ。本来はバンド向けのイベントみたいだけど、音楽性は問わないから是非どうぞって言ってくれたよ」
「へぇ、なら課題は一気に解決ってわけか」

 高杉君が答えると、荒井君は大きく頷いた。そう、その課題こそ私たちがなかなか演奏場所を決められなかった理由だ。
 第一候補だった槇尾川の河川敷も悪くないけれど、やはり音の離散を不安視していた。ホールのような反響が得られないから、私たちの音楽の良さを発揮できない心配があったのだ。和矢君と広君は近くで見て楽しむパフォーマンスとしての演奏会だったから、私たちとは目的が異なっている。

 かといって音響機器で音を拡散してしまうと、住宅地の中にある河川敷では騒音迷惑になってしまう。やはりライブ会場として音響も使える環境が理想だった。

 でも今回の場所で、その悩みは全て解消されてしまうのだ。

「春休みは金土日の開催で、来週の金曜日に空きがあったから、そこで取ったよ」
「来週……、急にハードスケジュールだな。持ち時間30分だろ、カノンじゃ足りなくね?」

 和田君の言うとおりだ。カノンは私たちの演奏だと7、8分ぐらいの演奏時間だから、持ち時間にはかなり不足してしまう。そこで私たちは急遽今日の練習が終わった後に、追加で演奏する曲を決めるため、高杉君たちのシェアハウスにて打ち合わせをすることにした。

 この楽団も1ヶ月半後には大きなコンサートを控えていて練習は大詰めだ。
 これはしばらく忙しくなりそう。私たち以外の音は相変わらず、ピッチが下がり続けて気持ち悪いけれど。

 ――大丈夫、頑張るって決めたもの。

「ほな、練習再開するで~」

 団長の一声で、再び修行のような合奏が始まった。


 思えば、こうして正面からシェアハウスを訪れるのは初めてのことだ。これまで私は気絶して彼らに運ばれたことしかないから、何だか改めて訪問となると変に緊張してしまう。一応、男の人だけが住む家に上がるわけだし。

「お……お邪魔しまぁす」
「どうぞ。和泉は紅茶でいい?」

 高杉君と和田君が真っ先に自室へ向かう中、荒井君だけがキッチンに向かってお茶の準備を開始する。待っているだけも申し訳ないから、私も彼と共にキッチンに立ち、ポットでお湯を沸かす手伝いをした。荒井君は何故か楽しそうに、鼻歌を歌いながらカップを用意している。
 改めて共同リビングを見渡してみた。勝手なイメージだけど、男性の住まいにしては綺麗に整頓されているなと思う。後々聞くと、思ったとおりと言ったら語弊があるけれど、几帳面な荒井君がコツコツと掃除をしているそうだ。各自の部屋は管轄外だから「中は見たことないし、別に見たくもないね」と彼は言った。

 ダイニングテーブルに紅茶とコーヒーが並んだタイミングで、部屋から高杉君と和田君が戻ってきた。先ほどまでの格好よりもラフな服装に着替えての登場だ。

「お。サンキュ、安芸」
「お礼なら和泉に言いなよ、近江。手伝ってくれたんだから。っていうか、お客様にやらせるって何なんだよ君たち」

 ギロリと荒井君が二人を睨みつければ、彼らは聞こえないフリをしてコーヒーを口にした。
 仲間とはいえ、よく一緒に生活できてるな、この人たち……。

 私も出された紅茶を飲んでみると、芳醇で甘いストロベリーの香りが口の中に広がった。フレーバーティーが出てくるとは、少し意外で一人驚く。

「で、どうすんだ。持ち時間分の曲を考えるんだろ、あまり時間もねぇぞ」

 向かいに座った高杉君が、お茶請けに出されたコンソメ味のポテチをつまみながらそう言った。ちなみにソファは私の隣に荒井君、向かいの高杉君の隣に和田君が座っている。
 私と同じ紅茶が入ったカップを手にしながら、先ほどの問いに荒井君は「分かってる」と答えた。

「僕たちが今までに弾いた曲を取り入れるのが妥当だろう。僕と和泉でフックス、日向と近江でモーツァルトの二重奏(デュオ)はどうかな」
「フックス……? お前ら、いつの間にデュエットしてんだよ。あとモーツァルトは俺ら第1楽章しかやってねぇからな」

 弓の特訓中に演奏していたことを二人は知らないため、高杉君が不審な視線を送って指摘した。私は怒られると思って肩を跳ね上げたけれど、荒井君は全く動じていない様子。

「デュエットに日向へ許可を取る必要ないだろ? 君たちが第1楽章だけとすると5分くらいか……。フックスは約8分だから、あと10分は余るね」

 高杉君の圧をサラリと受け流した荒井君は、期待を込めた眼差しで私を見る。

 ……ん? これは、もしかして。


※大阪城のライブは実在するものを参考にアレンジしております。実際の条件とは少し異なりますのでご注意ください。



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「……大阪城?」
「せやで。もしかして知らんかったか? 和泉ちゃん」
 オーケストラ楽団長からの意外な情報に、私は唖然とした。長年大阪に住んでいるというのに、どうしてそれを知らなかったのか。
 いつもの楽団の練習日。休憩時間に高杉君たちと例のカルテットの演奏場所について話していると、小耳に挟んでいた団長が「良い場所あるやないか」と教えてくれたのだ。
 それは大阪城公園の敷地内で行われている、ストリートライブイベントのことだった。アマチュアグループを対象に参加募集していて、一組30分ほどの時間を与えられ、自由に野外ライブを行うことができるという。
「皆、どう思う?」
「どう思うも何も、これ以上ない絶好の場所じゃないか。早速、連絡してみようよ!」
 興奮気味の荒井君を筆頭に、高杉君と和田君も文句なしと言わんばかりに頷いた。当然、私も大賛成だ。すると荒井君は携帯を片手に練習室から颯爽と出ていった。流石は優等生の荒井君、仕事がとても早い。
「ありがとうございます、団長。とても助かりました」
「なぁに、かまへんって。それより自分ら、カルテットまで組むようなったんやな。僕も聴きに行かせてもろてええ?」
「はい! 是非とも」
 意気揚々と返事をすると、隣で高杉君と和田君が少し渋い顔をして私を見ていた。……え、もしかして嫌だった?
 そんな彼らの様子に気づくことなく、呑気な団長は他の人に呼ばれて席を外した。直後、二人に必死で謝っているところへ、頭の上で大きな|◯《マル》を作った荒井君が戻ってきた。どうやら無事に申し込みができたようだ。
「音響機器は全て用意してくれるってさ。本来はバンド向けのイベントみたいだけど、音楽性は問わないから是非どうぞって言ってくれたよ」
「へぇ、なら課題は一気に解決ってわけか」
 高杉君が答えると、荒井君は大きく頷いた。そう、その課題こそ私たちがなかなか演奏場所を決められなかった理由だ。
 第一候補だった槇尾川の河川敷も悪くないけれど、やはり音の離散を不安視していた。ホールのような反響が得られないから、私たちの音楽の良さを発揮できない心配があったのだ。和矢君と広君は近くで見て楽しむパフォーマンスとしての演奏会だったから、私たちとは目的が異なっている。
 かといって音響機器で音を拡散してしまうと、住宅地の中にある河川敷では騒音迷惑になってしまう。やはりライブ会場として音響も使える環境が理想だった。
 でも今回の場所で、その悩みは全て解消されてしまうのだ。
「春休みは金土日の開催で、来週の金曜日に空きがあったから、そこで取ったよ」
「来週……、急にハードスケジュールだな。持ち時間30分だろ、カノンじゃ足りなくね?」
 和田君の言うとおりだ。カノンは私たちの演奏だと7、8分ぐらいの演奏時間だから、持ち時間にはかなり不足してしまう。そこで私たちは急遽今日の練習が終わった後に、追加で演奏する曲を決めるため、高杉君たちのシェアハウスにて打ち合わせをすることにした。
 この楽団も1ヶ月半後には大きなコンサートを控えていて練習は大詰めだ。
 これはしばらく忙しくなりそう。私たち以外の音は相変わらず、ピッチが下がり続けて気持ち悪いけれど。
 ――大丈夫、頑張るって決めたもの。
「ほな、練習再開するで~」
 団長の一声で、再び修行のような合奏が始まった。
 思えば、こうして正面からシェアハウスを訪れるのは初めてのことだ。これまで私は気絶して彼らに運ばれたことしかないから、何だか改めて訪問となると変に緊張してしまう。一応、男の人だけが住む家に上がるわけだし。
「お……お邪魔しまぁす」
「どうぞ。和泉は紅茶でいい?」
 高杉君と和田君が真っ先に自室へ向かう中、荒井君だけがキッチンに向かってお茶の準備を開始する。待っているだけも申し訳ないから、私も彼と共にキッチンに立ち、ポットでお湯を沸かす手伝いをした。荒井君は何故か楽しそうに、鼻歌を歌いながらカップを用意している。
 改めて共同リビングを見渡してみた。勝手なイメージだけど、男性の住まいにしては綺麗に整頓されているなと思う。後々聞くと、思ったとおりと言ったら語弊があるけれど、几帳面な荒井君がコツコツと掃除をしているそうだ。各自の部屋は管轄外だから「中は見たことないし、別に見たくもないね」と彼は言った。
 ダイニングテーブルに紅茶とコーヒーが並んだタイミングで、部屋から高杉君と和田君が戻ってきた。先ほどまでの格好よりもラフな服装に着替えての登場だ。
「お。サンキュ、安芸」
「お礼なら和泉に言いなよ、近江。手伝ってくれたんだから。っていうか、お客様にやらせるって何なんだよ君たち」
 ギロリと荒井君が二人を睨みつければ、彼らは聞こえないフリをしてコーヒーを口にした。
 仲間とはいえ、よく一緒に生活できてるな、この人たち……。
 私も出された紅茶を飲んでみると、芳醇で甘いストロベリーの香りが口の中に広がった。フレーバーティーが出てくるとは、少し意外で一人驚く。
「で、どうすんだ。持ち時間分の曲を考えるんだろ、あまり時間もねぇぞ」
 向かいに座った高杉君が、お茶請けに出されたコンソメ味のポテチをつまみながらそう言った。ちなみにソファは私の隣に荒井君、向かいの高杉君の隣に和田君が座っている。
 私と同じ紅茶が入ったカップを手にしながら、先ほどの問いに荒井君は「分かってる」と答えた。
「僕たちが今までに弾いた曲を取り入れるのが妥当だろう。僕と和泉でフックス、日向と近江でモーツァルトの|二重奏《デュオ》はどうかな」
「フックス……? お前ら、いつの間にデュエットしてんだよ。あとモーツァルトは俺ら第1楽章しかやってねぇからな」
 弓の特訓中に演奏していたことを二人は知らないため、高杉君が不審な視線を送って指摘した。私は怒られると思って肩を跳ね上げたけれど、荒井君は全く動じていない様子。
「デュエットに日向へ許可を取る必要ないだろ? 君たちが第1楽章だけとすると5分くらいか……。フックスは約8分だから、あと10分は余るね」
 高杉君の圧をサラリと受け流した荒井君は、期待を込めた眼差しで私を見る。
 ……ん? これは、もしかして。
※大阪城のライブは実在するものを参考にアレンジしております。実際の条件とは少し異なりますのでご注意ください。