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灰燼に帰す

ー/ー



『そのままでは、君は数日後に死ぬ。私が見た確実な未来だ』

 マーリンの言葉が思い出される。擬似的な未来視、と称していたその力で、何を見ていたのかは分からない。ただ旭は、その言葉通りの未来が、刻一刻と近づいていることを理解し始めていた。


(熱い……)


 身体中が異様に熱かった。焔による熱ではない。熱、という表現すら適してはいない。旭を蝕んでいるのは、焔による熱ではなかった。
 肌はサラサラと乾燥し、いくら水を飲んでも喉は潤わない。それが異常であることなど、簡単に理解できた。汗が止まらない。盤星寮から帰ってきたばかりだというのに、旭は耐えきれずギルドを飛び出した。


「ん? おーい、旭君。こんな夜中にどこ行くんだい?」

「ちょっと……外の空気を……」


 勢いよくギルドの扉を開けて外へ出ると、後ろの方でギルドマスターが何かを言っているのが聞こえてきた。だが、旭はそんなことなど気にもとめず、ふわふわと空を飛んでどこかへ行ってしまう。


(焔じゃない……魔力の暴走でもない……)


 なら、この熱の正体はなんなのか。心当たりは一つだけあった。旭は首に下げた黒白の宝石に目をやった。宝石は月明かりに照らされて怪しく光っている。
 その光を見た瞬間、旭は忘れていた黒白の宝石の正体を思い出した。九尾の狐、玉藻の前の伝説。幼い頃に旭はそれを獄蝶のジョカに聞いたのだった。その時の記憶を、旭は熱でまったく働こうとしない脳で思い出そうとする。
 陰陽のように混ざりあった黒と白の宝石。八重が遺したこの宝石の正体は、1つしかない。

『殺生石』

 その答えにたどり着くと、旭の体調の異常も納得のいく説明がつく。この殺生石は、八重が遺したもの。いわゆる『呪物』となっている。
 忘れてはならない。妖とは、人に災いをもたらす呪いそのものなのだ。旭は壊してまった。人と妖を隔てていた壁を。そして、触れてしまったのだ。災いに。


(あぁ……くそ)


 それも、旭が触れてしまったのはただの妖ではない。三大怨霊の1人として数えられる神獣、玉藻の前だ。
 空を飛んでいた旭の意識が遠くなる。やがて、魔法を使うことすらままならなくなり、旭は地面と垂直に落ちていった。受け止めるものはいない。重力に従って、旭は落下し、地面と激突する。
 痛みは感じなかった。痛みなど感じる余裕もないほど、旭は()()()()()()に苦しめられている。
 あの日、あの時、モニカが助かることができたのには理由がある。1つは、モニカを呪ったのが、まだ妖として未熟だったソラだったこと。もう1つは、モニカが常日頃から霊や妖と接していたことで、多少の免疫がついていたこと。そして、モニカが奇跡を起こしたこと。
 そのすべての条件が重なって、それでもギリギリのところでモニカは助かったのだ。今の旭の状態は絶望的と言ってもいい。


「焼き尽くせ……”焔”――!」


 全身に焔がまとわりつく。旭の体を焦がすように、じわりじわりと燃えていく。だが、効果はない。身体の熱は焔によって更に上昇し、体の芯はじんと冷たくなるばかりだ。


「これ、バカ者が。そんなことで鬼火が使いこなせるものか」


 旭が死を覚悟した瞬間、聞こえるはずのない声が耳に届いた。


「恐れるな。支配しろ。お主はもう、妖気をコントロールできるはずじゃ」


 旭の呼吸は徐々に激しくなっていく。全身が焼けるような痛みを紛らわせるように、旭は大きく息を吸って吐いてを繰り返す。そして、旭は聞こえてきた言葉に従って焔を制御する。


「支……配、しろ――! 力、を……闇……を!」


 顔を歪め、旭は限りなく集中していく。身体中、体内、神経。隅々まで意識を張り巡らせていく。力を制御し、支配する。そのやり方は、不思議と旭の身体に、細胞にまで刻み込まれているようだった。


「万象の、儀を……思い出せ」


 うわ言のようにそう呟きながら、旭は全身に巡る呪いを消し去ろうとする。


「なぁに、安心しろ。大丈夫だ。不安がる必要はないぞ。妾が側にいてやる」

「……あぁ、心強いよ、()()


 旭が名前を呼ぶと、旭を蝕んでいた呪いは、まるで最初からなかったみたいに消えていった。体温はゆっくりと時間をかけて元の状態へと戻っていく。
 旭が顔をあげると、そこには優しく微笑む八重の姿があった。やはり家族だからか、その表情はソラと似たようなものがないでもない。そんなことを考えていると、ふと旭の体から力が抜ける。


「おっと……」

「ふん、無理をするでないわ。妾の災いを跳ね除けるなど……なんと無茶なことをする。あと少し遅ければ灰燼と帰すところじゃったわ」

「まだ、死にたくはないんでね。俺は死ぬ時はじじいになって老衰って決めてんだよ。あわよくば笑って死にてぇ」

「生意気な小僧が……まぁ、それも悪くないか」


 何度頬をつねっても痛みを感じることができた。目をこすっても、八重の姿は消えない。


「あの時はまだ完全ではなかっただろう。これでようやく初めましてじゃ」


 まだ、妖をぼんやりと認識することができなかった旭は、この時初めて鮮明に妖の姿を見ることができた。呪いを跳ね除けた影響か、それとも、妖気に長い間晒されていたからか。理由は分からないが、旭は妖を視認することができるようになった。


「……左目でしか見えねぇ」

「そのうちそれも慣れる。とはいえ、ここが限界のようじゃがの」


 八重の姿が朧になっていく。霧のように揺蕩う霞は、旭が首にかけている殺生石に吸い込まれていっている。


「説明はまた今度。今宵はゆっくり休め」

「おい、待ッ……」


 旭の制止も聞かず、八重は完全に姿を消してしまった。
 その日、旭はさほど離れていなかったギルドまで歩いて帰った。妖気で魔力が乱されていたからか、魔法が使えなかったからだ。心配してくれているようだったギルドマスターに一声かけて、旭は泥のように眠った。


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『そのままでは、君は数日後に死ぬ。私が見た確実な未来だ』
 マーリンの言葉が思い出される。擬似的な未来視、と称していたその力で、何を見ていたのかは分からない。ただ旭は、その言葉通りの未来が、刻一刻と近づいていることを理解し始めていた。
(熱い……)
 身体中が異様に熱かった。焔による熱ではない。熱、という表現すら適してはいない。旭を蝕んでいるのは、焔による熱ではなかった。
 肌はサラサラと乾燥し、いくら水を飲んでも喉は潤わない。それが異常であることなど、簡単に理解できた。汗が止まらない。盤星寮から帰ってきたばかりだというのに、旭は耐えきれずギルドを飛び出した。
「ん? おーい、旭君。こんな夜中にどこ行くんだい?」
「ちょっと……外の空気を……」
 勢いよくギルドの扉を開けて外へ出ると、後ろの方でギルドマスターが何かを言っているのが聞こえてきた。だが、旭はそんなことなど気にもとめず、ふわふわと空を飛んでどこかへ行ってしまう。
(焔じゃない……魔力の暴走でもない……)
 なら、この熱の正体はなんなのか。心当たりは一つだけあった。旭は首に下げた黒白の宝石に目をやった。宝石は月明かりに照らされて怪しく光っている。
 その光を見た瞬間、旭は忘れていた黒白の宝石の正体を思い出した。九尾の狐、玉藻の前の伝説。幼い頃に旭はそれを獄蝶のジョカに聞いたのだった。その時の記憶を、旭は熱でまったく働こうとしない脳で思い出そうとする。
 陰陽のように混ざりあった黒と白の宝石。八重が遺したこの宝石の正体は、1つしかない。
『殺生石』
 その答えにたどり着くと、旭の体調の異常も納得のいく説明がつく。この殺生石は、八重が遺したもの。いわゆる『呪物』となっている。
 忘れてはならない。妖とは、人に災いをもたらす呪いそのものなのだ。旭は壊してまった。人と妖を隔てていた壁を。そして、触れてしまったのだ。災いに。
(あぁ……くそ)
 それも、旭が触れてしまったのはただの妖ではない。三大怨霊の1人として数えられる神獣、玉藻の前だ。
 空を飛んでいた旭の意識が遠くなる。やがて、魔法を使うことすらままならなくなり、旭は地面と垂直に落ちていった。受け止めるものはいない。重力に従って、旭は落下し、地面と激突する。
 痛みは感じなかった。痛みなど感じる余裕もないほど、旭は|冷《・》|や《・》|や《・》|か《・》|な《・》|炎《・》に苦しめられている。
 あの日、あの時、モニカが助かることができたのには理由がある。1つは、モニカを呪ったのが、まだ妖として未熟だったソラだったこと。もう1つは、モニカが常日頃から霊や妖と接していたことで、多少の免疫がついていたこと。そして、モニカが奇跡を起こしたこと。
 そのすべての条件が重なって、それでもギリギリのところでモニカは助かったのだ。今の旭の状態は絶望的と言ってもいい。
「焼き尽くせ……”焔”――!」
 全身に焔がまとわりつく。旭の体を焦がすように、じわりじわりと燃えていく。だが、効果はない。身体の熱は焔によって更に上昇し、体の芯はじんと冷たくなるばかりだ。
「これ、バカ者が。そんなことで鬼火が使いこなせるものか」
 旭が死を覚悟した瞬間、聞こえるはずのない声が耳に届いた。
「恐れるな。支配しろ。お主はもう、妖気をコントロールできるはずじゃ」
 旭の呼吸は徐々に激しくなっていく。全身が焼けるような痛みを紛らわせるように、旭は大きく息を吸って吐いてを繰り返す。そして、旭は聞こえてきた言葉に従って焔を制御する。
「支……配、しろ――! 力、を……闇……を!」
 顔を歪め、旭は限りなく集中していく。身体中、体内、神経。隅々まで意識を張り巡らせていく。力を制御し、支配する。そのやり方は、不思議と旭の身体に、細胞にまで刻み込まれているようだった。
「万象の、儀を……思い出せ」
 うわ言のようにそう呟きながら、旭は全身に巡る呪いを消し去ろうとする。
「なぁに、安心しろ。大丈夫だ。不安がる必要はないぞ。妾が側にいてやる」
「……あぁ、心強いよ、|八《・》|重《・》」
 旭が名前を呼ぶと、旭を蝕んでいた呪いは、まるで最初からなかったみたいに消えていった。体温はゆっくりと時間をかけて元の状態へと戻っていく。
 旭が顔をあげると、そこには優しく微笑む八重の姿があった。やはり家族だからか、その表情はソラと似たようなものがないでもない。そんなことを考えていると、ふと旭の体から力が抜ける。
「おっと……」
「ふん、無理をするでないわ。妾の災いを跳ね除けるなど……なんと無茶なことをする。あと少し遅ければ灰燼と帰すところじゃったわ」
「まだ、死にたくはないんでね。俺は死ぬ時はじじいになって老衰って決めてんだよ。あわよくば笑って死にてぇ」
「生意気な小僧が……まぁ、それも悪くないか」
 何度頬をつねっても痛みを感じることができた。目をこすっても、八重の姿は消えない。
「あの時はまだ完全ではなかっただろう。これでようやく初めましてじゃ」
 まだ、妖をぼんやりと認識することができなかった旭は、この時初めて鮮明に妖の姿を見ることができた。呪いを跳ね除けた影響か、それとも、妖気に長い間晒されていたからか。理由は分からないが、旭は妖を視認することができるようになった。
「……左目でしか見えねぇ」
「そのうちそれも慣れる。とはいえ、ここが限界のようじゃがの」
 八重の姿が朧になっていく。霧のように揺蕩う霞は、旭が首にかけている殺生石に吸い込まれていっている。
「説明はまた今度。今宵はゆっくり休め」
「おい、待ッ……」
 旭の制止も聞かず、八重は完全に姿を消してしまった。
 その日、旭はさほど離れていなかったギルドまで歩いて帰った。妖気で魔力が乱されていたからか、魔法が使えなかったからだ。心配してくれているようだったギルドマスターに一声かけて、旭は泥のように眠った。