表示設定
表示設定
目次 目次




天界・暁の宮にて~薬師ジンとの出会い(2)

ー/ー



 ユージは先ほどの若い神官の案内で応接室に通され、出されたお茶を飲みながらジンを待っていた。
 何をどうやって説明しようかと考えているうちに、ユージは舟を漕ぎ始めた。移動で疲れていたのに加えてソファの座り心地と部屋の温度が丁度眠りを誘うような塩梅だったのだ。

 そんな折、がちゃり、とドアが開いた。
 (やべ)
 ユージは飛び上がるように立ち上がった。
 「お待たせして申し訳ありません」
 ジンは、今度はイメージ通りの神官の出で立ちで現れた。銀の長い髪を首の後ろでひとつに結び、胸元には何やら記号のようなものがびっしりと刻まれた大きな銀製のプレートを下げている。
 「こちらこそ、お時間頂き感謝します」
 ユージは居住まいを正し、ぺこりと一礼した。
 「まあ、そう固くならずに。では、早速ですがお話を伺いましょう」
 ジンはにっこりと微笑むと、ユージに座るよう促した。

 ユージは、ソファに腰を下ろすと、お茶を一口飲んでから切り出した。
 「あの、僕は、ジンさんと同じ、あの人の弟子なんです」
 「え?」
 「すみません。弟子のくせに師匠の名前を知らないので、あの人としか言えないのですが――えーと、他の人は偉大なる人物、とか、全てを知る者、とか、先生、とか呼んでいたり……」
 もじもじとユージは言い訳した。なんとも言葉だけでは説明が難しい。
 「なるほど。あなたの師匠はどんな見た目の方ですか?」
 「ええと、師匠は女性で、大体赤い着物を着ていて、髪の毛は長い黒髪をこんな風に結い上げていて、性格は豪放磊落で」
 「その人はここにほくろがありますか?」
 ジンは、自分の左目の下を指して言った。
 「あります!」
 「では、あなたの師匠と私の師匠は同じ人のようですね」
 ジンはまたにっこりと微笑んだ。そして、
 「実は私も師匠の名前は存じ上げないのです」
 と、打ち明けた。
 「そうなんですね、僕たち夫婦だけ知らないのかと思っていました。――あ、妻のサクラも師匠の弟子なんです。今回はこちらには来ていませんが」
 「そうですか、ご夫婦で」
 ジンは穏やかな表情で頷いた。
 きっとこの人は、こんな風にして色々な人の話を根気強く聞いているのだろう、とユージは思った。

 「それで、あなたの困りごととは?」
 ジンがユージの核心に迫る。ここからが本番だ。
 「はい。僕は師匠から課題を与えられていまして。言葉が世界に与える影響について研究しろ、と」
 「ほう。それはまた、雲をつかむような話ですね」
 「そうなんです。面白いテーマではあるのですが、これがなかなか難問で――魔界で何とか研究を進めようと頑張ってきたのですが、全然進まなくて。正直な話、完全に行き詰ってしまいました」
 「なるほど」
 「これは僕の考えなのですが、魔界は科学技術が発達しすぎたせいで、言葉がデータそのものになってしまうのではないかと」
 ユージはリュックからノートを取り出して、ペンで書き込みながら説明を始めた。
 「例えば、『あ』という文字は、デジタルの世界ではこんな風にコードに変換されます。これをもっとコンピュータ側に近づけて細分化して見ていくと、最終的には0と1の羅列になるんです。あるか、ないか。オンかオフ」
 ユージはペンを置いた。
 「0と1はコンピュータにとっては意味があるものです。確かに僕達が住む魔界では最終的に世界を動かしているものになりますが、でも、師匠が意図しているのはこれではないと思っています。もっと単純に、言葉が力をもって世界を動かすさまを突き止めろ、ということではないかと。そうなると、言葉がデジタルに変容してしまう魔界ではその観測が難しいのではないか、と考えています」
 ここまで一気にまくしたて、ジンの顔を伺うと困ったような苦笑いを浮かべていた。
 「熱心に説明して下さったのに申し訳ないのですが、天界の人間には難しすぎますね、それ」
 「……あ。すみません。つい」
 ユージは頭を掻いた。魔界にいる調子で説明してしまったことを少しばかり後悔した。
 「いえいえ。今のお話から察するに、魔界ではユージさんの意図したものが拾えなくて困っている、と理解しましたが、合ってますかね?」
 「あ、はい、そんな感じです」
 口では難しいと言いながらも、ジンはユージが語りたかった内容をきちんと捉えていた。
 「それで、私に聞きたいこととは何でしょう」
 「ジンさんは神官でいらっしゃるので、ある意味、言葉にお詳しいのではないかと思いまして」
 「と言いますと?」
 「僕は、神様への祈りの言葉がこの天界に何か影響を与えているのではないかと考えています。それで、祈りの言葉について詳しく教えて頂きたいのです」
 「なるほど。正直なところ、天界への影響云々は私にはわかりませんが、神官として知っていることはお伝えできるかと思います」
 と、ジンはユージに協力する姿勢を見せてくれた。
 「ありがとうございます。日を改めてヤンさんにもお会いして、魔法の呪文についても同じことを教えて頂こうと思っています」
 「天導師殿にも?」
 ジンは目を上げてユージを見た。
 「失礼ですが、お約束はされていますか?」
 「いえ、魔界で色々調べたのですが、天界の方との連絡の取り方がよくわからなくて――それでジンさんのところにも直接伺わせて頂いた次第でして」
 「そうでしたか。天導師殿はあちこち飛び回っているので、お約束なしに魔界人のあなたが接触するのは難しいと思います。基本的に魔法庁にはいませんし」
 「そうなんですか……」
 がっくりと肩を落とすユージに、
 「ダメ元になりますが、呼び出してみましょうか?」
 ジンは思いがけない提案をした。
 「え、そんなに気軽に呼べちゃうもんなんですか?」
 「ええ、あいつとは子供の頃からの腐れ縁なんで、わけないですよ」
 そう言うジンの表情がちょっと変わった。まるで神官の仮面の下から本来の彼がちらっと顔を出したように。

 ジンは懐から折り畳み式の鏡を取り出すと、そこに向かって話しかけた。
 「ヤン。悪いが出てくれないか」
 (え、鏡?)
 ユージがその様子に釘付けになっていると、
 「おお、ジン。どうした」
 ややあって、鏡の中からのんびりとした声が返って来た。
 (うわ、鏡で通話出来てる。どんな仕組みなんだ?)
 ユージの目が丸くなった。
 「急で悪いが、今、時間あるか?」
 ジンはユージの様子には気も留めず、先ほどとはがらりと変わった砕けた口調で会話を続けている。
 「あるけど、どうかしたのか?」
 「ちょっとこっちに来てくれ。理由は後で話す」
 「わかった。とりあえず行くよ。『鏡の道』は開いているか?」
 「ああ、お前なら問題ない。応接室にいるから直接来てくれ」
 「了解した。じゃあまた後で」
 ジンはぱたんと鏡を閉じると神官の彼に戻り、例の穏やかな笑みをユージに向けた。
 「じきに来ると思います。少し待ちましょう」
 「ありがとうございます!助かりました」
 「いえいえ。丁度ヤンの身体が空いている時で良かったです。予定が詰まっていると呼んでも応えなかったりするので――」
 と言いさして、ジンは何かを思い出したように席を立った。
 「お茶淹れて来ますね。あいつはお茶がないと煩いんですよ」



スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ユージは先ほどの若い神官の案内で応接室に通され、出されたお茶を飲みながらジンを待っていた。
 何をどうやって説明しようかと考えているうちに、ユージは舟を漕ぎ始めた。移動で疲れていたのに加えてソファの座り心地と部屋の温度が丁度眠りを誘うような塩梅だったのだ。
 そんな折、がちゃり、とドアが開いた。
 (やべ)
 ユージは飛び上がるように立ち上がった。
 「お待たせして申し訳ありません」
 ジンは、今度はイメージ通りの神官の出で立ちで現れた。銀の長い髪を首の後ろでひとつに結び、胸元には何やら記号のようなものがびっしりと刻まれた大きな銀製のプレートを下げている。
 「こちらこそ、お時間頂き感謝します」
 ユージは居住まいを正し、ぺこりと一礼した。
 「まあ、そう固くならずに。では、早速ですがお話を伺いましょう」
 ジンはにっこりと微笑むと、ユージに座るよう促した。
 ユージは、ソファに腰を下ろすと、お茶を一口飲んでから切り出した。
 「あの、僕は、ジンさんと同じ、あの人の弟子なんです」
 「え?」
 「すみません。弟子のくせに師匠の名前を知らないので、あの人としか言えないのですが――えーと、他の人は偉大なる人物、とか、全てを知る者、とか、先生、とか呼んでいたり……」
 もじもじとユージは言い訳した。なんとも言葉だけでは説明が難しい。
 「なるほど。あなたの師匠はどんな見た目の方ですか?」
 「ええと、師匠は女性で、大体赤い着物を着ていて、髪の毛は長い黒髪をこんな風に結い上げていて、性格は豪放磊落で」
 「その人はここにほくろがありますか?」
 ジンは、自分の左目の下を指して言った。
 「あります!」
 「では、あなたの師匠と私の師匠は同じ人のようですね」
 ジンはまたにっこりと微笑んだ。そして、
 「実は私も師匠の名前は存じ上げないのです」
 と、打ち明けた。
 「そうなんですね、僕たち夫婦だけ知らないのかと思っていました。――あ、妻のサクラも師匠の弟子なんです。今回はこちらには来ていませんが」
 「そうですか、ご夫婦で」
 ジンは穏やかな表情で頷いた。
 きっとこの人は、こんな風にして色々な人の話を根気強く聞いているのだろう、とユージは思った。
 「それで、あなたの困りごととは?」
 ジンがユージの核心に迫る。ここからが本番だ。
 「はい。僕は師匠から課題を与えられていまして。言葉が世界に与える影響について研究しろ、と」
 「ほう。それはまた、雲をつかむような話ですね」
 「そうなんです。面白いテーマではあるのですが、これがなかなか難問で――魔界で何とか研究を進めようと頑張ってきたのですが、全然進まなくて。正直な話、完全に行き詰ってしまいました」
 「なるほど」
 「これは僕の考えなのですが、魔界は科学技術が発達しすぎたせいで、言葉がデータそのものになってしまうのではないかと」
 ユージはリュックからノートを取り出して、ペンで書き込みながら説明を始めた。
 「例えば、『あ』という文字は、デジタルの世界ではこんな風にコードに変換されます。これをもっとコンピュータ側に近づけて細分化して見ていくと、最終的には0と1の羅列になるんです。あるか、ないか。オンかオフ」
 ユージはペンを置いた。
 「0と1はコンピュータにとっては意味があるものです。確かに僕達が住む魔界では最終的に世界を動かしているものになりますが、でも、師匠が意図しているのはこれではないと思っています。もっと単純に、言葉が力をもって世界を動かすさまを突き止めろ、ということではないかと。そうなると、言葉がデジタルに変容してしまう魔界ではその観測が難しいのではないか、と考えています」
 ここまで一気にまくしたて、ジンの顔を伺うと困ったような苦笑いを浮かべていた。
 「熱心に説明して下さったのに申し訳ないのですが、天界の人間には難しすぎますね、それ」
 「……あ。すみません。つい」
 ユージは頭を掻いた。魔界にいる調子で説明してしまったことを少しばかり後悔した。
 「いえいえ。今のお話から察するに、魔界ではユージさんの意図したものが拾えなくて困っている、と理解しましたが、合ってますかね?」
 「あ、はい、そんな感じです」
 口では難しいと言いながらも、ジンはユージが語りたかった内容をきちんと捉えていた。
 「それで、私に聞きたいこととは何でしょう」
 「ジンさんは神官でいらっしゃるので、ある意味、言葉にお詳しいのではないかと思いまして」
 「と言いますと?」
 「僕は、神様への祈りの言葉がこの天界に何か影響を与えているのではないかと考えています。それで、祈りの言葉について詳しく教えて頂きたいのです」
 「なるほど。正直なところ、天界への影響云々は私にはわかりませんが、神官として知っていることはお伝えできるかと思います」
 と、ジンはユージに協力する姿勢を見せてくれた。
 「ありがとうございます。日を改めてヤンさんにもお会いして、魔法の呪文についても同じことを教えて頂こうと思っています」
 「天導師殿にも?」
 ジンは目を上げてユージを見た。
 「失礼ですが、お約束はされていますか?」
 「いえ、魔界で色々調べたのですが、天界の方との連絡の取り方がよくわからなくて――それでジンさんのところにも直接伺わせて頂いた次第でして」
 「そうでしたか。天導師殿はあちこち飛び回っているので、お約束なしに魔界人のあなたが接触するのは難しいと思います。基本的に魔法庁にはいませんし」
 「そうなんですか……」
 がっくりと肩を落とすユージに、
 「ダメ元になりますが、呼び出してみましょうか?」
 ジンは思いがけない提案をした。
 「え、そんなに気軽に呼べちゃうもんなんですか?」
 「ええ、あいつとは子供の頃からの腐れ縁なんで、わけないですよ」
 そう言うジンの表情がちょっと変わった。まるで神官の仮面の下から本来の彼がちらっと顔を出したように。
 ジンは懐から折り畳み式の鏡を取り出すと、そこに向かって話しかけた。
 「ヤン。悪いが出てくれないか」
 (え、鏡?)
 ユージがその様子に釘付けになっていると、
 「おお、ジン。どうした」
 ややあって、鏡の中からのんびりとした声が返って来た。
 (うわ、鏡で通話出来てる。どんな仕組みなんだ?)
 ユージの目が丸くなった。
 「急で悪いが、今、時間あるか?」
 ジンはユージの様子には気も留めず、先ほどとはがらりと変わった砕けた口調で会話を続けている。
 「あるけど、どうかしたのか?」
 「ちょっとこっちに来てくれ。理由は後で話す」
 「わかった。とりあえず行くよ。『鏡の道』は開いているか?」
 「ああ、お前なら問題ない。応接室にいるから直接来てくれ」
 「了解した。じゃあまた後で」
 ジンはぱたんと鏡を閉じると神官の彼に戻り、例の穏やかな笑みをユージに向けた。
 「じきに来ると思います。少し待ちましょう」
 「ありがとうございます!助かりました」
 「いえいえ。丁度ヤンの身体が空いている時で良かったです。予定が詰まっていると呼んでも応えなかったりするので――」
 と言いさして、ジンは何かを思い出したように席を立った。
 「お茶淹れて来ますね。あいつはお茶がないと煩いんですよ」