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【Goodnight~良い夢を~】②

ー/ー



    ◇  ◇  ◇
 圭亮が時計のアラームで目を覚ますと、隣で娘も起き上がっている。

「真理愛、起きるのか? まだ寝てていいんだよ?」
 幼稚園や保育園に行っていない真理愛は、決まった時間に起きる必要はない。
 だからと言っていつまでもベッドの中ということはないが、少なくとも圭亮が起きる時にはまだぐっすり眠っているのが常だった。
 圭亮の出勤後、母が起こしに来て朝食を取って、というのが毎朝の習慣だと聞いている。

「おはよう、真理愛ちゃん。今日は早いのね。パパと一緒に起きたの?」
 手を繋いで階段を降りダイニングキッチンに顔を出した二人に、母の良枝が、──真理愛にとっては祖母が声を掛けて来たのに真理愛が答える。

「……おは、よ、ばーば」
「真理愛ちゃん! 御挨拶上手にできたわね、えらいわぁ」
 何故だか感無量といった様子の母に、どうやら真理愛が「おはよう」というのは初めてらしいと見当をつけた。
 真理愛はまだ言葉が出るようになって日が浅い。
 単純に赤ん坊が言語を習得して行く過程とはまた違って、真理愛は別に『話せなかった』わけではない、筈だ。
 つまりはこの娘が、見知らぬ環境にもようやく馴染んで来たという証だと認識していたのだが。

「本当に、毎日できることがどんどん増えて行くのよね。子どもの吸収力って凄いわ。もうお母さん忘れちゃってた」 
 今一つ状況が理解できていない圭亮に向かって母が苦笑しながら話している。

「へぇ、そうなんだ。でもよかっ──」
 唐突に、それは閃きのように圭亮の頭に浮かんだ。
 『おはよう』も『お休み』も、この子は知らなかったんじゃないのか?

 普通に生きていれば、……少なくとも圭亮にとっては、こんな基本的な挨拶は呼吸と同じくらい自然なことだ。
 しかし真理愛には違ったのではないか。『言葉』は、呼吸のように生まれつき身に備わっているものではない。周りの人間や環境から学んで、徐々に身に着けて行くものだ。
 おそらく「おはよう」は、毎朝欠かさず両親と交わしている筈。意味などわからなくとも、単純に決まった「習慣」として嫌でも覚えるだろう。
 けれども「おやすみ」は、読み聞かせの最中に真理愛が眠ってしまうことも珍しくないので頻度としてはぐっと下がる。しかも、起きてはいても意識がはっきりしているとは言えない状態が大半だ。

「圭亮? どうしたの、ぼんやりして。会社遅れるわよ?」
 母の声にハッとして、慌てて用意してもらった朝食を掻き込む。
 今は考えるな。親として、稼ぐのも大切な責務だ。
 真理愛のことにはとりあえず強引に目を瞑ることにして、圭亮は大急ぎで出勤の準備に掛かった。



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    ◇  ◇  ◇
 圭亮が時計のアラームで目を覚ますと、隣で娘も起き上がっている。
「真理愛、起きるのか? まだ寝てていいんだよ?」
 幼稚園や保育園に行っていない真理愛は、決まった時間に起きる必要はない。
 だからと言っていつまでもベッドの中ということはないが、少なくとも圭亮が起きる時にはまだぐっすり眠っているのが常だった。 圭亮の出勤後、母が起こしに来て朝食を取って、というのが毎朝の習慣だと聞いている。
「おはよう、真理愛ちゃん。今日は早いのね。パパと一緒に起きたの?」
 手を繋いで階段を降りダイニングキッチンに顔を出した二人に、母の良枝が、──真理愛にとっては祖母が声を掛けて来たのに真理愛が答える。
「……おは、よ、ばーば」
「真理愛ちゃん! 御挨拶上手にできたわね、えらいわぁ」
 何故だか感無量といった様子の母に、どうやら真理愛が「おはよう」というのは初めてらしいと見当をつけた。
 真理愛はまだ言葉が出るようになって日が浅い。
 単純に赤ん坊が言語を習得して行く過程とはまた違って、真理愛は別に『話せなかった』わけではない、筈だ。
 つまりはこの娘が、見知らぬ環境にもようやく馴染んで来たという証だと認識していたのだが。
「本当に、毎日できることがどんどん増えて行くのよね。子どもの吸収力って凄いわ。もうお母さん忘れちゃってた」 
 今一つ状況が理解できていない圭亮に向かって母が苦笑しながら話している。
「へぇ、そうなんだ。でもよかっ──」
 唐突に、それは閃きのように圭亮の頭に浮かんだ。
 『おはよう』も『お休み』も、この子は知らなかったんじゃないのか?
 普通に生きていれば、……少なくとも圭亮にとっては、こんな基本的な挨拶は呼吸と同じくらい自然なことだ。
 しかし真理愛には違ったのではないか。『言葉』は、呼吸のように生まれつき身に備わっているものではない。周りの人間や環境から学んで、徐々に身に着けて行くものだ。
 おそらく「おはよう」は、毎朝欠かさず両親と交わしている筈。意味などわからなくとも、単純に決まった「習慣」として嫌でも覚えるだろう。
 けれども「おやすみ」は、読み聞かせの最中に真理愛が眠ってしまうことも珍しくないので頻度としてはぐっと下がる。しかも、起きてはいても意識がはっきりしているとは言えない状態が大半だ。
「圭亮? どうしたの、ぼんやりして。会社遅れるわよ?」
 母の声にハッとして、慌てて用意してもらった朝食を掻き込む。
 今は考えるな。親として、稼ぐのも大切な責務だ。
 真理愛のことにはとりあえず強引に目を瞑ることにして、圭亮は大急ぎで出勤の準備に掛かった。