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【Goodnight〜良い夢を〜】①

ー/ー



 娘を引き取った際に買い替えた、セミダブルのベッド。
 奥の壁際に真理愛を寝かせて、その身体の上に布団を掛けてやる。何か言いたげな娘の視線を辿れば、机の上に置いた絵本。

「真理愛、絵本か? どれがいい? ウサギさんか、お星さまか、お姫さまか、あとはえっと──」
「……おほししゃま」
 『きらきらをさがしに』は、圭亮の父(政男)が最初に買って来た、真理愛のお気に入りの絵本だ。

「お星さまな、わかった」
 机に手を伸ばして絵本を取ると、圭亮はベッドに腰掛けた。
 横たわる真理愛に見えるように絵本を開いて、申し訳程度に散りばめられた文字を読んで行く。
 できるだけゆったりとページを捲り、読み終えてもしばらく最後のページを開いたまま待った。
 最初の頃は、自分のペースで次々読み進めていたのだ。何が目的で読んでいるのかも、今思えば理解できていなかった。

 ……この年になって絵本を手にするとは。しかも娘のために読み聞かせる日が来るなどと、想像したことすらなかったのに。
 何も知らず気楽な独身生活を満喫していた己が、ほんの僅かずつでも『親』に近づいているのを感じた。

「真理愛、もう一回読む? 他のがいいか?」
 綺麗な星空の絵を食い入るように見つめている真理愛に訊いてみる。

「……これ」
 布団から覗かせた指先で圭亮の持つ絵本をそっと差しながら、娘が囁くように告げた。

「よし、じゃあもう一回な」
 二度目を読み終わった頃には、とろんとした眼をしている真理愛。

「真理愛、今日はおしまいでいいか? もっと?」
 もう眠いのだろう。黙って小さく首を振るのが精一杯といった真理愛に、圭亮は喉の奥で笑って絵本を机の上に戻した。そのままベッドに潜り込む。

「じゃあ寝ような。おやすみ、真理愛」
「……」
 こく、と微かに頷く真理愛の肩までしっかりと布団を掛け直し、その上からポンポンと軽くリズムを付けて叩いていると、娘はあっという間に眠りに落ちて行った。
 しばらく寝息を確かめてから、圭亮はベッドを揺らさないようにそっと起き上がる。さすがに寝るにはまだ早い時間だ。
 部屋を出ようとドアを開けて、眠る娘を振り返った。
 ……今夜は悪夢を見ないで済むといい。幼い娘の悲鳴は、圭亮にとっては身を割かれるほどの苦痛だった。

 子どもなど縁がなかったのでよくわからないのだが、五歳というのはこんなに小さいものなのだろうか。
 高校時代まで使っていたシングルベッドのままでもよかったんじゃないか、と思ってしまうくらいに細く薄い身体。
 ただ、数字の上だけなら、確かに小柄ではあるけれど異常な、非常識なというレベルではないらしい。

 ……今日子は最低限の世話はしていたのだ、とその事実からも察せられた。
 死後に、娘に対する養育放棄(ネグレクト)と判定された彼女だが、完全に放置していたのなら乳幼児など一人で生きて行ける筈もない。真理愛は集団生活の経験もないのだから尚更だ。
 今日子。
 圭亮の別れた恋人。現在二十九歳の圭亮が、大学を卒業して就職したばかりの頃に付き合っていた、四歳年下の。
 彼女が圭亮に黙って『娘』を産んでいたと知ったのは数か月前になる。いきなり届いた手紙に導かれて駆けつけた先で、圭亮は薬を飲んで息絶えた今日子の傍らで衰弱していた真理愛と、初めて顔を合わせたのだ。
 その後、両親の協力を得て、真理愛を引き取って実家で暮らすことになった。
 無表情で泣きも笑いもしない、人形のようだった娘は、笑顔も言葉も少しずつ見せるようになって来ている。



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 娘を引き取った際に買い替えた、セミダブルのベッド。
 奥の壁際に真理愛を寝かせて、その身体の上に布団を掛けてやる。何か言いたげな娘の視線を辿れば、机の上に置いた絵本。
「真理愛、絵本か? どれがいい? ウサギさんか、お星さまか、お姫さまか、あとはえっと──」
「……おほししゃま」 『きらきらをさがしに』は、|圭亮の父《政男》が最初に買って来た、真理愛のお気に入りの絵本だ。
「お星さまな、わかった」
 机に手を伸ばして絵本を取ると、圭亮はベッドに腰掛けた。
 横たわる真理愛に見えるように絵本を開いて、申し訳程度に散りばめられた文字を読んで行く。
 できるだけゆったりとページを捲り、読み終えてもしばらく最後のページを開いたまま待った。
 最初の頃は、自分のペースで次々読み進めていたのだ。何が目的で読んでいるのかも、今思えば理解できていなかった。
 ……この年になって絵本を手にするとは。しかも娘のために読み聞かせる日が来るなどと、想像したことすらなかったのに。
 何も知らず気楽な独身生活を満喫していた己が、ほんの僅かずつでも『親』に近づいているのを感じた。
「真理愛、もう一回読む? 他のがいいか?」
 綺麗な星空の絵を食い入るように見つめている真理愛に訊いてみる。
「……これ」
 布団から覗かせた指先で圭亮の持つ絵本をそっと差しながら、娘が囁くように告げた。
「よし、じゃあもう一回な」
 二度目を読み終わった頃には、とろんとした眼をしている真理愛。
「真理愛、今日はおしまいでいいか? もっと?」
 もう眠いのだろう。黙って小さく首を振るのが精一杯といった真理愛に、圭亮は喉の奥で笑って絵本を机の上に戻した。そのままベッドに潜り込む。
「じゃあ寝ような。おやすみ、真理愛」
「……」
 こく、と微かに頷く真理愛の肩までしっかりと布団を掛け直し、その上からポンポンと軽くリズムを付けて叩いていると、娘はあっという間に眠りに落ちて行った。
 しばらく寝息を確かめてから、圭亮はベッドを揺らさないようにそっと起き上がる。さすがに寝るにはまだ早い時間だ。
 部屋を出ようとドアを開けて、眠る娘を振り返った。
 ……今夜は悪夢を見ないで済むといい。幼い娘の悲鳴は、圭亮にとっては身を割かれるほどの苦痛だった。
 子どもなど縁がなかったのでよくわからないのだが、五歳というのはこんなに小さいものなのだろうか。
 高校時代まで使っていたシングルベッドのままでもよかったんじゃないか、と思ってしまうくらいに細く薄い身体。
 ただ、数字の上だけなら、確かに小柄ではあるけれど異常な、非常識なというレベルではないらしい。
 ……今日子は最低限の世話はしていたのだ、とその事実からも察せられた。
 死後に、娘に対する|養育放棄《ネグレクト》と判定された彼女だが、完全に放置していたのなら乳幼児など一人で生きて行ける筈もない。真理愛は集団生活の経験もないのだから尚更だ。
 今日子。
 圭亮の別れた恋人。現在二十九歳の圭亮が、大学を卒業して就職したばかりの頃に付き合っていた、四歳年下の。
 彼女が圭亮に黙って『娘』を産んでいたと知ったのは数か月前になる。いきなり届いた手紙に導かれて駆けつけた先で、圭亮は薬を飲んで息絶えた今日子の傍らで衰弱していた真理愛と、初めて顔を合わせたのだ。
 その後、両親の協力を得て、真理愛を引き取って実家で暮らすことになった。
 無表情で泣きも笑いもしない、人形のようだった娘は、笑顔も言葉も少しずつ見せるようになって来ている。