目が覚めた彰はあっという間に僕らの目の前から先生たちに連れていかれてしまった。脳や身体機能の検査をするらしい。勿論、彰の体に異常がないか心配しているということもあるが、あのような状態から意識を取り戻すというのは極めて稀で奇跡的なことだそうでデータが欲しいというのもあるのだろう。とにかく僕らは久しぶりの再会を祝うことも、そもそも実感する間もなく病室に取り残されていた。かといってこのまま主のいない病室でいつ戻ってくるかも分からない待ち人を待ち続けるというのも変だ。偶然戻ってきた先生にそう伝えると、一階の待合室に向かうことにした。
検査だけだというからもっと早く終わるものだと勝手に思っていたのだが、赤を通り越して鉛丹色に染まった空がその目論見の甘さに苦々しさを抱かせる。それだけ六年という時間が重いのだろう。
だが帰ってしまおうという気は全く湧かず、かといってようやく彰に会えたとしても何をしたらいいのかということが見当もつかないまま徒に時間が流れていくのを待つばかり。きっと香織もそうなのだと思う。この時間、あれほど饒舌な口が動くことは一度もなく、ひたすら沈んでいく太陽を窓から眺めている。
「香織さん、恵太くん。終わりましたよ」
先生がわざわざ呼びに来た。当然、病室の位置を知っているわけで案内無しでも行けるのだが、流石に先生が先導してくれた。
「まだ起きたばかりだからあんまり長話は出来ないんだけど、話しておいで。終わったらいつも通り受付に言うだけでいいから」
ドアを開いて、もう片方の腕で入室を促す。香織が入って僕が入ると静かにドアを閉めた。
ベッドを隠していたカーテンは一纏めにされていて、入口から丸見えだ。ギャッチアップしたベッドにくっついたようにもたれかかる様にして彰がいた。
「やあ」
六年ぶりとは思えないくらいはっきりとした声。昔と違った声変りをした少し低い声で、昔と同じ柔らかい音だ。さっきは驚いてちゃんと聞けていなかったが、こうやって聞くとようやく実感が湧き始めた。
「久しぶりだね」
「うん。もう高校三年生なんだって?」
返事がある。それだけで感情がかき混ぜられるようだ。
「いつまで立ってるの?こっち来なよ」
香織は気づかないうちに彰の隣にいて椅子に座っていた。苦笑いして僕もまた同じ椅子に座る。
「香織も久しぶり……ってわけでもないのか。ほぼ毎日来てたんだよね?」
「なんで知ってるの!?」
「意識はずっとあったんだよ。ただ体が動かせないってだけで」
「じゃあ私が話したこと全部聞こえてたってこと……?」
「全部、ではないね。調子によってはぼんやりとしか聞こえないときもあったし。むしろそっちの方が多かったかな」
「ふーん?」
疑わしいといったふうに見つめる香織に対して彰は乾いた声で誤魔化すように笑った。
「とにかく、そういうわけだからさ。香織にはお礼を言いたかったんだよ」
「お礼?」
「なんにもできないっていうのは中々辛くてさ。正直、話しかけてくれる人がいるっていうのは本当に助かったんだ。ありがとう」
「いやいや」
そういうと香織は照れ臭そうに髪をなでた。
「それで言うと恵太は一回も来てくれなかったよね。薄情だなあ、まったく」
「それは……ごめん」
「いいんだよ。責めてるわけじゃない」
「でも……!」
「分かった。じゃあまた明日も来てよ。今日が一回目ってことで。それでどう?」
「……」
「なに?もしかしてまだほかに謝ることでもあるの?」
揶揄うように言われたことが僕には理解できなかった。どうしてこんなに何もなかったかのように振る舞えるのだろう。僕が謝らなければならないことなんていくらでもあるのに。黙っていると横から香織が言葉を挟んだ。
「えー?彰だけじゃなくて私にも謝ることあるんじゃないの?」
「そんなことがあるの?」
「聞いてよ、彰くん!実はずっと恵太くんが冷たかったんだけどその理由がね……」
「分かったよ。明日も来る!」
香織が話してるのを遮って答えた。
「良かった!恵太ともっと話してみたいって思ってたんだよね」
「話してみたい……?」
違和感を感じてぼそっと復唱すると、彰が少し反応したように見えた。
「ほら!恵太は来なかったからさ。もっと話したいなって」
「私とは話してみたいって思わないの?あんなに来たのに」
「そんなことない!香織とだってね」
早口で慌てたように誤魔化しているのが分かりやすい。そんな彰の顔を香織はジーッと前のめりになって見つめる。
「……なにか隠してる?」
「いや……それは……」
目を泳がせて必死に頭を回転させているみたいだったが、その様子を香織は黙って見守っていた。目が合っても続く無言の圧にさすがの彰も観念したのだろう。
「六年待ったんだよ」
香織が発したダメ押しの一言がついに彰から言葉を引き出した。顎に手を当てるとその口からはため息が漏れだす。
「実は……」