【1】③
ー/ー「普段から父親が星ちゃんを虐待してたのは、ちょっと聞き回っただけでボロボロ証言が出て来てるらしいしな」
「だったらどうして通報しないんですか! 知ってたならなんで……!」
捜査員の報告から得た最新の情報を小谷野から聞かされて、正義感溢れる若い刑事は再度声を上げた。
「確かにそれが義務で道理だ。けどな、そう簡単には行かねえんだよ。蓮司は粗暴で嫌われてた。もしバレて逆恨みされたら、って自分や家族のこと考えて近所の連中が知らん顔してても俺には責められん」
言葉とは裏腹に、彼自身の悔しさも伝わる。
「……そもそも『通報したらそれで解決』なんてわけないくらい、お前だってわかってんだろ。『通報者の秘密を守る』って原則が、絶対とは言い切れん事実があることも」
無力と無念を噛み締めるような苦渋に満ちた小谷野の表情に、江藤は今度こそ言葉を失くした。
拳を握りしめて俯く江藤をその場に残し、小谷野は星と井口の元へ歩を進める。
「星ちゃん、パパとママは怪我してるから救急車呼んでおじさんたちが病院連れてくからね。星ちゃんはそのお姉ちゃんと先に病院行ってようか」
厳つい顔と雰囲気を精一杯苦心して緩めていると見受けられる小谷野。
隠そうと努めているのは憤りか、星への憐憫か。
ベテラン捜査員だと思われる彼でさえ、「飽くことなく繰り返されている多くの『仕事場』の一つ」と機械的に流せないほどの事件だという証左なのだろう。
「さ、星ちゃん行こう。お医者さんに診てもらったら、お洋服も着替えようね」
井口に促されて母親の血を浴びた身にバスタオルを羽織った姿のまま、少女は人払いされ警察関係者しかいないアパート二階の廊下を進む。足だけは、刑事が当初居合わせた住人に頼んで提供された靴下を履かされて。
誰もが決して星を問い詰めることはしなかった。
◇ ◇ ◇
「……吉倉さん、申し訳ありません」
「気にしなくていい。その子が今野 星ちゃん?」
「はい」
井口刑事に連れられて行った病院には、両親より年嵩だろう女性刑事が待ち構えていた。
年齢からも、ましてやあらゆる意味で『被害者』なのだから当然とはいえ、関わるすべての人間がこの上なく優しくて星の心を気遣ってくれる。
「星ちゃん、少しだけ入院、……病院でお泊りしようか。ここなら何も怖いことないからね。先生も看護師さんも、刑事さんだっていてくれるわ。夜もずっと誰かいるし、もし起きちゃったらすぐに呼んでいいのよ」
穏やかな女性医師の声に、星は黙って頷いた。むしろあの家に帰される方が困る。
病室に一つきりのベッド。真っ白なシーツ。
身体を清めてから着替えさせられたパジャマは可愛いピンク色で、手首も足首もきちんと覆ってくれる。
いつもの、擦り切れ色褪せたサイズの合わないものではなく。
生まれてから、これほど大切に扱われたことがあっただろうか。
──ママはいつも「しあわせ」になりたい、っていってた。きっとこういうの、なのかな。
今の星の立場で考えることではないくらいは幼心にも察していたが、それでもやはり幸せだとしか表現できなかった。
「だったらどうして通報しないんですか! 知ってたならなんで……!」
捜査員の報告から得た最新の情報を小谷野から聞かされて、正義感溢れる若い刑事は再度声を上げた。
「確かにそれが義務で道理だ。けどな、そう簡単には行かねえんだよ。蓮司は粗暴で嫌われてた。もしバレて逆恨みされたら、って自分や家族のこと考えて近所の連中が知らん顔してても俺には責められん」
言葉とは裏腹に、彼自身の悔しさも伝わる。
「……そもそも『通報したらそれで解決』なんてわけないくらい、お前だってわかってんだろ。『通報者の秘密を守る』って原則が、絶対とは言い切れん事実があることも」
無力と無念を噛み締めるような苦渋に満ちた小谷野の表情に、江藤は今度こそ言葉を失くした。
拳を握りしめて俯く江藤をその場に残し、小谷野は星と井口の元へ歩を進める。
「星ちゃん、パパとママは怪我してるから救急車呼んでおじさんたちが病院連れてくからね。星ちゃんはそのお姉ちゃんと先に病院行ってようか」
厳つい顔と雰囲気を精一杯苦心して緩めていると見受けられる小谷野。
隠そうと努めているのは憤りか、星への憐憫か。
ベテラン捜査員だと思われる彼でさえ、「飽くことなく繰り返されている多くの『仕事場』の一つ」と機械的に流せないほどの事件だという証左なのだろう。
「さ、星ちゃん行こう。お医者さんに診てもらったら、お洋服も着替えようね」
井口に促されて母親の血を浴びた身にバスタオルを羽織った姿のまま、少女は人払いされ警察関係者しかいないアパート二階の廊下を進む。足だけは、刑事が当初居合わせた住人に頼んで提供された靴下を履かされて。
誰もが決して星を問い詰めることはしなかった。
◇ ◇ ◇
「……吉倉さん、申し訳ありません」
「気にしなくていい。その子が今野 星ちゃん?」
「はい」
井口刑事に連れられて行った病院には、両親より年嵩だろう女性刑事が待ち構えていた。
年齢からも、ましてやあらゆる意味で『被害者』なのだから当然とはいえ、関わるすべての人間がこの上なく優しくて星の心を気遣ってくれる。
「星ちゃん、少しだけ入院、……病院でお泊りしようか。ここなら何も怖いことないからね。先生も看護師さんも、刑事さんだっていてくれるわ。夜もずっと誰かいるし、もし起きちゃったらすぐに呼んでいいのよ」
穏やかな女性医師の声に、星は黙って頷いた。むしろあの家に帰される方が困る。
病室に一つきりのベッド。真っ白なシーツ。
身体を清めてから着替えさせられたパジャマは可愛いピンク色で、手首も足首もきちんと覆ってくれる。
いつもの、擦り切れ色褪せたサイズの合わないものではなく。
生まれてから、これほど大切に扱われたことがあっただろうか。
──ママはいつも「しあわせ」になりたい、っていってた。きっとこういうの、なのかな。
今の星の立場で考えることではないくらいは幼心にも察していたが、それでもやはり幸せだとしか表現できなかった。
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「普段から父親が星ちゃんを虐待してたのは、ちょっと聞き回っただけでボロボロ証言が出て来てるらしいしな」
「だったらどうして通報しないんですか! 知ってたならなんで……!」
捜査員の報告から得た最新の情報を小谷野から聞かされて、正義感溢れる若い刑事は再度声を上げた。
「だったらどうして通報しないんですか! 知ってたならなんで……!」
捜査員の報告から得た最新の情報を小谷野から聞かされて、正義感溢れる若い刑事は再度声を上げた。
「確かにそれが義務で道理だ。けどな、そう簡単には行かねえんだよ。蓮司は粗暴で嫌われてた。もしバレて逆恨みされたら、って自分や家族のこと考えて近所の連中が知らん顔してても俺には責められん」
言葉とは裏腹に、彼自身の悔しさも伝わる。
言葉とは裏腹に、彼自身の悔しさも伝わる。
「……そもそも『通報したらそれで解決』なんてわけないくらい、お前だってわかってんだろ。『通報者の秘密を守る』って原則が、絶対とは言い切れん事実があることも」
無力と無念を噛み締めるような苦渋に満ちた小谷野の表情に、江藤は今度こそ言葉を失くした。
拳を握りしめて俯く江藤をその場に残し、小谷野は星と井口の元へ歩を進める。
無力と無念を噛み締めるような苦渋に満ちた小谷野の表情に、江藤は今度こそ言葉を失くした。
拳を握りしめて俯く江藤をその場に残し、小谷野は星と井口の元へ歩を進める。
「星ちゃん、パパとママは怪我してるから救急車呼んでおじさんたちが病院連れてくからね。星ちゃんはそのお姉ちゃんと先に病院行ってようか」
厳つい顔と雰囲気を精一杯苦心して緩めていると見受けられる小谷野。
隠そうと努めているのは憤りか、星への憐憫か。
ベテラン捜査員だと思われる彼でさえ、「飽くことなく繰り返されている多くの『仕事場』の一つ」と機械的に流せないほどの事件だという証左なのだろう。
厳つい顔と雰囲気を精一杯苦心して緩めていると見受けられる小谷野。
隠そうと努めているのは憤りか、星への憐憫か。
ベテラン捜査員だと思われる彼でさえ、「飽くことなく繰り返されている多くの『仕事場』の一つ」と機械的に流せないほどの事件だという証左なのだろう。
「さ、星ちゃん行こう。お医者さんに診てもらったら、お洋服も着替えようね」
井口に促されて母親の血を浴びた身にバスタオルを羽織った姿のまま、少女は人払いされ警察関係者しかいないアパート二階の廊下を進む。足だけは、刑事が当初居合わせた住人に頼んで提供された靴下を履かされて。
誰もが決して星を問い詰めることはしなかった。
井口に促されて母親の血を浴びた身にバスタオルを羽織った姿のまま、少女は人払いされ警察関係者しかいないアパート二階の廊下を進む。足だけは、刑事が当初居合わせた住人に頼んで提供された靴下を履かされて。
誰もが決して星を問い詰めることはしなかった。
◇ ◇ ◇
「……吉倉さん、申し訳ありません」
「気にしなくていい。その子が今野 星ちゃん?」
「はい」
井口刑事に連れられて行った病院には、両親より|年嵩《としかさ》だろう女性刑事が待ち構えていた。
年齢からも、ましてやあらゆる意味で『被害者』なのだから当然とはいえ、関わるすべての人間がこの上なく優しくて星の心を気遣ってくれる。
「……吉倉さん、申し訳ありません」
「気にしなくていい。その子が今野 星ちゃん?」
「はい」
井口刑事に連れられて行った病院には、両親より|年嵩《としかさ》だろう女性刑事が待ち構えていた。
年齢からも、ましてやあらゆる意味で『被害者』なのだから当然とはいえ、関わるすべての人間がこの上なく優しくて星の心を気遣ってくれる。
「星ちゃん、少しだけ入院、……病院でお泊りしようか。ここなら何も怖いことないからね。先生も看護師さんも、刑事さんだっていてくれるわ。夜もずっと誰かいるし、もし起きちゃったらすぐに呼んでいいのよ」
穏やかな女性医師の声に、星は黙って頷いた。むしろあの家に帰される方が困る。
穏やかな女性医師の声に、星は黙って頷いた。むしろあの家に帰される方が困る。
病室に一つきりのベッド。真っ白なシーツ。
身体を清めてから着替えさせられたパジャマは可愛いピンク色で、手首も足首もきちんと覆ってくれる。
いつもの、擦り切れ色褪せたサイズの合わないものではなく。
生まれてから、これほど大切に扱われたことがあっただろうか。
身体を清めてから着替えさせられたパジャマは可愛いピンク色で、手首も足首もきちんと覆ってくれる。
いつもの、擦り切れ色褪せたサイズの合わないものではなく。
生まれてから、これほど大切に扱われたことがあっただろうか。
──ママはいつも「しあわせ」になりたい、っていってた。きっとこういうの、なのかな。
今の星の立場で考えることではないくらいは幼心にも察していたが、それでもやはり《《幸せ》》だとしか表現できなかった。