礼安たちは、現場の惨劇を目の当たりにして、眼前の化け物、仮称『バーサク』がすべて殺したのだと察した。
丙良はデバイスを操作して、対象にカメラを向ける。
「――間違いない、こいつがバグそのものだ。装甲、というか表皮も中々の硬度。まるで鉱石のようだ」
覚悟した表情の礼安は、黙って頷く。
「僕たちは、辺りの被害者を安全な所へ逃がす。――ほぼ死んでいるようだから意味は無いかもしれないけど、こんなところで建物にぺしゃんこにされて完全に終わり……なんて、させたくない」
行こう、とモードレッドに促して、死体や生存者を安全な所へ避難させ始めた。
礼安とバーサクのみ、一対一の戦いの舞台に仕上げる。
バーサクは、眼前の礼安に対して野性的な敵意をむき出しにしていた。今までなんてことはない痛みだったはずの心臓部が、全脳内神経が痛覚を主張している。
もとより、礼安たちを抹殺するための悪質なバグであったため、一定値定められた殺意のラインこそあれど、今は殺意がオーバーフロウ状態にある。
目は血走り、血管は蠢き、筋肉は躍動する。心の底からの純粋な殺意が、体中からあふれ出し、今にも辺りを押しつぶさんばかりのプレッシャーで場が満ちる。
それでも礼安は、不敵な笑みを絶やすことは無かった。
「確かに、貴方にも『精一杯生きたい』とか、『自分の欲を満たしたい』とか……それが生きる糧になっているのは分かるよ。でもね」
すう、と礼安は一息吸って、今までの不敵な笑みから、明らかな怒りの感情へスイッチをシフトする。
「歪んだ欲を満たすために、誰かを傷つけるなんて、私は絶対許せない!!」
瞬時にデバイスを腰に装着する礼安。
すると、ポケットに入れておいたはずの、あのメダルが煌々と光り始める。礼安はある確信を持ち、メダルを前方に掲げる。
ほんの一瞬で、その光は圧を増し、やがて礼安の手には一枚のヒーローライセンスが握られる。
礼安は、出来たばかりのライセンスをデバイスドライバーに認証させる。
『認証、トリスタンと二人のイゾルデ! 二人の同名女性から迫られる、ハープと戦いの腕が立つ一人の騎士の、モテモテ
珍道中!』
礼安は少し不安になりながらも、認証、挿入しデバイスドライバーの右側を押し、起動させる。
『GAME START! Im a SUPER HERO!!』
「変身!」
割と喧しい音は健在なまま、装甲が礼安を包み込んでいく。
左肩を覆っていた青のマントはそのままに、右半身を中心に展開されていく、ポップな西洋の鎧。小さな王冠は無く、その代わりとしてなのか、大きな堅琴を手に持っている。
今までと異なる点はそれだけではない。華美なドレスを纏った、二人の女性の霊体が、礼安の側にピッタリとくっついているのだ。霊体に関しては、装甲とはとても言えないのだが、第三者に対しての敵意をむき出しにしているのが、何とも。
何とも動きづらそうにしていた礼安をよそに、金髪の霊体、『キン』が礼安に激しいボディタッチをし始める。気品ある口調ではあるが、どうも性欲が強過ぎるようで、酷い。
『騎士様、貴女のためになら私、いかなる敵も打ちのめして差し上げますわ。そう、まるで貴女とあの日夢中になった、激しい夜の営みのように!』
同時に、全体的に白い霊体、『シロ』は、目の前のバーサクに対して、全力で中指を突き立てる。お嬢様言葉なのか、大阪弁口調なのか何とも言い難い口調であった。
『勿論ですわ! 騎士様の為ならァあんのデカブツいてこましたりますわ!!』
礼安はそんな二人に何とも困り果てながら、二人に指示を出す。
「ええっと……じゃあとりあえず少し離れてもらって……」
『『何ですって!?』』
二人の霊体は礼安に対し、さらに激しいボディタッチを始め、まくしたてる。シロに関してはボディタッチ、よりは単純な暴力というか。
『私と貴女、アーンなことやウフフなことしましたよね!?』
『貴女の愛はその程度だったってこったあ!? 内臓ぶち晒しの刑かァ!?』
昨今の深夜番組でもやれないような、良い子には見せられない痴話喧嘩を繰り広げる中、バーサクはしびれを切らして礼安に殴り掛かる。
殺気で察知した礼安は、その場から即座に離れようとするが。
次の瞬間、バーサクは二人の霊体に殴り飛ばされ、宙に飛ばされていた。
ビルの壁に思い切り打ち付けられたバーサクは、完全に沈黙していた。
『ここはいったん休戦と行きましょう、シロ。邪魔があってはランデヴーも何も不可能ですわ』
『そうねぇ、あんのデカブツシバキ倒して、騎士様とピンクの城でアラアラウフーンなことヤろうや、キン』
礼安はよくわからないといった様子で、頭をリセットして竪琴を静かに構える。
「二人が言ってることあんまし分かんないけど……二人とも、頑張ろう!」
シロとキンは不敵に笑いかけ、バーサクに向きなおる。
バーサクは、ビルの壁に打ち付けられてもなお、目立った怪我がないほど頑強であった。
壁から力任せに身を投げて、地面に降り立つ。地面がひび割れ、それと同時に一層強い殺気が飛ばされる。
一瞬の静寂の後、バーサクが先に動いた。
体重を目いっぱい乗せた、渾身の右ストレート。
すんでのところで全員回避し、後方に着地する。
『騎士様、貴女様が今手に握られている
竪琴を演奏してくださいまし。それによって攻撃が可能ですわ』
「オーケー、物は試しでやってみよう!」
弦を荒々しく弾くと、バーサクに不可視の斬撃が叩き込まれる。
それによって生じたすきを見逃すことなく、霊体の二人は前進し、バーサクにフロントキックを叩き込む。
鳩尾にヒットしたためか、かなりの巨体を持ち合わせたバーサクも勢いを殺しきれてはいなかった。
『次はもっと荒々しく弾いたってえな、騎士様』
その言葉通りより激しく弾くと、さらなる斬撃がバーサクを襲う。
固い表皮を持ったバーサクに、数か所完全なる傷を負わせるほどの斬撃であった。
二人の霊体はバーサクの顔面に、容赦ないハイキックを叩き込んで、バーサクを沈黙させた。
礼安が瞬きをした、ほんの刹那。これで終わりか、と場に安堵の空気が満ち始めた瞬間であった。
バーサクは徐々に変形し始めていたのだ。
肉体は収縮、膨張を繰り返し。元あった姿ではない、別の姿へ変貌を遂げようとしていた。
三人は悪い予感を察知して、すぐさま戦闘態勢へと戻る。
ぐにぐにと、まるで捏ねられている粘土のように形状変化を遂げたバーサクは。
一回り小さい、すらりとした男性へと変化した。
変化したバーサクは、筋肉はあるものの全体的にスマートであり、重量感を排除した見た目となった。
バーサクは、ひたり、ひたりと緩慢に一歩ずつ近づき、そして一瞬のうちに消えた。
どこへ行ったのかと、三人は辺りを見渡す。それと同時に、礼安の中で猛烈に嫌な予感が立ち込めていた。
荒々しく弦を鳴らして、辺り一帯に不可視の斬撃を飛ばす。
最初、二人の霊体は何をしているのかと疑念を抱いたものの、礼安の第六感が正しかったのだと、瞬時に理解する。
霊体二人の眼前に、バーサクの回し蹴りが迫っていたのだ。
左足を完全に切断され、身動きが取れないバーサクは、腕を高速で伸ばし一矢報いようとした。
しかし礼安は、弦を鳴らしてその伸ばした腕すら切断する。
せめて、殺戮兵器として生まれた貴方に救いあれ」
礼安はデバイスドライバーの左側を押し込み、自分含め二人や竪琴に力を籠める。
『必殺承認、
この愛は、全てを射抜く!』
竪琴が即座に弓矢へと変形し、霊体二人は一つになり、雷迸る煌々と光る矢へと変貌する。
「行くよ、二人とも!!」
二人の無言の肯定が魂に伝わる。礼安は全力で弓を引き絞り、ため込んだ力を一気に解き放つ。
その矢は、バーサクに命中するや否や、はらはらとバーサクの肉体を解いていく。真っ黒な毛糸のようなオーラで覆われた何かは、光に当てられて徐々に本当の姿を現す。それは、一人の青年であった。
「――――――――――――、――――――」
それが何を伝えたいかは三人には理解できなかったものの、バーサクだった誰かは、涙こそ浮かべつつも、実に晴れやかな笑顔であった。
礼安は跪きながら手を差し伸べる。
「私、貴方が誰なのか分からない。けど、貴方が救われて良かった!」
ニッ、と礼安は笑んだ。するとその青年は同じように笑んで見せて、光の粒となりながら、天へと消えていった。
礼安は変身解除しつつ空を見上げながら、その光の粒を見送る。
「良かった。少しでも、救われたのなら何よりだよ」
二人の霊体も、黙ってうんうんと頷く。
しかし、それで終わるわけもなく。キンは礼安の右半身を、装甲越しにやらしい手つきで触りまくる。
『と、いうことで騎士様? この戦場を出たらピンクのお城で少しばかり休憩したいのですが……十時間ほど、予定は開いていますか?』
そんな攻勢に出ているキンをよそに、シロは逆側をまさぐる。
『騎士様? こんな
性欲の塊と一緒におるとアカン、ウチとぷらとにっく、な関係築き上げましょ! ぱーてぃーたいむですわァ!』
先ほどまで戦っていたバーサクよりも嫌な予感が、礼安の第六感を刺激していた。
それは、和やかなこの空気がもたらすものではなかった。
「二人とも、横に飛び退いて!!」
危機察知により、今までふざけていたような二人の空気も、一気に引き締まる。
三人がいたその場に、突如としてどす黒い巨大な手が地中より出でる。
回避したために三人とも無事であったものの、その巨大な手に握り潰されたら、たとえ英雄の装甲を纏った英雄であっても、死は確実であった。
「……正直、これだけなら予感していたほどの物じゃあなかった。何なら、私が日課にしてる人助けとおんなじ要領で戦えば、大したことなかったんだよ」
礼安は、先ほどの丙良との会話を思い返す。
バグが自分を殺しにかかる。
死にゲーであるはずのこの世界のバランスが崩れるほどの、とんでもない敵がいる。
「……そう、敵の悪意が足りなかった。純粋な衝動に動かされた人間って感じの。決して、誰かを陥れるとか、誰かの心をへし折るとかの、歪んだ悪意が足りなかった」
地面が砕かれた際の土煙が徐々に晴れていく。そこには二人の影。長身痩躯の影に、少年と思わしき影。
「――貴方は誰? 姿を見せて」
そういうと礼安は、その土煙に対して力強く弦を弾く。一気に晴れたその場にいたのは。
「――――え? 何で……」
先ほど会場でマイクパフォーマンスをしていた実況者に、虚ろな目をしたモードレッドだった。