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第八話

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 『霧満ちるロンドン』。多くのレンガ造りの住居が立ち並ぶ、人ひとり存在しない、霧によって視界最悪の街。正々堂々戦うもよし、闇に紛れ不意打ちするもよし。この町が舞台となった時には、第二、第三の切り裂きジャックが生まれる、とも言われている。
 そこでは既に、戦士たちの戦いが始まっていた。
 片手剣と拳による、一進一退の激しい攻防が続く。
 ある者は剣を激しく振るい、何人も近寄らせず、敵がひるんだすきに斬撃を与える。
 ある者は闇に乗じて袋小路に迷い込んだ敵を締め落として気絶させる。
 誰もが、己の誇りのために戦っていたのだ。
「俺が勝たなきゃ……家族に楽させてやれない!!」「今までどん底だった……ここで人生を逆転してやる!!」
 野心のため、家族のため。様々な思惑が渦巻く中。

 『それ』は、唐突に現れた。

 瞬きの間に現れ、背後から参加者たちの首を三百六十度捻じ曲げる。
 あろうことか己の腕力のみで、筋骨隆々な男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。
 『それ』によって、『霧満ちるロンドン』は地獄と化した。
 不確定要素ともいえる騒ぎに対し、裏路地に住む荒くれ者の観客たちは歓喜する。VIPたちが何か良からぬことがあったのか、と騒ぎ始める。
「あんな参加者のデータなど……私が持っている情報内にはなかったが……?」
「まだ大きな騒ぎが無かったからいいものを……大騒ぎになったらどうするつもりだ」
 十人十色、様々な呟きや疑念渦巻く中で、富豪たちの側に実況者が現れた。実況をするときのような、飄々とした様子のままであった。
「おやおや皆さん、我々の運営に多少なりの心配事がありましたかねぇ?」
 そんな様子の実況者の男を見て、我慢の限界に達した一人の富豪が胸ぐらをつかみ食って掛かる。
「我々がどれだけの出費をしてこの大会を維持していると思っている!? 円卓の騎士とある程度のコネクションを繋ぐためだとなぜ分からん!! 恩を売れば我々の後ろ盾が完全に出来上がり、この国を我々貴族のものに――――」
 貴族の男がまくし立てている中、ついに実況者の男が口を開く。貴族の男を、侮蔑的な目で見下しながら。
「――――チッ、これだから成金は困るね。世の中にはもっと崇高な力があることを知らねぇのかよ、このボンクラが」
 そう言うと実況者の男は、胸ぐらをつかむ貴族の男の両腕を、肩口からノーモーションで切り飛ばした。
 一瞬、周りの富豪たちは何が起きたか理解ができなかった。凶器など何も持っていないはずの男に、肩に近い部分まで腕を斬り飛ばされたのだから。
 富豪の女は悲鳴を上げようとした瞬間、その場にいた全員、声を出すことは叶わなくなった。喉に異常はないはずなのに、一切の声を出すことが不可能なのだ。
 実況者の男は、前髪を一気に掻き上げる。今までの飄々とした男の面影は、見る影もない。
「ああ、騒がれると処理が面倒だから声を出せないようこのVIPルームには軽い呪いをかけておいたよ。あくまで殺されたくない、自分の命大事なクソ野郎は黙って俺らのショーを見とけ、な?」
 そういうと、男は不敵に笑んだ。まるで、この世の全てが自分より下だ、と言わんばかりに。
「お前らが気にしているバケモンは、俺のもう一つの姿。俺はあのバケモンの理性そのもの。ターゲットを殺すまで、この世界を蹂躙し続ける、俺らこそがこの世界の『バグ』だ」
 何を言っているのか、理解できない富豪たち。そんな様子を見ていて、男はその富豪たちに対して急激に興味を失ってしまった。呆れ果てた、と言っても過言ではない。
「確かにお前らはゲーム内の存在で、そういったイレギュラーに疎いのは分かる。――だけどよ、少しくらいはインパクトのある表情を見たいのよ。何だってー、みたいなね。っつー訳で」
 少なすぎる前置きを置き、男は首を斬るジェスチャーを行い、その場にいる富豪たちの首を爆発四散させた。実際の生命ではないために、流れ出るものはデータの残滓のみ。
 男――仮称『バーサク』は富豪たちの死体を軽度に弄繰り回しながら、『万物が生まれし古代』エリアを恍惚顔で見つめる。
「あの邪魔くさい英雄もどき二人は、俺らが始末しなきゃあねぇ」
 薄気味悪くにこにこと笑いながら、椅子を学校の休み時間を謳歌する学生のように、かたんかたんと揺らしていた。

 『万物が生まれし古代』エリア。岩や小高い丘、活火山があること以外特筆することは無いエリア。あまりにも殺風景であることから、奇襲や搦め手で戦うよりは、圧倒的に正々堂々と己の力で戦うことがメインとなる。
 そのため、ここにはあまり人は寄り付きたがらない。ある程度楽をしつつ、最終的にぶつかる相手を研究、見物するために身を隠すことが多いからである。
 礼安と丙良が降り立ったのは、まさにこのエリア。二人にとって、戦闘スタイルが近、中距離特化型であるため、奇襲や搦め手は何より縁がないためである。
「降り立ったのは良いものの、僕ら以外に人がいないね」
「あっちのロンドン街の方で騒ぎが現在進行形で起こっている、ってくらいかな?」
 礼安はあたりをきょろきょろ見渡しつつ、好奇心旺盛な子供のようにあたりを駆け回る。
 丙良はそんな礼安を困ったように見つめながら、その場から動き出すも、ふと視線を感じた。
 丙良は礼安を制止し、近くの岩場に思い切り重鉱剣ロック・バスターを叩きつける。
「そこにいる君。誰かは知らないけど、盗み聞きとは性格がよくないよ」
 破壊された岩の後ろから、おずおずと出てきたのは、一人の華奢な少年だった。
 受付や会場入り時によく見たような、筋骨隆々の男たちと比べて筋肉はあまりついていない。醸し出す雰囲気はとても気弱そうで、とてもではないがこのバトルロイヤルを生き残れそうにないほどに軟弱、見るからに小動物っぽい。そういった印象であった。
 その少年から敵意を一切感じなかった丙良は、ロック・バスターをその場に深く突き刺して、ゆっくりと歩み寄る。
「さっきは悪かったね。僕たちは勝たなきゃあいけないから、ある程度気が張っていたんだ」
 そんな丙良の優しい言葉に、一切なびくことは無くおびえ続ける少年。
 礼安は「多分大丈夫」と丙良に耳打ちして、少年に歩み寄る。
「ねえねえ、君どこから来たの? ここは危ないところだから、今からでも外に出た方がいいと思うよ?」
 優しい声音に多少態度が柔らかくなったか、少年は蚊の鳴くようなか細い声で話し始める。
「ぼ、僕……ここで勝たないといけないんだ……。お母さんの病気を治すために……離れ離れになった父さんと同じ騎士になって……お金を稼ぐんだ」
 丙良は、心打たれた。少年の優しい志を目の当たりにしたはいいが、天地がひっくり返ってもあの男たちに少年が敵うとは到底思えなかった。
 現実的な話をしようと、一歩前に出ようとした、その時。礼安は何度か頷き、二っと笑った。
「分かった、私たちがその願い、叶えてあげる!」
 礼安は、本来の目的であるゲーム内の目的より、一人の少年のささやかな願いに目を向けた。修行は中途半端に終わるだろうが、礼安にとっては些細なことである。己の信念を曲げるより嫌なことは無いのだ。
「こ、後輩ちゃん!? 君円卓の騎士にならない道を選ぶのかい!?」
「丙良ししょーは、一週間ゲーム内で生きることが最優先課題だ、って言ってたから……なら、円卓の騎士になる、って目的はあくまで二の次だよ! 目の前で誰か困ってるなら……私、それを助けたい!」
 丙良は唖然とするも、確かにそれは事実であった。ゲーム内目的ではなく、あくまでひとりのヒーローとして生きるその姿に、自分の考えを改めた瞬間であった。
「……分かった。君の意思を尊重しよう。僕はあくまで君のインストラクター。この子の願いを、叶えに行こう」
 丙良がそういうと、少年はほんの少しだけ生気が戻ったように感じた。
「……ありがとう。礼安お姉ちゃん、丙良お兄ちゃん」
 ようやく少年の顔に、微笑みが宿る。多少なりとも緊張は緩和されたのだろう。
「あ、そうだ! 君、名前なんて言うの?」
 少年はその礼安の問いに、静かに答える。
「僕は……モード……レッド。『モードレッド・ペンドラゴン』」
 それを聞いた二人は、呆けた顔を見合わせていた。
 モードレッド、あるいはモルドレッド。アーサー王の姉である、モルガン・ル・フェイとアーサー王の近親相姦によって生まれた、望まれなかった子供。マーリンからの助言によって、島流しをされるも、静かに生き延び、復讐を志してアーサー王の配下となった騎士。
 そのはずなのだが、今二人が目の当たりにしているのは、紛れもなくアーサー王の正式な息子そのもの。少なくとも、彼を恨んでいるなど、そんなことはあり得ない様子であった。
 丙良は、礼安に対して耳打ちをする。
「……今僕たちが目の当たりにしているのは、到底あり得ないものだ。なんせ、僕たちが知っているのはアーサー王に謀反を起こした『あの』モードレッドだよ」
 今彼が抱いている感情は、バグにもたらされたものなのか。それを知る由は無いが、それでも礼安はあることを考えていた。
「なら、せめてこれが嘘であっても……王様と仲を取り持ってあげた方がいいんじゃあないかな。少なくとも、このまま一時の夢で終わらせちゃあいけないって、私は思うよ!」
 溌溂とした笑顔で丙良に語る礼安。それを見て丙良は突き刺したロック・バスターを豪快に引き抜いて、二人に先に進むことを促す。
「なら、このバトルロイヤルをさっさと終わらせようか、皆で」
 丙良を先頭とした、戦闘部隊の完成、出陣と相成った。

 『現代を生きるアメリカ』エリア。
 そこにあったのは、参加者たちの戦いの現場――ではなく、信号機や街灯、ビルの壁に参加者たちの死体が打ち付けられていた。それもすべて、仮称『バーサク』の破壊衝動のままに暴れまわった結果である。
 今もなお、現在進行形で暴れまわり、参加者を蹂躙していた。
 しかし、されたままでは終われないと、一人の男が剣を持ち立ちはだかった。
 他の男たちを凌駕するほどの体躯を、持ち合わせているわけではない。
 他の男たちを嘲笑できるほどの経歴を、持ち合わせているわけでもない。
 しかし、その男には他の男たちにはない身軽さがあった。頭脳があった。
 死体が握りしめていたもう一つの剣を合わせ、二刀流で対峙する。これといった構えは無くとも、即座に対応する動体視力でどうにかしようという魂胆であった。
 仮称『バーサク』は、眼前の男を見下す。取るに足らない存在だと、心の中でも見下していた。
 道端に落ちているような小石を、軽く蹴り飛ばすかのような気軽さで。
 仮称『バーサク』は、男の頭目掛け、目で追えない速度の蹴りを放つ。
 頭で理解、伝達するより先に、男が一対の剣でその蹴りを防ぐ。
 その蹴りの勢いを殺すことが叶わず、ビルのガラスに思い切り叩きつけられる。
 TNT爆薬でも使ったのかというレベルの轟音に、ガラスの破片が、舞い散る桜の花弁のようにあたりに飛び散った。
 すんでのところで何とか防御したために、剣を持つ両腕が悲鳴を上げていた。
 男は、化け物の前に立ちはだかったことをとても後悔した。死を目の前にした人間は、心の弱さが露呈するもの。すでに、化け物に立ち向かえるほどの気力は失っていた。
 だが、死体のひとつと眼があってしまった。この世のものとは思えない化け物に、痛みや絶望を理解する間もなく死んでしまった男の目から、血涙ではない、純粋な涙が流れ出ていたのだ。
 瞬間、男は自身の中にあった恐怖心や絶望をかなぐり捨てた。
 ガラスの破片によって、そして化け物に痛めつけられた肉体を奮い立たせ、震えながらもゆっくりと起こす。
 ぱきり、ぱきりとガラスを踏みしめながら、彼は一歩ずつ、着実に化け物へと向かっていく。
 正直、周りの男たちに対し、特別な感情は一切持ち合わせていない。
 ただ、許せなかったのだ。それぞれが多種多様な夢のために戦っていたのにもかかわらず、どこからともなく現れた化け物に全てを奪われる、そんな傲慢がただひたすらに許せなかったのだ。
 彼は、一人の主人公という主役を引き立たせるために生まれた、意志を持たない、所謂NPC(ノンプレイアブル・キャラクター)。それでも、プログラミングされたもの以外に、新しく芽生えたこの感情(エラー)が、彼を突如シンギュラリティへと導いたのだ。
「お前だけは……お前だけはッ!!」
 片足に全身全霊の力を込め、一気に踏み込んで化け物に近づく。
 その勢いのまま、一対の剣を心臓部に深く突き刺す。しかし手ごたえなど、無いに等しかった。
 仮称『バーサク』は、何食わぬ顔で彼を見下し、首を荒々しく掴む。
(そうか、俺はやっぱり駄目だったか。でも一矢、報いることができたなら)
 彼の中にあったのは、決して諦めではなかった。
 自分が起こした風が、少しでもあの化け物の障害となれたなら。
 誰か、この化け物を超えるためのかけ橋の一部となれたなら。
 胸の内に生まれていたのは、一筋の光であったのだ。まず生まれるイフすら存在しないはずの、感情(エラー)であったのだ。
(誰か、この得体のしれない化け物を、超えてくれ――――)
 彼は、一筋の涙を流し、いつか現れるかもしれない、英雄を願った。
 そんな、勇敢な彼の意志の力ゆえか。もしくは、運命の女神がNPCである彼の願いを聞き届けたか。
 空から、一閃。得体のしれない人間が三人、とてつもないスピードで落下してきたのだ。
 化け物の心臓部に目掛けて、猛スピードの飛び蹴り。心臓部に突き刺した一対の剣を、確かなダメージに変換する。
 化け物の握力が緩み、男は地面に落下する。そして、目撃する。
 仮称『バーサク』に対し、一傷負わせたのは。
「誰かの『助けて』って声が、今、確かに聞こえたよ!!」
 子供と青年を引き連れた、溌溂な笑みを浮かべ綺麗に着地した一人の少女(ヒーロー)であった。


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 そこでは既に、戦士たちの戦いが始まっていた。
 片手剣と拳による、一進一退の激しい攻防が続く。
 ある者は剣を激しく振るい、何人も近寄らせず、敵がひるんだすきに斬撃を与える。
 ある者は闇に乗じて袋小路に迷い込んだ敵を締め落として気絶させる。
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 瞬きの間に現れ、背後から参加者たちの首を三百六十度捻じ曲げる。
 あろうことか己の腕力のみで、筋骨隆々な男たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げを繰り返す。
 『それ』によって、『霧満ちるロンドン』は地獄と化した。
 不確定要素ともいえる騒ぎに対し、裏路地に住む荒くれ者の観客たちは歓喜する。VIPたちが何か良からぬことがあったのか、と騒ぎ始める。
「あんな参加者のデータなど……私が持っている情報内にはなかったが……?」
「まだ大きな騒ぎが無かったからいいものを……大騒ぎになったらどうするつもりだ」
 十人十色、様々な呟きや疑念渦巻く中で、富豪たちの側に実況者が現れた。実況をするときのような、飄々とした様子のままであった。
「おやおや皆さん、我々の運営に多少なりの心配事がありましたかねぇ?」
 そんな様子の実況者の男を見て、我慢の限界に達した一人の富豪が胸ぐらをつかみ食って掛かる。
「我々がどれだけの出費をしてこの大会を維持していると思っている!? 円卓の騎士とある程度のコネクションを繋ぐためだとなぜ分からん!! 恩を売れば我々の後ろ盾が完全に出来上がり、この国を我々貴族のものに――――」
 貴族の男がまくし立てている中、ついに実況者の男が口を開く。貴族の男を、侮蔑的な目で見下しながら。
「――――チッ、これだから成金は困るね。世の中にはもっと崇高な力があることを知らねぇのかよ、このボンクラが」
 そう言うと実況者の男は、胸ぐらをつかむ貴族の男の両腕を、肩口からノーモーションで切り飛ばした。
 一瞬、周りの富豪たちは何が起きたか理解ができなかった。凶器など何も持っていないはずの男に、肩に近い部分まで腕を斬り飛ばされたのだから。
 富豪の女は悲鳴を上げようとした瞬間、その場にいた全員、声を出すことは叶わなくなった。喉に異常はないはずなのに、一切の声を出すことが不可能なのだ。
 実況者の男は、前髪を一気に掻き上げる。今までの飄々とした男の面影は、見る影もない。
「ああ、騒がれると処理が面倒だから声を出せないようこのVIPルームには軽い呪いをかけておいたよ。あくまで殺されたくない、自分の命大事なクソ野郎は黙って俺らのショーを見とけ、な?」
 そういうと、男は不敵に笑んだ。まるで、この世の全てが自分より下だ、と言わんばかりに。
「お前らが気にしているバケモンは、俺のもう一つの姿。俺はあのバケモンの理性そのもの。ターゲットを殺すまで、この世界を蹂躙し続ける、俺らこそがこの世界の『バグ』だ」
 何を言っているのか、理解できない富豪たち。そんな様子を見ていて、男はその富豪たちに対して急激に興味を失ってしまった。呆れ果てた、と言っても過言ではない。
「確かにお前らはゲーム内の存在で、そういったイレギュラーに疎いのは分かる。――だけどよ、少しくらいはインパクトのある表情を見たいのよ。何だってー、みたいなね。っつー訳で」
 少なすぎる前置きを置き、男は首を斬るジェスチャーを行い、その場にいる富豪たちの首を爆発四散させた。実際の生命ではないために、流れ出るものはデータの残滓のみ。
 男――仮称『バーサク』は富豪たちの死体を軽度に弄繰り回しながら、『万物が生まれし古代』エリアを恍惚顔で見つめる。
「あの邪魔くさい英雄もどき二人は、俺らが始末しなきゃあねぇ」
 薄気味悪くにこにこと笑いながら、椅子を学校の休み時間を謳歌する学生のように、かたんかたんと揺らしていた。
 『万物が生まれし古代』エリア。岩や小高い丘、活火山があること以外特筆することは無いエリア。あまりにも殺風景であることから、奇襲や搦め手で戦うよりは、圧倒的に正々堂々と己の力で戦うことがメインとなる。
 そのため、ここにはあまり人は寄り付きたがらない。ある程度楽をしつつ、最終的にぶつかる相手を研究、見物するために身を隠すことが多いからである。
 礼安と丙良が降り立ったのは、まさにこのエリア。二人にとって、戦闘スタイルが近、中距離特化型であるため、奇襲や搦め手は何より縁がないためである。
「降り立ったのは良いものの、僕ら以外に人がいないね」
「あっちのロンドン街の方で騒ぎが現在進行形で起こっている、ってくらいかな?」
 礼安はあたりをきょろきょろ見渡しつつ、好奇心旺盛な子供のようにあたりを駆け回る。
 丙良はそんな礼安を困ったように見つめながら、その場から動き出すも、ふと視線を感じた。
 丙良は礼安を制止し、近くの岩場に思い切り重鉱剣ロック・バスターを叩きつける。
「そこにいる君。誰かは知らないけど、盗み聞きとは性格がよくないよ」
 破壊された岩の後ろから、おずおずと出てきたのは、一人の華奢な少年だった。
 受付や会場入り時によく見たような、筋骨隆々の男たちと比べて筋肉はあまりついていない。醸し出す雰囲気はとても気弱そうで、とてもではないがこのバトルロイヤルを生き残れそうにないほどに軟弱、見るからに小動物っぽい。そういった印象であった。
 その少年から敵意を一切感じなかった丙良は、ロック・バスターをその場に深く突き刺して、ゆっくりと歩み寄る。
「さっきは悪かったね。僕たちは勝たなきゃあいけないから、ある程度気が張っていたんだ」
 そんな丙良の優しい言葉に、一切なびくことは無くおびえ続ける少年。
 礼安は「多分大丈夫」と丙良に耳打ちして、少年に歩み寄る。
「ねえねえ、君どこから来たの? ここは危ないところだから、今からでも外に出た方がいいと思うよ?」
 優しい声音に多少態度が柔らかくなったか、少年は蚊の鳴くようなか細い声で話し始める。
「ぼ、僕……ここで勝たないといけないんだ……。お母さんの病気を治すために……離れ離れになった父さんと同じ騎士になって……お金を稼ぐんだ」
 丙良は、心打たれた。少年の優しい志を目の当たりにしたはいいが、天地がひっくり返ってもあの男たちに少年が敵うとは到底思えなかった。
 現実的な話をしようと、一歩前に出ようとした、その時。礼安は何度か頷き、二っと笑った。
「分かった、私たちがその願い、叶えてあげる!」
 礼安は、本来の目的であるゲーム内の目的より、一人の少年のささやかな願いに目を向けた。修行は中途半端に終わるだろうが、礼安にとっては些細なことである。己の信念を曲げるより嫌なことは無いのだ。
「こ、後輩ちゃん!? 君円卓の騎士にならない道を選ぶのかい!?」
「丙良ししょーは、一週間ゲーム内で生きることが最優先課題だ、って言ってたから……なら、円卓の騎士になる、って目的はあくまで二の次だよ! 目の前で誰か困ってるなら……私、それを助けたい!」
 丙良は唖然とするも、確かにそれは事実であった。ゲーム内目的ではなく、あくまでひとりのヒーローとして生きるその姿に、自分の考えを改めた瞬間であった。
「……分かった。君の意思を尊重しよう。僕はあくまで君のインストラクター。この子の願いを、叶えに行こう」
 丙良がそういうと、少年はほんの少しだけ生気が戻ったように感じた。
「……ありがとう。礼安お姉ちゃん、丙良お兄ちゃん」
 ようやく少年の顔に、微笑みが宿る。多少なりとも緊張は緩和されたのだろう。
「あ、そうだ! 君、名前なんて言うの?」
 少年はその礼安の問いに、静かに答える。
「僕は……モード……レッド。『モードレッド・ペンドラゴン』」
 それを聞いた二人は、呆けた顔を見合わせていた。
 モードレッド、あるいはモルドレッド。アーサー王の姉である、モルガン・ル・フェイとアーサー王の近親相姦によって生まれた、望まれなかった子供。マーリンからの助言によって、島流しをされるも、静かに生き延び、復讐を志してアーサー王の配下となった騎士。
 そのはずなのだが、今二人が目の当たりにしているのは、紛れもなくアーサー王の正式な息子そのもの。少なくとも、彼を恨んでいるなど、そんなことはあり得ない様子であった。
 丙良は、礼安に対して耳打ちをする。
「……今僕たちが目の当たりにしているのは、到底あり得ないものだ。なんせ、僕たちが知っているのはアーサー王に謀反を起こした『あの』モードレッドだよ」
 今彼が抱いている感情は、バグにもたらされたものなのか。それを知る由は無いが、それでも礼安はあることを考えていた。
「なら、せめてこれが嘘であっても……王様と仲を取り持ってあげた方がいいんじゃあないかな。少なくとも、このまま一時の夢で終わらせちゃあいけないって、私は思うよ!」
 溌溂とした笑顔で丙良に語る礼安。それを見て丙良は突き刺したロック・バスターを豪快に引き抜いて、二人に先に進むことを促す。
「なら、このバトルロイヤルをさっさと終わらせようか、皆で」
 丙良を先頭とした、戦闘部隊の完成、出陣と相成った。
 『現代を生きるアメリカ』エリア。
 そこにあったのは、参加者たちの戦いの現場――ではなく、信号機や街灯、ビルの壁に参加者たちの死体が打ち付けられていた。それもすべて、仮称『バーサク』の破壊衝動のままに暴れまわった結果である。
 今もなお、現在進行形で暴れまわり、参加者を蹂躙していた。
 しかし、されたままでは終われないと、一人の男が剣を持ち立ちはだかった。
 他の男たちを凌駕するほどの体躯を、持ち合わせているわけではない。
 他の男たちを嘲笑できるほどの経歴を、持ち合わせているわけでもない。
 しかし、その男には他の男たちにはない身軽さがあった。頭脳があった。
 死体が握りしめていたもう一つの剣を合わせ、二刀流で対峙する。これといった構えは無くとも、即座に対応する動体視力でどうにかしようという魂胆であった。
 仮称『バーサク』は、眼前の男を見下す。取るに足らない存在だと、心の中でも見下していた。
 道端に落ちているような小石を、軽く蹴り飛ばすかのような気軽さで。
 仮称『バーサク』は、男の頭目掛け、目で追えない速度の蹴りを放つ。
 頭で理解、伝達するより先に、男が一対の剣でその蹴りを防ぐ。
 その蹴りの勢いを殺すことが叶わず、ビルのガラスに思い切り叩きつけられる。
 TNT爆薬でも使ったのかというレベルの轟音に、ガラスの破片が、舞い散る桜の花弁のようにあたりに飛び散った。
 すんでのところで何とか防御したために、剣を持つ両腕が悲鳴を上げていた。
 男は、化け物の前に立ちはだかったことをとても後悔した。死を目の前にした人間は、心の弱さが露呈するもの。すでに、化け物に立ち向かえるほどの気力は失っていた。
 だが、死体のひとつと眼があってしまった。この世のものとは思えない化け物に、痛みや絶望を理解する間もなく死んでしまった男の目から、血涙ではない、純粋な涙が流れ出ていたのだ。
 瞬間、男は自身の中にあった恐怖心や絶望をかなぐり捨てた。
 ガラスの破片によって、そして化け物に痛めつけられた肉体を奮い立たせ、震えながらもゆっくりと起こす。
 ぱきり、ぱきりとガラスを踏みしめながら、彼は一歩ずつ、着実に化け物へと向かっていく。
 正直、周りの男たちに対し、特別な感情は一切持ち合わせていない。
 ただ、許せなかったのだ。それぞれが多種多様な夢のために戦っていたのにもかかわらず、どこからともなく現れた化け物に全てを奪われる、そんな傲慢がただひたすらに許せなかったのだ。
 彼は、一人の主人公という主役を引き立たせるために生まれた、意志を持たない、所謂|NPC《ノンプレイアブル・キャラクター》。それでも、プログラミングされたもの以外に、新しく芽生えたこの|感情《エラー》が、彼を突如シンギュラリティへと導いたのだ。
「お前だけは……お前だけはッ!!」
 片足に全身全霊の力を込め、一気に踏み込んで化け物に近づく。
 その勢いのまま、一対の剣を心臓部に深く突き刺す。しかし手ごたえなど、無いに等しかった。
 仮称『バーサク』は、何食わぬ顔で彼を見下し、首を荒々しく掴む。
(そうか、俺はやっぱり駄目だったか。でも一矢、報いることができたなら)
 彼の中にあったのは、決して諦めではなかった。
 自分が起こした風が、少しでもあの化け物の障害となれたなら。
 誰か、この化け物を超えるためのかけ橋の一部となれたなら。
 胸の内に生まれていたのは、一筋の光であったのだ。まず生まれるイフすら存在しないはずの、|感情《エラー》であったのだ。
(誰か、この得体のしれない化け物を、超えてくれ――――)
 彼は、一筋の涙を流し、いつか現れるかもしれない、英雄を願った。
 そんな、勇敢な彼の意志の力ゆえか。もしくは、運命の女神がNPCである彼の願いを聞き届けたか。
 空から、一閃。得体のしれない人間が三人、とてつもないスピードで落下してきたのだ。
 化け物の心臓部に目掛けて、猛スピードの飛び蹴り。心臓部に突き刺した一対の剣を、確かなダメージに変換する。
 化け物の握力が緩み、男は地面に落下する。そして、目撃する。
 仮称『バーサク』に対し、一傷負わせたのは。
「誰かの『助けて』って声が、今、確かに聞こえたよ!!」
 子供と青年を引き連れた、溌溂な笑みを浮かべ綺麗に着地した一人の|少女《ヒーロー》であった。