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第十話

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 ゲーム内のバグは、だいたいの場合プレイヤーに害をなす。
 主だったもので言うならば、進行不能状態に陥ったり、敵が理不尽なほど強力になったり。
 それが今、礼安の目の前で起こっている事象であった。
「モードレッド君……君はお父さんに会うために円卓の騎士を目指したんだよね!?」
 そんな礼安の悲痛な叫びを容易く遮るように、実況者の男はけらけらと笑う。
「おいおい、まさかお前、いちバグに感情移入してんのかい? 話には聞いてはいたが、かなりの大馬鹿野郎だなぁ」
 礼安はモードレッドを助けるべく動こうとするも、男はモードレッドの肩を抱き、不敵な笑みを浮かべた。
「ああそうそう、お前のお仲間であるアイツ、今別場所に隔離してんだよ。お前がうかつに動いたら最後、その空間ごとデリートしてやるよ」
 礼安は男を睨み付けるだけで、完全に身動き一つとれない状態となってしまった。
「お前たち間抜けがここまで連れてきたのは、まさしく俺の仲間『モードレッド』さ。この世界にはいちゃあならない進行不能バグの大本だが……それはどうやって達成されるか分かるか?」
 礼安は口を閉ざしてしまった。この場を包み込む、絶望に押しつぶされた結果である。
「それは俺『たち』がプレイヤーを皆殺しにするからさ。プレイする大本がいなかったら事実上の進行不能。プログラミングされた感情とはいえ、気持ちいいもんだよ」
 モードレッドは何も語らず、虚ろな瞳のままであった。
「モードレッド君!」
「何度呼び掛けたところで無駄なんだよ!! さっきまでの純朴な少年の面影なんてもう消去されているんだ、今はもう親思い、って設定があったただのNPCだ! 分かったかよ英雄気取り(ルーキー)がよォ!!」
 自身の存在を抹消しようとする英雄。敵意は自ずと礼安に向く。
「お前に分かるか、望まない生を受けた俺たちの苦しみが! バグというだけで親の仇のように殺そうとしてくる……今度そうなるのはお前たちの番だクソッタレ!!」
 男は宙に手をかざし、チーティングドライバーを顕現させ、下腹部に装着する。
 モードレッドの足元から闇が漏れ出し、間もなく全体を包み込む。やがて一点に集約し、男は宙に浮かぶ闇を手に取る。
 まるで埃のように闇を払うと、そこにあったのは黒色のヒーローライセンス、『反逆の使徒』であった。
「お前ら英雄気取りを最悪な気分にさせて殺すには、同族になるのが一番手っ取り早いからなァ? この力を現実世界に出た後も使って、お前ら英雄気取りの地位を最底辺(ドベ)にしてやるよ」
 男はそのライセンスをドライバー認証部にかざす。
『反逆の使徒――生まれた時から望まれることのない騎士は、最強と名高い騎士王に刃を向ける』
 デバイスドライバーとは異なった、無機質なシステムボイスが流れる。底冷えするような、闇を感じるものであった。
「変身、ってか」
 ライセンスをサイドのスロットに装填し、ドライバーの上部下部を同時に押し込む。すると、辺りの空間が歪み始める。
『Crunch The Story――――Game Start』
 高笑う男の体に、粘性のあるどす黒い液体が纏わりつく。やがて攻撃的な棘の意匠が施された、壊れた騎士の鎧が完成する。まるで岩石を切り出して無理やり成型したような、武骨な片手剣を手に持ち、割れた兜の隙間から礼安を見つめていた。
「変身資格がないとこんなもんか、何とも歪で薄気味悪ぃなァ、これもこの出来損ないがライセンスの大本になっているからか?」
 礼安は即座に反論しようとするも、男は剣を乱雑に振り払い礼安の腕を圧し折る。
 礼安は無力にその場から弾き飛ばされ、ビルのガラスに勢いよく突っ込んでしまう。体中に今までにないほどの痛みが走る。
 肉は裂け、砕けた骨の破片は腕部に深く刺さる。
 ガラス片は体中に刺さり、その場から動こうとする礼安の動きを酷く鈍らせていた。
 男は一切手を緩めることなく、そのビル内に入り礼安の腹部を思い切り蹴り飛ばす。壁に勢いよく叩きつけられた礼安は無力に喀血するばかり。血だまりが徐々に広がる。
「これは命の取捨選択だ。馬鹿みたいに優しいお前は、そんだけボロボロになってもこのガキを救いたいなんて思ってんだろ? 残念だがそれはできないんだなあ」
 蔑むように見下げながら、何度も何度も礼安の肉体を打ち据える。骨が砕け、肉がちぎれる音や、礼安の張り裂けんばかりの悲鳴、そしてそれらを生み出す鈍い打撃音がビル内に響き渡る。
「このガキを見捨てて自分が生き残るか、お前と異空間にいる奴が俺に殺され、俺とガキが生き残るか、お前とこのライセンスのガキが死ぬか――――三つに一つだ英雄気取り」
 一切の加減無く打ち据え続けられている中、礼安の意識は既に飛びかけていた。
「流石に動くな、とは言いはしたがよ。無抵抗なのもそれはつまんねぇぞ? 少しくらい気張ってみたらどうだよ、まるでこっちが悪者みたいじゃあねえかよ」
『その通りだ、って言ったらどうします? 戦う者の風上にも置けない外道』
 どこからか、聞き覚えこそあるもののどこか凛々しくなった声が聞こえた。その声によって、礼安は飛びかけていた意識が元に戻る。
「……どこだよ、隠れてないで出てきたらどうだよ? この英雄気取りの代わりに俺に立ち向かう勇敢な騎士サマはよォ」
『ここにいるさ、力と信念のない外道が、身の丈に合わないドライバーなんて装着するから――――予想だにしないことが起こる』
 チーティングドライバーから発せられたその声は、やがて光を放ってドライバーから脱出し、実体化して男を思い切り殴り飛ばす。
 声の主――モードレッドは、礼安をかばうようにして立ちはだかる。
「ごめんね、少しの間体が言うことを聞かなかったんだ。でももう大丈夫だよ、礼安お姉ちゃん」
 そう言うと、モードレッドはズタボロになった礼安の体に手を当てて、静かに念じ始める。ボロボロだった肉体は服も含め元通りに治っていく。
 治っていく中で、礼安は慈愛に満ちたモードレッドを見つめる。
「ごめんね……私肝心な時に頼りにならなくって……英雄失格かな」
「そんなことは無いよ。普通忌避されるはずの僕≪バグ≫を、ここまで届けてくれた。丙良お兄ちゃんは閉じ込められちゃったけど、僕と礼安お姉ちゃんでどうにかしよう」
 完治するまで、そう時間はいらなかった。礼安はおもむろに立ち上がり、モードレッドはそんな礼安の前にかばうようにして立つ。
 怒りをむき出しにしてこちらに向かっている男の予期しない一撃から守るためであった。
 激情に脳が支配された人間の行動というのは、予想がつかないものである。追い詰められた犯罪者が例として挙げられるだろう。
「あー、本当に腹が立つよ……英雄気取りがこうやってのさばっているのを見るとよォ」
 男は虚を突くように一瞬で近づき、乱暴なハイキックを叩き込む。
 しかしこれをハイキックで合わせて相殺するモードレッド。
 礼安はドライバーにトリスタンライセンスを取り外し、アーサー王ライセンスを装填し、起動させる。
「変身!」
 装甲を纏っていく右拳。それを全力で男の顔面に叩き込む。
 息つく間もなく、蹴りや斬撃を一気に叩き込む。
 男は踏ん張りこそしたものの吹き飛ばされ、砕けた装甲から憎悪の籠もった瞳が垣間見えた。
「何でだよ……何で『勝ちたい』と思った人間に味方しねえんだよ神はよォ!?」
 男の燃え上がる憎悪は、たとえ装甲がボロボロになっても不変のままであった。
 礼安とモードレッドは剣を創造し、一気に男を倒さんと前へ踏み込む。
 男は発狂しながら朽ちた一対の剣を顕現させ、二人の剣に立ち向かった。
 モードレッドは男の気迫に圧され、少しばかり後方に退避するも、礼安はめげること無く一対の剣を押し切ろうとしていた。
「お前みたいな! 大したことないような奴が恵まれて!! 誰からも望まれない生を受けた俺が、御免被るなんてよォ!! なぜ淘汰されなきゃあいけねえんだよ!?」
 先ほどまでのどこか軽薄かつ飄々とした実況者の男の顔は、そこにはない。あるのは、望まれない生を受けたことに対する怒りであった。
 礼安はそんな彼の痛みを受けて、鍔迫り合い状態にあった剣の勢いが、ほんの少しだけ緩んでしまった。
 それを好機ととらえた男は、礼安の剣を弾き飛ばして一気に切りかかる。
 しかし、礼安はその剣を避けようとはしなかった。
 一対の剣が、礼安の装甲に深く傷を残す。肩口からの袈裟切り。
 破損した装甲から、滲み出す鮮血。常人なら叫んでも何ら文句のひとつもあがらないほどの重症であったが、礼安は泣き言一つあげることは無かった。
 礼安は、超常的な力を持っているわけではない。異常な回復能力も、異常な防御力も、持ち合わせているわけではない。
 痛みは相応に感じているはずなのに、男を見つめるばかりであったのだ。
「辛い気持ち、多分私には永遠理解できないものだってのは分かってる。貴方が言うように、私はきっと恵まれた側の人間だから、何言ったところで薄まっちゃうんだろうね」
 礼安は、自身の血で汚れた剣に手を置く。男の瞳からは殺意と憎悪が迸るままであった。
「貴方は最初に言ったね。『これは命の取捨選択だ』って。私自身、ゲーム内でさんざそういうやり取りを敵相手にしてきたし、今更それに対して謝ったって無意味だってのも分かってるつもりだよ」
 なら、という男の言葉を静かに遮る。
「人生は選択の連続であり、生きるうえで意見をぶつけ合って戦うものだよ。恵まれない今、自分ができる最高のパフォーマンスは何かな……って考え続けるものだよ。貴方は私や多くの人を殺したい。私は皆を守りたい。その衝突は絶対に避けられないなら、互いの全力をもって、決着をつけた方がいいと思う。その方があと腐れないからね」
 そういって、礼安は笑って見せた。
 その顔を見て、男は呆気に取られる。
 罵るわけでもなく、かといって無言で殴り飛ばすわけでもなく。重傷を与えた相手に対して笑って見せたのだ。屈託のない笑みであった。
「……お前は、イカれてる……螺子が数本飛んでるんじゃあねえのか!? 何でお前を殺そうとする相手にそこまで優しくできるんだよ!?」
 礼安は、いたってそれが常識であるかのように、また笑って見せた。
「私はいつだって、人を憎みたくはないから。憎むなら、いつだって百二十パーセントのパフォーマンスができなかった自分を憎みたいんだ」
 男は、そんな礼安を見て、自然と剣から手が離れていた。込められた力が霧散した一対の剣は、重力のままに地に落ちる。
 痛々しく、深い傷跡が露わになる。今まで剣が栓の役割を果たしていたためか、血の勢いは緩やかに増していく。
 今まで殺意と憎悪をぐちゃぐちゃに引っ掻き交ぜたかのような、近づいたら気圧されてしまいそうなオーラを出していた男は、すっかり弱り切ってしまった。
「なら俺は……俺が救われるにはどうしたらいいんだよ!? 俺みたいな望まれない命はどうすれば救われる!?」
 今まで鬱屈した感情から湧き出ていた言葉ばかりだったのが、今はもう心から絞り出すような、救いを求める一人の男の言葉となっていた。
「それは、僕と一緒に来世にかけるしかない、のかなあ」
 そんな男の心を支えたのは、その場にいたもう一人の人物、モードレッドであった。
 モードレッドが何をするか、先読みこそできはしなかったが、礼安の胸中には不安しかなかった。言葉を挟もうとしたが、静かにモードレッドに制止された。
「僕たちは、元を辿れば同じ存在。なら一緒に消えた方が、お姉ちゃんたちの為になるし、何より悩み、もがき苦しみ、元々ない存在意義を探りながら生き続ける方が、彼にとっては何よりもの地獄だ」
 モードレッドは男の肩を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「お姉ちゃんにそういう知識があるか分からないから一応言っておくと、僕たちは元からバグだった訳じゃあない。いたって普通のデータ上の存在がバグというスキンを着せられているだけで、しっかりとしたデータを取り戻すことができれば復元できる。つまるところ」
 モードレッドは男のドライバーを指して微笑した。
「ライセンスの中には、端的に言うとそれぞれの英雄のデータが内包されてる。その中に、スキンが着せられていない清純なデータが入ってる。この先も別の世界で生きていける保証こそないけど、ちょっと僕が無理をしてバーサクを紐づけすれば、いつか何とかなるかもしれないさ」
 そう言うと、モードレッドはチーティングドライバー内に光となって入る。助力のお陰か、装甲が徐々に霧散していく。
「まさか……モードレッド君?」
「そう、そのまさかだよ。ライセンスが入ったドライバーごと、僕たちを破壊してくれ」
 事実上の殺人行動に踏み出せない礼安。とても現実を受け入れられない様子であった。
 しかし、そんな礼安をよそに男が口を開く。
「もし、そっちの世界で腕利きのハッカーがいたらよォ……俺たちを救ってくれないか? 俺がやったことを帳消しにしてほしいわけじゃあねえけど……それでも、この命を少しでも益のある、意味あるものにしたいんだよ! 俺たちを救う意味でもよ――破壊してくれ」
 礼安はそれでも動けずにいたものの、男の絶望に染まった瞳の中に、僅かばかりの希望の光を見つけた。否、見つけてしまった、という方が正しかった。
 望まれない生を受けた中で、死ぬことによって活路が開かれると知ってしまった男の覚悟は、そう簡単に揺らぐものではなかったのだ。
 剣を握りこそしたものの、礼安は前に踏み出すことができなかった。
 救うとはいえ、それは相手を殺すこと。礼安の中には、死ぬことで救われる、なんてとてもではないが許し難かった。
 しかし、そんな礼安の背中を押したのは、他ならないモードレッドであった。
「お姉ちゃん。僕たちは大丈夫だよ。本来なら、僕たちはもっと酷いラストを迎えるはずだったんだ。それがほんの少し永い眠りにつくだけで、いつかはまた日の目を浴びることができる。復元だって、いつかはできるかもしれない。絶望ばかりじゃあないんだよ、お姉ちゃん」
 顔こそ見えないものの、礼安にはモードレッドが笑いかけているように見えた。
 二人の覚悟を受け取った礼安に、もはや引き下がる道などなかった。
 礼安はドライバーの左側を、覚悟を決めて押し込む。
『必殺承認、聖剣奏でる葬送曲(レクイエム・オブ・ザ・カリバーン)!』
 大粒の涙を流しながら、青い閃光を纏った剣にて逆袈裟に斬り上げる。ライセンス含むドライバーを破壊しながら、男を完全に消滅させた。
 すると、どこからともなく丙良が飛び出てきた。異空間で脱出しようと奮闘していたのか、装甲を身にまとった状態であった。
「おお、ようやく戻れた……って、後輩ちゃん」
 その場にへたり込み、咽び泣く礼安。そんな様子を見せられて、丙良は素直に脱出を喜ぶことができなかった。
『バトルロイヤルが管理者不明のため、緊急停止しました。モデレーターは、速やかにエラーを解除してください。バトルロイヤルが管理者不明のため――――』
 ゲームエリアに響く緊急アナウンス。それはゲームの終了を暗に示していたのだった。



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「モードレッド君……君はお父さんに会うために円卓の騎士を目指したんだよね!?」
 そんな礼安の悲痛な叫びを容易く遮るように、実況者の男はけらけらと笑う。
「おいおい、まさかお前、いちバグに感情移入してんのかい? 話には聞いてはいたが、かなりの大馬鹿野郎だなぁ」
 礼安はモードレッドを助けるべく動こうとするも、男はモードレッドの肩を抱き、不敵な笑みを浮かべた。
「ああそうそう、お前のお仲間であるアイツ、今別場所に隔離してんだよ。お前がうかつに動いたら最後、その空間ごとデリートしてやるよ」
 礼安は男を睨み付けるだけで、完全に身動き一つとれない状態となってしまった。
「お前たち間抜けがここまで連れてきたのは、まさしく俺の仲間『モードレッド』さ。この世界にはいちゃあならない進行不能バグの大本だが……それはどうやって達成されるか分かるか?」
 礼安は口を閉ざしてしまった。この場を包み込む、絶望に押しつぶされた結果である。
「それは俺『たち』がプレイヤーを皆殺しにするからさ。プレイする大本がいなかったら事実上の進行不能。プログラミングされた感情とはいえ、気持ちいいもんだよ」
 モードレッドは何も語らず、虚ろな瞳のままであった。
「モードレッド君!」
「何度呼び掛けたところで無駄なんだよ!! さっきまでの純朴な少年の面影なんてもう消去されているんだ、今はもう親思い、って設定があったただのNPCだ! 分かったかよ|英雄気取り《ルーキー》がよォ!!」
 自身の存在を抹消しようとする英雄。敵意は自ずと礼安に向く。
「お前に分かるか、望まない生を受けた俺たちの苦しみが! バグというだけで親の仇のように殺そうとしてくる……今度そうなるのはお前たちの番だクソッタレ!!」
 男は宙に手をかざし、チーティングドライバーを顕現させ、下腹部に装着する。
 モードレッドの足元から闇が漏れ出し、間もなく全体を包み込む。やがて一点に集約し、男は宙に浮かぶ闇を手に取る。
 まるで埃のように闇を払うと、そこにあったのは黒色のヒーローライセンス、『反逆の使徒』であった。
「お前ら英雄気取りを最悪な気分にさせて殺すには、同族になるのが一番手っ取り早いからなァ? この力を現実世界に出た後も使って、お前ら英雄気取りの地位を|最底辺《ドベ》にしてやるよ」
 男はそのライセンスをドライバー認証部にかざす。
『反逆の使徒――生まれた時から望まれることのない騎士は、最強と名高い騎士王に刃を向ける』
 デバイスドライバーとは異なった、無機質なシステムボイスが流れる。底冷えするような、闇を感じるものであった。
「変身、ってか」
 ライセンスをサイドのスロットに装填し、ドライバーの上部下部を同時に押し込む。すると、辺りの空間が歪み始める。
『Crunch The Story――――Game Start』
 高笑う男の体に、粘性のあるどす黒い液体が纏わりつく。やがて攻撃的な棘の意匠が施された、壊れた騎士の鎧が完成する。まるで岩石を切り出して無理やり成型したような、武骨な片手剣を手に持ち、割れた兜の隙間から礼安を見つめていた。
「変身資格がないとこんなもんか、何とも歪で薄気味悪ぃなァ、これもこの出来損ないがライセンスの大本になっているからか?」
 礼安は即座に反論しようとするも、男は剣を乱雑に振り払い礼安の腕を圧し折る。
 礼安は無力にその場から弾き飛ばされ、ビルのガラスに勢いよく突っ込んでしまう。体中に今までにないほどの痛みが走る。
 肉は裂け、砕けた骨の破片は腕部に深く刺さる。
 ガラス片は体中に刺さり、その場から動こうとする礼安の動きを酷く鈍らせていた。
 男は一切手を緩めることなく、そのビル内に入り礼安の腹部を思い切り蹴り飛ばす。壁に勢いよく叩きつけられた礼安は無力に喀血するばかり。血だまりが徐々に広がる。
「これは命の取捨選択だ。馬鹿みたいに優しいお前は、そんだけボロボロになってもこのガキを救いたいなんて思ってんだろ? 残念だがそれはできないんだなあ」
 蔑むように見下げながら、何度も何度も礼安の肉体を打ち据える。骨が砕け、肉がちぎれる音や、礼安の張り裂けんばかりの悲鳴、そしてそれらを生み出す鈍い打撃音がビル内に響き渡る。
「このガキを見捨てて自分が生き残るか、お前と異空間にいる奴が俺に殺され、俺とガキが生き残るか、お前とこのライセンスのガキが死ぬか――――三つに一つだ英雄気取り」
 一切の加減無く打ち据え続けられている中、礼安の意識は既に飛びかけていた。
「流石に動くな、とは言いはしたがよ。無抵抗なのもそれはつまんねぇぞ? 少しくらい気張ってみたらどうだよ、まるでこっちが悪者みたいじゃあねえかよ」
『その通りだ、って言ったらどうします? 戦う者の風上にも置けない外道』
 どこからか、聞き覚えこそあるもののどこか凛々しくなった声が聞こえた。その声によって、礼安は飛びかけていた意識が元に戻る。
「……どこだよ、隠れてないで出てきたらどうだよ? この英雄気取りの代わりに俺に立ち向かう勇敢な騎士サマはよォ」
『ここにいるさ、力と信念のない外道が、身の丈に合わないドライバーなんて装着するから――――予想だにしないことが起こる』
 チーティングドライバーから発せられたその声は、やがて光を放ってドライバーから脱出し、実体化して男を思い切り殴り飛ばす。
 声の主――モードレッドは、礼安をかばうようにして立ちはだかる。
「ごめんね、少しの間体が言うことを聞かなかったんだ。でももう大丈夫だよ、礼安お姉ちゃん」
 そう言うと、モードレッドはズタボロになった礼安の体に手を当てて、静かに念じ始める。ボロボロだった肉体は服も含め元通りに治っていく。
 治っていく中で、礼安は慈愛に満ちたモードレッドを見つめる。
「ごめんね……私肝心な時に頼りにならなくって……英雄失格かな」
「そんなことは無いよ。普通忌避されるはずの僕≪バグ≫を、ここまで届けてくれた。丙良お兄ちゃんは閉じ込められちゃったけど、僕と礼安お姉ちゃんでどうにかしよう」
 完治するまで、そう時間はいらなかった。礼安はおもむろに立ち上がり、モードレッドはそんな礼安の前にかばうようにして立つ。
 怒りをむき出しにしてこちらに向かっている男の予期しない一撃から守るためであった。
 激情に脳が支配された人間の行動というのは、予想がつかないものである。追い詰められた犯罪者が例として挙げられるだろう。
「あー、本当に腹が立つよ……英雄気取りがこうやってのさばっているのを見るとよォ」
 男は虚を突くように一瞬で近づき、乱暴なハイキックを叩き込む。
 しかしこれをハイキックで合わせて相殺するモードレッド。
 礼安はドライバーにトリスタンライセンスを取り外し、アーサー王ライセンスを装填し、起動させる。
「変身!」
 装甲を纏っていく右拳。それを全力で男の顔面に叩き込む。
 息つく間もなく、蹴りや斬撃を一気に叩き込む。
 男は踏ん張りこそしたものの吹き飛ばされ、砕けた装甲から憎悪の籠もった瞳が垣間見えた。
「何でだよ……何で『勝ちたい』と思った人間に味方しねえんだよ神はよォ!?」
 男の燃え上がる憎悪は、たとえ装甲がボロボロになっても不変のままであった。
 礼安とモードレッドは剣を創造し、一気に男を倒さんと前へ踏み込む。
 男は発狂しながら朽ちた一対の剣を顕現させ、二人の剣に立ち向かった。
 モードレッドは男の気迫に圧され、少しばかり後方に退避するも、礼安はめげること無く一対の剣を押し切ろうとしていた。
「お前みたいな! 大したことないような奴が恵まれて!! 誰からも望まれない生を受けた俺が、御免被るなんてよォ!! なぜ淘汰されなきゃあいけねえんだよ!?」
 先ほどまでのどこか軽薄かつ飄々とした実況者の男の顔は、そこにはない。あるのは、望まれない生を受けたことに対する怒りであった。
 礼安はそんな彼の痛みを受けて、鍔迫り合い状態にあった剣の勢いが、ほんの少しだけ緩んでしまった。
 それを好機ととらえた男は、礼安の剣を弾き飛ばして一気に切りかかる。
 しかし、礼安はその剣を避けようとはしなかった。
 一対の剣が、礼安の装甲に深く傷を残す。肩口からの袈裟切り。
 破損した装甲から、滲み出す鮮血。常人なら叫んでも何ら文句のひとつもあがらないほどの重症であったが、礼安は泣き言一つあげることは無かった。
 礼安は、超常的な力を持っているわけではない。異常な回復能力も、異常な防御力も、持ち合わせているわけではない。
 痛みは相応に感じているはずなのに、男を見つめるばかりであったのだ。
「辛い気持ち、多分私には永遠理解できないものだってのは分かってる。貴方が言うように、私はきっと恵まれた側の人間だから、何言ったところで薄まっちゃうんだろうね」
 礼安は、自身の血で汚れた剣に手を置く。男の瞳からは殺意と憎悪が迸るままであった。
「貴方は最初に言ったね。『これは命の取捨選択だ』って。私自身、ゲーム内でさんざそういうやり取りを敵相手にしてきたし、今更それに対して謝ったって無意味だってのも分かってるつもりだよ」
 なら、という男の言葉を静かに遮る。
「人生は選択の連続であり、生きるうえで意見をぶつけ合って戦うものだよ。恵まれない今、自分ができる最高のパフォーマンスは何かな……って考え続けるものだよ。貴方は私や多くの人を殺したい。私は皆を守りたい。その衝突は絶対に避けられないなら、互いの全力をもって、決着をつけた方がいいと思う。その方があと腐れないからね」
 そういって、礼安は笑って見せた。
 その顔を見て、男は呆気に取られる。
 罵るわけでもなく、かといって無言で殴り飛ばすわけでもなく。重傷を与えた相手に対して笑って見せたのだ。屈託のない笑みであった。
「……お前は、イカれてる……螺子が数本飛んでるんじゃあねえのか!? 何でお前を殺そうとする相手にそこまで優しくできるんだよ!?」
 礼安は、いたってそれが常識であるかのように、また笑って見せた。
「私はいつだって、人を憎みたくはないから。憎むなら、いつだって百二十パーセントのパフォーマンスができなかった自分を憎みたいんだ」
 男は、そんな礼安を見て、自然と剣から手が離れていた。込められた力が霧散した一対の剣は、重力のままに地に落ちる。
 痛々しく、深い傷跡が露わになる。今まで剣が栓の役割を果たしていたためか、血の勢いは緩やかに増していく。
 今まで殺意と憎悪をぐちゃぐちゃに引っ掻き交ぜたかのような、近づいたら気圧されてしまいそうなオーラを出していた男は、すっかり弱り切ってしまった。
「なら俺は……俺が救われるにはどうしたらいいんだよ!? 俺みたいな望まれない命はどうすれば救われる!?」
 今まで鬱屈した感情から湧き出ていた言葉ばかりだったのが、今はもう心から絞り出すような、救いを求める一人の男の言葉となっていた。
「それは、僕と一緒に来世にかけるしかない、のかなあ」
 そんな男の心を支えたのは、その場にいたもう一人の人物、モードレッドであった。
 モードレッドが何をするか、先読みこそできはしなかったが、礼安の胸中には不安しかなかった。言葉を挟もうとしたが、静かにモードレッドに制止された。
「僕たちは、元を辿れば同じ存在。なら一緒に消えた方が、お姉ちゃんたちの為になるし、何より悩み、もがき苦しみ、元々ない存在意義を探りながら生き続ける方が、彼にとっては何よりもの地獄だ」
 モードレッドは男の肩を支えながら、ゆっくりと立ち上がる。
「お姉ちゃんにそういう知識があるか分からないから一応言っておくと、僕たちは元からバグだった訳じゃあない。いたって普通のデータ上の存在がバグというスキンを着せられているだけで、しっかりとしたデータを取り戻すことができれば復元できる。つまるところ」
 モードレッドは男のドライバーを指して微笑した。
「ライセンスの中には、端的に言うとそれぞれの英雄のデータが内包されてる。その中に、スキンが着せられていない清純なデータが入ってる。この先も別の世界で生きていける保証こそないけど、ちょっと僕が無理をしてバーサクを紐づけすれば、いつか何とかなるかもしれないさ」
 そう言うと、モードレッドはチーティングドライバー内に光となって入る。助力のお陰か、装甲が徐々に霧散していく。
「まさか……モードレッド君?」
「そう、そのまさかだよ。ライセンスが入ったドライバーごと、僕たちを破壊してくれ」
 事実上の殺人行動に踏み出せない礼安。とても現実を受け入れられない様子であった。
 しかし、そんな礼安をよそに男が口を開く。
「もし、そっちの世界で腕利きのハッカーがいたらよォ……俺たちを救ってくれないか? 俺がやったことを帳消しにしてほしいわけじゃあねえけど……それでも、この命を少しでも益のある、意味あるものにしたいんだよ! 俺たちを救う意味でもよ――破壊してくれ」
 礼安はそれでも動けずにいたものの、男の絶望に染まった瞳の中に、僅かばかりの希望の光を見つけた。否、見つけてしまった、という方が正しかった。
 望まれない生を受けた中で、死ぬことによって活路が開かれると知ってしまった男の覚悟は、そう簡単に揺らぐものではなかったのだ。
 剣を握りこそしたものの、礼安は前に踏み出すことができなかった。
 救うとはいえ、それは相手を殺すこと。礼安の中には、死ぬことで救われる、なんてとてもではないが許し難かった。
 しかし、そんな礼安の背中を押したのは、他ならないモードレッドであった。
「お姉ちゃん。僕たちは大丈夫だよ。本来なら、僕たちはもっと酷いラストを迎えるはずだったんだ。それがほんの少し永い眠りにつくだけで、いつかはまた日の目を浴びることができる。復元だって、いつかはできるかもしれない。絶望ばかりじゃあないんだよ、お姉ちゃん」
 顔こそ見えないものの、礼安にはモードレッドが笑いかけているように見えた。
 二人の覚悟を受け取った礼安に、もはや引き下がる道などなかった。
 礼安はドライバーの左側を、覚悟を決めて押し込む。
『必殺承認、|聖剣奏でる葬送曲《レクイエム・オブ・ザ・カリバーン》!』
 大粒の涙を流しながら、青い閃光を纏った剣にて逆袈裟に斬り上げる。ライセンス含むドライバーを破壊しながら、男を完全に消滅させた。
 すると、どこからともなく丙良が飛び出てきた。異空間で脱出しようと奮闘していたのか、装甲を身にまとった状態であった。
「おお、ようやく戻れた……って、後輩ちゃん」
 その場にへたり込み、咽び泣く礼安。そんな様子を見せられて、丙良は素直に脱出を喜ぶことができなかった。
『バトルロイヤルが管理者不明のため、緊急停止しました。モデレーターは、速やかにエラーを解除してください。バトルロイヤルが管理者不明のため――――』
 ゲームエリアに響く緊急アナウンス。それはゲームの終了を暗に示していたのだった。