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Case of RAINE(前編)

ー/ー



 大学2年の夏休み。
 俺は、駅にほど近いハンバーガーショップのアルバイトを始めた。
 そこで、ヒロさんに出会った。

 ヒロさんは、ランチタイムにひとりで店にやって来た。
 服装から察するに、どうやら近くに勤めているサラリーマンのようだった。
 
 「いらっしゃいませ」
 俺が水を持って行くと、ヒロさんは軽く頷いた。
 そして、何気なく俺の顔を見ると、何故か驚いたような顔をした。
 「?」
 俺が怪訝そうな顔をすると、ヒロさんは慌てて視線をメニューに落とした。

 その日から、ヒロさんは店に来るとずっと俺を見ていた。
 優しさの中に、懐かしいような、哀しいような、そんな感情を含ませた目で。

 そんなヒロさんの様子に、俺はちょっとした悪戯心を起こした。
 ……こっちから、アプローチしてみるか。

 その頃の俺は、丁度付き合っていた小父様と別れた後で、いわばフリーの身だった。
 ヒロさんは見たところ30代半ばぐらいの年齢で、背が高くて、顔も爽やかイケメンだ。
 それに、身に着けている物から察するに、そこそこ金を持っていそうだった。
 
 ……これは、いいカモになるかもしれない。
 この時の俺は、そう考えていた。

 
 俺は北欧系の父と日本人の母の間に産まれた。
 ウエーブのかかった明るい茶色の髪と、緑がかった瞳を持ち、肌が白く、顔立ちもハーフ特有のそれで所謂美少年系だ。
 
 両親は、俺が子供の頃に離婚した。
 父は生国に帰り、母は新しい恋人に夢中になって、俺を置いて何日も家を空けることなどザラにあった。
 父も母も、俺が何処で何をしているかなんて気にしている様子は全くなかった。
 ……あいつらは、俺が学校でどんな目に遭わされていたのかさえ、気づいてはくれなかった。
 
 俺が男を知ったのは、中学生の時だった。
 相手は教科担当の数学の先生で、俺は放課後誰もいなくなった教室で無理矢理関係を持たされた。
 先生は、
 「レイン。お前が悪いんだ。お前がそんな目で俺を見るから、こうなったんだ」
 そう言いながら、俺と行為に及んでいる様子を動画撮影していた。
 俺はショックを受け、心をメタメタに傷つけられたが、誰にもこのことを言えなかった。
 「お前が悪い」
 情事の最中に繰り返し先生が口にしたその一言が、残酷にも俺の心を縛り付けていたからだ。
 
 その後も先生は何度も俺を呼び出し、俺に言うことを聞かせ続けた。
 俺は、抵抗することも出来ずに、彼を受け入れるしかなかった。
 俺の心は完全に彼の言葉に支配されて、身動きが取れなくなっていたからだ。
 「レイン。お前のせいだ。全部お前が悪い」
 大人が発する、この恐ろしい言葉に。
 
 俺が高校生になった頃、この先生は警察に捕まった。
 彼のスマホには男子生徒と行為に及んでいる動画がたくさん入っていたそうだ。
 
 高校生になってからも、俺は男の脅威に晒され続けた。
 生まれ持ったこのルックスが、そういった男たちの欲望を沸き立たせてしまうようだった。
 俺はたったひとりで傷ついて苦しんだ末に、その状況を逆手に取ることを思いついた。
 このルックスと身体を最大限利用して、男に翻弄される側から、男を翻弄する側に回ることを決意したのだ。
 
 試しにやってみると、男たちは俺のルックスと無邪気な少年を装った演技にコロッと騙され、誰もがこの身体に夢中になった。
 それで、つれない俺の気を引こうと勝手に入れ挙げて金をつぎ込む。
 俺はそのご褒美に、この身体を思う存分抱かせてやる。
 こんな風に男たちは俺に翻弄され、懸命に貢いだ挙句、俺に飽きられたら簡単に袖にされるのだ。

 俺は、そんな男たちの醜態を心の中で嘲り笑っていた。
 俺にとってのあいつらは、まさに「カモ」でしかない。

 親にいい感じで放っておかれたことも手伝って、俺は高校生の時分から、そんな風にして男から男へと渡り歩いていた。


 そんな感じで、俺は誰にも心を明け渡したことはなかった。
 あいつらとの関係に、愛などいらない。
 割と本気でそう思っていた。
 

 「お客さん。俺のこと、好きでしょ」
 俺は、食べ終わりの皿を下げに行ったついでに、ヒロさんにだけ聞こえるような声でアプローチを仕掛けた。
 「え?」
 ヒロさんは、心底驚いた顔をして俺を見上げた。そして、
 「……どうして、そんなことを?」
 ヒロさんは軽く眉根を寄せて尋ねてきた。
 ……またまた、この人、とぼけちゃって。
 俺はそう思いながら、小さく微笑んだ。
 「だって、店に来ると、俺の事ばかり見ているから」
 俺はさらりと髪を掻き上げ、熱っぽくヒロさんの目を見つめた。
 ヒロさんの目が、ほんの少し大きくなった。
 そして、ひとつ息をつくと、くそ真面目な顔で、
 「それは、君の気のせいだ」
 そう言って、俺から目を逸らした。

 ……思ったより手ごわそうだけど、脈はありそうだな。
 そう思った俺は、会計の時に連絡先を書いたメモを渡した。
 「……これは?」
 戸惑った様子のヒロさんに、俺はにっこりと微笑んだ。そして、
 「よかったら、いつでも連絡下さい」
 さりげなく、そっと手を握った。
 
 それから数日後、ヒロさんからメッセージが届いた。
 「来た来た」
 俺はほくそ笑んだ。
 あんなくそ真面目そうな顔をしておきながら、ちょろいもんだ、と思った。
 俺はそんな心の内を隠して、無邪気な若者を装ってヒロさんとのやり取りを重ねた。
 
 
 夏の終わりごろから、俺たちはプライベートで会うようになっていた。
 「ヒロさん、マジイケメンだし、背も高いし、俺とぴったりお似合いじゃん!」
 俺は無邪気にヒロさんの腕に絡みつく。
 むふ、と口元を綻ばせて見上げると、ヒロさんはあの、懐かしいような、哀しいような目で俺を見返した。
 
 ……それは明らかに、照れているのとは様子が違っていた。
 俺の心に、さざ波が立った。

 ヒロさんは、俺が今まで付き合ってきた男達とは、確かに毛色が違っていた。
 大体の男は初デートで俺をホテルに連れ込もうとするものだが、ヒロさんには全くその気配はなかった。
 感じのいい街並みを一緒に歩いて、適当に店を冷かして、ヒロさんのお気に入りのレストランで食事を共にして、俺を家まで送ってくれる。ただそれだけだ。
 街歩きの最中、ヒロさんの方から肩を抱いたり、抱きついたりしてくることはない。
 ヒロさんと手を繋いだり腕を組んだりしたがるのは、いつも俺の方だ。
 
 かといって、ヒロさんが俺に対して冷淡かというと、そんなことはない。
 俺の話をちゃんと聞いて、面白かったり楽しかったりすれば笑ってくれるし、俺の何気ない質問にもきちんと答えてくれる。
 そして、足元が危ない所に差し掛かると、王子様のように俺をエスコートしてくれたりもする。
 
 正直な所、俺は戸惑っていた。
 男にこんな風に扱われたのは、初めての事だったからだ。
 
 一体この人は、何を考えているんだろう?
 そして、俺を見ている時の、あの優しくて、懐かしくて、哀しい目は、一体何なのか。
 俺は、ヒロさんのことをもっと知りたいと思うようになっていた。
 
 俺の心は、確かに揺れ始めていた。
 ……もしかしたら、この人なら。
 自分でも気づかぬうちに、そんなことを考え始めていた。
 
 
 「レイン」
 ヒロさんは、俺に腕を預けたまま、問いかけた。
 「レインは、俺の事、好きなの?」

 あまりにも真正直に訊かれた俺は、思わずどきりとした。
 そんな心の動きを誤魔化すように、俺はあはは、と笑った。
 「またまたあ。ヒロさんが俺の事好きなんでしょ?」
 
 すると、ヒロさんはくそ真面目な顔でこう言い放った。
 「いや……多分、それは違う」
 
 「!」
 俺は思わず立ち止まった。
 
 は?
 違うって何だよ。
 あんなに熱っぽく俺のことを見ていたくせに。
 それに、何回もデートしてるくせに、何言ってんの?

 俺は苛立ちを隠せぬままに、ヒロさんに突っかかった。
 「じゃあ、俺のこと、どうしてあんなに見てたの?」
 
 ヒロさんは、無言だった。

 ……この人、何駆け引きしてるんだよ。
 そう思った俺は、ますますむきになってヒロさんの腕にしがみついた。

 認めたくはなかったが、俺は確実にヒロさんのことを好きになり始めていた。



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 大学2年の夏休み。
 俺は、駅にほど近いハンバーガーショップのアルバイトを始めた。
 そこで、ヒロさんに出会った。
 ヒロさんは、ランチタイムにひとりで店にやって来た。
 服装から察するに、どうやら近くに勤めているサラリーマンのようだった。
 「いらっしゃいませ」
 俺が水を持って行くと、ヒロさんは軽く頷いた。
 そして、何気なく俺の顔を見ると、何故か驚いたような顔をした。
 「?」
 俺が怪訝そうな顔をすると、ヒロさんは慌てて視線をメニューに落とした。
 その日から、ヒロさんは店に来るとずっと俺を見ていた。
 優しさの中に、懐かしいような、哀しいような、そんな感情を含ませた目で。
 そんなヒロさんの様子に、俺はちょっとした悪戯心を起こした。
 ……こっちから、アプローチしてみるか。
 その頃の俺は、丁度付き合っていた小父様と別れた後で、いわばフリーの身だった。
 ヒロさんは見たところ30代半ばぐらいの年齢で、背が高くて、顔も爽やかイケメンだ。
 それに、身に着けている物から察するに、そこそこ金を持っていそうだった。
 ……これは、いいカモになるかもしれない。
 この時の俺は、そう考えていた。
 俺は北欧系の父と日本人の母の間に産まれた。
 ウエーブのかかった明るい茶色の髪と、緑がかった瞳を持ち、肌が白く、顔立ちもハーフ特有のそれで所謂美少年系だ。
 両親は、俺が子供の頃に離婚した。
 父は生国に帰り、母は新しい恋人に夢中になって、俺を置いて何日も家を空けることなどザラにあった。
 父も母も、俺が何処で何をしているかなんて気にしている様子は全くなかった。
 ……あいつらは、俺が学校でどんな目に遭わされていたのかさえ、気づいてはくれなかった。
 俺が男を知ったのは、中学生の時だった。
 相手は教科担当の数学の先生で、俺は放課後誰もいなくなった教室で無理矢理関係を持たされた。
 先生は、
 「レイン。お前が悪いんだ。お前がそんな目で俺を見るから、こうなったんだ」
 そう言いながら、俺と行為に及んでいる様子を動画撮影していた。
 俺はショックを受け、心をメタメタに傷つけられたが、誰にもこのことを言えなかった。
 「お前が悪い」
 情事の最中に繰り返し先生が口にしたその一言が、残酷にも俺の心を縛り付けていたからだ。
 その後も先生は何度も俺を呼び出し、俺に言うことを聞かせ続けた。
 俺は、抵抗することも出来ずに、彼を受け入れるしかなかった。
 俺の心は完全に彼の言葉に支配されて、身動きが取れなくなっていたからだ。
 「レイン。お前のせいだ。全部お前が悪い」
 大人が発する、この恐ろしい言葉に。
 俺が高校生になった頃、この先生は警察に捕まった。
 彼のスマホには男子生徒と行為に及んでいる動画がたくさん入っていたそうだ。
 高校生になってからも、俺は男の脅威に晒され続けた。
 生まれ持ったこのルックスが、そういった男たちの欲望を沸き立たせてしまうようだった。
 俺はたったひとりで傷ついて苦しんだ末に、その状況を逆手に取ることを思いついた。
 このルックスと身体を最大限利用して、男に翻弄される側から、男を翻弄する側に回ることを決意したのだ。
 試しにやってみると、男たちは俺のルックスと無邪気な少年を装った演技にコロッと騙され、誰もがこの身体に夢中になった。
 それで、つれない俺の気を引こうと勝手に入れ挙げて金をつぎ込む。
 俺はそのご褒美に、この身体を思う存分抱かせてやる。
 こんな風に男たちは俺に翻弄され、懸命に貢いだ挙句、俺に飽きられたら簡単に袖にされるのだ。
 俺は、そんな男たちの醜態を心の中で嘲り笑っていた。
 俺にとってのあいつらは、まさに「カモ」でしかない。
 親にいい感じで放っておかれたことも手伝って、俺は高校生の時分から、そんな風にして男から男へと渡り歩いていた。
 そんな感じで、俺は誰にも心を明け渡したことはなかった。
 あいつらとの関係に、愛などいらない。
 割と本気でそう思っていた。
 「お客さん。俺のこと、好きでしょ」
 俺は、食べ終わりの皿を下げに行ったついでに、ヒロさんにだけ聞こえるような声でアプローチを仕掛けた。
 「え?」
 ヒロさんは、心底驚いた顔をして俺を見上げた。そして、
 「……どうして、そんなことを?」
 ヒロさんは軽く眉根を寄せて尋ねてきた。
 ……またまた、この人、とぼけちゃって。
 俺はそう思いながら、小さく微笑んだ。
 「だって、店に来ると、俺の事ばかり見ているから」
 俺はさらりと髪を掻き上げ、熱っぽくヒロさんの目を見つめた。
 ヒロさんの目が、ほんの少し大きくなった。
 そして、ひとつ息をつくと、くそ真面目な顔で、
 「それは、君の気のせいだ」
 そう言って、俺から目を逸らした。
 ……思ったより手ごわそうだけど、脈はありそうだな。
 そう思った俺は、会計の時に連絡先を書いたメモを渡した。
 「……これは?」
 戸惑った様子のヒロさんに、俺はにっこりと微笑んだ。そして、
 「よかったら、いつでも連絡下さい」
 さりげなく、そっと手を握った。
 それから数日後、ヒロさんからメッセージが届いた。
 「来た来た」
 俺はほくそ笑んだ。
 あんなくそ真面目そうな顔をしておきながら、ちょろいもんだ、と思った。
 俺はそんな心の内を隠して、無邪気な若者を装ってヒロさんとのやり取りを重ねた。
 夏の終わりごろから、俺たちはプライベートで会うようになっていた。
 「ヒロさん、マジイケメンだし、背も高いし、俺とぴったりお似合いじゃん!」
 俺は無邪気にヒロさんの腕に絡みつく。
 むふ、と口元を綻ばせて見上げると、ヒロさんはあの、懐かしいような、哀しいような目で俺を見返した。
 ……それは明らかに、照れているのとは様子が違っていた。
 俺の心に、さざ波が立った。
 ヒロさんは、俺が今まで付き合ってきた男達とは、確かに毛色が違っていた。
 大体の男は初デートで俺をホテルに連れ込もうとするものだが、ヒロさんには全くその気配はなかった。
 感じのいい街並みを一緒に歩いて、適当に店を冷かして、ヒロさんのお気に入りのレストランで食事を共にして、俺を家まで送ってくれる。ただそれだけだ。
 街歩きの最中、ヒロさんの方から肩を抱いたり、抱きついたりしてくることはない。
 ヒロさんと手を繋いだり腕を組んだりしたがるのは、いつも俺の方だ。
 かといって、ヒロさんが俺に対して冷淡かというと、そんなことはない。
 俺の話をちゃんと聞いて、面白かったり楽しかったりすれば笑ってくれるし、俺の何気ない質問にもきちんと答えてくれる。
 そして、足元が危ない所に差し掛かると、王子様のように俺をエスコートしてくれたりもする。
 正直な所、俺は戸惑っていた。
 男にこんな風に扱われたのは、初めての事だったからだ。
 一体この人は、何を考えているんだろう?
 そして、俺を見ている時の、あの優しくて、懐かしくて、哀しい目は、一体何なのか。
 俺は、ヒロさんのことをもっと知りたいと思うようになっていた。
 俺の心は、確かに揺れ始めていた。
 ……もしかしたら、この人なら。
 自分でも気づかぬうちに、そんなことを考え始めていた。
 「レイン」
 ヒロさんは、俺に腕を預けたまま、問いかけた。
 「レインは、俺の事、好きなの?」
 あまりにも真正直に訊かれた俺は、思わずどきりとした。
 そんな心の動きを誤魔化すように、俺はあはは、と笑った。
 「またまたあ。ヒロさんが俺の事好きなんでしょ?」
 すると、ヒロさんはくそ真面目な顔でこう言い放った。
 「いや……多分、それは違う」
 「!」
 俺は思わず立ち止まった。
 は?
 違うって何だよ。
 あんなに熱っぽく俺のことを見ていたくせに。
 それに、何回もデートしてるくせに、何言ってんの?
 俺は苛立ちを隠せぬままに、ヒロさんに突っかかった。
 「じゃあ、俺のこと、どうしてあんなに見てたの?」
 ヒロさんは、無言だった。
 ……この人、何駆け引きしてるんだよ。
 そう思った俺は、ますますむきになってヒロさんの腕にしがみついた。
 認めたくはなかったが、俺は確実にヒロさんのことを好きになり始めていた。