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感情論の扱い方

ー/ー



 そうして今日の授業が終わったものの、定期券が戻って来ないことには帰れない。定期券は今も窪田の身の回りにあるはずだ。これを元に窪田の悪事を確信させる。

 先生に告げるべく、SHRの始まりを待つ。先生が教室に来ると、何人かに声をかけた。
 
 私のところに来た時に、盗難について知っていることがあると言うと、後で話そうと言われ、放課後に特別室に連れて行かれることになった。

 電気がついているところを見たことがない特別室。中はソファが机を挟んでいて、先生に続いて入室し向かい合って腰を下ろす。

 気に入らないけど鍵の管理がしっかりしていなかったことから謝る。高圧的だったり理不尽な態度への怒りを見せてはいけない。

「誰でも失敗することはあるから次から気をつければいいんだ」

 私の失敗もあいつらの度重なる悪事もここで決着をつける。

 鍵は窪田から渡されたこと、そしてあの状況で見つけることがおかしいと説明する。
 先生は深くうなずき、そうか……と眉を寄せる。

「盗難の件だが、盗まれたものは別のやつの机にあったと聞いた。本人が否定してるし見つけてくれた窪田も犯人ではないと否定しているからな……鍵については落ちていたのを窪田が先に拾ってくれていたんじゃないか?」

 あっけらかんと言ったことに、私は耳を疑った。

「授業終わってすぐパンを買いに行っているのに!? 私は無いと気付いてすぐ、来た道は辿りました! 窪田が鍵を拾うことはあり得ません!」

 そもそも盗まれた物が別の人の机にあったなんて初耳だ!
 窪田に先手を打たれ、俯いた影で歯を食いしばる。

「窪田が盗ったと本人から聞いた訳でもないし、明日もう一度話を聞こう。勘違いだったらそれでいいからな」

 私の顔を覗き込んで言い聞かせる。私が強く訴えても、生徒たちがそんなことをする訳ない、と信じて疑わない。

 それでも今回の騒ぎは間違いなくあいつらの仕業だ。
 勘違いなんてあり得ないのに……

「そもそもあの五人は前から私に嫌がらせをしてきたんです……! 今回の騒ぎだって私への嫌がらせです」

 話したくはなかったけど、先生の幻想を崩すにはそこから話すしかない。

「本当か!? 早く言ってくれ!」

 正直言って先生の力を信用していない。
 みんな仲良しでトラブルは自分たちで解決できるクラス、と今日まで信じてこれたような平和ボケだ。

 中途半端な指導で事態を悪化させられたら嫌だから言えなかった。

「それでも言いずらかったんだよな? すまんな気付けなくて……」

 何も知らずに私の落ち度と責めてきたのに、今は声色を変えて肩に手を乗せてくる。間違った距離の詰めかたが鬱陶しい。それでも印象が悪くなるから、手を払い除けることもできなかった。

 先生が手を離したところで、包み隠さずこれまでのことを話す。
 すると日焼けで赤みがかった目元をさらに赤くして涙を溜める。それに対し当事者である私の目と声は乾いていた。

「よく話してくれた……俺はクラスのことをよく知っていると思っていたが、そんなのは勘違いだとわかった。三河、すまん」

 やっと気付いたか。
 押し震えた声で謝る先生を見ながら私は、安心したような顔を見せるのが正解なんだろうけどできそうになかった。

 そして先生は思い出したように預かっていたという定期券を返し席を立つ。

 鍵を閉め、泣き腫らした顔でまた明日なと見送る。私は愛想笑いで会釈した後、正面を向いて表情を落とした。

 何故私が気を使わなければならないのか。

 先生は感情で動くから同情を買わないといけない。

 今日は魔法の練習どころじゃないわ。精神的に疲れたものの、明日以降に向けて方針を立てておかないと。事前にあれこれ考えたところであの五人は予想を裏切る最低行為を仕掛けてくるけど、心を落ち着かせるためには必要だ。

 男子には公平な証言なんて期待出来ないから、友達を頼るしかない。

 ゲームのことを話すときみたいに朝霧たちに対しても捲し立ててくれたら面白いのに。そうしたら日和見の女子も加勢してくれるかもしれない。

 あいつらの悪行が白日の下に晒される可能性はゼロじゃない……
 明日は上手く事が運びますように。昼下がりの空を見上げて祈った。


 しかし被害者の祈りはこれまで何度も打ち砕かれてきた。大抵が加害者のいいように流れていく。小中学生の沙良木の時に学んだはずだったけど、苦境に立たされた私はどうしてこうなったと唱えていた。

 話し合いにはあの先生のことだから五人と私だけ、せいぜい他に盗まれた男子を呼ぶくらいだと思っていた。

 しかし当日自分の授業を急遽LHRに変え、嫌な予感がしたと思ったら大当たり。教壇に立って自分語りを始めたのだ。

 このクラスはいじめを見逃したりなんかしないと信じていた、そして自分も気付けると信じていた。俺は悔しくて仕方がない、いじめを許さない空気を作っていけなかったことも、これまで気付けなかったことも……

 先生一人が熱くなって涙を流す。
 こんな自分語りで改心するような感性を持っている生徒たちならそもそもいじめなんて起きてない。


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 先生に告げるべく、SHRの始まりを待つ。先生が教室に来ると、何人かに声をかけた。
 私のところに来た時に、盗難について知っていることがあると言うと、後で話そうと言われ、放課後に特別室に連れて行かれることになった。
 電気がついているところを見たことがない特別室。中はソファが机を挟んでいて、先生に続いて入室し向かい合って腰を下ろす。
 気に入らないけど鍵の管理がしっかりしていなかったことから謝る。高圧的だったり理不尽な態度への怒りを見せてはいけない。
「誰でも失敗することはあるから次から気をつければいいんだ」
 私の失敗もあいつらの度重なる悪事もここで決着をつける。
 鍵は窪田から渡されたこと、そしてあの状況で見つけることがおかしいと説明する。
 先生は深くうなずき、そうか……と眉を寄せる。
「盗難の件だが、盗まれたものは別のやつの机にあったと聞いた。本人が否定してるし見つけてくれた窪田も犯人ではないと否定しているからな……鍵については落ちていたのを窪田が先に拾ってくれていたんじゃないか?」
 あっけらかんと言ったことに、私は耳を疑った。
「授業終わってすぐパンを買いに行っているのに!? 私は無いと気付いてすぐ、来た道は辿りました! 窪田が鍵を拾うことはあり得ません!」
 そもそも盗まれた物が別の人の机にあったなんて初耳だ!
 窪田に先手を打たれ、俯いた影で歯を食いしばる。
「窪田が盗ったと本人から聞いた訳でもないし、明日もう一度話を聞こう。勘違いだったらそれでいいからな」
 私の顔を覗き込んで言い聞かせる。私が強く訴えても、生徒たちがそんなことをする訳ない、と信じて疑わない。
 それでも今回の騒ぎは間違いなくあいつらの仕業だ。
 勘違いなんてあり得ないのに……
「そもそもあの五人は前から私に嫌がらせをしてきたんです……! 今回の騒ぎだって私への嫌がらせです」
 話したくはなかったけど、先生の幻想を崩すにはそこから話すしかない。
「本当か!? 早く言ってくれ!」
 正直言って先生の力を信用していない。
 みんな仲良しでトラブルは自分たちで解決できるクラス、と今日まで信じてこれたような平和ボケだ。
 中途半端な指導で事態を悪化させられたら嫌だから言えなかった。
「それでも言いずらかったんだよな? すまんな気付けなくて……」
 何も知らずに私の落ち度と責めてきたのに、今は声色を変えて肩に手を乗せてくる。間違った距離の詰めかたが鬱陶しい。それでも印象が悪くなるから、手を払い除けることもできなかった。
 先生が手を離したところで、包み隠さずこれまでのことを話す。
 すると日焼けで赤みがかった目元をさらに赤くして涙を溜める。それに対し当事者である私の目と声は乾いていた。
「よく話してくれた……俺はクラスのことをよく知っていると思っていたが、そんなのは勘違いだとわかった。三河、すまん」
 やっと気付いたか。
 押し震えた声で謝る先生を見ながら私は、安心したような顔を見せるのが正解なんだろうけどできそうになかった。
 そして先生は思い出したように預かっていたという定期券を返し席を立つ。
 鍵を閉め、泣き腫らした顔でまた明日なと見送る。私は愛想笑いで会釈した後、正面を向いて表情を落とした。
 何故私が気を使わなければならないのか。
 先生は感情で動くから同情を買わないといけない。
 今日は魔法の練習どころじゃないわ。精神的に疲れたものの、明日以降に向けて方針を立てておかないと。事前にあれこれ考えたところであの五人は予想を裏切る最低行為を仕掛けてくるけど、心を落ち着かせるためには必要だ。
 男子には公平な証言なんて期待出来ないから、友達を頼るしかない。
 ゲームのことを話すときみたいに朝霧たちに対しても捲し立ててくれたら面白いのに。そうしたら日和見の女子も加勢してくれるかもしれない。
 あいつらの悪行が白日の下に晒される可能性はゼロじゃない……
 明日は上手く事が運びますように。昼下がりの空を見上げて祈った。
 しかし被害者の祈りはこれまで何度も打ち砕かれてきた。大抵が加害者のいいように流れていく。小中学生の沙良木の時に学んだはずだったけど、苦境に立たされた私はどうしてこうなったと唱えていた。
 話し合いにはあの先生のことだから五人と私だけ、せいぜい他に盗まれた男子を呼ぶくらいだと思っていた。
 しかし当日自分の授業を急遽LHRに変え、嫌な予感がしたと思ったら大当たり。教壇に立って自分語りを始めたのだ。
 このクラスはいじめを見逃したりなんかしないと信じていた、そして自分も気付けると信じていた。俺は悔しくて仕方がない、いじめを許さない空気を作っていけなかったことも、これまで気付けなかったことも……
 先生一人が熱くなって涙を流す。
 こんな自分語りで改心するような感性を持っている生徒たちならそもそもいじめなんて起きてない。