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Case of HIRO(後編)

ー/ー



 その日、俺は、レインを俺のマンションに招待した。
 会う約束をしてみたものの、これといって行きたいところもなかったし、俺の部屋にある電子ピアノでレインとゆっくり遊ぶのもいいなと思ったからだ。
 それで、日が暮れたら何処かへ食事に出かけて、その後彼を家に送り届けるつもりだった。
 
 「へえ。結構いいとこに住んでるじゃないですか」
 マンションの外観を見て、レインは目を丸くした。
 「そうかな。普通だと思うけど」
 俺は平然と受け流した。
 ここは確かに築浅で外観は奇麗だが、駅から少し距離があるせいで賃料がそれほど高い物件ではないからだ。

 レインはリビングに入ると、興味深そうにきょろきょろと辺りを見回していた。そして、
 「男の一人住まいにしては、片付いてますね」
 感心したような口調でそう言った。
 「ま、無趣味のつまらん男だから、モノ自体そんなにないってのもあるけどな」
 俺は冷蔵庫から炭酸飲料を出して、リビングに戻った。

 「……」
 レインは、サイドテーブルの上に飾ってある写真に釘付けになっていた。
 それは、まだハルが元気だったころ、俺と二人で撮った写真だった。
 写真の中の俺たちは、この先に訪れる運命などまるで知らずに、無邪気に笑っている。

 「ヒロさん。これ、誰ですか?」
 レインの表情が強張っていた。
 その写真から、俺とハルの間にあったことを敏感に感じ取ったようだった。
 俺はひとつ息をつくと、正直に答えた。
 「そいつは、中学の時からの友達で、俺の大切なパートナーだ……2年前にいなくなっちまったけどな」
 「!」
 俺の言葉に、レインは息を呑んだ。

 「……それじゃあ、ヒロさんはずっと、俺の中にこの人を見ていたってことですか」
 俺の話を一通り聞いた後で、レインは溜息交じりに呟いた。
 「顔なんか全然似てないのに、どうして?」
 「さあな。俺にもよくわからないんだ」
 俺は正直に打ち明けた。
 「お前と会うようになって、顔だけじゃなくて性格も全然違うってわかってきたのに、どういうわけか、俺はますますお前の中にあいつを見ているんだ」
 「……」
 「済まない。レインには本当に失礼な話だよな」
 俺は率直に謝罪した。
 「全くです」
 レインはひとつ溜息をついた後、俺の顔を見ずにそう呟いた。

 「話はわかりました。ヒロさん、本当にこの人のこと、好きだったんですね」
 レインは、もう一度俺とハルの写真をじっくり眺めてから、ぱたん、と伏せた。
 そして、俺の隣に座ると、小さく笑った。
 「いいですよ、それでも」
 「え……」
 レインは、戸惑う俺の顔を熱を帯びた潤んだ瞳で見上げてくる。
 緑がかった光が妖しく揺らぐ、正に魔性の瞳だ。
 「あの人の身替わりでも構わないってことです。ヒロさん。俺の男になって下さい」
 そう言って、レインは両手で俺の頬を挟み込むと、俺の唇を塞いできた。

 ……ハル……。

 俺はレインの背中に手を回すと力強くその身体を抱き締め、何度もキスを交わした。
 「ヒロさん。抱いて……」
 レインは俺の耳元に甘く囁いて、誘惑してくる。
 ……俺の欲望が、頭をもたげた。
 
 俺はレインを寝室に連れて行くと、そのままベッドに押し倒した。
 ハルとお互いの愛を確かめ合った、このベッドに。

 レインは、ベッドの上では完全に受け身だったハルとは違い、自分から積極的に快楽を取りに来た。
 巧みに俺を誘導し、甘い声音で愛して欲しい所を言ってくる。
 そして、男のプライドをくすぐり、その気にさせるのが本当に上手だ。
 そういった意味で、レインは数々の男と逢瀬を愉しんできたように見受けられた。
 ……嫌な言い方をすれば、遊び慣れているといったところか。
 まだ20歳そこそこの、この若さで。

 だけど。
 レインは、俺を受け入れた後、快楽に翻弄されながら泣いていた。
 「お願い……俺を愛して」
 うわ言のようにそう繰り返しながら。

 俺の心に痛みが走った。
 それは、ハルが心を壊したときに感じていたものと同じ種類の痛みだった。

 俺は思わず、レインの手に自分の手を重ねていた。
 レインは、小さく声を上げた。
 

 情事が終わった後。
 レインは俺の胸に齧りついて、肩で息をしていた。
 俺はその髪を優しく撫でてやる。
 情事の後は必ず甘えん坊になるハルにそうしてやっていたように。

 「レイン。さっき、泣いてただろ」
 俺の言葉に、レインは小さく頷いた。
 「何か、哀しいことでも?」
 「……自分でもよくわかんない」
 レインは小さな声で答えた。
 「ヒロさんの、すごく気持ちよくて。それだけじゃなくて、とても優しくて。感じているうちに切なくなってきちゃって、気がついたらめっちゃ泣いてた」
 「そっか」
 「ヒロさん……」
 レインは、更に俺にしがみついてきた。
 「あのね……俺、誰に抱かれてもこんなこと思ったことなかったんだけど……ヒロさんに抱かれている時に、愛して欲しいって、本気で思っちゃった」
 躊躇いがちに打ち明けたその身体が、小さく震えていた。
 「レイン……」
 「ヒロさん、俺、どうしたらいいの?俺、ヒロさんのこと、本気で好きになっちゃってもいいの?」

 泣き顔のまま訴えてくるレインの姿に、俺はドキッとした。
 それはまるで、心を壊したハルがここにいるかのようだったからだ。

 そして、この時俺は、レインの中にハルを探し続けた理由を理解した。
 表面的なものは全然違うけれども、レインとハルは、心の奥底の部分はよく似ているのだ。
 二人ともとても純粋で、傷つきやすくて、壊れやすいのだ。

 ハルは男から自分を上手く守れなくて、傷ついて心を壊した時期があった。
 レインは男に対して積極的に振舞い、心に踏み込ませないようにすることで、身体と引き換えに自分の心を守ろうとしている。
 それは恐らく、彼が悲しい体験を積み重ねた上で編み出した防御策だ。

 ……そう思ったとき、俺はレインのことを、その存在自体を初めて可愛いと思った。
 この子を守りたいと思った。


 ハル。
 次は、この子を守ってやれってことなのかな。
 この子を愛してやってもいいのかな。

 ハルは何も答えない。
 それはそうだろう。

 でも。
 いつまでも思い出に浸って停滞している俺を、お前は絶対に心配してるよな。
 そうだろう、ハル。

 「レイン」
 俺は、レインの華奢な身体を抱き締めた。
 「そんなことで、苦しまなくていい。自分の心のままに、俺のことが好きなら好きで、それでいいんだよ」
 「ヒロさん……!」
 レインの嗚咽が聞こえてきた。
 俺は、優しくレインの頭を撫で続ける。
 「……レイン。この先は、俺がお前を守る。それでいいよな?」
 俺の言葉に、レインはびくっ、と身体を震わせた。
 「え……」
 レインは涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、びっくりしたように俺を見ている。
 俺は手を伸ばしてティッシュを手繰り寄せると、レインの顔を拭いてやった。
 「俺がそう決めたんだ。だから、もう泣くな」
 「……うん」
 レインはティッシュを使って豪快に鼻をかんだ。


 この後、俺はレインの中にハルを見ていた理由を語り、レインはまだ少年だった彼の身に起きたことを打ち明けてくれた。
 俺が予想した通り、レインには男によって蹂躙された過去があった。
 それで、たった一人で悩み苦しんだ末に、自分の魅力を最大限に生かして、男を翻弄する側に回ることを思いついたという。
 ……痛ましいことに、レインにはその苦しみや悲しみを受け止めてくれる相手がいなかったのだ。
 
 「ヒロ。俺、ヒロに会うまで、愛なんかいらないって本気で思ってたんだ――そんなもの求めたら、俺が傷つくだけだから」
 レインは俺の腕の中で、かすれた声で言葉を繋いだ。
 「でも……ヒロの優しさを身体で感じて、思い知らされた。俺は本当は、誰かに心から愛して欲しかったんだって」
 レインは身体を起こすと、両手で俺の頬を包み込んだ。
 「ヒロのお陰で、やっと俺は素直になれた。ありがとう、ヒロ」
 そう言って、透明な顔で、笑った。
 
 「レイン」
 俺は、レインの両腕を掴むと、そのままその身体を引き寄せ、ベッドに寝かせた。
 そして、その耳元に熱く囁いた。
 「もう一度、お前を確かめたい」
 「ヒロ……」
 レインは少し頬を赤らめて、潤んだ瞳で俺を真直ぐに見上げている。
 その瞳から妖しい光は消え失せ、先ほど俺を誘惑しようとした男とはまるで別人のような穏やかな表情だ。
 
 俺はゆっくりと、レインの身体を組み敷いた。
 レインは、何のためらいもなく、俺にその身を委ねた。
 
 
 ……ハル。
 俺はレインと、先に進むことにするよ。
 お前への愛は胸の奥底にしまったままで。



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 その日、俺は、レインを俺のマンションに招待した。
 会う約束をしてみたものの、これといって行きたいところもなかったし、俺の部屋にある電子ピアノでレインとゆっくり遊ぶのもいいなと思ったからだ。
 それで、日が暮れたら何処かへ食事に出かけて、その後彼を家に送り届けるつもりだった。
 「へえ。結構いいとこに住んでるじゃないですか」
 マンションの外観を見て、レインは目を丸くした。
 「そうかな。普通だと思うけど」
 俺は平然と受け流した。
 ここは確かに築浅で外観は奇麗だが、駅から少し距離があるせいで賃料がそれほど高い物件ではないからだ。
 レインはリビングに入ると、興味深そうにきょろきょろと辺りを見回していた。そして、
 「男の一人住まいにしては、片付いてますね」
 感心したような口調でそう言った。
 「ま、無趣味のつまらん男だから、モノ自体そんなにないってのもあるけどな」
 俺は冷蔵庫から炭酸飲料を出して、リビングに戻った。
 「……」
 レインは、サイドテーブルの上に飾ってある写真に釘付けになっていた。
 それは、まだハルが元気だったころ、俺と二人で撮った写真だった。
 写真の中の俺たちは、この先に訪れる運命などまるで知らずに、無邪気に笑っている。
 「ヒロさん。これ、誰ですか?」
 レインの表情が強張っていた。
 その写真から、俺とハルの間にあったことを敏感に感じ取ったようだった。
 俺はひとつ息をつくと、正直に答えた。
 「そいつは、中学の時からの友達で、俺の大切なパートナーだ……2年前にいなくなっちまったけどな」
 「!」
 俺の言葉に、レインは息を呑んだ。
 「……それじゃあ、ヒロさんはずっと、俺の中にこの人を見ていたってことですか」
 俺の話を一通り聞いた後で、レインは溜息交じりに呟いた。
 「顔なんか全然似てないのに、どうして?」
 「さあな。俺にもよくわからないんだ」
 俺は正直に打ち明けた。
 「お前と会うようになって、顔だけじゃなくて性格も全然違うってわかってきたのに、どういうわけか、俺はますますお前の中にあいつを見ているんだ」
 「……」
 「済まない。レインには本当に失礼な話だよな」
 俺は率直に謝罪した。
 「全くです」
 レインはひとつ溜息をついた後、俺の顔を見ずにそう呟いた。
 「話はわかりました。ヒロさん、本当にこの人のこと、好きだったんですね」
 レインは、もう一度俺とハルの写真をじっくり眺めてから、ぱたん、と伏せた。
 そして、俺の隣に座ると、小さく笑った。
 「いいですよ、それでも」
 「え……」
 レインは、戸惑う俺の顔を熱を帯びた潤んだ瞳で見上げてくる。
 緑がかった光が妖しく揺らぐ、正に魔性の瞳だ。
 「あの人の身替わりでも構わないってことです。ヒロさん。俺の男になって下さい」
 そう言って、レインは両手で俺の頬を挟み込むと、俺の唇を塞いできた。
 ……ハル……。
 俺はレインの背中に手を回すと力強くその身体を抱き締め、何度もキスを交わした。
 「ヒロさん。抱いて……」
 レインは俺の耳元に甘く囁いて、誘惑してくる。
 ……俺の欲望が、頭をもたげた。
 俺はレインを寝室に連れて行くと、そのままベッドに押し倒した。
 ハルとお互いの愛を確かめ合った、このベッドに。
 レインは、ベッドの上では完全に受け身だったハルとは違い、自分から積極的に快楽を取りに来た。
 巧みに俺を誘導し、甘い声音で愛して欲しい所を言ってくる。
 そして、男のプライドをくすぐり、その気にさせるのが本当に上手だ。
 そういった意味で、レインは数々の男と逢瀬を愉しんできたように見受けられた。
 ……嫌な言い方をすれば、遊び慣れているといったところか。
 まだ20歳そこそこの、この若さで。
 だけど。
 レインは、俺を受け入れた後、快楽に翻弄されながら泣いていた。
 「お願い……俺を愛して」
 うわ言のようにそう繰り返しながら。
 俺の心に痛みが走った。
 それは、ハルが心を壊したときに感じていたものと同じ種類の痛みだった。
 俺は思わず、レインの手に自分の手を重ねていた。
 レインは、小さく声を上げた。
 情事が終わった後。
 レインは俺の胸に齧りついて、肩で息をしていた。
 俺はその髪を優しく撫でてやる。
 情事の後は必ず甘えん坊になるハルにそうしてやっていたように。
 「レイン。さっき、泣いてただろ」
 俺の言葉に、レインは小さく頷いた。
 「何か、哀しいことでも?」
 「……自分でもよくわかんない」
 レインは小さな声で答えた。
 「ヒロさんの、すごく気持ちよくて。それだけじゃなくて、とても優しくて。感じているうちに切なくなってきちゃって、気がついたらめっちゃ泣いてた」
 「そっか」
 「ヒロさん……」
 レインは、更に俺にしがみついてきた。
 「あのね……俺、誰に抱かれてもこんなこと思ったことなかったんだけど……ヒロさんに抱かれている時に、愛して欲しいって、本気で思っちゃった」
 躊躇いがちに打ち明けたその身体が、小さく震えていた。
 「レイン……」
 「ヒロさん、俺、どうしたらいいの?俺、ヒロさんのこと、本気で好きになっちゃってもいいの?」
 泣き顔のまま訴えてくるレインの姿に、俺はドキッとした。
 それはまるで、心を壊したハルがここにいるかのようだったからだ。
 そして、この時俺は、レインの中にハルを探し続けた理由を理解した。
 表面的なものは全然違うけれども、レインとハルは、心の奥底の部分はよく似ているのだ。
 二人ともとても純粋で、傷つきやすくて、壊れやすいのだ。
 ハルは男から自分を上手く守れなくて、傷ついて心を壊した時期があった。
 レインは男に対して積極的に振舞い、心に踏み込ませないようにすることで、身体と引き換えに自分の心を守ろうとしている。
 それは恐らく、彼が悲しい体験を積み重ねた上で編み出した防御策だ。
 ……そう思ったとき、俺はレインのことを、その存在自体を初めて可愛いと思った。
 この子を守りたいと思った。
 ハル。
 次は、この子を守ってやれってことなのかな。
 この子を愛してやってもいいのかな。
 ハルは何も答えない。
 それはそうだろう。
 でも。
 いつまでも思い出に浸って停滞している俺を、お前は絶対に心配してるよな。
 そうだろう、ハル。
 「レイン」
 俺は、レインの華奢な身体を抱き締めた。
 「そんなことで、苦しまなくていい。自分の心のままに、俺のことが好きなら好きで、それでいいんだよ」
 「ヒロさん……!」
 レインの嗚咽が聞こえてきた。
 俺は、優しくレインの頭を撫で続ける。
 「……レイン。この先は、俺がお前を守る。それでいいよな?」
 俺の言葉に、レインはびくっ、と身体を震わせた。
 「え……」
 レインは涙でぐちゃぐちゃの顔のまま、びっくりしたように俺を見ている。
 俺は手を伸ばしてティッシュを手繰り寄せると、レインの顔を拭いてやった。
 「俺がそう決めたんだ。だから、もう泣くな」
 「……うん」
 レインはティッシュを使って豪快に鼻をかんだ。
 この後、俺はレインの中にハルを見ていた理由を語り、レインはまだ少年だった彼の身に起きたことを打ち明けてくれた。
 俺が予想した通り、レインには男によって蹂躙された過去があった。
 それで、たった一人で悩み苦しんだ末に、自分の魅力を最大限に生かして、男を翻弄する側に回ることを思いついたという。
 ……痛ましいことに、レインにはその苦しみや悲しみを受け止めてくれる相手がいなかったのだ。
 「ヒロ。俺、ヒロに会うまで、愛なんかいらないって本気で思ってたんだ――そんなもの求めたら、俺が傷つくだけだから」
 レインは俺の腕の中で、かすれた声で言葉を繋いだ。
 「でも……ヒロの優しさを身体で感じて、思い知らされた。俺は本当は、誰かに心から愛して欲しかったんだって」
 レインは身体を起こすと、両手で俺の頬を包み込んだ。
 「ヒロのお陰で、やっと俺は素直になれた。ありがとう、ヒロ」
 そう言って、透明な顔で、笑った。
 「レイン」
 俺は、レインの両腕を掴むと、そのままその身体を引き寄せ、ベッドに寝かせた。
 そして、その耳元に熱く囁いた。
 「もう一度、お前を確かめたい」
 「ヒロ……」
 レインは少し頬を赤らめて、潤んだ瞳で俺を真直ぐに見上げている。
 その瞳から妖しい光は消え失せ、先ほど俺を誘惑しようとした男とはまるで別人のような穏やかな表情だ。
 俺はゆっくりと、レインの身体を組み敷いた。
 レインは、何のためらいもなく、俺にその身を委ねた。
 ……ハル。
 俺はレインと、先に進むことにするよ。
 お前への愛は胸の奥底にしまったままで。