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第二十四巻

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 戻ってきた幽(ゆう)から報告を受けた、うめ。源一族は、たけと幽を踏まえて、会議を開く。
 「小僧は無事だそうだ。景通(かげみち)殿の言葉を信じるのであればだが」
 「おそらく真だろう。現に攻めて来ていない所から察するに、本当にたけ殿と話がしたいだけかもしれぬ」
 「しかし、何故たけと交渉をしたがるのです」
 「奪いたいからではないか? 単純に」
 「なっ」
 「定正(さだまさ)、ふざけている場合では無い」
 「ふざけてなどおらん。至極真面目な話だ」
 すました目で話す定正。口元は広げた扇で隠されているが、雰囲気から感ずるに、うめは黙った。
 「恋慕はともかく、だ」
 面々は、現実に起きている問題を直視する。
 「下手をすれば争いになりかねぬ段階ではある。波多野殿にも現段階では理性がある様子、私がたけ殿に同行して交渉するのは如何か」
 「それが上策か」
 「然り。先日の訪問も鑑みれば、敵対するのは最終手段でしょう。ただし」
 明心(あこ)がどの様な扱いを受けているかにもよる、と、定正は続ける。
 「よし。その旨の手紙を書こう。幽よ、それまで休んでおれ。ご苦労であった」
 眉間にしわを寄せた影は、一礼をして部屋を出る。
 「お館様。申し訳ございませぬ」
 「良い。あの子は良くやっていよう。明心一人だったら、我等が不利になっていたやも知れぬ。叱ってやるな」
 「御意」
 ひと段落した話しあいの場は解散となり、各自部屋へと戻る。
 途中、
 「たけ。波多野殿とは本当に何も無いのだな」
 「無い。先日の道迷い時に初めてお会いした」
 「そう、か。なら良い」
 しばらく歩いていると、
 「申し訳が、立たん。私は、貴方に甘え過ぎて、いたのかもしれん」
 「此度の事、お前のせいでは無い。誰も責めていないだろう」
 「頭では、分かっている。だが、明心が、私のせいで。万が一があったら」
 「奴は自らの信念を貫き通したに過ぎん。気に病むな」
 「すまぬ。少し、頭を冷やさねばな」
 近頃は混乱しっぱなしだ、と、たけ。感情と理性との葛藤があるのだろう、と光正は思った。
 一週間後。幽は手紙の返事を持って帰ってくる。返事は、否、であった。景通はたけとの直接交渉を望んだのである。
 「明心との身柄を引き換えに、と来たか。妥当か」
 「定正殿。私一人で参りまする。そうすれば明心は助かりましょう」
 「馬鹿を言うな。そんな危険な事させられるか」
 「だがそれではっ」
 「波多野殿は口が上手い。お前では言いくるめられて終わるぞ」
 「そ、それは」
 「お館様。手紙には私が同行すると書かれたので」
 「書いておらぬ。妻という身の上、誰かを同行させると記しただけだ」
 「警戒されている、か。景通殿に勝てる女性と言えば、うめ位だが」
 「一対一の対面を望んでおる。場所も波多野家の館では無く、寺院だ」
 「寺院となると、波多野領地から近い」
 「こちらは軍を率いても構わぬと来ている。だが、有事の際は場所を改める、とな」
 「舐めた真似を」
 「若、落ち着かれよ。民が犠牲になるのを避けたいのは向こうも同じ」
 「力で解決するのは短慮が過ぎるというもの。時間を引き延ばす気はないとも言っている手前、応じるしかないのでは」
 「定清(さだきよ)兄上が仰る事も一理ありまする。どうするか」
 「今一度提案しては如何です。たけと交渉したがる理由も無しに、会わせる訳には参りませぬ」
 「そうじゃな。理由次第、としよう」
 再び手紙による交渉が行われると、景通からは、平家の姫としての姿勢を示して欲しい、と返ってくる。とはいえ、平家の姫、というくくりが大きすぎて受け手側は納得がいかなかった。
 なお、彼らの犯罪歴が記載された手紙も同封されている。
 「こんなもの、でっち上げればいくらでも書ける。何を言っているのだ、あの男は」
 「確かにこじつけが酷い。だが、文末には返答はいかに、とある、か」
 「兄上が懸念していた通りになってしもうたが。たけ殿、如何する」
 「参りましょう。明心と私を引き換えにして頂きたい」
 「戯言を口にするな。むざむざ死にに行くようなもの、承諾する訳にはいかん」
 「明心を見捨てろと?」
 光正は目を細め、にらみつける。
 「そうだ。あ奴もその覚悟で行ったはずだ」
 「ふざけるなっ、まだ子供なのだぞ」
 「数え年で十五ならもう大人だ。自分の頭で考えらる歳よ」
 「貴方は、お前はまた、私から大切な者を奪うというのか」
 「ならば戦を起こせというのか。俺とて救えるなら救いたい。だが、お前と天秤を掛けるなら仕方なかろう」
 「戦いなど起こすつもりはない。私が交渉に臨めば。万事が収まる」
 「たけ殿。若も落ち着くと良い」
 立ちあがって言いあいになる二人をいさめる、定正。座らせて、うめに茶を頼んだ。
 「戦になる算段もかねての戦略だ。ちなみに、主君であるそなたの身に大事が起こったとなれば、平家の郎党たちはどの様な行動を取ると思う」
 たけはようやく気づく。明心の命を重要視するあまり、他の視野を欠けていたのだ。
 「波多野殿の戯言が実現して、攻撃する口実を与える」
 「その通り。だから慎重にならなければならん。戦力はこちらが上だが、地形はあちらが有利なのだからな」
 「も、申し訳ございませぬ」
 「良い良い。情熱的で結構。はっはっはっ」
 たけは恥ずかしさのあまり、お茶で情を流しこんだ。
 「父上。寺院の場所はいずこで」
 「麓近くの山の中にある様だ。双方とも進軍は難しいだろう」
 「二人きり、か」
 「お互い護衛と称し、一人付けるのを承諾させよう。それなら応じるとな」
 「それなら俺が」
 「幽に行かせる。お前では余計な刺激を与えるでな」
 「っ。承知、致しました」
 「あちらにも政(まつりごと)に無関係な者を寄越す様に伝える。さすれば対等になる」
 早速手紙を書いた定光(さだみつ)は、優秀な影にもたせ、出発させた。
 三度の返答がくると、源家は準備にとりかかった。なお、あちらの護衛は女性の影を使うという。
 もちろん、主要とした顔ぶれは麓で待機する事になっており、波多野家も同様である。
 つまり、たけと景通は、相手の思惑通り、実質二人で会う羽目になってしまったのだ。
 幽は色香に惑わされまいが、たけが心配だ。力で来られたら太刀打ち出来まいに。波多野が何を考えているのか、分かっているのか。
 当然、思考には個人差はある。誰もが卑しい考えをもっている訳ではない。だが、武士とはいえ人間である。
 普段から不愛想な顔には、あからさまな怒りがにじみでており、下の者たちは戦々恐々としてしまっていた。八つ当たりする人物ではないと理解していても、いかんせん大柄な体躯と鋭い威圧感は隠しようがない。
 出発日をひかえた夜。床の間に飾られた野太刀の前に座るたけに、光正は声をかける。
 「決して争うなよ。女のお前では力で抑えられたら敵わんからな」
 「承知している。私とて問題を大きくするつもりはない」
 光正は、隣に座る。
 「どうする気なのだ」
 「どうする、とは」
 「俺達は、正式な婚儀を挙げている訳では無い」
 目をあわせることなく、二人の間には沈黙が走る。このような事態になるのなら形だけでもしておけば良かったと、男性は後悔していた。
 「波多野殿の意図がよく分からぬ以上、受ける気はない。彼らは、ここでの生活はまんざらでもないからな」
 光正の胸の奥に暖かい感覚が宿る。
 目を閉じながら、
 「その言葉、信じるぞ」
 意外な台詞に、たけは驚いて顔を見る。気のせいか、微笑んでいるようにも見えた。
 「貴方の信頼に応えてみせよう。明心を頼む」
 「ああ。影達を配備させる。向こうも同じ事をするだろうがな」
 「承知した。真意を確かめてくる」
 「繰り返すが無茶はしてくれるなよ。殴り込みに行くからな」
 「それは。止めて頂きたい」
 思わず笑ってしまった、たけ。本気か冗談かの区別はつきにくいが、心遣いに感謝しながら、床へ移動しようとする。
 光正は、たけの手をつかむと、立ちあがった。
 そして、振り返った妻を抱き寄せ、優しい接吻を、愛する者のほおに落としたのだった。


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 戻ってきた幽(ゆう)から報告を受けた、うめ。源一族は、たけと幽を踏まえて、会議を開く。
 「小僧は無事だそうだ。景通(かげみち)殿の言葉を信じるのであればだが」
 「おそらく真だろう。現に攻めて来ていない所から察するに、本当にたけ殿と話がしたいだけかもしれぬ」
 「しかし、何故たけと交渉をしたがるのです」
 「奪いたいからではないか? 単純に」
 「なっ」
 「定正(さだまさ)、ふざけている場合では無い」
 「ふざけてなどおらん。至極真面目な話だ」
 すました目で話す定正。口元は広げた扇で隠されているが、雰囲気から感ずるに、うめは黙った。
 「恋慕はともかく、だ」
 面々は、現実に起きている問題を直視する。
 「下手をすれば争いになりかねぬ段階ではある。波多野殿にも現段階では理性がある様子、私がたけ殿に同行して交渉するのは如何か」
 「それが上策か」
 「然り。先日の訪問も鑑みれば、敵対するのは最終手段でしょう。ただし」
 明心(あこ)がどの様な扱いを受けているかにもよる、と、定正は続ける。
 「よし。その旨の手紙を書こう。幽よ、それまで休んでおれ。ご苦労であった」
 眉間にしわを寄せた影は、一礼をして部屋を出る。
 「お館様。申し訳ございませぬ」
 「良い。あの子は良くやっていよう。明心一人だったら、我等が不利になっていたやも知れぬ。叱ってやるな」
 「御意」
 ひと段落した話しあいの場は解散となり、各自部屋へと戻る。
 途中、
 「たけ。波多野殿とは本当に何も無いのだな」
 「無い。先日の道迷い時に初めてお会いした」
 「そう、か。なら良い」
 しばらく歩いていると、
 「申し訳が、立たん。私は、貴方に甘え過ぎて、いたのかもしれん」
 「此度の事、お前のせいでは無い。誰も責めていないだろう」
 「頭では、分かっている。だが、明心が、私のせいで。万が一があったら」
 「奴は自らの信念を貫き通したに過ぎん。気に病むな」
 「すまぬ。少し、頭を冷やさねばな」
 近頃は混乱しっぱなしだ、と、たけ。感情と理性との葛藤があるのだろう、と光正は思った。
 一週間後。幽は手紙の返事を持って帰ってくる。返事は、否、であった。景通はたけとの直接交渉を望んだのである。
 「明心との身柄を引き換えに、と来たか。妥当か」
 「定正殿。私一人で参りまする。そうすれば明心は助かりましょう」
 「馬鹿を言うな。そんな危険な事させられるか」
 「だがそれではっ」
 「波多野殿は口が上手い。お前では言いくるめられて終わるぞ」
 「そ、それは」
 「お館様。手紙には私が同行すると書かれたので」
 「書いておらぬ。妻という身の上、誰かを同行させると記しただけだ」
 「警戒されている、か。景通殿に勝てる女性と言えば、うめ位だが」
 「一対一の対面を望んでおる。場所も波多野家の館では無く、寺院だ」
 「寺院となると、波多野領地から近い」
 「こちらは軍を率いても構わぬと来ている。だが、有事の際は場所を改める、とな」
 「舐めた真似を」
 「若、落ち着かれよ。民が犠牲になるのを避けたいのは向こうも同じ」
 「力で解決するのは短慮が過ぎるというもの。時間を引き延ばす気はないとも言っている手前、応じるしかないのでは」
 「定清(さだきよ)兄上が仰る事も一理ありまする。どうするか」
 「今一度提案しては如何です。たけと交渉したがる理由も無しに、会わせる訳には参りませぬ」
 「そうじゃな。理由次第、としよう」
 再び手紙による交渉が行われると、景通からは、平家の姫としての姿勢を示して欲しい、と返ってくる。とはいえ、平家の姫、というくくりが大きすぎて受け手側は納得がいかなかった。
 なお、彼らの犯罪歴が記載された手紙も同封されている。
 「こんなもの、でっち上げればいくらでも書ける。何を言っているのだ、あの男は」
 「確かにこじつけが酷い。だが、文末には返答はいかに、とある、か」
 「兄上が懸念していた通りになってしもうたが。たけ殿、如何する」
 「参りましょう。明心と私を引き換えにして頂きたい」
 「戯言を口にするな。むざむざ死にに行くようなもの、承諾する訳にはいかん」
 「明心を見捨てろと?」
 光正は目を細め、にらみつける。
 「そうだ。あ奴もその覚悟で行ったはずだ」
 「ふざけるなっ、まだ子供なのだぞ」
 「数え年で十五ならもう大人だ。自分の頭で考えらる歳よ」
 「貴方は、お前はまた、私から大切な者を奪うというのか」
 「ならば戦を起こせというのか。俺とて救えるなら救いたい。だが、お前と天秤を掛けるなら仕方なかろう」
 「戦いなど起こすつもりはない。私が交渉に臨めば。万事が収まる」
 「たけ殿。若も落ち着くと良い」
 立ちあがって言いあいになる二人をいさめる、定正。座らせて、うめに茶を頼んだ。
 「戦になる算段もかねての戦略だ。ちなみに、主君であるそなたの身に大事が起こったとなれば、平家の郎党たちはどの様な行動を取ると思う」
 たけはようやく気づく。明心の命を重要視するあまり、他の視野を欠けていたのだ。
 「波多野殿の戯言が実現して、攻撃する口実を与える」
 「その通り。だから慎重にならなければならん。戦力はこちらが上だが、地形はあちらが有利なのだからな」
 「も、申し訳ございませぬ」
 「良い良い。情熱的で結構。はっはっはっ」
 たけは恥ずかしさのあまり、お茶で情を流しこんだ。
 「父上。寺院の場所はいずこで」
 「麓近くの山の中にある様だ。双方とも進軍は難しいだろう」
 「二人きり、か」
 「お互い護衛と称し、一人付けるのを承諾させよう。それなら応じるとな」
 「それなら俺が」
 「幽に行かせる。お前では余計な刺激を与えるでな」
 「っ。承知、致しました」
 「あちらにも政(まつりごと)に無関係な者を寄越す様に伝える。さすれば対等になる」
 早速手紙を書いた定光(さだみつ)は、優秀な影にもたせ、出発させた。
 三度の返答がくると、源家は準備にとりかかった。なお、あちらの護衛は女性の影を使うという。
 もちろん、主要とした顔ぶれは麓で待機する事になっており、波多野家も同様である。
 つまり、たけと景通は、相手の思惑通り、実質二人で会う羽目になってしまったのだ。
 幽は色香に惑わされまいが、たけが心配だ。力で来られたら太刀打ち出来まいに。波多野が何を考えているのか、分かっているのか。
 当然、思考には個人差はある。誰もが卑しい考えをもっている訳ではない。だが、武士とはいえ人間である。
 普段から不愛想な顔には、あからさまな怒りがにじみでており、下の者たちは戦々恐々としてしまっていた。八つ当たりする人物ではないと理解していても、いかんせん大柄な体躯と鋭い威圧感は隠しようがない。
 出発日をひかえた夜。床の間に飾られた野太刀の前に座るたけに、光正は声をかける。
 「決して争うなよ。女のお前では力で抑えられたら敵わんからな」
 「承知している。私とて問題を大きくするつもりはない」
 光正は、隣に座る。
 「どうする気なのだ」
 「どうする、とは」
 「俺達は、正式な婚儀を挙げている訳では無い」
 目をあわせることなく、二人の間には沈黙が走る。このような事態になるのなら形だけでもしておけば良かったと、男性は後悔していた。
 「波多野殿の意図がよく分からぬ以上、受ける気はない。彼らは、ここでの生活はまんざらでもないからな」
 光正の胸の奥に暖かい感覚が宿る。
 目を閉じながら、
 「その言葉、信じるぞ」
 意外な台詞に、たけは驚いて顔を見る。気のせいか、微笑んでいるようにも見えた。
 「貴方の信頼に応えてみせよう。明心を頼む」
 「ああ。影達を配備させる。向こうも同じ事をするだろうがな」
 「承知した。真意を確かめてくる」
 「繰り返すが無茶はしてくれるなよ。殴り込みに行くからな」
 「それは。止めて頂きたい」
 思わず笑ってしまった、たけ。本気か冗談かの区別はつきにくいが、心遣いに感謝しながら、床へ移動しようとする。
 光正は、たけの手をつかむと、立ちあがった。
 そして、振り返った妻を抱き寄せ、優しい接吻を、愛する者のほおに落としたのだった。