表示設定
表示設定
目次 目次




第二十三巻

ー/ー



 「誰。あんた」
 「人の名を聞く場合は自分から名乗るのが筋ですよ。少年」
 服装から見て、こいつがはたのって奴だな。
 「後ろに控えてる連中が怖くてさ。名前いえないよ」
 「ほう? 下がらせれば良いのですね」
 「動かないでもらった方がいいなぁ」
 「おや。彼らが動くと何か不都合なのですか」
 「そりゃあ、そんな物騒なもんもってりゃあ、旅行者なら怖いっしょ。盗られちまいそうだもん」
 「護身で持っているに過ぎませんよ。それに、私は武士ですし」
 「護身、ねぇ。そんなに物騒なところなんだ、ここ」
 穏やかな表情とは裏腹に、威圧感と隙の無さを感じる、明心(あこ)。定正(さだまさ)と似た雰囲気で、何となくやりづらい。
 「ええ、物騒ですよ。そこにいる青年の様な人間が入り込むのですから」
 「警戒心が強いだけさ。こいつは以前、野盗に襲われちまったから」
 「ふふ、中々口が回りますね。饒舌戦では上手く戦えそうです。ですが、相手が悪い」
 本当だよ。めんどくせー奴だな、このおっさん。完全に正体を見透かされてる。
 「歓迎しますよ。一緒にお茶でも如何です」
 じりじり、と、後ろに控えている男たちの足に力がはいっていく。
 「遠慮する。おっかない」
 「人の好意は素直に受け取った方が良いですよ。ふふ」
 どす黒い雰囲気だしといてよくいうわ。武士ってこんな奴ばっかなのかよ。どうするか。このままじゃあ捕まっちまう。
 「安心なさい。命まで取ろうなんて思っていませんよ。今の所はね」
 景通(かげみち)は一歩踏みだすと同時に、一歩さがる明心。旅行者と名乗った手間、刀を抜くのは得策ではない。かといって、この人数差では勝ち目もない。
 少年が目配せをすると、幽(ゆう)はしっかりと受けとる。
 体の力を抜いた二人を見て、景通は、
 「賢明です。行きましょうか」
 囲まれた源氏組は、仕方なく男の後ろを歩いていった。
 門をくぐってからというもの、緊張感はさらに増した。外より見張りが減ったが、奥に行く間に、見られる目の数が増加しているからだろう。
 明心と幽には、現状が通常なのか異常なのかの判断がつかない。
 奥の間に連れてこられた二人は、四人の警備に囲まれながら座る。持っていた武器は不思議と回収されず、作法を習っていない明心が幽にならって右側に刀を置くまで、景通は待った。
 三人の前に、茶がだされる。
 「君が庶民出身というのは真のようだ」
 見開く二人。
 「やっぱばれてたわけか」
 「無論。出来ればたけ殿が、と思っていましたがね。さすがに許されませんでしたか」
 「当たり前だろーが」
 目を細める、幽。明心の顔を、左手でさえぎった。
 笑みを深めた景通は、
 「君は、本当に話せないのかね」
 正体を現した影は、首に巻かれている布を外す。のどぼとけにあたる場所には、痛々しい傷跡があった。
 目を閉じた波多野家当主は、
 「失礼した。文字はどうかね」
 受け手は、布を結びながらうなずく。景通は筆と紙をもってこさせようとしたが、幽は首を振り庭を指した。その後、板の間に四角を描き、中で文字を書く仕草をする。
 「土に書きたいみたい」
 「ふむ。良いでしょう、少々お待ちを」
 要望通りに、桶にはいった土が、敷かれた布の上に置かれる。幽は一礼をして書き始めた。
 「おやおや。探りと感づかれていましたか。ですが、刀の置き方は習わねば分からないでしょう。確認ですよ。ではご要望通りに、単刀直入で言いましょうか」
 景通の顔から、笑顔が消える。
 「たけ姫と直接交渉がしたい。その為に、君らをおびき寄せた」
 「意味わかんねぇよ。だったら手紙で伝えればいいだろ」
 「断られるのが目に見えているでしょう。それに、姫君が不憫に思いましてね」
 「ふびん? 何で」
 「これ以上は姫の誇りを傷つけるので、止めておきます。勿論、平家の郎党らも一緒に引き受けますよ」
 「つまりあんたは、あ、たけと郎党をここに住まわせたいわけ?」
 「そう解釈して頂いて構いません」
 頭の整理がつかない明心。半ば放心している少年はさておき、幽は、砂に疑問を書いた。
 「戦う気などさらさら無いからですよ。そうならとっくに攻め入っています」
 景通の意図が読めない幽は、思わず腕を組み、次の質問を考える。
 「少なくとも、どちらの領民も犠牲にする気はありません。穏便に交渉したいのですよ。ですが、源一族では意味がない」
 源家ではなく、嫁いだ女性との交渉に意義がある。一体、何を示すのか、二人には理解できなかった。
 顔を見あわせる二人に対し、
 「足はどちらが早いのですか」
 「足? この人だけど」
 「では彼を解放しましょう。この件を、源氏一族とたけ姫にお伝えください」
 幽は拒否する。
 「交渉と言ったでしょう。たけ姫と話がしたい。身の交換です」
 青年の顔が歪む。
 「命は取らないと、来る前に話しましたよね。そういう事です。まあ、後は彼の価値にもよりますが」
 影に判断できるのですか、と、景通。本来ならば、彼の立場からすれば答えは決まっている。
 思わず拳に力をいれながら、にらみつける幽。明心を残していけば、殺されるかもしれない。万が一があれば、源氏内部で分裂する可能性もありうる。どちらにしても、波多野家が有利に働くだろう。
 「波多野家の名において、少年の命を保証します。さあ、行きなさい」
 「大丈夫。おれ、残るよ。みんなに伝えて」
 首を左右に振る、幽。
 「人想いの影ですね。力ずくで追い出さないといけませんか」
 残念ですが、と波多野当主が口にすると、見張りの四人が柄に手をかけながら、構える。
 幽が反射的に刀をとろうとするも、景通に持ち手を踏まれてしまい、抜刀ができなかった。
 「最後の通告です。行きなさい。君の帰路の邪魔しませんから、安心すると良い」
 自身を斬り殺さなかった事といい、身の安全の保障といい。明心の安全を考えれば、言う通りにした方が得策か、と幽は判断した。
 険しい表情のまま頷いた彼を見ると、景通は足を刀から外す。代わりに、距離をとり、いつでも刀を抜ける準備をした。
 影は得物を手にすると、波多野当主と警護人の間を、正面をむきながらゆっくりと後ずさる。
 ふすまに手をかけると、明心を見つめた。
 笑いながら頭を上下に一回動かすのを確認すると、顔を変えずすぐさま退出する。
 ふう、と息をはいた景通は、
 「少年。名は」
 「明心」
 「あこ、ですか。どの様に書くのです」
 「漢字書けない。明るい心をもて、だってさ」
 「ほう、それはそれは」
 当主はここで、平仮名なら書けるらしいこと、たけを姉を慕うことを読みとった。
 「良い名だ。体を表すとは良く言うものです」
 「は?」
 「私も色々な人間を見て来た、という事です。部屋に案内させましょう。念の為、武器は回収しますがね」
 「どうせ牢屋だろ」
 「まさか。ちゃんとした一室ですよ。見張りを付けるので多少窮屈ですが、可能な限りゆっくりして下さい」
 ぽかんとした明心に対し、にっこりとほほ笑む景通。本当に何を考えているのか、民衆出身の少年には皆目見当がつかなかった。
 やってきた武士の後ろをついていくと、確かに普通の部屋だった。むしろ、郎党たちが住んでいる部屋より豪華で、板張りである。
 景通のいうとおり、ふすまの前には等間隔で見張りがいるが、野宿に慣れている明心にはどうってことはない。
 「何だこの、緑色の。においがする」
 そういやあ、姉貴の部屋にもあったな。寝床っつってたっけ。
 「まるで客人あつかいだな。何企んでんだ、あのおっさん」
 針などないか、ぱんぱん、と表面をたたく明心。何もなく、固い反発が返ってきただけだった。
 ごろりと寝転がった明心は、緊張から解き放たれたせいか、すぐ眠りに落ちたのだった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第二十四巻


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 「誰。あんた」
 「人の名を聞く場合は自分から名乗るのが筋ですよ。少年」
 服装から見て、こいつがはたのって奴だな。
 「後ろに控えてる連中が怖くてさ。名前いえないよ」
 「ほう? 下がらせれば良いのですね」
 「動かないでもらった方がいいなぁ」
 「おや。彼らが動くと何か不都合なのですか」
 「そりゃあ、そんな物騒なもんもってりゃあ、旅行者なら怖いっしょ。盗られちまいそうだもん」
 「護身で持っているに過ぎませんよ。それに、私は武士ですし」
 「護身、ねぇ。そんなに物騒なところなんだ、ここ」
 穏やかな表情とは裏腹に、威圧感と隙の無さを感じる、明心(あこ)。定正(さだまさ)と似た雰囲気で、何となくやりづらい。
 「ええ、物騒ですよ。そこにいる青年の様な人間が入り込むのですから」
 「警戒心が強いだけさ。こいつは以前、野盗に襲われちまったから」
 「ふふ、中々口が回りますね。饒舌戦では上手く戦えそうです。ですが、相手が悪い」
 本当だよ。めんどくせー奴だな、このおっさん。完全に正体を見透かされてる。
 「歓迎しますよ。一緒にお茶でも如何です」
 じりじり、と、後ろに控えている男たちの足に力がはいっていく。
 「遠慮する。おっかない」
 「人の好意は素直に受け取った方が良いですよ。ふふ」
 どす黒い雰囲気だしといてよくいうわ。武士ってこんな奴ばっかなのかよ。どうするか。このままじゃあ捕まっちまう。
 「安心なさい。命まで取ろうなんて思っていませんよ。今の所はね」
 景通(かげみち)は一歩踏みだすと同時に、一歩さがる明心。旅行者と名乗った手間、刀を抜くのは得策ではない。かといって、この人数差では勝ち目もない。
 少年が目配せをすると、幽(ゆう)はしっかりと受けとる。
 体の力を抜いた二人を見て、景通は、
 「賢明です。行きましょうか」
 囲まれた源氏組は、仕方なく男の後ろを歩いていった。
 門をくぐってからというもの、緊張感はさらに増した。外より見張りが減ったが、奥に行く間に、見られる目の数が増加しているからだろう。
 明心と幽には、現状が通常なのか異常なのかの判断がつかない。
 奥の間に連れてこられた二人は、四人の警備に囲まれながら座る。持っていた武器は不思議と回収されず、作法を習っていない明心が幽にならって右側に刀を置くまで、景通は待った。
 三人の前に、茶がだされる。
 「君が庶民出身というのは真のようだ」
 見開く二人。
 「やっぱばれてたわけか」
 「無論。出来ればたけ殿が、と思っていましたがね。さすがに許されませんでしたか」
 「当たり前だろーが」
 目を細める、幽。明心の顔を、左手でさえぎった。
 笑みを深めた景通は、
 「君は、本当に話せないのかね」
 正体を現した影は、首に巻かれている布を外す。のどぼとけにあたる場所には、痛々しい傷跡があった。
 目を閉じた波多野家当主は、
 「失礼した。文字はどうかね」
 受け手は、布を結びながらうなずく。景通は筆と紙をもってこさせようとしたが、幽は首を振り庭を指した。その後、板の間に四角を描き、中で文字を書く仕草をする。
 「土に書きたいみたい」
 「ふむ。良いでしょう、少々お待ちを」
 要望通りに、桶にはいった土が、敷かれた布の上に置かれる。幽は一礼をして書き始めた。
 「おやおや。探りと感づかれていましたか。ですが、刀の置き方は習わねば分からないでしょう。確認ですよ。ではご要望通りに、単刀直入で言いましょうか」
 景通の顔から、笑顔が消える。
 「たけ姫と直接交渉がしたい。その為に、君らをおびき寄せた」
 「意味わかんねぇよ。だったら手紙で伝えればいいだろ」
 「断られるのが目に見えているでしょう。それに、姫君が不憫に思いましてね」
 「ふびん? 何で」
 「これ以上は姫の誇りを傷つけるので、止めておきます。勿論、平家の郎党らも一緒に引き受けますよ」
 「つまりあんたは、あ、たけと郎党をここに住まわせたいわけ?」
 「そう解釈して頂いて構いません」
 頭の整理がつかない明心。半ば放心している少年はさておき、幽は、砂に疑問を書いた。
 「戦う気などさらさら無いからですよ。そうならとっくに攻め入っています」
 景通の意図が読めない幽は、思わず腕を組み、次の質問を考える。
 「少なくとも、どちらの領民も犠牲にする気はありません。穏便に交渉したいのですよ。ですが、源一族では意味がない」
 源家ではなく、嫁いだ女性との交渉に意義がある。一体、何を示すのか、二人には理解できなかった。
 顔を見あわせる二人に対し、
 「足はどちらが早いのですか」
 「足? この人だけど」
 「では彼を解放しましょう。この件を、源氏一族とたけ姫にお伝えください」
 幽は拒否する。
 「交渉と言ったでしょう。たけ姫と話がしたい。身の交換です」
 青年の顔が歪む。
 「命は取らないと、来る前に話しましたよね。そういう事です。まあ、後は彼の価値にもよりますが」
 影に判断できるのですか、と、景通。本来ならば、彼の立場からすれば答えは決まっている。
 思わず拳に力をいれながら、にらみつける幽。明心を残していけば、殺されるかもしれない。万が一があれば、源氏内部で分裂する可能性もありうる。どちらにしても、波多野家が有利に働くだろう。
 「波多野家の名において、少年の命を保証します。さあ、行きなさい」
 「大丈夫。おれ、残るよ。みんなに伝えて」
 首を左右に振る、幽。
 「人想いの影ですね。力ずくで追い出さないといけませんか」
 残念ですが、と波多野当主が口にすると、見張りの四人が柄に手をかけながら、構える。
 幽が反射的に刀をとろうとするも、景通に持ち手を踏まれてしまい、抜刀ができなかった。
 「最後の通告です。行きなさい。君の帰路の邪魔しませんから、安心すると良い」
 自身を斬り殺さなかった事といい、身の安全の保障といい。明心の安全を考えれば、言う通りにした方が得策か、と幽は判断した。
 険しい表情のまま頷いた彼を見ると、景通は足を刀から外す。代わりに、距離をとり、いつでも刀を抜ける準備をした。
 影は得物を手にすると、波多野当主と警護人の間を、正面をむきながらゆっくりと後ずさる。
 ふすまに手をかけると、明心を見つめた。
 笑いながら頭を上下に一回動かすのを確認すると、顔を変えずすぐさま退出する。
 ふう、と息をはいた景通は、
 「少年。名は」
 「明心」
 「あこ、ですか。どの様に書くのです」
 「漢字書けない。明るい心をもて、だってさ」
 「ほう、それはそれは」
 当主はここで、平仮名なら書けるらしいこと、たけを姉を慕うことを読みとった。
 「良い名だ。体を表すとは良く言うものです」
 「は?」
 「私も色々な人間を見て来た、という事です。部屋に案内させましょう。念の為、武器は回収しますがね」
 「どうせ牢屋だろ」
 「まさか。ちゃんとした一室ですよ。見張りを付けるので多少窮屈ですが、可能な限りゆっくりして下さい」
 ぽかんとした明心に対し、にっこりとほほ笑む景通。本当に何を考えているのか、民衆出身の少年には皆目見当がつかなかった。
 やってきた武士の後ろをついていくと、確かに普通の部屋だった。むしろ、郎党たちが住んでいる部屋より豪華で、板張りである。
 景通のいうとおり、ふすまの前には等間隔で見張りがいるが、野宿に慣れている明心にはどうってことはない。
 「何だこの、緑色の。においがする」
 そういやあ、姉貴の部屋にもあったな。寝床っつってたっけ。
 「まるで客人あつかいだな。何企んでんだ、あのおっさん」
 針などないか、ぱんぱん、と表面をたたく明心。何もなく、固い反発が返ってきただけだった。
 ごろりと寝転がった明心は、緊張から解き放たれたせいか、すぐ眠りに落ちたのだった。