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第二十一巻

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 波多野(はたの)氏による騒動以来、たけは外出禁止の命が現当主より下される。用入りの際は、うめを通す事となった。
 とはいえ、他の者の行動は制限されていない。特に義弟である明心(あこ)は自由奔放なところがあるので、源一族内では頭痛の種となっていた。
 もちろん、たけと普段通りに接するのは問題はない。故に、今日も今日とて、光正(みつまさ)に勝負を仕かけていた。
 「良くもまあ、こうも毎日やって来るものだ」
 「あんたがいつでもこいっつったんだろーが」
 「もう少し戦える様になってから言え」
 もはや見慣れた光景になっており、お目付け役である幽(ゆう)は、縁側に座ってお茶をすすっている始末。以前、光正の叔父である定正(さだまさ)が、虎と狐がじゃれあっていると表現していたそうだが、彼は妙に納得していた。
 「幽殿。軽食を貰ったのだが、一緒にどうだ」
 青年は会釈して手にとると、ゆっくりと味わいながら庭先の様子をうかがっていた。
 小柄な彼は、たけの隣に並ぶと、頭半分ほどてっぺんが低い。線も細めであり、服装で誤魔化せば、女性といっても疑われないだろう。
 「あっ。何か食ってるし」
 「頂いた軽食があるぞ。休憩がてらお茶でも飲むとよい」
 「そーする。ったくもう、とんだ化け物だよ、この人」
 「これ。光正殿に失礼な事をいうな」
 「構わん。慣れている」
 手を洗った二人は、たけが用意したお茶と軽食を口にする。
 「そういやあさ。幽と光正はどっちが強いの」
 たけが呆れた顔でいると、幽は親指で光正を指した。なお、男性二人は、明心の態度を気にしていないようである。
 「強さにも種類がある。足の速さは幽が上だぞ」
 「へええっ。道理で逃げきれないわけだ」
 「どういう意味だ」
 「今だからいっちまうけど。初日に何度も巻こうとしてんだよね、おれ」
 「やはりな。相手が悪いが」
 「そうそう。そういうの知らなかったからさ。翌日、定正のおっちゃんに笑われたよ」
 「笑って済まされてよかったな。全く」
 「だぁってさぁ~」
 幽は微笑みながら、地面に文字を書く。
 「何とか、何とかのごとし」
 「真(まこと)、同胞(はらから)の如し。本物の兄弟の様だ、だそうだ。それにしてもお前、文字が読めるのか」
 「女文字ならね。こっちの方が簡単で覚えやすかったし。漢字は覚え中」
 「ほお、意外だな。漢文の何かを知っているか」
 「知らない。詐欺師対策に覚えただけだし」
 「そ、そうか」
 「まあ、商売する者の中にはそういう輩もいるからな」
 「姉貴のお陰でふっかけてきたおっさん、ぶっ飛ばせたからなぁ」
 「ああ、成程。たけが教えたのか」
 「教えたのは書き方だけだ。気づいたら読めていたから驚いた」
 「音読してくれたじゃん」
 「そうだったか? お、覚えがない」
 「ふむ」
 ぱちぱち、と瞬きをする幽。ぽかんとしているあたり、驚いているのだろう。
 「そいやあ、誰だっけ。問題起きてる領地の人」
 「起きてる? 物騒な」
 「源のじゃないよ。はたけ、だっけ」
 「はた、け。畠山(はたけやま)殿の事か?」
 「そんな長くなかった。ええっと」
 「近い名前では、佐竹殿、波多野殿、か」
 「あっ。はたの、だったかな。どうなの」
 「どうも無い。どこからそんな話が出てきたのだ」
 「民衆の間で噂になっててさ。白い目で見られるときがあるって、みんな話してた」
 「噂? どの様な噂なのだ」
 「何かねぇ。平家の生き残りが悪さしてる、とかどうとか」
 「民衆の間で、か。お前の行動範囲はどこまで広げている」
 「ここに住み始めてからはこの周辺だけだよ。山越えもしてない」
 いくら何でも早すぎる。明心や郎党達にはあの件を伝えていないはず。
 光正は表情を変えず、
 「そうだったのか。貴重な情報だ。助かる」
 「あれ? お偉いさんの間で話されてるのかと思ったけど」
 「初耳だ」
 明心はたけを見た。少年の目には、若干うろたえているように映る。
 視線を戻すと、
 「何ならおれ、調べてこようか。武士じゃないし、怪しまれにくいでしょ」
 「気持ちだけで十分だ。波多野家は油断ならぬ存在でな」
 「どの辺りが」
 「あの家は以前から北の領地を狙っているという噂があってな。それで警戒しているのだ。情報収集労力も秀でている」
 「ふう、ん。結構、因縁深そー」
 「今の時代、どこもそうだ。小山田家と村山家は別だがな」
 「ややっこしい。頭痛くなる」
 「民が安心して暮らせる場所を守るには致し方ない事だ」
 「民には民の、武士には武士の大変さがある。という意味だ」
 明心は、両方の身分を体験している、たけの言葉に重みを感じた。
 休憩後も訓練を続けるも、相も変わらず光正には一撃もいれられない少年。帰り際にはいつも不機嫌になるが、最近は諦めにもにた表情を見せるようになった。
 「あーぁ。どうなってるんだよ、光正の体は。異様にでかいし、感覚が動物だし。幽は殴れんの」
 首をかしげた彼は、人差し指をたてると頭を左右にふった。
 「やったことない?」
 青年は頷く。彼とのやりとりも、表情としぐさを見慣れれば、何がいいたいのか明心はわかるようになってきた。
 「うーん。どうしたら姉貴の役に立てるかなあ」
 後頭部に手を組みながら歩く少年の声に、固さを感じた幽。足をとめ、様子をうかがう。
 明心は不敵な笑みをつくりながら振り返り、
 「今回だけでいいからさ。見逃してくんない」
 目を細めて拒否する幽。
 この子はむこう見ずで、かつ、ある意味世間知らずでもある。能力が高い故に生まれる傲慢さも相まって、最悪命を落としかねないと、今日の会話で確信を高めたのだ。
 誰かのために、という心意気は理解できるが、つまるところ、実力が伴っていないのである。
 「おれさ。本来なら死んじまってもおかしくなかったんだ。姉貴のお陰で、今日まで生きてこれた。あんたならわかってくれると、思ったんだけどな」
 幽は体を横にずらし、地面に文字を書く。一度書いて、漢字の部分を平仮名に直すと、二回、勢いよく指した。
 「なればしなすまじ。そっか。まあ、死んじまったら何もないもんな」
 明心の表情に大輪の花が宿る。まだあどけなさが残る年頃ならではの顔だろう。
 「おれだって死にたかねぇし、そんな気さらさらない。でも、このまま何もしないわけにもいかねぇんだよ」
 君の場合は周囲から見れば完全に源氏側の人間と捉えられている、と、幽は急いで伝える。確かに、どこの勢力にも属していないのは強みになるが、それは定住していない場合に限るのだ。
 源家の戸籍はしっかり管理されており、税の誤魔化しも行っていない。故に、きちんと記録されているのである。
 双方譲らず、その場でたちすくむ。
 ため息をついた幽は、ゆっくりと文字を書く。
 「われもつく。いいの?」
 首を左右に振って答えると、地面に、
 「きみのしぬるよりよし。そっか、ありがと」
 頭をかきながら沈んだ顔をする幽。だが、口元はかすかに笑っていた。
 片方は恩人のため、片方は友のため。
 明心と幽は翌早朝に出発すると約束し、帰路へつく。簡単な携帯食を準備し、お金や必要品、交換品などを包む。
 幽はうめたちに勘づかれないように館をでると、急いで山の中へと身を躍らせる。
 少し眠そうな少年と合流すると、相手の顔を引っ張り、早々に南部へとむかうのだった。
 
 【注釈】
 なればしなすまじ↓なれば死なすまじ
 ・意味
 だから死なせたくない
 
 われもつく↓我も付く
 ・意味
 僕も付いて行く
 
 きみのしぬるよりよし↓君の死ぬるよりよし
 ・意味
 君が死ぬより良い


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 波多野(はたの)氏による騒動以来、たけは外出禁止の命が現当主より下される。用入りの際は、うめを通す事となった。
 とはいえ、他の者の行動は制限されていない。特に義弟である明心(あこ)は自由奔放なところがあるので、源一族内では頭痛の種となっていた。
 もちろん、たけと普段通りに接するのは問題はない。故に、今日も今日とて、光正(みつまさ)に勝負を仕かけていた。
 「良くもまあ、こうも毎日やって来るものだ」
 「あんたがいつでもこいっつったんだろーが」
 「もう少し戦える様になってから言え」
 もはや見慣れた光景になっており、お目付け役である幽(ゆう)は、縁側に座ってお茶をすすっている始末。以前、光正の叔父である定正(さだまさ)が、虎と狐がじゃれあっていると表現していたそうだが、彼は妙に納得していた。
 「幽殿。軽食を貰ったのだが、一緒にどうだ」
 青年は会釈して手にとると、ゆっくりと味わいながら庭先の様子をうかがっていた。
 小柄な彼は、たけの隣に並ぶと、頭半分ほどてっぺんが低い。線も細めであり、服装で誤魔化せば、女性といっても疑われないだろう。
 「あっ。何か食ってるし」
 「頂いた軽食があるぞ。休憩がてらお茶でも飲むとよい」
 「そーする。ったくもう、とんだ化け物だよ、この人」
 「これ。光正殿に失礼な事をいうな」
 「構わん。慣れている」
 手を洗った二人は、たけが用意したお茶と軽食を口にする。
 「そういやあさ。幽と光正はどっちが強いの」
 たけが呆れた顔でいると、幽は親指で光正を指した。なお、男性二人は、明心の態度を気にしていないようである。
 「強さにも種類がある。足の速さは幽が上だぞ」
 「へええっ。道理で逃げきれないわけだ」
 「どういう意味だ」
 「今だからいっちまうけど。初日に何度も巻こうとしてんだよね、おれ」
 「やはりな。相手が悪いが」
 「そうそう。そういうの知らなかったからさ。翌日、定正のおっちゃんに笑われたよ」
 「笑って済まされてよかったな。全く」
 「だぁってさぁ~」
 幽は微笑みながら、地面に文字を書く。
 「何とか、何とかのごとし」
 「真(まこと)、同胞(はらから)の如し。本物の兄弟の様だ、だそうだ。それにしてもお前、文字が読めるのか」
 「女文字ならね。こっちの方が簡単で覚えやすかったし。漢字は覚え中」
 「ほお、意外だな。漢文の何かを知っているか」
 「知らない。詐欺師対策に覚えただけだし」
 「そ、そうか」
 「まあ、商売する者の中にはそういう輩もいるからな」
 「姉貴のお陰でふっかけてきたおっさん、ぶっ飛ばせたからなぁ」
 「ああ、成程。たけが教えたのか」
 「教えたのは書き方だけだ。気づいたら読めていたから驚いた」
 「音読してくれたじゃん」
 「そうだったか? お、覚えがない」
 「ふむ」
 ぱちぱち、と瞬きをする幽。ぽかんとしているあたり、驚いているのだろう。
 「そいやあ、誰だっけ。問題起きてる領地の人」
 「起きてる? 物騒な」
 「源のじゃないよ。はたけ、だっけ」
 「はた、け。畠山(はたけやま)殿の事か?」
 「そんな長くなかった。ええっと」
 「近い名前では、佐竹殿、波多野殿、か」
 「あっ。はたの、だったかな。どうなの」
 「どうも無い。どこからそんな話が出てきたのだ」
 「民衆の間で噂になっててさ。白い目で見られるときがあるって、みんな話してた」
 「噂? どの様な噂なのだ」
 「何かねぇ。平家の生き残りが悪さしてる、とかどうとか」
 「民衆の間で、か。お前の行動範囲はどこまで広げている」
 「ここに住み始めてからはこの周辺だけだよ。山越えもしてない」
 いくら何でも早すぎる。明心や郎党達にはあの件を伝えていないはず。
 光正は表情を変えず、
 「そうだったのか。貴重な情報だ。助かる」
 「あれ? お偉いさんの間で話されてるのかと思ったけど」
 「初耳だ」
 明心はたけを見た。少年の目には、若干うろたえているように映る。
 視線を戻すと、
 「何ならおれ、調べてこようか。武士じゃないし、怪しまれにくいでしょ」
 「気持ちだけで十分だ。波多野家は油断ならぬ存在でな」
 「どの辺りが」
 「あの家は以前から北の領地を狙っているという噂があってな。それで警戒しているのだ。情報収集労力も秀でている」
 「ふう、ん。結構、因縁深そー」
 「今の時代、どこもそうだ。小山田家と村山家は別だがな」
 「ややっこしい。頭痛くなる」
 「民が安心して暮らせる場所を守るには致し方ない事だ」
 「民には民の、武士には武士の大変さがある。という意味だ」
 明心は、両方の身分を体験している、たけの言葉に重みを感じた。
 休憩後も訓練を続けるも、相も変わらず光正には一撃もいれられない少年。帰り際にはいつも不機嫌になるが、最近は諦めにもにた表情を見せるようになった。
 「あーぁ。どうなってるんだよ、光正の体は。異様にでかいし、感覚が動物だし。幽は殴れんの」
 首をかしげた彼は、人差し指をたてると頭を左右にふった。
 「やったことない?」
 青年は頷く。彼とのやりとりも、表情としぐさを見慣れれば、何がいいたいのか明心はわかるようになってきた。
 「うーん。どうしたら姉貴の役に立てるかなあ」
 後頭部に手を組みながら歩く少年の声に、固さを感じた幽。足をとめ、様子をうかがう。
 明心は不敵な笑みをつくりながら振り返り、
 「今回だけでいいからさ。見逃してくんない」
 目を細めて拒否する幽。
 この子はむこう見ずで、かつ、ある意味世間知らずでもある。能力が高い故に生まれる傲慢さも相まって、最悪命を落としかねないと、今日の会話で確信を高めたのだ。
 誰かのために、という心意気は理解できるが、つまるところ、実力が伴っていないのである。
 「おれさ。本来なら死んじまってもおかしくなかったんだ。姉貴のお陰で、今日まで生きてこれた。あんたならわかってくれると、思ったんだけどな」
 幽は体を横にずらし、地面に文字を書く。一度書いて、漢字の部分を平仮名に直すと、二回、勢いよく指した。
 「なればしなすまじ。そっか。まあ、死んじまったら何もないもんな」
 明心の表情に大輪の花が宿る。まだあどけなさが残る年頃ならではの顔だろう。
 「おれだって死にたかねぇし、そんな気さらさらない。でも、このまま何もしないわけにもいかねぇんだよ」
 君の場合は周囲から見れば完全に源氏側の人間と捉えられている、と、幽は急いで伝える。確かに、どこの勢力にも属していないのは強みになるが、それは定住していない場合に限るのだ。
 源家の戸籍はしっかり管理されており、税の誤魔化しも行っていない。故に、きちんと記録されているのである。
 双方譲らず、その場でたちすくむ。
 ため息をついた幽は、ゆっくりと文字を書く。
 「われもつく。いいの?」
 首を左右に振って答えると、地面に、
 「きみのしぬるよりよし。そっか、ありがと」
 頭をかきながら沈んだ顔をする幽。だが、口元はかすかに笑っていた。
 片方は恩人のため、片方は友のため。
 明心と幽は翌早朝に出発すると約束し、帰路へつく。簡単な携帯食を準備し、お金や必要品、交換品などを包む。
 幽はうめたちに勘づかれないように館をでると、急いで山の中へと身を躍らせる。
 少し眠そうな少年と合流すると、相手の顔を引っ張り、早々に南部へとむかうのだった。
 【注釈】
 なればしなすまじ↓なれば死なすまじ
 ・意味
 だから死なせたくない
 われもつく↓我も付く
 ・意味
 僕も付いて行く
 きみのしぬるよりよし↓君の死ぬるよりよし
 ・意味
 君が死ぬより良い