波多野(はたの)氏による騒動以来、たけは外出禁止の命が現当主より下される。用入りの際は、うめを通す事となった。
とはいえ、他の者の行動は制限されていない。特に義弟である明心(あこ)は自由奔放なところがあるので、源一族内では頭痛の種となっていた。
もちろん、たけと普段通りに接するのは問題はない。故に、今日も今日とて、光正(みつまさ)に勝負を仕かけていた。
「良くもまあ、こうも毎日やって来るものだ」
「あんたがいつでもこいっつったんだろーが」
「もう少し戦える様になってから言え」
もはや見慣れた光景になっており、お目付け役である幽(ゆう)は、縁側に座ってお茶をすすっている始末。以前、光正の叔父である定正(さだまさ)が、虎と狐がじゃれあっていると表現していたそうだが、彼は妙に納得していた。
「幽殿。軽食を貰ったのだが、一緒にどうだ」
青年は会釈して手にとると、ゆっくりと味わいながら庭先の様子をうかがっていた。
小柄な彼は、たけの隣に並ぶと、頭半分ほどてっぺんが低い。線も細めであり、服装で誤魔化せば、女性といっても疑われないだろう。
「あっ。何か食ってるし」
「頂いた軽食があるぞ。休憩がてらお茶でも飲むとよい」
「そーする。ったくもう、とんだ化け物だよ、この人」
「これ。光正殿に失礼な事をいうな」
「構わん。慣れている」
手を洗った二人は、たけが用意したお茶と軽食を口にする。
「そういやあさ。幽と光正はどっちが強いの」
たけが呆れた顔でいると、幽は親指で光正を指した。なお、男性二人は、明心の態度を気にしていないようである。
「強さにも種類がある。足の速さは幽が上だぞ」
「へええっ。道理で逃げきれないわけだ」
「どういう意味だ」
「今だからいっちまうけど。初日に何度も巻こうとしてんだよね、おれ」
「やはりな。相手が悪いが」
「そうそう。そういうの知らなかったからさ。翌日、定正のおっちゃんに笑われたよ」
「笑って済まされてよかったな。全く」
「だぁってさぁ~」
幽は微笑みながら、地面に文字を書く。
「何とか、何とかのごとし」
「真(まこと)、同胞(はらから)の如し。本物の兄弟の様だ、だそうだ。それにしてもお前、文字が読めるのか」
「女文字ならね。こっちの方が簡単で覚えやすかったし。漢字は覚え中」
「ほお、意外だな。漢文の何かを知っているか」
「知らない。詐欺師対策に覚えただけだし」
「そ、そうか」
「まあ、商売する者の中にはそういう輩もいるからな」
「姉貴のお陰でふっかけてきたおっさん、ぶっ飛ばせたからなぁ」
「ああ、成程。たけが教えたのか」
「教えたのは書き方だけだ。気づいたら読めていたから驚いた」
「音読してくれたじゃん」
「そうだったか? お、覚えがない」
「ふむ」
ぱちぱち、と瞬きをする幽。ぽかんとしているあたり、驚いているのだろう。
「そいやあ、誰だっけ。問題起きてる領地の人」
「起きてる? 物騒な」
「源のじゃないよ。はたけ、だっけ」
「はた、け。畠山(はたけやま)殿の事か?」
「そんな長くなかった。ええっと」
「近い名前では、佐竹殿、波多野殿、か」
「あっ。はたの、だったかな。どうなの」
「どうも無い。どこからそんな話が出てきたのだ」
「民衆の間で噂になっててさ。白い目で見られるときがあるって、みんな話してた」
「噂? どの様な噂なのだ」
「何かねぇ。平家の生き残りが悪さしてる、とかどうとか」
「民衆の間で、か。お前の行動範囲はどこまで広げている」
「ここに住み始めてからはこの周辺だけだよ。山越えもしてない」
いくら何でも早すぎる。明心や郎党達にはあの件を伝えていないはず。
光正は表情を変えず、
「そうだったのか。貴重な情報だ。助かる」
「あれ? お偉いさんの間で話されてるのかと思ったけど」
「初耳だ」
明心はたけを見た。少年の目には、若干うろたえているように映る。
視線を戻すと、
「何ならおれ、調べてこようか。武士じゃないし、怪しまれにくいでしょ」
「気持ちだけで十分だ。波多野家は油断ならぬ存在でな」
「どの辺りが」
「あの家は以前から北の領地を狙っているという噂があってな。それで警戒しているのだ。情報収集労力も秀でている」
「ふう、ん。結構、因縁深そー」
「今の時代、どこもそうだ。小山田家と村山家は別だがな」
「ややっこしい。頭痛くなる」
「民が安心して暮らせる場所を守るには致し方ない事だ」
「民には民の、武士には武士の大変さがある。という意味だ」
明心は、両方の身分を体験している、たけの言葉に重みを感じた。
休憩後も訓練を続けるも、相も変わらず光正には一撃もいれられない少年。帰り際にはいつも不機嫌になるが、最近は諦めにもにた表情を見せるようになった。
「あーぁ。どうなってるんだよ、光正の体は。異様にでかいし、感覚が動物だし。幽は殴れんの」
首をかしげた彼は、人差し指をたてると頭を左右にふった。
「やったことない?」
青年は頷く。彼とのやりとりも、表情としぐさを見慣れれば、何がいいたいのか明心はわかるようになってきた。
「うーん。どうしたら姉貴の役に立てるかなあ」
後頭部に手を組みながら歩く少年の声に、固さを感じた幽。足をとめ、様子をうかがう。
明心は不敵な笑みをつくりながら振り返り、
「今回だけでいいからさ。見逃してくんない」
目を細めて拒否する幽。
この子はむこう見ずで、かつ、ある意味世間知らずでもある。能力が高い故に生まれる傲慢さも相まって、最悪命を落としかねないと、今日の会話で確信を高めたのだ。
誰かのために、という心意気は理解できるが、つまるところ、実力が伴っていないのである。
「おれさ。本来なら死んじまってもおかしくなかったんだ。姉貴のお陰で、今日まで生きてこれた。あんたならわかってくれると、思ったんだけどな」
幽は体を横にずらし、地面に文字を書く。一度書いて、漢字の部分を平仮名に直すと、二回、勢いよく指した。
「なればしなすまじ。そっか。まあ、死んじまったら何もないもんな」
明心の表情に大輪の花が宿る。まだあどけなさが残る年頃ならではの顔だろう。
「おれだって死にたかねぇし、そんな気さらさらない。でも、このまま何もしないわけにもいかねぇんだよ」
君の場合は周囲から見れば完全に源氏側の人間と捉えられている、と、幽は急いで伝える。確かに、どこの勢力にも属していないのは強みになるが、それは定住していない場合に限るのだ。
源家の戸籍はしっかり管理されており、税の誤魔化しも行っていない。故に、きちんと記録されているのである。
双方譲らず、その場でたちすくむ。
ため息をついた幽は、ゆっくりと文字を書く。
「われもつく。いいの?」
首を左右に振って答えると、地面に、
「きみのしぬるよりよし。そっか、ありがと」
頭をかきながら沈んだ顔をする幽。だが、口元はかすかに笑っていた。
片方は恩人のため、片方は友のため。
明心と幽は翌早朝に出発すると約束し、帰路へつく。簡単な携帯食を準備し、お金や必要品、交換品などを包む。
幽はうめたちに勘づかれないように館をでると、急いで山の中へと身を躍らせる。
少し眠そうな少年と合流すると、相手の顔を引っ張り、早々に南部へとむかうのだった。
【注釈】
なればしなすまじ↓なれば死なすまじ
・意味
だから死なせたくない
われもつく↓我も付く
・意味
僕も付いて行く
きみのしぬるよりよし↓君の死ぬるよりよし
・意味
君が死ぬより良い