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すれ違いの幸追人~カムパネルラ~ 1

ー/ー



 3時間後。


腹腔内(ふくくうない)脾臓(ひぞう)破裂がありましたが、無事止血しました。ただ、脳内の損傷や出血がひどく、障がいが残るか、最悪の場合、意識が戻らず、いわゆる植物状態になるおそれがあります」


 須藤夫妻は医師より手術の結果と予後について説明を受けた。

 憔悴(しょうすい)しきった義正(よしまさ)氏に比べ、真知子(まちこ)さんは清々(すがすが)しい顔で皆に経過を報告した。


「これで、よかったんだと、思います。これ以上あの子の心が壊れていくのは、耐えられないんです。あの子の罪は、私達で償います。だから、あの子がこのまま目を醒まさなくても、どうか責めないでやって欲しいんです。馬鹿な親心と笑われても仕方ありませんが」

「……責められるべきは、私です。もっと早く、希和子の気持ちに気付けばよかった。たった一人の妹なのに」

「佐和子さんは、何も気にやむことはありませんわ」

「いえ、希和子と初めて会ったあの頃に、きちんと分かりあえていたら、希和子は、養女なんてことに引け目を感じたりせず……いいえ、やっぱり気にしたかもしれないけれど、もっと素直に、須藤のお父様お母様達の愛情を信じられたかも知れません」


 うなだれる佐和子さんの姿を、まるで初めて気が付いたような眼で、義正氏が見つめる。その顔を見て、最初は息をのみ……しばらくして問いかけた。

「あなた方は、いつ……?」

「もう十五年も前になります。私達は高一で、偶然お互いの存在を知ったんです。でも、自分の出生にひどくショックを受けてしまい、お互いを思いやる余裕もなくて……あの時、希和子は私が特別養子縁組をしていたと知って、ひどく落ち込んでいました」

「でも、それは……」

「私、あとで調べたんです。私が特別養子縁組した理由。実の親と絶縁すると言っていい制度です。適用されるのには、それ相応の理由があるはずですよね」


 義正氏と真知子さん、一瞬凍りつき……そして静かに頷く。


「希和子は実の両親が既に亡くなっているからだと、単純に考えていたみたいですが、実はそうではなかった。私、働き初めてからお金を貯めて、興信所を使って調べました。私達の実の両親は……」

「佐和子さん!」


 真知子さんの制止も聞かず、佐和子さんは続ける。


「私達姉妹を殺そうとしたんですね」


 きっぱりと言い放つ佐和子さんを見て、真知子さんはため息をついた。


「……そんなことまで調べたのね」

「はい。明確な殺意があったわけではない、でも、死んでも構わないと、家を閉めきって、二歳の子供だけおいて何日も留守にしていた……真夏ではないし、冷蔵庫に食べ物もあった、水道の蛇口をひねれば水も出た……
 でも二歳の子供に、どうしろって言うんです? それも借金取りから身を隠すためなんて、身勝手な理由で。
 皮肉にも私達を救ったのは、留守を確かめようと大家に鍵を開けさせて入ってきた借金取りの輩だった」


 姉妹は衰弱著しく、すぐに病院に運ばれた。

 もう一日発見が遅れたら命はなかったかもしれないと、診察した医師は話したと言う。


 未必(みひつ)の故意……。

 積極的に希望ないし意図(いと)しなくとも、結果として実害が出ても構わないとする、心理状態。


「それから施設に送られ、私達は別々に引き取られた。実の両親は、その内借金で首が回らなくなり、逃げ回っているうちに、車の運転を誤って、ダンプカーに突っ込み、死んだ」

「……多額の生命保険が掛けられていたそうだから、わざと事故に遇わせさせられたんじゃないか、という噂もあったわ」


 淡々と、真知子さんが言葉をつなぎ、佐和子さんがうなずいた。


「真相は闇の中。借金は清算された。けれど、私を育ててくれた今の両親は、特別養子縁組という制度がある事を知って、戸籍の上でも私と実父母との関係を断ち切ろうとした……殺されていたかもしれないなんて、知られたくなかったから」

「あなたの事を、大切にされていたのね」


 真知子さんの言葉に、佐和子さんは、クスっと笑う。

「それは須藤のご両親も、でしょう? あなた方は、立場上民法や制度にも詳しいでしょうから、このことも当然ご存知だったはず。けれどあえて利用しなかった」

「本当によくお調べになったのね」

「特別養子縁組制度を使っても、完全に実父母との関係を消せるわけでもなく、戸籍をよく見れば、養子だと分かる。この制度の適用には実父母との絶縁を認めさせるような理由――例えば虐待を受けていたという可能性もある。それらをふまえ、子供が成長して、制度の影にある自分の生い立ちに疑念を抱くのではと危惧する考え方もあった」

「……私達は深く考え過ぎていたみたいね。我が家には出入りする人間が多すぎて、遅かれ早かれ養女だということは知れるのだからとも考えたし。
 親御さんに愛されながらも、不幸な巡り合わせで養子になる子供も沢山いて、今では特殊な制度ではないのに、要らぬ勘繰りで制度を使わなかった……その事が逆に、希和子を傷つけてしまうなんて、思いもしなかった」

「もっと、きちんと伝えるべきだった。希和子を、お前を愛しているのだと、もっと早く……」


 呻くような義正氏の言葉に、泣き崩れる真知子さん。その肩を義正氏がそっと抱く。


「……お互い、思いやっていたのに、すれ違ってしまったんですね」


 遠い目をして、佐和子さんは呟き……ふと傍らの弘夢くんを見つめ、優しく抱き寄せた。


 その姿を、義正氏は、じっと見つめる。

 睦まじい母子の姿に、娘を重ねるかのように、愛おしげに。




 ……その眼差しを、瑛比古さんは、冷ややかに眺めていた。



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 3時間後。
「|腹腔内《ふくくうない》は|脾臓《ひぞう》破裂がありましたが、無事止血しました。ただ、脳内の損傷や出血がひどく、障がいが残るか、最悪の場合、意識が戻らず、いわゆる植物状態になるおそれがあります」
 須藤夫妻は医師より手術の結果と予後について説明を受けた。
 |憔悴《しょうすい》しきった|義正《よしまさ》氏に比べ、|真知子《まちこ》さんは|清々《すがすが》しい顔で皆に経過を報告した。
「これで、よかったんだと、思います。これ以上あの子の心が壊れていくのは、耐えられないんです。あの子の罪は、私達で償います。だから、あの子がこのまま目を醒まさなくても、どうか責めないでやって欲しいんです。馬鹿な親心と笑われても仕方ありませんが」
「……責められるべきは、私です。もっと早く、希和子の気持ちに気付けばよかった。たった一人の妹なのに」
「佐和子さんは、何も気にやむことはありませんわ」
「いえ、希和子と初めて会ったあの頃に、きちんと分かりあえていたら、希和子は、養女なんてことに引け目を感じたりせず……いいえ、やっぱり気にしたかもしれないけれど、もっと素直に、須藤のお父様お母様達の愛情を信じられたかも知れません」
 うなだれる佐和子さんの姿を、まるで初めて気が付いたような眼で、義正氏が見つめる。その顔を見て、最初は息をのみ……しばらくして問いかけた。
「あなた方は、いつ……?」
「もう十五年も前になります。私達は高一で、偶然お互いの存在を知ったんです。でも、自分の出生にひどくショックを受けてしまい、お互いを思いやる余裕もなくて……あの時、希和子は私が特別養子縁組をしていたと知って、ひどく落ち込んでいました」
「でも、それは……」
「私、あとで調べたんです。私が特別養子縁組した理由。実の親と絶縁すると言っていい制度です。適用されるのには、それ相応の理由があるはずですよね」
 義正氏と真知子さん、一瞬凍りつき……そして静かに頷く。
「希和子は実の両親が既に亡くなっているからだと、単純に考えていたみたいですが、実はそうではなかった。私、働き初めてからお金を貯めて、興信所を使って調べました。私達の実の両親は……」
「佐和子さん!」
 真知子さんの制止も聞かず、佐和子さんは続ける。
「私達姉妹を殺そうとしたんですね」
 きっぱりと言い放つ佐和子さんを見て、真知子さんはため息をついた。
「……そんなことまで調べたのね」
「はい。明確な殺意があったわけではない、でも、死んでも構わないと、家を閉めきって、二歳の子供だけおいて何日も留守にしていた……真夏ではないし、冷蔵庫に食べ物もあった、水道の蛇口をひねれば水も出た……
 でも二歳の子供に、どうしろって言うんです? それも借金取りから身を隠すためなんて、身勝手な理由で。
 皮肉にも私達を救ったのは、留守を確かめようと大家に鍵を開けさせて入ってきた借金取りの輩だった」
 姉妹は衰弱著しく、すぐに病院に運ばれた。
 もう一日発見が遅れたら命はなかったかもしれないと、診察した医師は話したと言う。
 |未必《みひつ》の故意……。
 積極的に希望ないし|意図《いと》しなくとも、結果として実害が出ても構わないとする、心理状態。
「それから施設に送られ、私達は別々に引き取られた。実の両親は、その内借金で首が回らなくなり、逃げ回っているうちに、車の運転を誤って、ダンプカーに突っ込み、死んだ」
「……多額の生命保険が掛けられていたそうだから、わざと事故に遇わせさせられたんじゃないか、という噂もあったわ」
 淡々と、真知子さんが言葉をつなぎ、佐和子さんがうなずいた。
「真相は闇の中。借金は清算された。けれど、私を育ててくれた今の両親は、特別養子縁組という制度がある事を知って、戸籍の上でも私と実父母との関係を断ち切ろうとした……殺されていたかもしれないなんて、知られたくなかったから」
「あなたの事を、大切にされていたのね」
 真知子さんの言葉に、佐和子さんは、クスっと笑う。
「それは須藤のご両親も、でしょう? あなた方は、立場上民法や制度にも詳しいでしょうから、このことも当然ご存知だったはず。けれどあえて利用しなかった」
「本当によくお調べになったのね」
「特別養子縁組制度を使っても、完全に実父母との関係を消せるわけでもなく、戸籍をよく見れば、養子だと分かる。この制度の適用には実父母との絶縁を認めさせるような理由――例えば虐待を受けていたという可能性もある。それらをふまえ、子供が成長して、制度の影にある自分の生い立ちに疑念を抱くのではと危惧する考え方もあった」
「……私達は深く考え過ぎていたみたいね。我が家には出入りする人間が多すぎて、遅かれ早かれ養女だということは知れるのだからとも考えたし。
 親御さんに愛されながらも、不幸な巡り合わせで養子になる子供も沢山いて、今では特殊な制度ではないのに、要らぬ勘繰りで制度を使わなかった……その事が逆に、希和子を傷つけてしまうなんて、思いもしなかった」
「もっと、きちんと伝えるべきだった。希和子を、お前を愛しているのだと、もっと早く……」
 呻くような義正氏の言葉に、泣き崩れる真知子さん。その肩を義正氏がそっと抱く。
「……お互い、思いやっていたのに、すれ違ってしまったんですね」
 遠い目をして、佐和子さんは呟き……ふと傍らの弘夢くんを見つめ、優しく抱き寄せた。
 その姿を、義正氏は、じっと見つめる。
 睦まじい母子の姿に、娘を重ねるかのように、愛おしげに。
 ……その眼差しを、瑛比古さんは、冷ややかに眺めていた。