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彼女の愛した不為人~マリオネット~ 3-③

ー/ー



 そして、3年前。


 県外にある、経営するグループ内のホテルの支配人から極秘で連絡が入った。

「お嬢様が、お連れの方と言い争いになった様子で」

 相手の男性を備品の灰皿で殴り付けたという。

「出血は多いのですが、命に別状はないそうです。ただ……ちょっと困ったことになりまして」


 すぐに現地に向かった義正・真知子夫妻は、遠い目をしてブツブツ呟き続ける希和子さんを見ることになった。

 そして、ホテルの従業員の女性に抱かれて、眠る幼子を。


 真知子さんは、幼い子供に、首を絞められたような後があることを見逃さなかった。


「私どもが発見した時は、そのお子さんが泣き叫んでいるところで、お嬢様は、呆然と脱力され、床に座り込んでおられました」

 だが、幼子の細い首に残る手の跡は、華奢な女性のものだった。


 未遂に終わったにせよ、人を、しかもこんな幼い子供まで手にかけようとするなんて……。


 夫妻は悩んだ。

 男性は、怪我の後遺症でか、事件のショックでか、記憶を失い、何も憶えていなかった。

 子供は片言で自分の名前を『ヒロ』と名乗り、男性に対して『パパ』と呼びかけた。


「でも、その後、希和子は彼……貴弘さんの世話を甲斐甲斐しく焼き始めたんです」

 その穏やかな様子に、これで希和子さんの心の傷が治まるかも、と期待してしまった。

 愛する人がそばにいれば、様々な別離で生じた傷も、癒されるかもしれない。


 身勝手な思い。


 それでも、すがらずにはいられなかった。


「貴弘さん親子は希和子と一緒にホテルに滞在していたというので、家族と見られていたの。希和子がとても落ち着いていて、今更引き離すのが怖かった。また希和子の心が壊れてしまいそうで。ホテルの支配人や病院には希和子の恋人で身元は主人が保証するからと話したんです。
 希和子は貴弘さんの世話に夢中で、ヒロちゃんには目もくれなかったから、私が引き取りました。いくら何でも、この子から母親を奪うわけにはいかない。身元が分かったら、いつか、お返ししなくてはと思って、ママはお仕事に行ってる、パパの病気が治ったら会いにくるからって教えたんです」


 調べようと思えば、すぐに調べることもできた。

 けれど、そうなれば、全てが露見してしまうかもしれない。

 思い悩みながらも、積極的に身元を調べようとしなかった。


 そして、三年が過ぎ。


 男性……貴弘さんの様子がおかしいと気付いた。

 考えて見れば、徐々に口数や表情が減っていっていた気がした。

 そのころには、全くと言っていいほど、無反応になっていた。


「もう、限界だと思いました」

 明らかに心を閉ざしている男性に対して、嬉々として世話を焼く希和子さんの姿に違和感を覚え始めた。



「あの子の心は、壊れたままだったんです。記憶を失い、帰る場所をも失った人形のような貴弘さんを手にいれて、満足していたんです」





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 そして、3年前。
 県外にある、経営するグループ内のホテルの支配人から極秘で連絡が入った。
「お嬢様が、お連れの方と言い争いになった様子で」
 相手の男性を備品の灰皿で殴り付けたという。
「出血は多いのですが、命に別状はないそうです。ただ……ちょっと困ったことになりまして」
 すぐに現地に向かった義正・真知子夫妻は、遠い目をしてブツブツ呟き続ける希和子さんを見ることになった。
 そして、ホテルの従業員の女性に抱かれて、眠る幼子を。
 真知子さんは、幼い子供に、首を絞められたような後があることを見逃さなかった。
「私どもが発見した時は、そのお子さんが泣き叫んでいるところで、お嬢様は、呆然と脱力され、床に座り込んでおられました」
 だが、幼子の細い首に残る手の跡は、華奢な女性のものだった。
 未遂に終わったにせよ、人を、しかもこんな幼い子供まで手にかけようとするなんて……。
 夫妻は悩んだ。
 男性は、怪我の後遺症でか、事件のショックでか、記憶を失い、何も憶えていなかった。
 子供は片言で自分の名前を『ヒロ』と名乗り、男性に対して『パパ』と呼びかけた。
「でも、その後、希和子は彼……貴弘さんの世話を甲斐甲斐しく焼き始めたんです」
 その穏やかな様子に、これで希和子さんの心の傷が治まるかも、と期待してしまった。
 愛する人がそばにいれば、様々な別離で生じた傷も、癒されるかもしれない。
 身勝手な思い。
 それでも、すがらずにはいられなかった。
「貴弘さん親子は希和子と一緒にホテルに滞在していたというので、家族と見られていたの。希和子がとても落ち着いていて、今更引き離すのが怖かった。また希和子の心が壊れてしまいそうで。ホテルの支配人や病院には希和子の恋人で身元は主人が保証するからと話したんです。
 希和子は貴弘さんの世話に夢中で、ヒロちゃんには目もくれなかったから、私が引き取りました。いくら何でも、この子から母親を奪うわけにはいかない。身元が分かったら、いつか、お返ししなくてはと思って、ママはお仕事に行ってる、パパの病気が治ったら会いにくるからって教えたんです」
 調べようと思えば、すぐに調べることもできた。
 けれど、そうなれば、全てが露見してしまうかもしれない。
 思い悩みながらも、積極的に身元を調べようとしなかった。
 そして、三年が過ぎ。
 男性……貴弘さんの様子がおかしいと気付いた。
 考えて見れば、徐々に口数や表情が減っていっていた気がした。
 そのころには、全くと言っていいほど、無反応になっていた。
「もう、限界だと思いました」
 明らかに心を閉ざしている男性に対して、嬉々として世話を焼く希和子さんの姿に違和感を覚え始めた。
「あの子の心は、壊れたままだったんです。記憶を失い、帰る場所をも失った人形のような貴弘さんを手にいれて、満足していたんです」