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遠野の口座照会をした銀行から連絡があり、安立と萱島は朝一番に向かった。念のために農協や地方銀行にも照会を依頼し、結果の有無に関わらず携帯に電話を入れてくれと頼んでいた。
場所は本部の近くだったが、徒歩で三〇分。車で一〇分の場所にある地方銀行だった。

「ほんま、銀行って、ぎょうさんありますね。ここの銀行名は、全く聞いたことないけど」
「地方銀行やからな。市内には地方銀行の支店が集まってんで。でも、ほとんどが法人相手なんや。だから、地方銀行が置いてる都市部の支店では、口座が開かれへんはずやねんけどな」
「何でですか? 銀行は口座を持ってもらって、なんぼでしょ?」

信号が赤になって、車が停まる。営業に回る車と一〇時出勤のサラリーマンの車で、まだ道路を走る車は多い。

「マネロン対策やな。小遣い稼ぎに作るやつもおる。そもそも、便利な大阪に住んでんのにや、わざわざ府内に支店が一つしかない不便な銀行で口座を作るほうが、怪しいやろ。銀行も犯罪で使われたら堪らんから、予防策を敷いとるんや」

それでも口座の売買や不正は後を絶たないのが、現状でもある。小遣い稼ぎの人間よりも、もっと使いやすい人間の口座を作らせる。その道の奴らが、弱い人間を嗅ぎ分ける嗅覚は異様に利く。遠野も、犬よりも鋭い嗅覚の青山に嗅ぎつけられたのが、いい例だ。

銀行は、中央大通り沿いのガラス張りの一三階建てビルの一階にあった。しかしよく目にする大々的な路面にある支店ではなく、オフィス・ビルの中にあるこぢんまりとした支店だった。
入口も自動ドアではなく、手動の開閉式扉。中に入るとセンサーが反応して、コンビニで聞く電子音が響いた。

「いらっしゃいませ」窓口に座っている女性行員が立ち上がった。
「安立様でしょうか?」

カウンター越しに聞いてきた女性行員は、窓口兼受付嬢といったところだ。

 呼びに行く間もなく、「どうもどうも。支店長の小浜です」と、支店長は事務所内から出てきて、自己紹介を始めた。
小浜は、細くてひょろ長い小枝のような男で、妙に顔の彫りが深い。加えて色黒だから、東南アジア系と間違えられても不思議ではない五〇過ぎの男だ。

「とりあえず、中にどうぞ」

小浜に案内されたのは、普通の来客用個室だった。

「どうぞ、お掛け下さい。驚かれたでしょう。こう見えても、れっきとした日本人ですので」

鉄板ネタなのだろう。小浜は得意げだった。だが、いつもなら話を合わせられるのにできない状態に、思っているよりもやはり気持ちに余裕がないと思い知らされる。
萱島は笑っているつもりでも、かなり表情が硬く反対に強面になっている。

「いえ、そんなことは。ご協力、ありがとうございます」

自虐に付き合うつもりもなく、安立は咬み合わない挨拶を済ませる。

「早速ですが、こちらが遠野次郎様の口座の出入り表です。地元に住んではった時に、作られてますね。長い間、ご贔屓にしてもらってます」
「次郎?」

電話で遠野と言われたので、正式な口座名の確認を指定なかった。

「違いましたか?」

小浜が不安顔で萱島と安立の顔を何度も交互に見ている。

「いえ、問題なしです」

 家族は申告しない限り、名義人が死亡しているか、知る由もない。遠野はどういった意図で、父親の口座をそのままにしていたのか。いずれ聞くことになる。
明細のほとんどが振込で、振込人名義もまばらだった。多くても振込金額は一〇万前後で、少ないのは一万。残高は一〇〇もない。

「これ、本人からの振込ちゃいます?」萱島が指差した場所には「トオノジュン」と記載されていた。
振り込まれた金額は八〇万。日付は八月上旬になっている。

「すみませんが、これ、どこの銀行から振り込まれているか、一覧にしてもらえますか? 特にこのトオノジュンはわかれば直ぐに」
「わかりました。午前中にお渡しできるように手配しますけど、それでもよろしいですか?」
「大丈夫です。なるべく早く、お願いします」
「わかりました。お任せ下さい」

小浜はやけに嬉しそうに返事をする。
支店内の人数も少なく、個人客もほとんどいないから、暇なのが手に取るように伝わってきた。
銀行を出て安立が携帯を確認すると、何件かメッセージが入っている。

「ちょっと待ってや」

一件ずつ内容を確認している間、萱島も携帯のメッセージを聞いていた。

「安立さん。ちょっと」萱島が前のめり気味で、安立に迫ってくる。
「だから、待ってやって言うたやろ」
「八尾さんから留守電が入ってて、すぐに連絡を欲しいって」

萱島は少し興奮気味になっていた。

「わかった。あと二件やから、これ全部、聞いたらする」

最後の一件が八尾からで、聞かずにそのまま電話を架けた。

「八尾です。安立さん、当たりました。宮本は釣り宿の民宿に、身を隠してました」

八尾の興奮が、携帯を飛ばして、直接がんがん耳元で聞いている感覚だった。

「そうか! ほんだら、ちょっとそのまま見張っといてくれるか。段取り組んで、そっちに向かうから」

携帯を切った安立は、いつの間にか詰めてきている萱島に驚いた。

「宮本、おったんですね!」
「そうや! すぐに皆を集めて段取りや」

 祭りの日の前夜のように、異様に胸が高鳴る。捜査員に電話をするために履歴を開いた安立だったが、ジュンジュンと登録された名前を目にして、活気を失った祭りの後の気分を味わう羽目になった。




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遠野の口座照会をした銀行から連絡があり、安立と萱島は朝一番に向かった。念のために農協や地方銀行にも照会を依頼し、結果の有無に関わらず携帯に電話を入れてくれと頼んでいた。
場所は本部の近くだったが、徒歩で三〇分。車で一〇分の場所にある地方銀行だった。

「ほんま、銀行って、ぎょうさんありますね。ここの銀行名は、全く聞いたことないけど」
「地方銀行やからな。市内には地方銀行の支店が集まってんで。でも、ほとんどが法人相手なんや。だから、地方銀行が置いてる都市部の支店では、口座が開かれへんはずやねんけどな」
「何でですか? 銀行は口座を持ってもらって、なんぼでしょ?」

信号が赤になって、車が停まる。営業に回る車と一〇時出勤のサラリーマンの車で、まだ道路を走る車は多い。

「マネロン対策やな。小遣い稼ぎに作るやつもおる。そもそも、便利な大阪に住んでんのにや、わざわざ府内に支店が一つしかない不便な銀行で口座を作るほうが、怪しいやろ。銀行も犯罪で使われたら堪らんから、予防策を敷いとるんや」

それでも口座の売買や不正は後を絶たないのが、現状でもある。小遣い稼ぎの人間よりも、もっと使いやすい人間の口座を作らせる。その道の奴らが、弱い人間を嗅ぎ分ける嗅覚は異様に利く。遠野も、犬よりも鋭い嗅覚の青山に嗅ぎつけられたのが、いい例だ。

銀行は、中央大通り沿いのガラス張りの一三階建てビルの一階にあった。しかしよく目にする大々的な路面にある支店ではなく、オフィス・ビルの中にあるこぢんまりとした支店だった。
入口も自動ドアではなく、手動の開閉式扉。中に入るとセンサーが反応して、コンビニで聞く電子音が響いた。

「いらっしゃいませ」窓口に座っている女性行員が立ち上がった。
「安立様でしょうか?」

カウンター越しに聞いてきた女性行員は、窓口兼受付嬢といったところだ。

 呼びに行く間もなく、「どうもどうも。支店長の小浜です」と、支店長は事務所内から出てきて、自己紹介を始めた。
小浜は、細くてひょろ長い小枝のような男で、妙に顔の彫りが深い。加えて色黒だから、東南アジア系と間違えられても不思議ではない五〇過ぎの男だ。

「とりあえず、中にどうぞ」

小浜に案内されたのは、普通の来客用個室だった。

「どうぞ、お掛け下さい。驚かれたでしょう。こう見えても、れっきとした日本人ですので」

鉄板ネタなのだろう。小浜は得意げだった。だが、いつもなら話を合わせられるのにできない状態に、思っているよりもやはり気持ちに余裕がないと思い知らされる。
萱島は笑っているつもりでも、かなり表情が硬く反対に強面になっている。

「いえ、そんなことは。ご協力、ありがとうございます」

自虐に付き合うつもりもなく、安立は咬み合わない挨拶を済ませる。

「早速ですが、こちらが遠野次郎様の口座の出入り表です。地元に住んではった時に、作られてますね。長い間、ご贔屓にしてもらってます」
「次郎?」

電話で遠野と言われたので、正式な口座名の確認を指定なかった。

「違いましたか?」

小浜が不安顔で萱島と安立の顔を何度も交互に見ている。

「いえ、問題なしです」

 家族は申告しない限り、名義人が死亡しているか、知る由もない。遠野はどういった意図で、父親の口座をそのままにしていたのか。いずれ聞くことになる。
明細のほとんどが振込で、振込人名義もまばらだった。多くても振込金額は一〇万前後で、少ないのは一万。残高は一〇〇もない。

「これ、本人からの振込ちゃいます?」萱島が指差した場所には「トオノジュン」と記載されていた。
振り込まれた金額は八〇万。日付は八月上旬になっている。

「すみませんが、これ、どこの銀行から振り込まれているか、一覧にしてもらえますか? 特にこのトオノジュンはわかれば直ぐに」
「わかりました。午前中にお渡しできるように手配しますけど、それでもよろしいですか?」
「大丈夫です。なるべく早く、お願いします」
「わかりました。お任せ下さい」

小浜はやけに嬉しそうに返事をする。
支店内の人数も少なく、個人客もほとんどいないから、暇なのが手に取るように伝わってきた。
銀行を出て安立が携帯を確認すると、何件かメッセージが入っている。

「ちょっと待ってや」

一件ずつ内容を確認している間、萱島も携帯のメッセージを聞いていた。

「安立さん。ちょっと」萱島が前のめり気味で、安立に迫ってくる。
「だから、待ってやって言うたやろ」
「八尾さんから留守電が入ってて、すぐに連絡を欲しいって」

萱島は少し興奮気味になっていた。

「わかった。あと二件やから、これ全部、聞いたらする」

最後の一件が八尾からで、聞かずにそのまま電話を架けた。

「八尾です。安立さん、当たりました。宮本は釣り宿の民宿に、身を隠してました」

八尾の興奮が、携帯を飛ばして、直接がんがん耳元で聞いている感覚だった。

「そうか! ほんだら、ちょっとそのまま見張っといてくれるか。段取り組んで、そっちに向かうから」

携帯を切った安立は、いつの間にか詰めてきている萱島に驚いた。

「宮本、おったんですね!」
「そうや! すぐに皆を集めて段取りや」

 祭りの日の前夜のように、異様に胸が高鳴る。捜査員に電話をするために履歴を開いた安立だったが、ジュンジュンと登録された名前を目にして、活気を失った祭りの後の気分を味わう羽目になった。




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