表示設定
表示設定
目次 目次




記念館

ー/ー



「さあ、次は大山巌記念館ね」頭をめぐらし、ジュディスが栄一に次の目的地を伝えた。
 そこは大山巌が開墾場として始めた農場兼、自身の別荘地だった。それが大山巌記念館として保存されている。
「さっきの慰霊塔をまわりこむように大山通りを進めば行けそうだ」
 栄一がスマホで位置情報を確認した。
「あれ? 邸内を見学するためには一週間前に管理事務所に電話予約をしなければいけないらしいぞ」
 しまった。見落としていたと、栄一がすまなそうにインターネット情報をジュディスに伝えた。
「知っているわ。記念館の管理は高校がしているの。見学にはその学校の先生の案内がつくから、授業とかのローテーションと相談して予約をとっているんでしょ。見学できるのは休日でない月曜日の十三時半以降だけよ」
「そこまで調べていたんだったら、言ってくれれば予約しておいたのに」
「いいの。私は大山巌元帥が過ごしたこの地の空気に触れるだけで十分なの」
 ジュディスは静かに言った。
 二人は大山通りを歩き、「栃木県立那須拓陽高等学校大山牧場」沿いに通りを折れた。五十mほど先に大山記念館への入口がある。ジュディスが栄一の先を行く。
 大山記念館の正面には土塁のような低い堤があり、邸内への進入のために正面で堤が切られて四段ほどの石垣で補強されていた。
 堤を越えて敷地内に入った。
 洋館と和館の二棟の建物が連結して建てられていた。
 ジュディスは、和館が大山の故郷、薩摩の建築様式を取り入れていることを知っていた。
「ここは大山巌元帥の別荘だったの。日清、日露の両戦役で日本を勝利に導いた元帥の別荘なのに、あまり大きくないでしょ」
 誇らしげにジュディスが言う。心酔していたおせんしの生き方を倣ってのことだろうか。内乱時代の戦友たちが『維新の元勲』として今太閤のように奢侈に流れるのを哀しんでいたのかもしれない。
「いとこの西郷従道(さいごうつぐみち)と開いた開墾場の名は『加治屋(かじや)開墾場』だったのよ」
 記念館の前に佇み、ジュディスは栄一に話すというよりは、自分の胸に刻み込むようにゆっくりと静かにつぶやいた。
「それは薩摩出身の二人の故郷、生まれ育った町の名前」
 目をつむってジュディスは続けた。
「二人が『おせんし』として仰ぎ、推戴し、その元で存分な働きをした西郷隆盛をリーダーとするグループの故郷。でも二人は、敬愛してやまない『おせんし』を西南戦争で攻め滅ぼした。大山の苦衷は私には想像もできない。彼はその後、故郷に一度も帰っていないのよ。そして『オヤマカチャンリン』なんてひょうげたイメージを貫いて日露戦争で日本を勝利に導いた。大山巌と西郷従道はこの加治屋を第二の故郷にして、二人にしか共有できない生涯を貫いたであろう苦衷を慰めあっていたのかもしれない」
 風が強くなった。別邸の前の土塁は風ふせぎの役割も果たしていた。
「とてつもなく強い人だったのね、大山は。自分の悲しみも悔いも何一つもらすことなく逝った」
 ジュディスは積年の思いを遂げたかのように晴れ晴れとした顔になった。
「いきましょう、栄一。ホテルはこのそばだったかしら」
「うん、日露戦争の英雄、乃木希典(のぎまれすけ)陸軍大将の神社のそばの温泉にしておいたよ」
「スパ? 日本のスパは初めて。少し勇気が必要かも」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 出会い


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「さあ、次は大山巌記念館ね」頭をめぐらし、ジュディスが栄一に次の目的地を伝えた。
 そこは大山巌が開墾場として始めた農場兼、自身の別荘地だった。それが大山巌記念館として保存されている。
「さっきの慰霊塔をまわりこむように大山通りを進めば行けそうだ」
 栄一がスマホで位置情報を確認した。
「あれ? 邸内を見学するためには一週間前に管理事務所に電話予約をしなければいけないらしいぞ」
 しまった。見落としていたと、栄一がすまなそうにインターネット情報をジュディスに伝えた。
「知っているわ。記念館の管理は高校がしているの。見学にはその学校の先生の案内がつくから、授業とかのローテーションと相談して予約をとっているんでしょ。見学できるのは休日でない月曜日の十三時半以降だけよ」
「そこまで調べていたんだったら、言ってくれれば予約しておいたのに」
「いいの。私は大山巌元帥が過ごしたこの地の空気に触れるだけで十分なの」
 ジュディスは静かに言った。
 二人は大山通りを歩き、「栃木県立那須拓陽高等学校大山牧場」沿いに通りを折れた。五十mほど先に大山記念館への入口がある。ジュディスが栄一の先を行く。
 大山記念館の正面には土塁のような低い堤があり、邸内への進入のために正面で堤が切られて四段ほどの石垣で補強されていた。
 堤を越えて敷地内に入った。
 洋館と和館の二棟の建物が連結して建てられていた。
 ジュディスは、和館が大山の故郷、薩摩の建築様式を取り入れていることを知っていた。
「ここは大山巌元帥の別荘だったの。日清、日露の両戦役で日本を勝利に導いた元帥の別荘なのに、あまり大きくないでしょ」
 誇らしげにジュディスが言う。心酔していたおせんしの生き方を倣ってのことだろうか。内乱時代の戦友たちが『維新の元勲』として今太閤のように奢侈に流れるのを哀しんでいたのかもしれない。
「いとこの|西郷従道《さいごうつぐみち》と開いた開墾場の名は『|加治屋《かじや》開墾場』だったのよ」
 記念館の前に佇み、ジュディスは栄一に話すというよりは、自分の胸に刻み込むようにゆっくりと静かにつぶやいた。
「それは薩摩出身の二人の故郷、生まれ育った町の名前」
 目をつむってジュディスは続けた。
「二人が『おせんし』として仰ぎ、推戴し、その元で存分な働きをした西郷隆盛をリーダーとするグループの故郷。でも二人は、敬愛してやまない『おせんし』を西南戦争で攻め滅ぼした。大山の苦衷は私には想像もできない。彼はその後、故郷に一度も帰っていないのよ。そして『オヤマカチャンリン』なんてひょうげたイメージを貫いて日露戦争で日本を勝利に導いた。大山巌と西郷従道はこの加治屋を第二の故郷にして、二人にしか共有できない生涯を貫いたであろう苦衷を慰めあっていたのかもしれない」
 風が強くなった。別邸の前の土塁は風ふせぎの役割も果たしていた。
「とてつもなく強い人だったのね、大山は。自分の悲しみも悔いも何一つもらすことなく逝った」
 ジュディスは積年の思いを遂げたかのように晴れ晴れとした顔になった。
「いきましょう、栄一。ホテルはこのそばだったかしら」
「うん、日露戦争の英雄、|乃木希典《のぎまれすけ》陸軍大将の神社のそばの温泉にしておいたよ」
「スパ? 日本のスパは初めて。少し勇気が必要かも」