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盤星寮

ー/ー



時刻18時5分。


「遅い」

「い、色々事情がありまして!」

「……はぁ、『今回は』許してやる。この学園の生徒であるからには、時間は厳守しろ。威厳が保たれん」

「分かりました!」


 ビシッと背筋を伸ばすモニカに、アステシアが手刀を食らわせる。モニカは子供っぽく大袈裟に、『いてっ』と反応する。
 3階の放送室から本棟を出て、数分走り、ようやく例の寮にたどり着いた。体力が多い方では無いモニカはこれだけで肩を上下に動かして辛そうに呼吸している。
 バウディアムスが管理する寮は全部で4つある。それぞれ男女で2寮ずつ使用しており、今モニカの目の前にある寮も、その1つである。


「ここが、これからお前たちが利用する寮。この学園が有する寮の中で最も古い歴史を持つ盤星寮(ばんせいりょう)だ」

「いや……これは寮って言うより……」


 施設に備えられた機能は他の寮と何ら変わらない、それどころか、サービスはどの寮よりも優れているかもしれない。だが、モニカたちの目に見えるこの盤星寮は、とても寮には見えなかった。アステシアの言う通り、長い歴史を持つことがひしひしと伝わってくる。
 この寮以外は数年前に建て替えられて丈夫な素材で建てられているのに対して、盤星寮は完全な木製。好みの別れる独特な木の匂いが鼻をくすぐる。厳かな雰囲気が漂う盤星寮だが、古臭さは感じられない。それどころか、この寮からは華やかささえ感じるほどだ。


「寮というより荘ですね」

「あっ! ヴェローニカちゃん!」

「……ちゃんって呼ばないでください。まだそんな関係になったつもりはありません」

「ダメなの?」

「ぐっ…………ダメです!」

「そこ、私語は慎め」


 しゅんと肩を落とす2人をよそ目に、アステシアは盤星寮の説明を始める。寮の中は見た目よりも更に大きいようで、50人ほどが生活できる生活スペースに加えて、大きな大食堂がモニカたちの目を引いた。


「ここが受付だ。帰寮時、外出時はここで許可書に記入するように」


 少し高い位置にある、銭湯の番台のような受付所だった。恐らく勝手な外出や自分の部屋以外への出入りを監視するためのものだろう。受付には何枚かの外出許可書と帰寮したことを記すための用紙がある。
 受付には既に幼く見える背の低い受付人が腰を下ろしており、紺色の着物の上に赤いちゃんちゃんこを着た可愛らしい女性がモニカに小さく手を降る。反射的にモニカも手を振り返すと、隣にいたヴェローニカが異質なものを見るような目でモニカを見た。


「どうかした? ヴェローニカちゃん」

「モニカさん、一体誰に手を振っているんですか?」

「え? だって、そこの受付の人が……」


 モニカがくるりと受付に目をやった瞬間、その違和感に気がついた。モニカは、知っている。ヴェローニカが自らに向けたあの眼差しの正体を。今まで幾度となく向けられたあの視線の理由を。


「……やっぱり、勘違いだったみたい」

「そうですよね。だって、


 ちらりと、モニカが受付に目をやると、赤い和服を着た女性はにこりと可愛い笑顔を浮かべ、モニカもバレないように笑い返した。


(うん、やっぱりあの人……)


 (あやかし)だ。ヴェローニカの反応のおかげで、モニカの予想は確信に変わった。見た目の年齢はモニカよりもかなり下の方だ。だが、ソラほど幼くは見えない。まるで少女のように振る舞う女性が、一体妖として何十、何百年生きてきたのかは分からない。どうして妖がここにいるのか、そんな疑問は直ぐに解消された。


「……そっか、だから建て替えないんだ」

「何か言いましたか?」

「ううん、なんでもない!」


 他の寮を建て替えるのなら、盤星寮も同時に建て替えてしまえばよかったのでは、というのは、誰もが感じる疑問だろう。モニカはその疑問の答えに誰よりも早くたどり着いた。
 過去や理由は分からないが、あの妖はここに。地縛霊、というやつだ。受付で綺麗な姿勢でちょこんと正座をしているあの妖がずっとこの盤星寮を縛っているのだ。この寮が少しでもこの形を失ってしまえば、盤星寮に宿ることもできなくなる。


(うん? いや、なんか変な感じ)


 だが、このモニカの推測には1つ不可解な点がある。あの妖が地縛霊だとして。この盤星寮に何か特別な理由を有して宿っているのだとして。それを知ることができるのは――


「じゃあ、次の説明に移るぞ」

「えっ、は、はい!」


 そこまで考えると、突然号令がかかった。ぞろぞろと、この寮で生活するであろう生徒たちが次の場所へ移動していく。その流れに任せて、モニカも行動せざるおえなくなって、考え事をする所ではなくなってしまった。


(う〜ん、結局あの人は誰だったんだろう)


 次に会った時はきちんと挨拶をしようと、モニカは前を向いて歩き出した。


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時刻18時5分。
「遅い」
「い、色々事情がありまして!」
「……はぁ、『今回は』許してやる。この学園の生徒であるからには、時間は厳守しろ。威厳が保たれん」
「分かりました!」
 ビシッと背筋を伸ばすモニカに、アステシアが手刀を食らわせる。モニカは子供っぽく大袈裟に、『いてっ』と反応する。
 3階の放送室から本棟を出て、数分走り、ようやく例の寮にたどり着いた。体力が多い方では無いモニカはこれだけで肩を上下に動かして辛そうに呼吸している。
 バウディアムスが管理する寮は全部で4つある。それぞれ男女で2寮ずつ使用しており、今モニカの目の前にある寮も、その1つである。
「ここが、これからお前たちが利用する寮。この学園が有する寮の中で最も古い歴史を持つ|盤星寮《ばんせいりょう》だ」
「いや……これは寮って言うより……」
 施設に備えられた機能は他の寮と何ら変わらない、それどころか、サービスはどの寮よりも優れているかもしれない。だが、モニカたちの目に見えるこの盤星寮は、とても寮には見えなかった。アステシアの言う通り、長い歴史を持つことがひしひしと伝わってくる。
 この寮以外は数年前に建て替えられて丈夫な素材で建てられているのに対して、盤星寮は完全な木製。好みの別れる独特な木の匂いが鼻をくすぐる。厳かな雰囲気が漂う盤星寮だが、古臭さは感じられない。それどころか、この寮からは華やかささえ感じるほどだ。
「寮というより荘ですね」
「あっ! ヴェローニカちゃん!」
「……ちゃんって呼ばないでください。まだそんな関係になったつもりはありません」
「ダメなの?」
「ぐっ…………ダメです!」
「そこ、私語は慎め」
 しゅんと肩を落とす2人をよそ目に、アステシアは盤星寮の説明を始める。寮の中は見た目よりも更に大きいようで、50人ほどが生活できる生活スペースに加えて、大きな大食堂がモニカたちの目を引いた。
「ここが受付だ。帰寮時、外出時はここで許可書に記入するように」
 少し高い位置にある、銭湯の番台のような受付所だった。恐らく勝手な外出や自分の部屋以外への出入りを監視するためのものだろう。受付には何枚かの外出許可書と帰寮したことを記すための用紙がある。
 受付には既に幼く見える背の低い受付人が腰を下ろしており、紺色の着物の上に赤いちゃんちゃんこを着た可愛らしい女性がモニカに小さく手を降る。反射的にモニカも手を振り返すと、隣にいたヴェローニカが異質なものを見るような目でモニカを見た。
「どうかした? ヴェローニカちゃん」
「モニカさん、一体誰に手を振っているんですか?」
「え? だって、そこの受付の人が……」
 モニカがくるりと受付に目をやった瞬間、その違和感に気がついた。モニカは、知っている。ヴェローニカが自らに向けたあの眼差しの正体を。今まで幾度となく向けられたあの視線の理由を。
「……やっぱり、勘違いだったみたい」
「そうですよね。だって、《《受付には誰もいませんから》》」
 ちらりと、モニカが受付に目をやると、赤い和服を着た女性はにこりと可愛い笑顔を浮かべ、モニカもバレないように笑い返した。
(うん、やっぱりあの人……)
 |妖《あやかし》だ。ヴェローニカの反応のおかげで、モニカの予想は確信に変わった。見た目の年齢はモニカよりもかなり下の方だ。だが、ソラほど幼くは見えない。まるで少女のように振る舞う女性が、一体妖として何十、何百年生きてきたのかは分からない。どうして妖がここにいるのか、そんな疑問は直ぐに解消された。
「……そっか、だから建て替えないんだ」
「何か言いましたか?」
「ううん、なんでもない!」
 他の寮を建て替えるのなら、盤星寮も同時に建て替えてしまえばよかったのでは、というのは、誰もが感じる疑問だろう。モニカはその疑問の答えに誰よりも早くたどり着いた。
 過去や理由は分からないが、あの妖はここに《《囚われている》》。地縛霊、というやつだ。受付で綺麗な姿勢でちょこんと正座をしているあの妖がずっとこの盤星寮を縛っているのだ。この寮が少しでもこの形を失ってしまえば、盤星寮に宿ることもできなくなる。
(うん? いや、なんか変な感じ)
 だが、このモニカの推測には1つ不可解な点がある。あの妖が地縛霊だとして。この盤星寮に何か特別な理由を有して宿っているのだとして。それを知ることができるのは――
「じゃあ、次の説明に移るぞ」
「えっ、は、はい!」
 そこまで考えると、突然号令がかかった。ぞろぞろと、この寮で生活するであろう生徒たちが次の場所へ移動していく。その流れに任せて、モニカも行動せざるおえなくなって、考え事をする所ではなくなってしまった。
(う〜ん、結局あの人は誰だったんだろう)
 次に会った時はきちんと挨拶をしようと、モニカは前を向いて歩き出した。