都心から目的地へ
ー/ー
空港からモノレールに乗り、終点の浜松町へ向かった。イギリスから持参したガイドには交通網のマップが掲載されている。
(地下鉄は、チューブと同じようなものね)
チューブと呼ばれるロンドンの地下鉄網を思い出しながら、そんな感想を抱いたが、地上を走る鉄道路線は絶対にとけないメイズにしか見えなかった。複雑多岐にわたって多くの鉄道会社が電車を運行させている。しかもそれらが、地下鉄にも乗り入れているのだ。この巨大で複雑な智恵の輪は絶対にとけない、と彼女は思った。
今回は東京駅に向かえばいいので気は楽だった。
東京を基点として日本各地に新幹線が走っている。その一本に乗車する予定だ。
ロンドンのように行き先によってターミナルが違うということがないのは便利だ。
ロンドンを出たのは朝の十時五十分、今は朝の七時三十分。東京はロンドンよりも九時間早い。彼女は時差ぼけに悩まされていた。昨日と今日の感覚がわからなくなっていた。
モノレールには比較的スムースに乗れたが、浜松町での乗り換えに手間取った。通勤時間帯の混雑に翻弄され、袋の中に入れられた大量のフェレットの一匹になった気分だ。ロンドンのピークタイム(ラッシュアワー)なんてこれに比べたら隙間だらけだ。乗客は、皆、無口で怒っているような顔をしている。スマホを覗き込む人も多い。その光景がジュディスを安堵させる。
(これはシティと同じね)
駅のエレベーターに乗ろうとしたが、日本人か、チャイニーズだかわからない人たちが大きなキャリーケースを転がしながらわれ先に小さな箱の中に突進していった。
(レディファーストはないのね)
時差ボケでやや不機嫌なジュディスは嘆息した。
ただし、乗りたい電車が決められたホームに入線してくるのには感動した。
(乗車する電車の出発ホームがわかっているなんてスゴイ!)
ロンドンではこうはいかない。
東京駅にたどりついたが、駅構内の通路もまた、信じられないほど混雑していた。しかも行き交う人々のなんと足早なこと。通路のどちらの側を歩いても、自分に向かって突進してくる人々をかわすのに彼女の反射神経は完全に磨り減ってしまった。
(一日くらい、ここに宿をとってリラックスすればよかった)
後悔はしたが、すでに目的地で待ち合わせの約束をしている人がいる。メールで予定通り到着したことは伝えてある。計画を修正することはできなかった。
日本語はそこそこ話せるので乗り場がどこかを質問しようとすると、ブロンドとブルーアイの威嚇効果なのか曖昧な笑いを浮かべて両手をバイバイして首を振る人や、無表情なまま、そこにジュディスがいることを無視する人もいた。英語を話す人は概してフレンドリーだったが、流暢に話す人ほど会話にやや立ち入りすぎの感じがした。
(アメリカ人と間違われているのかもしれない)
日本人は英語を話すというだけで、イギリス人もアメリカ人も一緒だと思っているのだ、私はあれほどあけすけな陽気さを持ち合わせていないのに。
やっとのことで新幹線のチケット売り場にたどりついた。信じられないほど、あちこちに向かって走る新幹線の中から自分が乗るべき路線を選ぶのに、自動券売機を利用するには自分はエトランジェにすぎることを知り、有人の窓口にむかった。
「那須塩原へ行くにはどの新幹線を使えばいいのですか」
「東北新幹線の各駅停車に乗ってください。『やまびこ』か『なすの』になりますね」
駅員は英語で丁寧に教えてくれた。
彼が示す掲示板には、信じられないほど過密なダイヤが整然と表示されていた。
(これがすべて時間通りに発車して時間通りに目的地に着くとしたら、日本人は魔術師に違いない)
綺麗な赤と銀色、緑と銀色、金色と青、青と白など色とりどりの新幹線がホームに並んでいた。ジュディスは少しうきうきした。
『なすの』という各駅停車の新幹線は空いていた。
乗車位置は、二バイ三座席の三席並びの窓側だった。
車幅の広さがジュディスを驚かす。
乗車した車輌には欧米人の姿はなかった。日本人とチャイニーズの見極めはできないから、チャイニーズの観光客はいるかもしれない。
発車のベルが鳴って新幹線の扉が閉まり、ゆっくりと走りだした。地下に潜って隣駅に停車したあと、再び地上に出るとその後はずっと高架の上を走り続ける。
車窓の見晴らしはよかった。そういえば、と国の高速鉄道「HS2(ハイスピード2)」計画を思い出した。二〇二〇年に時の首相ボリス・ジョンソンが時速三百六十キロで走行する新高速鉄道の建設計画を承認し、高速鉄道網敷設に出遅れているイギリスの陸路の充実をはかったのだが、二〇二三年一〇月にスナク首相が計画の一部中止を発表している。それでも第一期区間のロンドン、バーミンガム間だけは工事が継続されている。せめてその区間だけでもこの新幹線のように快適な鉄道旅行ができるといいなと車窓に流れる景色を見ながら念じた。
この景色がずっと続くのかしら。高架だから踏み切りがなくて高速走行できるのだと、昔、我が家にホームステイに来た日本の高校生が言っていた。その頃、ジュディスはまだ十歳で、人見知りが強かったため、七歳年上の日本人、伊坂栄一によそよそしい態度をとって親にたしなめられた。それが、いつのまにか打ち解けて仲良しとなり、兄のように慕うまでに交情を深め、それとはっきり口にしたことはないがひそかに恋慕の情を抱くようにすらなった。そのことは当人にはもちろん、家族にすら明かしていない。あるいは母は気付いているかもしれないが、日本嫌いの祖父を説得するのは骨がおれそうだった。彼が帰国するとき大泣きしたことを思い出し、くすりと笑った。
東京駅を離れてしばらくすると、車窓に映るビルの背が低くなったが、次の停車駅はそれなりに大きいターミナルなのだろう。ビルが再び背伸びを始め、やがて列車は「大宮」という駅に停車した。
自分が降りる「那須塩原」までの停車駅はあと三つだ。意外と近い。もう少し乗っていたいのに、と少し残念がる。
「大宮」を過ぎると、車窓からビルの姿が消えて小さなかわいい家の連なりに替わった。
高い建造物は送電のために建てられているのであろう鉄塔の行列のみ。
視界の先に丘陵や山並がないことに気がついた。かなりフラットな土地を列車は驀進している。
家の数がまばらになり、樹林の数が増えた。
「那須塩原」のある栃木県の中心都市「宇都宮」で車窓は再び都市の景観を取り戻した。そして次の停車駅「那須塩原」にあっけなく到着し、彼女は下車した。
一時間強の旅は、羽田から東京までの地獄のような三十分と比べると快適そのものだった。列車設備のソープと水と空気乾燥の三つのノズルが設置された洗面台に驚いた。
那須塩原駅からローカルの電車に乗って一駅、宇都宮方面にバックすることになるのだが、新幹線を降りたら、ホームから下の階へ降りて、そこで待っているようにと言われていたので、指示のとおり待ち合わせ場所に佇んでいた。
「ジュディス!」
声のした方角に顔を向けると、かつてホストファミリーとして迎え入れた伊坂栄一が手をふっていた。
「栄一!」
ジュディスも手をふりかえす。栄一がステイしていたのは高校生、十七歳の頃だったが、あれから十年の歳月が流れている。彼は今二十七歳で旅関係の書籍のフリーライターになっている。仙台に住んでいるのでジュディスの訪日にあわせて、仙台から那須塩原まで南下してきたのだ。二年ぶりの再会だった。
「ジュディス、元気だった?」
栄一は手を差し伸べた。ジュディスはその手をとった。両手で。本当はハグをして欲しかったのだが、日本人のスキンシップの薄さは理解しているつもりだ。
「ええ、元気よ、とっても」
「皆は?」
「父も母も息災です」
「それはよかった」
栄一は二年前と五年前に渡英しており、そのときハモンド家に立ち寄っていたからジュディスにとって、栄一との再会はそれほど時間的に長い間があいているわけではない。それにSNSで頻繁に連絡をとりあってもいるし。
「綺麗になったね」
ややぎこちなく栄一が言う。二年前、ジュディスは十八歳だった。そのときもはつらつとした生気あふれる美しさに包まれていたが、今や立派なレディである。メールやインスタグラムで自分の成長ぶりは熱心に伝えてあるのだが、やはり実物を前にすると緊張するのかもしれない。くすりと心中で笑いを忍ばせた。
「ありがとう」
栄一はジュディスの、デニムのジーンズとスニーカーという身軽な格好をキルトコートで包んでいる姿を見て言った。
「活動的な装いは長旅への対策だね」
「わかってくれてありがとう」
本当はフェミニンな衣装で栄一と再会したかったが、今回は実用性を重視した。
「言われたとおり、レンタカーも借りずにいるけど本当にいいのか」
「ええ。私、歩いてみたいの」
「わかった。じゃあ在来線の時間がすぐだから、こっちへ。切符を見せて」
ジュディスの荷物を持ちあげ、栄一は彼女の差し出したチケットを手にとった。
「一旦、新幹線出口を出よう。出たらすぐ目の前に在来線への入口と券売機がある」
そう言って、ジュディスに道を譲り先行させ、案内を始めた。
那須塩原駅から一駅南下すると西那須野駅がある。
二人は東北本線のホームに入線してきた在来線電車に乗り込んだ。
「イギリスと同じで、ボタンを押してドアを開けるんだ」
ドアを開けた栄一が、ジュディスを車内へいざなった。
「あら、でも東京へ向かうモノレールや電車にボタンはなかったわ」
「首都圏や大都市圏ではボタンはないんだよ」
東京で空港から移動したときと違って、一駅だけなのに駅と駅の間隔が長かった。
東北本線の線路に平行して新幹線の高架が聳えている。乗っていたときは気がつかなかったが高架がかなり高いことに驚いた。それで車窓の眺めがよかったのか。
「それにしても、ジュディス、初めての日本だろう?」
「ええ」
「東京だったら浅草寺やスカイツリーがあるし、築地の場外市場や豊洲とかお台場、渋谷や新宿御苑御なんて人気スポットはいくらでもあるのに。連絡をもらったときは、そういうところをリストアップしていたんだぜ」
「それはあとで行きます。でも、私は日本についたら、とにかく西那須野に来たかったの」
「ジュディス、君は変わっている」
「よく言われるわ」
先人たちの名が頭をよぎる。イザベラ・バードやアーネスト・サトウ、バーナード・リーチ、訪日の目的も事跡もさまざまだが、自分には彼らのDNAの一端が受け継がれているような気がしてならない。
「まあいいや。目的を果たしてから、赤ゲットのための観光案内を引き受けるよ」
「お願いします」
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今回は東京駅に向かえばいいので気は楽だった。
東京を基点として日本各地に新幹線が走っている。その一本に乗車する予定だ。
ロンドンのように行き先によってターミナルが違うということがないのは便利だ。
ロンドンを出たのは朝の十時五十分、今は朝の七時三十分。東京はロンドンよりも九時間早い。彼女は時差ぼけに悩まされていた。昨日と今日の感覚がわからなくなっていた。
モノレールには比較的スムースに乗れたが、浜松町での乗り換えに手間取った。通勤時間帯の混雑に翻弄され、袋の中に入れられた大量のフェレットの一匹になった気分だ。ロンドンのピークタイム(ラッシュアワー)なんてこれに比べたら隙間だらけだ。乗客は、皆、無口で怒っているような顔をしている。スマホを覗き込む人も多い。その光景がジュディスを安堵させる。
(これはシティと同じね)
駅のエレベーターに乗ろうとしたが、日本人か、チャイニーズだかわからない人たちが大きなキャリーケースを転がしながらわれ先に小さな箱の中に突進していった。
(レディファーストはないのね)
時差ボケでやや不機嫌なジュディスは嘆息した。
ただし、乗りたい電車が決められたホームに入線してくるのには感動した。
(乗車する電車の出発ホームがわかっているなんてスゴイ!)
ロンドンではこうはいかない。
東京駅にたどりついたが、駅構内の通路もまた、信じられないほど混雑していた。しかも行き交う人々のなんと足早なこと。通路のどちらの側を歩いても、自分に向かって突進してくる人々をかわすのに彼女の反射神経は完全に磨り減ってしまった。
(一日くらい、ここに宿をとってリラックスすればよかった)
後悔はしたが、すでに目的地で待ち合わせの約束をしている人がいる。メールで予定通り到着したことは伝えてある。計画を修正することはできなかった。
日本語はそこそこ話せるので乗り場がどこかを質問しようとすると、ブロンドとブルーアイの威嚇効果なのか曖昧な笑いを浮かべて両手をバイバイして首を振る人や、無表情なまま、そこにジュディスがいることを無視する人もいた。英語を話す人は概してフレンドリーだったが、流暢に話す人ほど会話にやや立ち入りすぎの感じがした。
(アメリカ人と間違われているのかもしれない)
日本人は英語を話すというだけで、イギリス人もアメリカ人も一緒だと思っているのだ、私はあれほどあけすけな陽気さを持ち合わせていないのに。
やっとのことで新幹線のチケット売り場にたどりついた。信じられないほど、あちこちに向かって走る新幹線の中から自分が乗るべき路線を選ぶのに、自動券売機を利用するには自分はエトランジェにすぎることを知り、有人の窓口にむかった。
「那須塩原へ行くにはどの新幹線を使えばいいのですか」
「東北新幹線の各駅停車に乗ってください。『やまびこ』か『なすの』になりますね」
駅員は英語で丁寧に教えてくれた。
彼が示す掲示板には、信じられないほど過密なダイヤが整然と表示されていた。
(これがすべて時間通りに発車して時間通りに目的地に着くとしたら、日本人は魔術師に違いない)
綺麗な赤と銀色、緑と銀色、金色と青、青と白など色とりどりの新幹線がホームに並んでいた。ジュディスは少しうきうきした。
『なすの』という各駅停車の新幹線は空いていた。
乗車位置は、二バイ三座席の三席並びの窓側だった。
車幅の広さがジュディスを驚かす。
乗車した車輌には欧米人の姿はなかった。日本人とチャイニーズの見極めはできないから、チャイニーズの観光客はいるかもしれない。
発車のベルが鳴って新幹線の扉が閉まり、ゆっくりと走りだした。地下に潜って隣駅に停車したあと、再び地上に出るとその後はずっと高架の上を走り続ける。
車窓の見晴らしはよかった。そういえば、と国の高速鉄道「HS2(ハイスピード2)」計画を思い出した。二〇二〇年に時の首相ボリス・ジョンソンが時速三百六十キロで走行する新高速鉄道の建設計画を承認し、高速鉄道網敷設に出遅れているイギリスの陸路の充実をはかったのだが、二〇二三年一〇月にスナク首相が計画の一部中止を発表している。それでも第一期区間のロンドン、バーミンガム間だけは工事が継続されている。せめてその区間だけでもこの新幹線のように快適な鉄道旅行ができるといいなと車窓に流れる景色を見ながら念じた。
この景色がずっと続くのかしら。高架だから踏み切りがなくて高速走行できるのだと、昔、我が家にホームステイに来た日本の高校生が言っていた。その頃、ジュディスはまだ十歳で、人見知りが強かったため、七歳年上の日本人、|伊坂栄一《いさかえいいち》によそよそしい態度をとって親にたしなめられた。それが、いつのまにか打ち解けて仲良しとなり、兄のように慕うまでに交情を深め、それとはっきり口にしたことはないがひそかに恋慕の情を抱くようにすらなった。そのことは当人にはもちろん、家族にすら明かしていない。あるいは母は気付いているかもしれないが、日本嫌いの祖父を説得するのは骨がおれそうだった。彼が帰国するとき大泣きしたことを思い出し、くすりと笑った。
東京駅を離れてしばらくすると、車窓に映るビルの背が低くなったが、次の停車駅はそれなりに大きいターミナルなのだろう。ビルが再び背伸びを始め、やがて列車は「大宮」という駅に停車した。
自分が降りる「那須塩原」までの停車駅はあと三つだ。意外と近い。もう少し乗っていたいのに、と少し残念がる。
「大宮」を過ぎると、車窓からビルの姿が消えて小さなかわいい家の連なりに替わった。
高い建造物は送電のために建てられているのであろう鉄塔の行列のみ。
視界の先に丘陵や山並がないことに気がついた。かなりフラットな土地を列車は驀進している。
家の数がまばらになり、樹林の数が増えた。
「那須塩原」のある栃木県の中心都市「宇都宮」で車窓は再び都市の景観を取り戻した。そして次の停車駅「那須塩原」にあっけなく到着し、彼女は下車した。
一時間強の旅は、羽田から東京までの地獄のような三十分と比べると快適そのものだった。列車設備のソープと水と空気乾燥の三つのノズルが設置された洗面台に驚いた。
那須塩原駅からローカルの電車に乗って一駅、宇都宮方面にバックすることになるのだが、新幹線を降りたら、ホームから下の階へ降りて、そこで待っているようにと言われていたので、指示のとおり待ち合わせ場所に佇んでいた。
「ジュディス!」
声のした方角に顔を向けると、かつてホストファミリーとして迎え入れた伊坂栄一が手をふっていた。
「栄一!」
ジュディスも手をふりかえす。栄一がステイしていたのは高校生、十七歳の頃だったが、あれから十年の歳月が流れている。彼は今二十七歳で旅関係の書籍のフリーライターになっている。仙台に住んでいるのでジュディスの訪日にあわせて、仙台から那須塩原まで南下してきたのだ。二年ぶりの再会だった。
「ジュディス、元気だった?」
栄一は手を差し伸べた。ジュディスはその手をとった。両手で。本当はハグをして欲しかったのだが、日本人のスキンシップの薄さは理解しているつもりだ。
「ええ、元気よ、とっても」
「皆は?」
「父も母も息災です」
「それはよかった」
栄一は二年前と五年前に渡英しており、そのときハモンド家に立ち寄っていたからジュディスにとって、栄一との再会はそれほど時間的に長い間があいているわけではない。それにSNSで頻繁に連絡をとりあってもいるし。
「綺麗になったね」
ややぎこちなく栄一が言う。二年前、ジュディスは十八歳だった。そのときもはつらつとした生気あふれる美しさに包まれていたが、今や立派なレディである。メールやインスタグラムで自分の成長ぶりは熱心に伝えてあるのだが、やはり実物を前にすると緊張するのかもしれない。くすりと心中で笑いを忍ばせた。
「ありがとう」
栄一はジュディスの、デニムのジーンズとスニーカーという身軽な格好をキルトコートで包んでいる姿を見て言った。
「活動的な装いは長旅への対策だね」
「わかってくれてありがとう」
本当はフェミニンな衣装で栄一と再会したかったが、今回は実用性を重視した。
「言われたとおり、レンタカーも借りずにいるけど本当にいいのか」
「ええ。私、歩いてみたいの」
「わかった。じゃあ在来線の時間がすぐだから、こっちへ。切符を見せて」
ジュディスの荷物を持ちあげ、栄一は彼女の差し出したチケットを手にとった。
「一旦、新幹線出口を出よう。出たらすぐ目の前に在来線への入口と券売機がある」
そう言って、ジュディスに道を譲り先行させ、案内を始めた。
那須塩原駅から一駅南下すると西那須野駅がある。
二人は東北本線のホームに入線してきた在来線電車に乗り込んだ。
「イギリスと同じで、ボタンを押してドアを開けるんだ」
ドアを開けた栄一が、ジュディスを車内へいざなった。
「あら、でも東京へ向かうモノレールや電車にボタンはなかったわ」
「首都圏や大都市圏ではボタンはないんだよ」
東京で空港から移動したときと違って、一駅だけなのに駅と駅の間隔が長かった。
東北本線の線路に平行して新幹線の高架が聳えている。乗っていたときは気がつかなかったが高架がかなり高いことに驚いた。それで車窓の眺めがよかったのか。
「それにしても、ジュディス、初めての日本だろう?」
「ええ」
「東京だったら浅草寺やスカイツリーがあるし、築地の場外市場や豊洲とかお台場、渋谷や新宿御苑御なんて人気スポットはいくらでもあるのに。連絡をもらったときは、そういうところをリストアップしていたんだぜ」
「それはあとで行きます。でも、私は日本についたら、とにかく西那須野に来たかったの」
「ジュディス、君は変わっている」
「よく言われるわ」
先人たちの名が頭をよぎる。イザベラ・バードやアーネスト・サトウ、バーナード・リーチ、訪日の目的も事跡もさまざまだが、自分には彼らのDNAの一端が受け継がれているような気がしてならない。
「まあいいや。目的を果たしてから、赤ゲットのための観光案内を引き受けるよ」
「お願いします」