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2時の部屋

ー/ー



「あ、起きました!」


 起きてすぐ、旭の目に入ったのは白くふわふわしたソラの髪だった。


「いってて……」

「あ、こら! 無茶しちゃダメです!」


 ソラは起き上がろうとする旭の腹の上に乗り、無理やり押し倒す。軽いうめき声を上げて旭がソファ倒れ込む。


「邪魔だてめぇ……どけ!」

「うるせぇです! けが人は黙って寝ててください!」


 旭の口調に合わせてソラの口調も荒れる。ただの小さな妖狐とはいえ旭も病人だ。互角の取っ組み合いをして部屋がドタバタと揺れる。すると、そんなくだらない喧嘩の物音も気にならないほどの音が部屋の外から聞こえてくる。モニカが、とてつもない音を立てて階段を駆け上がってくる。


「2人ともうるさい!」


 ものすごい勢いで開けられた扉の先にいたのは白いエプロンをしたモニカだった。


「ソラ! 旭君が起きる前に隠れてって言ったでしょ!」

「どうせこいつは見えないです」

「見えてるかもしれないの!」

「………………静かにしてくれ」

「あっ、ごめん……」


 旭がぐったりとしてソファに身体を預ける。すると、モニカの後ろから食欲を唆る甘やかな匂いが香り、旭の鼻腔をくすぐる。


「簡単な軽食を作ったの。お腹空いてるでしょ?」

「……いらねぇ」


 言葉では突き放したような態度を取る旭だったが、身体はそうもいかないようで、空腹を知らせるようにお腹が鳴る。恥ずかしそうにモニカから顔を逸らす旭を、いじらしくじろじろとモニカは覗き込む。


「やっぱりお腹空いてるんでしょ? 我慢しなくていいよ」

「はぁ……食べればいいんだろ」

「ぷぷぷ……今、ぐぅ〜って鳴りました……ぷぷぷ……」


 ソラが部屋の端にある丸いドーナツのようなソラ専用の寝床でくすくすと旭をからかう。対する旭は怒る気力もないようで、モニカに引っ張られながら匂いの元を辿っていく。なんの躊躇いもなくモニカの手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を下って1階に降りると、甘い匂いが更に香ばしく感じられるようになり、やがてその正体も分かり始めてくる。


「……フレンチトースト?」

「えへへ、当たり〜」


 旭の目に嬉しそうに笑うモニカの横顔がぼやけて映る。この横顔を照らすのが月明かりではなく、太陽の光だったのなら、どれだけ美しいだろうかと、朦朧とする頭で考えてしまった。
 ノーチェスの空に太陽は浮かばない。夜の天蓋が本来の空を閉ざし、明けない夜が無限に続く。一体誰がこんな魔法を、なんのために使っているのか。それを知るものは片手で数える程しかいないらしい。


「……なんで俺を助けた」

「え? なんでそんなこと」

「……非道いことを言っただろう。俺はお前が苦手だから、避けるために……」

「もう、とは言わないんだね」


 カチャカチャと食器を用意しながらモニカは言った。3人分の皿を並べ、1つには少し小さめのフレンチトーストを盛り付け、もう2つには焦げの付いたフレンチトーストを乗せて笑う。てとてとと、足音を立ててソラも階段を駆け下り、座高の高い椅子に座った。


「私はね、誰かを助けるのに理由なんて要らないと思うよ」

「フレンチトースト!」

「はい、熱いから気をつけて食べてね」

「はべらいのれすか、もぐもぐ……冷めちゃいますよ」


 旭には分からなかった。なんの見返りも求めず、ただ手を差し伸べるモニカの心が。そんなもの、誰にも教わらなかった。これぽっちも考えたことがなかった。
 旭に叩き込まれたのは魔法だけ。それと、過酷な環境で生きるための術と、殺すための術。それ以外には何もない。


「なぁエストレイラ。お前は……」

「……ん? なぁに?」


 この時、旭は初めてモニカと目を合わせることができた。ノーチェスの空のように、星が光輝いているかのような琥珀色の目。無垢さの塊のような純粋な視線。柔らかな、優しい目つき。この一瞬に、モニカ・エストレイラのすべてが詰まっている。


「……いや、なんでもない」

「んふふ、変なの」


 モニカとソラと、そして旭。3人で食卓を囲む。モニカが男を家に入れることなど、もう二度とはないかもしれない。それどころか、同じ食卓で食事をすることなんて、一生に一度もありえなかっただろう。


(美味い……)

「むぐぐ……むぐ……」

「あ〜もう、急いで食べると喉に詰まっちゃうでしょ!」


 2時の部屋。暖かな幸せが3人を包む。


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「あ、起きました!」
 起きてすぐ、旭の目に入ったのは白くふわふわしたソラの髪だった。
「いってて……」
「あ、こら! 無茶しちゃダメです!」
 ソラは起き上がろうとする旭の腹の上に乗り、無理やり押し倒す。軽いうめき声を上げて旭がソファ倒れ込む。
「邪魔だてめぇ……どけ!」
「うるせぇです! けが人は黙って寝ててください!」
 旭の口調に合わせてソラの口調も荒れる。ただの小さな妖狐とはいえ旭も病人だ。互角の取っ組み合いをして部屋がドタバタと揺れる。すると、そんなくだらない喧嘩の物音も気にならないほどの音が部屋の外から聞こえてくる。モニカが、とてつもない音を立てて階段を駆け上がってくる。
「2人ともうるさい!」
 ものすごい勢いで開けられた扉の先にいたのは白いエプロンをしたモニカだった。
「ソラ! 旭君が起きる前に隠れてって言ったでしょ!」
「どうせこいつは見えないです」
「見えてるかもしれないの!」
「………………静かにしてくれ」
「あっ、ごめん……」
 旭がぐったりとしてソファに身体を預ける。すると、モニカの後ろから食欲を唆る甘やかな匂いが香り、旭の鼻腔をくすぐる。
「簡単な軽食を作ったの。お腹空いてるでしょ?」
「……いらねぇ」
 言葉では突き放したような態度を取る旭だったが、身体はそうもいかないようで、空腹を知らせるようにお腹が鳴る。恥ずかしそうにモニカから顔を逸らす旭を、いじらしくじろじろとモニカは覗き込む。
「やっぱりお腹空いてるんでしょ? 我慢しなくていいよ」
「はぁ……食べればいいんだろ」
「ぷぷぷ……今、ぐぅ〜って鳴りました……ぷぷぷ……」
 ソラが部屋の端にある丸いドーナツのようなソラ専用の寝床でくすくすと旭をからかう。対する旭は怒る気力もないようで、モニカに引っ張られながら匂いの元を辿っていく。なんの躊躇いもなくモニカの手を繋ぎながら、ゆっくりと階段を下って1階に降りると、甘い匂いが更に香ばしく感じられるようになり、やがてその正体も分かり始めてくる。
「……フレンチトースト?」
「えへへ、当たり〜」
 旭の目に嬉しそうに笑うモニカの横顔がぼやけて映る。この横顔を照らすのが月明かりではなく、太陽の光だったのなら、どれだけ美しいだろうかと、朦朧とする頭で考えてしまった。
 ノーチェスの空に太陽は浮かばない。夜の天蓋が本来の空を閉ざし、明けない夜が無限に続く。一体誰がこんな魔法を、なんのために使っているのか。それを知るものは片手で数える程しかいないらしい。
「……なんで俺を助けた」
「え? なんでそんなこと」
「……非道いことを言っただろう。俺はお前が苦手だから、避けるために……」
「もう、《《嫌い》》とは言わないんだね」
 カチャカチャと食器を用意しながらモニカは言った。3人分の皿を並べ、1つには少し小さめのフレンチトーストを盛り付け、もう2つには焦げの付いたフレンチトーストを乗せて笑う。てとてとと、足音を立ててソラも階段を駆け下り、座高の高い椅子に座った。
「私はね、誰かを助けるのに理由なんて要らないと思うよ」
「フレンチトースト!」
「はい、熱いから気をつけて食べてね」
「はべらいのれすか、もぐもぐ……冷めちゃいますよ」
 旭には分からなかった。なんの見返りも求めず、ただ《《助けるべきだから》》手を差し伸べるモニカの心が。そんなもの、誰にも教わらなかった。これぽっちも考えたことがなかった。
 旭に叩き込まれたのは魔法だけ。それと、過酷な環境で生きるための術と、殺すための術。それ以外には何もない。
「なぁエストレイラ。お前は……」
「……ん? なぁに?」
 この時、旭は初めてモニカと目を合わせることができた。ノーチェスの空のように、星が光輝いているかのような琥珀色の目。無垢さの塊のような純粋な視線。柔らかな、優しい目つき。この一瞬に、モニカ・エストレイラのすべてが詰まっている。
「……いや、なんでもない」
「んふふ、変なの」
 モニカとソラと、そして旭。3人で食卓を囲む。モニカが男を家に入れることなど、もう二度とはないかもしれない。それどころか、同じ食卓で食事をすることなんて、一生に一度もありえなかっただろう。
(美味い……)
「むぐぐ……むぐ……」
「あ〜もう、急いで食べると喉に詰まっちゃうでしょ!」
 2時の部屋。暖かな幸せが3人を包む。