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ー/ー三木は一度、安立に渡した同じ資料を持ってきてから四〇分後に、結果を持って戻ってきた。
「大変お待たせしました。サンカイ運輸と浜松京一様のお取引がございました。ですが、麻生は担当した形跡がなく、麻生は守口付近の支店に配属になったことはありません。それに経営者は、うちのような規模の銀行に口座を持っていることが多いので、参考にならないのでは、と」
「最近、動きは、ありましたか?」
三木が持っていた用紙を、高石たちの前に置いた。
「ご覧のとおり、大した動きはありません」
出入り表には、ほとんど動きはない。直近で動いているのは、今年の四月で五万の振込。サンカイ運輸のメインバンクは、美井銀行ではないらしい。
「どうもありがとうございました」立ち上がった高石は、軽く頭を下げた。
「また何かございましたら、ご連絡ください」
本心なのか建前なのか分からない三木の言葉に見送られて、銀行を後にした。
三島係長から電話が入ったのは、枚方警察署に車を止めた直後だった。
「高石、今どこや?」
「ちょうど本部に車を止めたところです」
「署長室におるから、直ぐにこい」
高石は車を飛び降りて、署の中に駆け込んだ。後ろから糸屋が情けない声で「待ってくださいよ」と叫んでいる。
ノックをしきれないまま中に入ると、枚方警察署署長、堺管理官、淡路一課長と総出での迎えだった。
「トレーラーの件、説明してくれ」
「はい。ある筋から、サンカイ運輸と宮本と関係があると入りました」
「サンカイ運輸を調べたら、一台のトレーラーが事件の翌日に大阪入りしてたんです」
「それが、どう繋がるねん」
繋がるかどうかは、結果が出ないと高石自身、なんとも言えない状況ではあった。
「あくまでも推測として聞いてください。もし今回の強奪事件とこのトレーラーが関係しているとしたならば、ですが。犯人は、交野で逃走車両を捨て、準備してあった車に乗り換えて高速に乗り、トレーラーを一度、追い越してからまた追いかけて、どこかのパーキング・エリアで落ち合います。そこで犯人は現金を車から下ろして、トレーラーに移し替えたのではないか、と」
淡路は腕を組んで目を閉じている。髭がないのに顎を擦っている堺が口を開いた。
「なんで、そんなことする必要があるんや?」
高石にも、それは分からない。ただ今はマネー・ロンダリングするのも容易ではないし、金額は億単位だ。
手っ取り早いのは、盗んだ金が直ぐに使える状態。盗まれた金は強奪を想定はされておらず、旧札で番号も割れていない。仮に新札が混じっていても、銀行側もどの番号まではかは把握していないだろう。
そもそも銀行は年末年始以外、新札を大量に用意はしていない。新札はひっつきやすく数えにくいから、商売や企業の経理には嫌がられる。中には縁起を担ぐために新札で取引する場合は、前もって銀行に用意をしてもらうように手筈を整えるものだ。
犯人は、かなり用意周到だ。関係者が割れたとしても、府内になければ証拠がないのと同じ。
それに手際よくスピーディーに逃走を図っているから、緊急配備をすり抜けている。まさか、盗まれた金が東京方面から入ってくるとは、誰も予想はしないだろう。それもアイドルのコンサート・ツアー用のトラックに載せられて。
目を開いた淡路に、一斉に視線が集中した。淡路が頷くと、堺が脇に持っていた封筒から、中身を取り出して机の上に置いた。
「多賀サービス・エリアの画像や。トレーラーが出入りしたパーキング・エリアを中心に遡って、大阪ナンバーを追跡したんや。ほんだら、おかしな動きをしとった車があった。大津から名神高速に入って東京方面に走ったあと、途中で降りて、また直ぐに、高速に入っとる。滋賀から高速に乗る前を探したら、初めに映ってたんは、交野にあるコンビニのカメラやった」
高石の全身が粟立った。堺は付け加えた。
「トレーラーが多賀サービス・エリアに入ってきたんは十時二十三分。ゴミ箱付近に設置されたカメラで、トレーラーから降りた運転手とは別の、もう一つの影があったんや。ただ影だけで、何をしてたかまでは、わからん」と堺はいいながら、高石の推測を受け入れつつあった。
「それで、このトラックは今、どこにおるねん」
淡路の鋭い目は、標本にある虫を刺す針のようで、高石は萎縮する。
「大阪城ホールに駐まってます。コンサートは四日間。今日までで搬出は明日みたいです」
一同が渋い顔つきになる。仮に現金を積んでいて、着いたばかりであれば、大団円の見込みもあった。しかし四日目ともなると、すでに運び出されている可能性が高い。
「仮にトレーラーに載せ替えていたとしてやけど、まだそのままの可能性はあるで」
「今、大阪城ホールでやってるアイドルのコンサートは、押しも押されぬ人気グループや。知ってるやろ? コンサートが開始される前の前日から、ウヨウヨしとるの。おまけに夜、節約のために夜遅くにテントを張ってるのもおる。コンサート会場に搬入する機材を出し入れする場所にも絶えず人がおるし、警備員も配備されてる。そんな中、車を横付けにして移し替えるのは、難しい」
「でも、深夜やったら?」
「林に隠れてテント張ってる若い奴ら、それも女や。寝てる訳あらへん。昔に一度、注意して立ち退かせたことあったけど、お構いなしや。それにやな、チケット持ってへんのに、アイドルがおるから一緒の場所にって、ようわからん連中もおるんやからな」
本部の人間は思い当たるのか、目に情景を浮かべているのか、「ああ」と声を漏らしている。高石も同じだった。
「ほんだら今ここに戻ってきてる捜査員を集めて、行ってみるか」
「大変お待たせしました。サンカイ運輸と浜松京一様のお取引がございました。ですが、麻生は担当した形跡がなく、麻生は守口付近の支店に配属になったことはありません。それに経営者は、うちのような規模の銀行に口座を持っていることが多いので、参考にならないのでは、と」
「最近、動きは、ありましたか?」
三木が持っていた用紙を、高石たちの前に置いた。
「ご覧のとおり、大した動きはありません」
出入り表には、ほとんど動きはない。直近で動いているのは、今年の四月で五万の振込。サンカイ運輸のメインバンクは、美井銀行ではないらしい。
「どうもありがとうございました」立ち上がった高石は、軽く頭を下げた。
「また何かございましたら、ご連絡ください」
本心なのか建前なのか分からない三木の言葉に見送られて、銀行を後にした。
三島係長から電話が入ったのは、枚方警察署に車を止めた直後だった。
「高石、今どこや?」
「ちょうど本部に車を止めたところです」
バックで駐車した車にブレーキが掛かって、小さく身体が揺れる。
「署長室におるから、直ぐにこい」
高石は車を飛び降りて、署の中に駆け込んだ。後ろから糸屋が情けない声で「待ってくださいよ」と叫んでいる。
ノックをしきれないまま中に入ると、枚方警察署署長、堺管理官、淡路一課長と総出での迎えだった。
署長室に高石の座る場所はなく、自然と立ったままだ。
「トレーラーの件、説明してくれ」
進行役は、やはり三島だった。
「はい。ある筋から、サンカイ運輸と宮本と関係があると入りました」
高石は淡路に視線を送った。淡路は僅かに頷く。
「サンカイ運輸を調べたら、一台のトレーラーが事件の翌日に大阪入りしてたんです」
「それが、どう繋がるねん」
繋がるかどうかは、結果が出ないと高石自身、なんとも言えない状況ではあった。
「あくまでも推測として聞いてください。もし今回の強奪事件とこのトレーラーが関係しているとしたならば、ですが。犯人は、交野で逃走車両を捨て、準備してあった車に乗り換えて高速に乗り、トレーラーを一度、追い越してからまた追いかけて、どこかのパーキング・エリアで落ち合います。そこで犯人は現金を車から下ろして、トレーラーに移し替えたのではないか、と」
淡路は腕を組んで目を閉じている。髭がないのに顎を擦っている堺が口を開いた。
「なんで、そんなことする必要があるんや?」
高石にも、それは分からない。ただ今はマネー・ロンダリングするのも容易ではないし、金額は億単位だ。
手っ取り早いのは、盗んだ金が直ぐに使える状態。盗まれた金は強奪を想定はされておらず、旧札で番号も割れていない。仮に新札が混じっていても、銀行側もどの番号まではかは把握していないだろう。
そもそも銀行は年末年始以外、新札を大量に用意はしていない。新札はひっつきやすく数えにくいから、商売や企業の経理には嫌がられる。中には縁起を担ぐために新札で取引する場合は、前もって銀行に用意をしてもらうように手筈を整えるものだ。
犯人は、かなり用意周到だ。関係者が割れたとしても、府内になければ証拠がないのと同じ。
それに手際よくスピーディーに逃走を図っているから、緊急配備をすり抜けている。まさか、盗まれた金が東京方面から入ってくるとは、誰も予想はしないだろう。それもアイドルのコンサート・ツアー用のトラックに載せられて。
目を開いた淡路に、一斉に視線が集中した。淡路が頷くと、堺が脇に持っていた封筒から、中身を取り出して机の上に置いた。
「多賀サービス・エリアの画像や。トレーラーが出入りしたパーキング・エリアを中心に遡って、大阪ナンバーを追跡したんや。ほんだら、おかしな動きをしとった車があった。大津から名神高速に入って東京方面に走ったあと、途中で降りて、また直ぐに、高速に入っとる。滋賀から高速に乗る前を探したら、初めに映ってたんは、交野にあるコンビニのカメラやった」
高石の全身が粟立った。堺は付け加えた。
「トレーラーが多賀サービス・エリアに入ってきたんは十時二十三分。ゴミ箱付近に設置されたカメラで、トレーラーから降りた運転手とは別の、もう一つの影があったんや。ただ影だけで、何をしてたかまでは、わからん」と堺はいいながら、高石の推測を受け入れつつあった。
「それで、このトラックは今、どこにおるねん」
淡路の鋭い目は、標本にある虫を刺す針のようで、高石は萎縮する。
「大阪城ホールに駐まってます。コンサートは四日間。今日までで搬出は明日みたいです」
一同が渋い顔つきになる。仮に現金を積んでいて、着いたばかりであれば、大団円の見込みもあった。しかし四日目ともなると、すでに運び出されている可能性が高い。
「仮にトレーラーに載せ替えていたとしてやけど、まだそのままの可能性はあるで」
トレーラーの写真を手にした淡路の言葉だった。
「今、大阪城ホールでやってるアイドルのコンサートは、押しも押されぬ人気グループや。知ってるやろ? コンサートが開始される前の前日から、ウヨウヨしとるの。おまけに夜、節約のために夜遅くにテントを張ってるのもおる。コンサート会場に搬入する機材を出し入れする場所にも絶えず人がおるし、警備員も配備されてる。そんな中、車を横付けにして移し替えるのは、難しい」
「でも、深夜やったら?」
島が半分諦めた顔をして切り込んできた。
「林に隠れてテント張ってる若い奴ら、それも女や。寝てる訳あらへん。昔に一度、注意して立ち退かせたことあったけど、お構いなしや。それにやな、チケット持ってへんのに、アイドルがおるから一緒の場所にって、ようわからん連中もおるんやからな」
本部の人間は思い当たるのか、目に情景を浮かべているのか、「ああ」と声を漏らしている。高石も同じだった。
「ほんだら今ここに戻ってきてる捜査員を集めて、行ってみるか」
淡路は、散歩にでも行く軽い口調だった。
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