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鳴っている携帯の画面には、デクの棒と出ていた。高石は舌打ちをしてから通話ボタンを押した。

「高石さん。安立です」
「わかっとるわ。何やねん」

 安立が電話を架けてきた以上、何らかの情報があるのだと思っても、悪態をつかずにはいられない。だが、雰囲気が、いつもとは違う。

「宮本関連で運送会社の名前が上がってきたんで、連絡しときます。運送会社名はサンカイ運輸。場所は守口市です。詳しい住所はメールで送ります」

一応、礼を口にしようとした高石の言葉を聞く間もなく、安立は電話を切った。肩透かしを食らったが、直ぐにサンカイ運輸の調べに入った。

「車を陸運局に回せ」

高石は運転している糸屋に命じた。

「え? 麻生は陸運局と何かあるんですか?」
「ちゃう。情報が入ったんや。守口にあるサンカイ運輸を調べる。その後は、乗り込んでみよか」

運転しながら糸屋が何度も高石を振り返る。

「危ないから、ちゃんと前を向いとけ」

糸屋は話を聞きたそうにしていたが、聞かれも、どう説明をすればいいのか困る。あえて気難しい顔を作り、腕を組んで視線を前だけに向けた。
近畿陸運局は本部の裏手にある。駐車場に車を止めて、安立から送れられてきた内容を元に照会を懸ける。

「情報屋から、ですか?」

待っている間、我慢しきれなくなった糸屋が興味ありげに尋ねてきた。何も言わず高石は睨み返した。

好奇心が先走った、と言える。現に糸屋は失態を犯したと気づいて「ちょっと、トイレに行ってきます」と、高石の咎める視線から逃げていった。
サンカイ運輸の申請書の写しを車の中で確認する。

事業所は一六三号線沿いにあり、代表取締役は浜松京一。大型トラック一五台とトレーラー二台を所有していた。

「トレーラーって、あの馬鹿でかいやつですよね。よう、あんなん運転できますよね」

資料に目を通しながら、糸屋がさっきの失言をなかったことにしている。高石は糸屋を無視して、サンカイ運輸の電話番号をナビにセットした。


   
事務所は二階建てのプレハブでできている簡素なものだった。一階は倉庫で、事務所は二階にあった。
階段を上がって扉を開けると、すぐにカウンターがあってその奥に、ジーンズに紺色のブレザーを着た女の事務員が一人、座っていた。

歳は四十代くらいだろうか。鶏ガラみたいに細くて、抱くと骨が当たって痛そうだった。綺麗に化粧はしていても、皮膚の弛(たる)みと燻(くす)みのせいで化粧が濃くなっている。

「いらっしゃいませ」

 事務員が訝しげに挨拶をしてきたので、高石は手帳を見せた。

「責任者は?」
「出払ってまして……何かありましたか?」

事務員は何か違法な行為でもしていたのかと、戦々恐々としているように見えた。

「いや、大したことはないんです。ここ一週間のトラックの配車表をコピーしてもらえますか?」
「え? はあ。ちょっとお待ち下さい」

事務員がパソコンの前に座り、奥にあるコピー機から用紙が排出され始めた。

「お待たせしました」

B四に印字された用紙を、糸屋と半分にして捲っていく。ほとんどの車両が東京と行き来している。

「高石さん、これって」

糸屋が一台のトレーラーの運行表を指した。

「すんません。このトラック、こっちには、ずっと戻ってきてないみたいですけど」
「ああ、そのトレーラーですか。今、アイドルのコンサート・ツアーについてるんですよ。凄くないですか!」
「アイドルって、事務所は東京でしょ? 何で大阪の運送会社が?」

事務員は首を傾げた。

「何か、伝手があってとか、社長が言うてました。でも、チケットは回ってきこうへんかったんですけどね」

安立は嫌いだが、知捜が掴んだ、宮本がらみの会社だ。
今回の事件にもし関わっているのであれば、どういった形なのか思いつかない。

そもそも現金は、もうバラバラにされて、立ち消える煙を探しているみたいなものではないのか。
警察の面子の比重としては犯人逮捕だ。だが、現金の全額も取り返すのは前提になっている。ただ、全額でなくてもと、ある種の暗黙の了解には、なっていた。

「実は抜き打ちで、捜査をたまにしてるんですよ。トラック運転手に違法な時間を運転させてへんか。これは資料として持って帰りますんで」

糸屋がペラペラと事務員に勝手なことを言っている。
高石は注意するよりも、纏まりそうで纏まらない思考の渦に気を取られていた。

車に戻っても高石は口を開かなかった。糸屋は事務所での勝手を怒っているのかと心配して、運転をしながら何度も高石に視線を投げ掛けてくるのを感じていた。

「犯人は現金輸送車を襲って、宮本を拉致した。逃走車両は交野の山林で見つかった」
「そうですね」

高石の独り言を勘違いして、糸屋は返事をした。まあいいと、高石は独り言を続ける。

「車を乗り換えて、現金とともに消えた……」
「あらゆるところにあるカメラを分析したけど、該当車両は浮かんできてません」

今は、どこにでも監視カメラはあるが、特定するのは難しい。映ってはいるはずだが、判別ができていない。
サンカイ運輸から持ち帰った表に目を落とした。一台のトレーラーが、大阪城ホールで行われるアイドルのコンサートのために戻ってきている。
大阪に戻ってきたのは事件があった翌日。高石は三島係長に電話を架けた。

「どうしたんや」
「ちょっと気になることがあって、調べてもらいたんです。東京方面から走ってきたトレーラーが寄ったパーキング・エリアを調べたいんです。それと京田辺から守口までの高速の入口から乗った車が、トレーラーの寄ったパーキング・エリアに入ってないかも、お願いします」

電話の向こうから長い唸り声が聞こえてきた。高速を利用する一日に通る車両の数は約五〇万台。入口を絞ったとしてもかなりの数に上るが、Nシステムを使えば、直ぐに判明はする。三島は価値があるか見極めている。

「わかった。手配してみる。詳しい話は戻ってきてから聞く。トラックのナンバーは?」

高石はトレーラーのナンバーを読み上げた。

「何か、わかったんですか?」
「わからん。でも、胸が弾むんや」

「はあ……」と糸屋が気の抜けた返事が、暗にもっと詳しく説明をと、乞うていた。
高石は糸屋を無視して、美井銀行にアポの電話を入れた。すぐに来てもらっても構わないと返事を貰えた。糸屋も素早くナビを設定して、車の進路を決めた。

三〇分もしないうちに美井銀行に着いた。三島から見計らったようにメールが入った。トレーラーの動きは判明したが、逃走者を割出し中とだけ書かれてあった。
エレベーターで指定された階に上がると、ギョロ目で小柄な男が出迎えてくれた。

「三木と申します。また、麻生の件で何か?」

三木の質問に、糸屋と思わず顔を見合わせる。

「どういうことですか?」
「え? 安立さんという刑事もいらしたので」

捜査一課と知捜の違いが分かる一般人も、そう多くはない。だが、安立の手垢が付いた後となると面白くはない。なぜすでに美井銀行に来たことを言わなかったと、怒りが込み上げてきてから、情報を渡してやったのを思い出した。

「そうですか。ちょっとまた別件でして。調べて頂きたいんですが、麻生が受け持った先にサンカイ運輸と浜松京一があるか、知りたいんです」
「かしこまりました。少しお時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」
「構いません」

三木は恭しく頭を下げた。

「それと、安立刑事に何か渡しましたか?」
「麻生くんの資料をお渡ししましたが」

何故、知らないのかとでも言いたげだった。

「じゃあ、それを、こっちにもお願いします」
「かしこまりました」

三木が出て行って糸屋が茶化しながら「何か、執事みたいですね」と声を出さずに、鼻息を荒げて笑い始めた。高石は糸屋の頭を軽く叩いた。



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鳴っている携帯の画面には、デクの棒と出ていた。高石は舌打ちをしてから通話ボタンを押した。

「高石さん。安立です」
「わかっとるわ。何やねん」

 安立が電話を架けてきた以上、何らかの情報があるのだと思っても、悪態をつかずにはいられない。だが、雰囲気が、いつもとは違う。

「宮本関連で運送会社の名前が上がってきたんで、連絡しときます。運送会社名はサンカイ運輸。場所は守口市です。詳しい住所はメールで送ります」

一応、礼を口にしようとした高石の言葉を聞く間もなく、安立は電話を切った。肩透かしを食らったが、直ぐにサンカイ運輸の調べに入った。

「車を陸運局に回せ」

高石は運転している糸屋に命じた。

「え? 麻生は陸運局と何かあるんですか?」
「ちゃう。情報が入ったんや。守口にあるサンカイ運輸を調べる。その後は、乗り込んでみよか」

運転しながら糸屋が何度も高石を振り返る。

「危ないから、ちゃんと前を向いとけ」

糸屋は話を聞きたそうにしていたが、聞かれも、どう説明をすればいいのか困る。あえて気難しい顔を作り、腕を組んで視線を前だけに向けた。
近畿陸運局は本部の裏手にある。駐車場に車を止めて、安立から送れられてきた内容を元に照会を懸ける。

「情報屋から、ですか?」

待っている間、我慢しきれなくなった糸屋が興味ありげに尋ねてきた。何も言わず高石は睨み返した。

好奇心が先走った、と言える。現に糸屋は失態を犯したと気づいて「ちょっと、トイレに行ってきます」と、高石の咎める視線から逃げていった。
サンカイ運輸の申請書の写しを車の中で確認する。

事業所は一六三号線沿いにあり、代表取締役は浜松京一。大型トラック一五台とトレーラー二台を所有していた。

「トレーラーって、あの馬鹿でかいやつですよね。よう、あんなん運転できますよね」

資料に目を通しながら、糸屋がさっきの失言をなかったことにしている。高石は糸屋を無視して、サンカイ運輸の電話番号をナビにセットした。


   
事務所は二階建てのプレハブでできている簡素なものだった。一階は倉庫で、事務所は二階にあった。
階段を上がって扉を開けると、すぐにカウンターがあってその奥に、ジーンズに紺色のブレザーを着た女の事務員が一人、座っていた。

歳は四十代くらいだろうか。鶏ガラみたいに細くて、抱くと骨が当たって痛そうだった。綺麗に化粧はしていても、皮膚の弛(たる)みと燻(くす)みのせいで化粧が濃くなっている。

「いらっしゃいませ」

 事務員が訝しげに挨拶をしてきたので、高石は手帳を見せた。

「責任者は?」
「出払ってまして……何かありましたか?」

事務員は何か違法な行為でもしていたのかと、戦々恐々としているように見えた。

「いや、大したことはないんです。ここ一週間のトラックの配車表をコピーしてもらえますか?」
「え? はあ。ちょっとお待ち下さい」

事務員がパソコンの前に座り、奥にあるコピー機から用紙が排出され始めた。

「お待たせしました」

B四に印字された用紙を、糸屋と半分にして捲っていく。ほとんどの車両が東京と行き来している。

「高石さん、これって」

糸屋が一台のトレーラーの運行表を指した。

「すんません。このトラック、こっちには、ずっと戻ってきてないみたいですけど」
「ああ、そのトレーラーですか。今、アイドルのコンサート・ツアーについてるんですよ。凄くないですか!」
「アイドルって、事務所は東京でしょ? 何で大阪の運送会社が?」

事務員は首を傾げた。

「何か、伝手があってとか、社長が言うてました。でも、チケットは回ってきこうへんかったんですけどね」

安立は嫌いだが、知捜が掴んだ、宮本がらみの会社だ。
今回の事件にもし関わっているのであれば、どういった形なのか思いつかない。

そもそも現金は、もうバラバラにされて、立ち消える煙を探しているみたいなものではないのか。
警察の面子の比重としては犯人逮捕だ。だが、現金の全額も取り返すのは前提になっている。ただ、全額でなくてもと、ある種の暗黙の了解には、なっていた。

「実は抜き打ちで、捜査をたまにしてるんですよ。トラック運転手に違法な時間を運転させてへんか。これは資料として持って帰りますんで」

糸屋がペラペラと事務員に勝手なことを言っている。
高石は注意するよりも、纏まりそうで纏まらない思考の渦に気を取られていた。

車に戻っても高石は口を開かなかった。糸屋は事務所での勝手を怒っているのかと心配して、運転をしながら何度も高石に視線を投げ掛けてくるのを感じていた。

「犯人は現金輸送車を襲って、宮本を拉致した。逃走車両は交野の山林で見つかった」
「そうですね」

高石の独り言を勘違いして、糸屋は返事をした。まあいいと、高石は独り言を続ける。

「車を乗り換えて、現金とともに消えた……」
「あらゆるところにあるカメラを分析したけど、該当車両は浮かんできてません」

今は、どこにでも監視カメラはあるが、特定するのは難しい。映ってはいるはずだが、判別ができていない。
サンカイ運輸から持ち帰った表に目を落とした。一台のトレーラーが、大阪城ホールで行われるアイドルのコンサートのために戻ってきている。
大阪に戻ってきたのは事件があった翌日。高石は三島係長に電話を架けた。

「どうしたんや」
「ちょっと気になることがあって、調べてもらいたんです。東京方面から走ってきたトレーラーが寄ったパーキング・エリアを調べたいんです。それと京田辺から守口までの高速の入口から乗った車が、トレーラーの寄ったパーキング・エリアに入ってないかも、お願いします」

電話の向こうから長い唸り声が聞こえてきた。高速を利用する一日に通る車両の数は約五〇万台。入口を絞ったとしてもかなりの数に上るが、Nシステムを使えば、直ぐに判明はする。三島は価値があるか見極めている。

「わかった。手配してみる。詳しい話は戻ってきてから聞く。トラックのナンバーは?」

高石はトレーラーのナンバーを読み上げた。

「何か、わかったんですか?」
「わからん。でも、胸が弾むんや」

「はあ……」と糸屋が気の抜けた返事が、暗にもっと詳しく説明をと、乞うていた。
高石は糸屋を無視して、美井銀行にアポの電話を入れた。すぐに来てもらっても構わないと返事を貰えた。糸屋も素早くナビを設定して、車の進路を決めた。

三〇分もしないうちに美井銀行に着いた。三島から見計らったようにメールが入った。トレーラーの動きは判明したが、逃走者を割出し中とだけ書かれてあった。
エレベーターで指定された階に上がると、ギョロ目で小柄な男が出迎えてくれた。

「三木と申します。また、麻生の件で何か?」

三木の質問に、糸屋と思わず顔を見合わせる。

「どういうことですか?」
「え? 安立さんという刑事もいらしたので」

捜査一課と知捜の違いが分かる一般人も、そう多くはない。だが、安立の手垢が付いた後となると面白くはない。なぜすでに美井銀行に来たことを言わなかったと、怒りが込み上げてきてから、情報を渡してやったのを思い出した。

「そうですか。ちょっとまた別件でして。調べて頂きたいんですが、麻生が受け持った先にサンカイ運輸と浜松京一があるか、知りたいんです」
「かしこまりました。少しお時間を頂きますが、よろしいでしょうか?」
「構いません」

三木は恭しく頭を下げた。

「それと、安立刑事に何か渡しましたか?」
「麻生くんの資料をお渡ししましたが」

何故、知らないのかとでも言いたげだった。

「じゃあ、それを、こっちにもお願いします」
「かしこまりました」

三木が出て行って糸屋が茶化しながら「何か、執事みたいですね」と声を出さずに、鼻息を荒げて笑い始めた。高石は糸屋の頭を軽く叩いた。



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