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電話口の相手は宮本とは多分違うグループで、全く覚えていないと言い切っていた。幾つかの質問のあと、高石は礼を言って電話を切る時には、既に糸屋の携帯を手にしていた。
天田からのショートメールで、書き始めは会った時の態度を謝罪する言葉が綴られている。文字がオーバーしたのか、続きは二通目からあった。

『実はちょうど就活時期の半ばに、ゼミ生ではなく学部が同じだった友人に愚痴っているのを耳にした話を思い出しました。中々希望する金融関係に決まらないのに、フラフラして何でも持ってる奴が何で自分の第一志望の銀行を知った上で受けて受かるんやって。本当は会った時に話したかったんですが、上手く話せないのでメールで、すみません』

高石は糸屋の携帯から返信を打った。

『名前を覚えていますか?』

待ち構えていたのか、すぐに返事は来た。

『アソウって名前です。政治家と同じ名前やったから』

最後にお礼のメールを高石は送信した。

「メールの文面は、めちゃくちゃ普通やのに」

糸屋が、返された携帯の画面を見て哀れんでいた。
サークルの洗い出しは、藤井が担当している。

「糸屋。麻生を探しに大学に行くで」

 直ぐに車を走らせ、大学の門を潜った。走りたい気持ちを押させても、足は競歩しているみたいに速くなる。
学生部に行って、中崎を呼びつけた。

「まだ何か?」

中崎の態度は、明らかにうんざりだと言っていた。

「昨日、調べてた卒業生の中に、麻生という男の資料を出してもらいたい。卒業後は銀行に就職してるはずですわ」
「わかりました。それなら直ぐ見つかると思いますから、少しお待ちください」

無意識なのか、当てつけなのか、大きな溜息を一つ落としてから中崎は奥に引っ込んでいった。
中年の高石と二十代後半の糸屋が学生部に並んでいる姿を、訪れる学生が不思議そうに見てくる。女子からの視線はいいが、男からの視線は自然に睨み返してしまう。

「お待たせしました。麻生って名前は三名おりましたけど、銀行に就職したの、この学生だけですね」

中崎の持ってきた資料には入学時の写真が貼り付けられている。まだ高校生の幼さが残っていたが、かなり整った顔をしていた。

「めっちゃ男前やないですか。絶対に大学の四年の間に、かなりの女を泣かしてますね。名前も麻生(あそう)正隆(まさたか)って。イケメンの名前やし」

糸屋が嫉妬したみたいに言い放ったが、今の麻生は現在の糸屋より年上だとは、言わないでおいた。
資料を持って車に戻った高石は、糸屋に釘をさした。

「この麻生の件は、今日の報告でしやんでええ」
「何でですか?」
「ええから、ええねん。分かったな」
「はい」

何かを感じたのか、糸屋はキレのあるいい返事をした。
      



会議室に早めに集まった捜査員たちと朝礼を済ませた安立は、腹に刺さった棘を吐き出した。

「一課も、宮本狙いや」

一瞬にして空気が張り詰めた。
捜査員たちも馬鹿じゃない。感づいてはいても、上司の口からはっきりと聞くと更に力が入る。
部屋に意識が一つの塊になっているのを、皆が感じた。ゴールの先を再確認した捜査員たちが、部屋を出て行く。

安立も萱島を連れ立って、枚方の小林不動産に向かった。
融資課の富田から聞いた住所は、枚方市駅の近くだった。萱島に運転をさせて阪神高速に入った。単調な光景は、乗っている車が走っているのではなく、壁が高速で流れている錯覚に陥る。

現金輸送車襲撃事件は、犯人が使った車が見つかっている。他に進展があるみたいだが、知捜に情報をくれるほど甘くはない。同じ知捜内でも、班が違えば敵と同じ。ましてや一課と知捜のゴールが同じだとなれば尚更。

加えて高石がいる。何が何でも知捜に情報が漏れてくる場面は皆無だといっていい。あとは刑事部長の声で、釣鐘か淡路のどちらかが歩み寄ってくれればと、あまりにも淡い期待をしてしまう。

焦りと苛立ちが、帳場でもない本部内にも漂っていて、否応なしに肌で感じた。昭和に起こった未解決の三億強盗事件に匹敵する今回の事件。当時とは違い、カメラは何処にでも設置されている。点々とあるカメラを繋いでいけば、一つの線となる。都会に死角はないに等しい。
安立は前方に見え始めた、高速に設置してあるカメラを見やった。

「宮本、どこに隠れてるんですかね」

萱島は、癖なのか気になるのか、ハンドルから片手を離して、いつものように髪のハネ具合を確認している。

「親玉の後ろやろ? でも何や。しばらく見つからんでもええんやけど、それはそれで、面倒やわな」

安立が何を言いたいのか、萱島にも伝わったようだ。
スピードが上がって、一〇分弱で守口から高速を下りて一号線を走った。左手には河川敷があり、老人と犬がゆったりと散歩をしていた。
本部を出て四〇分くらいで枚方市駅周辺に着いた。ナビに表示された地点を目印に、道を進んでいく。

「枚方市駅に縁がありますね」
「そうやな」

香奈恵と会ったのが、駅周辺の居酒屋だった。
駅に連結して百貨店、離れた場所に大型ショッピング・センター、関西医科大学もある。安立はあまり自宅から京都方面に電車で出掛ける用事がなかったので、改めてゆっくり見回した。駅周辺だけを見れば、生活がしやすい雰囲気だ。

車は市役所を横切り、右折をして一方通行のへと進入していく。そのまま真っ直ぐに進むと、捜査本部が置かれている枚方警察署があり、道路を挟んで手前には税務署や職安もあった。

「ここ、ですね」

商店街でもなく、住宅街でもない中途半端な場所に事務所はあった。
入口のガラス扉には、白い文字で屋号が書かれ、窓ガラスにも地域密着、信頼できる不動産屋などの文字が踊っている。
文字がブラインド代わりをしている。時間に置いて行かれた外観で、融資をしたいとは到底思えない。

適当な場所に車を止め、萱島と事務所の前に立った。電気が点いておらず、人の気配もない。

「今日は水曜日とちゃうな?」

安立は萱島に、再確認するように呟いた。

「隣、聞いてきます」

萱島が隣の駄菓子屋に入っていった。
安立も向かいに建つ三階建の家のインターホンを鳴らした。自然と萱島が事務所並びに、安立が向かい並びの店舗と家に聞き込んだ。

「どうやった?」

一通り話を聞いて車に戻った二人は、話を突き合わせた。

「定休日の火曜日と水曜日以外は、毎日社長が朝の八時半には事務所に入り、道路を掃除。暑い日は水打ちをしてたみたいです。社長一人で切り盛りしてるみたいですね」
「こっちも似たり寄ったりやな。人柄も問題なく、自治会の行事にも参加してる。ただ、盆明けくらいから社長の姿を見てない、店が開いてなかった気がするやったわ」
「俺も同じでした」
「次は、社長宅やな」

安立はナビに住所を打ち込んだ。
府道を走り、丘の上にある観覧車を横目に、一〇分で小林社長の家に着いた。
最寄り駅周辺には真新しい低層マンションがある。駅から離れると周りには高い建物がなく、道幅も広くてすっきりしていた。

年季が入った住宅がほとんどで、あまり住人の入れ替わりがない環境だと窺えた。小林の家も同じだった。青い瓦が載った屋根は、昭和の香りを残していた。ブロック塀からは柑橘の実が飛び出している。

萱島がここ数年の内に取り替えられたと思われる、カメラ付きのインターホンを押した。反応がない。今度は安立が押した。

「はい」

訝しげ気に出たのは、小林の妻だろう。

「大阪府警の者です。お話を伺いたいんですが」

萱島がカメラに向けて手帳を掲げた。
返事もなくガチャリと切れる音が響いた。安立と萱島は顔を見合わせて、もう一度インターホンを押そうとした時、玄関の扉が開いた。

肩までの髪を一つに纏め、毛束には白い線が目立っていた。小林の妻は周りを気にしながら、「どうぞ。早く入って下さい」と二人を急かした。

 足首までの靴下に、膝丈のグレーのスカート。上はピンク色の半袖セーターを着ていて、家と同じでどこか古めかしい。顔はどこか疲れ切った様相をしていた。

「こちらにどうぞ」と消え入りそうな声だった。
「失礼します」二人は、玄関を上って直ぐ右にある部屋に通された。



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天田からのショートメールで、書き始めは会った時の態度を謝罪する言葉が綴られている。文字がオーバーしたのか、続きは二通目からあった。

『実はちょうど就活時期の半ばに、ゼミ生ではなく学部が同じだった友人に愚痴っているのを耳にした話を思い出しました。中々希望する金融関係に決まらないのに、フラフラして何でも持ってる奴が何で自分の第一志望の銀行を知った上で受けて受かるんやって。本当は会った時に話したかったんですが、上手く話せないのでメールで、すみません』

高石は糸屋の携帯から返信を打った。

『名前を覚えていますか?』

待ち構えていたのか、すぐに返事は来た。

『アソウって名前です。政治家と同じ名前やったから』

最後にお礼のメールを高石は送信した。

「メールの文面は、めちゃくちゃ普通やのに」

糸屋が、返された携帯の画面を見て哀れんでいた。
サークルの洗い出しは、藤井が担当している。

「糸屋。麻生を探しに大学に行くで」

 直ぐに車を走らせ、大学の門を潜った。走りたい気持ちを押させても、足は競歩しているみたいに速くなる。
学生部に行って、中崎を呼びつけた。

「まだ何か?」

中崎の態度は、明らかにうんざりだと言っていた。

「昨日、調べてた卒業生の中に、麻生という男の資料を出してもらいたい。卒業後は銀行に就職してるはずですわ」
「わかりました。それなら直ぐ見つかると思いますから、少しお待ちください」

無意識なのか、当てつけなのか、大きな溜息を一つ落としてから中崎は奥に引っ込んでいった。
中年の高石と二十代後半の糸屋が学生部に並んでいる姿を、訪れる学生が不思議そうに見てくる。女子からの視線はいいが、男からの視線は自然に睨み返してしまう。

「お待たせしました。麻生って名前は三名おりましたけど、銀行に就職したの、この学生だけですね」

中崎の持ってきた資料には入学時の写真が貼り付けられている。まだ高校生の幼さが残っていたが、かなり整った顔をしていた。

「めっちゃ男前やないですか。絶対に大学の四年の間に、かなりの女を泣かしてますね。名前も麻生(あそう)正隆(まさたか)って。イケメンの名前やし」

糸屋が嫉妬したみたいに言い放ったが、今の麻生は現在の糸屋より年上だとは、言わないでおいた。
資料を持って車に戻った高石は、糸屋に釘をさした。

「この麻生の件は、今日の報告でしやんでええ」
「何でですか?」
「ええから、ええねん。分かったな」
「はい」

何かを感じたのか、糸屋はキレのあるいい返事をした。
      



会議室に早めに集まった捜査員たちと朝礼を済ませた安立は、腹に刺さった棘を吐き出した。

「一課も、宮本狙いや」

一瞬にして空気が張り詰めた。
捜査員たちも馬鹿じゃない。感づいてはいても、上司の口からはっきりと聞くと更に力が入る。
部屋に意識が一つの塊になっているのを、皆が感じた。ゴールの先を再確認した捜査員たちが、部屋を出て行く。

安立も萱島を連れ立って、枚方の小林不動産に向かった。
融資課の富田から聞いた住所は、枚方市駅の近くだった。萱島に運転をさせて阪神高速に入った。単調な光景は、乗っている車が走っているのではなく、壁が高速で流れている錯覚に陥る。

現金輸送車襲撃事件は、犯人が使った車が見つかっている。他に進展があるみたいだが、知捜に情報をくれるほど甘くはない。同じ知捜内でも、班が違えば敵と同じ。ましてや一課と知捜のゴールが同じだとなれば尚更。

加えて高石がいる。何が何でも知捜に情報が漏れてくる場面は皆無だといっていい。あとは刑事部長の声で、釣鐘か淡路のどちらかが歩み寄ってくれればと、あまりにも淡い期待をしてしまう。

焦りと苛立ちが、帳場でもない本部内にも漂っていて、否応なしに肌で感じた。昭和に起こった未解決の三億強盗事件に匹敵する今回の事件。当時とは違い、カメラは何処にでも設置されている。点々とあるカメラを繋いでいけば、一つの線となる。都会に死角はないに等しい。
安立は前方に見え始めた、高速に設置してあるカメラを見やった。

「宮本、どこに隠れてるんですかね」

萱島は、癖なのか気になるのか、ハンドルから片手を離して、いつものように髪のハネ具合を確認している。

「親玉の後ろやろ? でも何や。しばらく見つからんでもええんやけど、それはそれで、面倒やわな」

安立が何を言いたいのか、萱島にも伝わったようだ。
スピードが上がって、一〇分弱で守口から高速を下りて一号線を走った。左手には河川敷があり、老人と犬がゆったりと散歩をしていた。
本部を出て四〇分くらいで枚方市駅周辺に着いた。ナビに表示された地点を目印に、道を進んでいく。

「枚方市駅に縁がありますね」
「そうやな」

香奈恵と会ったのが、駅周辺の居酒屋だった。
駅に連結して百貨店、離れた場所に大型ショッピング・センター、関西医科大学もある。安立はあまり自宅から京都方面に電車で出掛ける用事がなかったので、改めてゆっくり見回した。駅周辺だけを見れば、生活がしやすい雰囲気だ。

車は市役所を横切り、右折をして一方通行のへと進入していく。そのまま真っ直ぐに進むと、捜査本部が置かれている枚方警察署があり、道路を挟んで手前には税務署や職安もあった。

「ここ、ですね」

商店街でもなく、住宅街でもない中途半端な場所に事務所はあった。
入口のガラス扉には、白い文字で屋号が書かれ、窓ガラスにも地域密着、信頼できる不動産屋などの文字が踊っている。
文字がブラインド代わりをしている。時間に置いて行かれた外観で、融資をしたいとは到底思えない。

適当な場所に車を止め、萱島と事務所の前に立った。電気が点いておらず、人の気配もない。

「今日は水曜日とちゃうな?」

安立は萱島に、再確認するように呟いた。

「隣、聞いてきます」

萱島が隣の駄菓子屋に入っていった。
安立も向かいに建つ三階建の家のインターホンを鳴らした。自然と萱島が事務所並びに、安立が向かい並びの店舗と家に聞き込んだ。

「どうやった?」

一通り話を聞いて車に戻った二人は、話を突き合わせた。

「定休日の火曜日と水曜日以外は、毎日社長が朝の八時半には事務所に入り、道路を掃除。暑い日は水打ちをしてたみたいです。社長一人で切り盛りしてるみたいですね」
「こっちも似たり寄ったりやな。人柄も問題なく、自治会の行事にも参加してる。ただ、盆明けくらいから社長の姿を見てない、店が開いてなかった気がするやったわ」
「俺も同じでした」
「次は、社長宅やな」

安立はナビに住所を打ち込んだ。
府道を走り、丘の上にある観覧車を横目に、一〇分で小林社長の家に着いた。
最寄り駅周辺には真新しい低層マンションがある。駅から離れると周りには高い建物がなく、道幅も広くてすっきりしていた。

年季が入った住宅がほとんどで、あまり住人の入れ替わりがない環境だと窺えた。小林の家も同じだった。青い瓦が載った屋根は、昭和の香りを残していた。ブロック塀からは柑橘の実が飛び出している。

萱島がここ数年の内に取り替えられたと思われる、カメラ付きのインターホンを押した。反応がない。今度は安立が押した。

「はい」

訝しげ気に出たのは、小林の妻だろう。

「大阪府警の者です。お話を伺いたいんですが」

萱島がカメラに向けて手帳を掲げた。
返事もなくガチャリと切れる音が響いた。安立と萱島は顔を見合わせて、もう一度インターホンを押そうとした時、玄関の扉が開いた。

肩までの髪を一つに纏め、毛束には白い線が目立っていた。小林の妻は周りを気にしながら、「どうぞ。早く入って下さい」と二人を急かした。

 足首までの靴下に、膝丈のグレーのスカート。上はピンク色の半袖セーターを着ていて、家と同じでどこか古めかしい。顔はどこか疲れ切った様相をしていた。

「こちらにどうぞ」と消え入りそうな声だった。
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