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アーバネット銀行香里ケ丘支店で事情聴取をしていた高石の視界に嫌でも入ってきたのは、知捜の安立剣剛だ。淡路の連絡で、やってくることは分かってはいた。
長身でガタイのいい身体。顔も女受けする甘いマスク。実際に、本部でも人気がある。刑事のくせに、どこか英国紳士的なスーツをいつも着ている。要は高石の持っていないものを全て持ち合わせている安立が気にくわなかった。

出迎えた高石が皮肉を言っても、飄々としていて癪に障る。何より安立を見上げなければならいのが腹立たしい。
安立が令状を支店長である城見に提示して説明をしていた。知捜が昨日や今日、突然、ガサ入れをする訳じゃない。時間を費やしてきている。

それも、女性行員か、連れ去られた課長の宮本正守のどちらかをマークしていた。でなければ知捜の遠野と山崎が事件現場に居合わせる訳がない。
襲われて運ばれた遠野に事情聴取をしたが、どちらをマークしていたのかは、はぐらかしていた。遅かれ早かれ、どちらだったか判明する。

遠野の件は、実に運がよかった。たまたま健康診断で引っ掛かって、警察病院に向かっている途中に事件の速報が入った。知捜の遠野が警察病院に運び込まれた一報が続き、再検診を蹴って遠野に張り付いた。

かなり激しい暴行を加えられていたが、意識ははっきりしていたし、話すには問題はなかった。だが、あまりにも知捜の動きと偶然すぎて、今回の強盗事件と関係があるのではないだろうかと踏んでいた。

「高石さん。女性行員の意識が戻ったみたいです」

耳打ちをしてきたのは、枚方警察署の糸屋(いとや)聡(さとし)巡査長だ。安立は業務課長の案内で、二階の食堂に向かった。

「運ばれたんは関西医大やな」

高石は一課の中(なか)寺雄二(でらゆうじ)巡査長に支店を任せて、枚方市駅の関西医科大学に糸屋と向かった。
香里ケ丘駅の前にも系列の大学病院があるが、運ばれたのは新設された真新しい病院だった。駐車場に車を止め、面会者専用の入口にいる守衛に、糸屋が控えていた部屋番号を伝える。

中は天井が高く、照明が少し落とされた空間にコンビニが燦々と輝いていた。ホテルみたいな建物でも、中はやはりどこか消毒臭いがした。それに空気中に陰気さが浮遊している。

「救急ですね。入って右側、ちょうどコンビニ向かい側のエレベーターに乗って四階です」
「どうも」

糸屋が礼を言って、高石を促した。
広々とした空間には、オブジェと病院の模型が飾られている。

「コンビニ行くで」

エレベータ・ホールに足を向けた糸屋とは反対方向に高石は向かった。

「何か買いはるんですか?」
「今から赤ずきんちゃんとこに行くんやから」

糸屋は分かっていないのか、コンビの中までは入ってこなかった。コンビニから出てきた高石の持っている袋を覗いて、糸屋は「ああ、そういうことですか」と納得していた。

エレベーターで四階まで上がり、左右に病室番号が振られていた。高石たちは右に進んだ。
オープンになっているナース・ステーションの前を通り過ぎる。巡回しているのか、看護師が一人だけいて、高石たちには気づいていない。
同じ扉が並んで、どこまでも続いていきそうな白い廊下に、地図の目印みたいに警官が立っていた。

「一課の高石や」

警察手帳を見せて中に入った。
カーテンは引かれておらず、頭に包帯を巻いている女が、目を開けてぼんやりと天井を見ていた。

「長尾(ながお)香澄(かすみ)さんですか?」

高石はベッド脇に置いてあった椅子に座った。立って見下ろすよりは、なるべく視線を近くまで下げれば、威圧感を緩和できる。
香澄は、目だけを高石に向けただけで、反応が薄い。切れ長の目元と、ほんのり茶色がかったストレート・ヘアが白いベッドとの効果で、香澄の顔色が青白く見せていた。日常は懸け離れた病室だから、一層ぐんと際立って見える。

なかなかの美人だ。美人は決まって背が高いから、低い高石とはバランスがとれるなと、頭の少しだけ余裕のある場所で考えてみる。

「これ、下のコンビニで買ってきたんですよ」

袋にはとりあえず片っ端から並んでいたスイーツと、期間限定と書かれた菓子が入っている。香澄の目が、パンパンになった袋を見て大きくなった。

「――ダイエット、してるんですけど」

弱々しい声だったが、話はできそうだった。

「まだ落ち着いていない状態で、大変、申し訳ないんですけど……」
「ショックやったけど、大丈夫です」

香澄の目は今、しっかりと高石を捉えていた。

「ありがとうございます。早速ですけど、どんな状況やったかを、お聞きしたいんです。なんで寺から大金が運ばれる経緯になったんですか?」

香澄はまた天井の目を向け、話し始めた。

「蓮浄寺は顧客で、年始とかの賽銭の集計をうちの銀行がやってるんです。今回は先代の住職が亡くなって、宗派だけの葬式をした時に納められる香典の額が大きいからって、駆り出されました」
「蓮浄寺の担当者は?」
「営業の宮本取引先課長(とりちょう)です」

 先に支店長からの聞いていた話と合致している。

「蓮浄寺の香典の額や、輸送日を知っていたのは?」
「私と取引先課長(とりちょう)、城見支店長です。他の行員にも、今回は口外しないことになってました」

しかし現実に、現金輸送車は襲われた。

「その宮本課長ですが、どうも連れ去られたみたいなんです。どんな感じでしたか? 覚えてる限りでいいんで」
「ガシャンって音と急ブレーキが掛かって、何やろうって、前を見たんです。車の前でバイクが倒れてて、すぐ近くに、人も倒れてたんです。事故が起こったって、その時は思いました。宮本取引先課長は隣に座ってたんですけど、呆然として前を見てました。助手席に座ってた警備員が出て行って、しばらくして運転してた警備員も下りて行きました。倒れてた人、ピクリともせんかったから、運転手も顔色がなくなってましたね。ほんだら急に反対の筋から車が突っ込んできて、警備員を跳ねたんです。撥ねた車からヘルメットを被った二人組が降りてきて……宮本取引先課長を見たら、貝みたいに丸まってました。私はヤバイと思って出たら――」
「要は逃げようとした長尾さんとは反対に、ただ丸まって怯えていた、と?」

香澄が頷いた。

「宮本課長に当日と、最近で、変わった様子はなかったですか?」

しばらく考えたあと香澄は「特には」と返事をした。

「どうもご協力ありがとうございました。最後に一ついいですか? 襲われた時、車で縮こまってた宮本課長やけど、日頃から臆病者でしたか?」
「さあ。支店だけの付き合いやし」

小さく首をかしげた様子から、本当に知らないみたいだ。

「そうですか。どうもありがとうございました」

高石は礼を言って糸屋と病室を出た。
高石は精一杯の大股で歩き、ナース・ステーションにいた看護師に声を掛けて警察手帳を見せた。

「今日、運び込まれた警備員の轢かれたほう。どうです?」
「ああ、まだ意識は戻ってないですね」
「どうも」

病院の外に出ると、救急車がサイレンを近づいてきた。敷地内に入ってきた救急車のサイレンが、途中で切られて情けない音切れだった。

「城見、遠野の話とのズレはないな」車の助手席に高石は乗った。
「そうですね。やっぱり」
「宮本が臭いな。多分、知捜が張ってたのも、長尾やなくて、宮本や。行員を張ってたってことは、横領、不正融資に他は何や、マネロンか? 何にせよ、宮本がきな臭いことをしてたから、遠野がおって、すぐに知捜が入ってきた」
「やはり宮本が誰かに情報を流してた。が妥当ですかね」
「何でやねん。蓮浄寺の誰かかもしれんやろ。誰彼にしろ、どこに流してたかや」

 高石は腕を組むが、膨よかな胸板で、腕を重ねる風体になっている。

「とりあえず支店に帰るで」

糸屋がエンジンを掛ける。少し腰をずらした高石の視界には、ダッシュボードの向こうに道路が見えていた。



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長身でガタイのいい身体。顔も女受けする甘いマスク。実際に、本部でも人気がある。刑事のくせに、どこか英国紳士的なスーツをいつも着ている。要は高石の持っていないものを全て持ち合わせている安立が気にくわなかった。

出迎えた高石が皮肉を言っても、飄々としていて癪に障る。何より安立を見上げなければならいのが腹立たしい。
安立が令状を支店長である城見に提示して説明をしていた。知捜が昨日や今日、突然、ガサ入れをする訳じゃない。時間を費やしてきている。

それも、女性行員か、連れ去られた課長の宮本正守のどちらかをマークしていた。でなければ知捜の遠野と山崎が事件現場に居合わせる訳がない。
襲われて運ばれた遠野に事情聴取をしたが、どちらをマークしていたのかは、はぐらかしていた。遅かれ早かれ、どちらだったか判明する。

遠野の件は、実に運がよかった。たまたま健康診断で引っ掛かって、警察病院に向かっている途中に事件の速報が入った。知捜の遠野が警察病院に運び込まれた一報が続き、再検診を蹴って遠野に張り付いた。

かなり激しい暴行を加えられていたが、意識ははっきりしていたし、話すには問題はなかった。だが、あまりにも知捜の動きと偶然すぎて、今回の強盗事件と関係があるのではないだろうかと踏んでいた。

「高石さん。女性行員の意識が戻ったみたいです」

耳打ちをしてきたのは、枚方警察署の糸屋(いとや)聡(さとし)巡査長だ。安立は業務課長の案内で、二階の食堂に向かった。

「運ばれたんは関西医大やな」

高石は一課の中(なか)寺雄二(でらゆうじ)巡査長に支店を任せて、枚方市駅の関西医科大学に糸屋と向かった。
香里ケ丘駅の前にも系列の大学病院があるが、運ばれたのは新設された真新しい病院だった。駐車場に車を止め、面会者専用の入口にいる守衛に、糸屋が控えていた部屋番号を伝える。

中は天井が高く、照明が少し落とされた空間にコンビニが燦々と輝いていた。ホテルみたいな建物でも、中はやはりどこか消毒臭いがした。それに空気中に陰気さが浮遊している。

「救急ですね。入って右側、ちょうどコンビニ向かい側のエレベーターに乗って四階です」
「どうも」

糸屋が礼を言って、高石を促した。
広々とした空間には、オブジェと病院の模型が飾られている。

「コンビニ行くで」

エレベータ・ホールに足を向けた糸屋とは反対方向に高石は向かった。

「何か買いはるんですか?」
「今から赤ずきんちゃんとこに行くんやから」

糸屋は分かっていないのか、コンビの中までは入ってこなかった。コンビニから出てきた高石の持っている袋を覗いて、糸屋は「ああ、そういうことですか」と納得していた。

エレベーターで四階まで上がり、左右に病室番号が振られていた。高石たちは右に進んだ。
オープンになっているナース・ステーションの前を通り過ぎる。巡回しているのか、看護師が一人だけいて、高石たちには気づいていない。
同じ扉が並んで、どこまでも続いていきそうな白い廊下に、地図の目印みたいに警官が立っていた。

「一課の高石や」

警察手帳を見せて中に入った。
カーテンは引かれておらず、頭に包帯を巻いている女が、目を開けてぼんやりと天井を見ていた。

「長尾(ながお)香澄(かすみ)さんですか?」

高石はベッド脇に置いてあった椅子に座った。立って見下ろすよりは、なるべく視線を近くまで下げれば、威圧感を緩和できる。
香澄は、目だけを高石に向けただけで、反応が薄い。切れ長の目元と、ほんのり茶色がかったストレート・ヘアが白いベッドとの効果で、香澄の顔色が青白く見せていた。日常は懸け離れた病室だから、一層ぐんと際立って見える。

なかなかの美人だ。美人は決まって背が高いから、低い高石とはバランスがとれるなと、頭の少しだけ余裕のある場所で考えてみる。

「これ、下のコンビニで買ってきたんですよ」

袋にはとりあえず片っ端から並んでいたスイーツと、期間限定と書かれた菓子が入っている。香澄の目が、パンパンになった袋を見て大きくなった。

「――ダイエット、してるんですけど」

弱々しい声だったが、話はできそうだった。

「まだ落ち着いていない状態で、大変、申し訳ないんですけど……」
「ショックやったけど、大丈夫です」

香澄の目は今、しっかりと高石を捉えていた。

「ありがとうございます。早速ですけど、どんな状況やったかを、お聞きしたいんです。なんで寺から大金が運ばれる経緯になったんですか?」

香澄はまた天井の目を向け、話し始めた。

「蓮浄寺は顧客で、年始とかの賽銭の集計をうちの銀行がやってるんです。今回は先代の住職が亡くなって、宗派だけの葬式をした時に納められる香典の額が大きいからって、駆り出されました」
「蓮浄寺の担当者は?」
「営業の宮本取引先課長(とりちょう)です」

 先に支店長からの聞いていた話と合致している。

「蓮浄寺の香典の額や、輸送日を知っていたのは?」
「私と取引先課長(とりちょう)、城見支店長です。他の行員にも、今回は口外しないことになってました」

しかし現実に、現金輸送車は襲われた。

「その宮本課長ですが、どうも連れ去られたみたいなんです。どんな感じでしたか? 覚えてる限りでいいんで」
「ガシャンって音と急ブレーキが掛かって、何やろうって、前を見たんです。車の前でバイクが倒れてて、すぐ近くに、人も倒れてたんです。事故が起こったって、その時は思いました。宮本取引先課長は隣に座ってたんですけど、呆然として前を見てました。助手席に座ってた警備員が出て行って、しばらくして運転してた警備員も下りて行きました。倒れてた人、ピクリともせんかったから、運転手も顔色がなくなってましたね。ほんだら急に反対の筋から車が突っ込んできて、警備員を跳ねたんです。撥ねた車からヘルメットを被った二人組が降りてきて……宮本取引先課長を見たら、貝みたいに丸まってました。私はヤバイと思って出たら――」
「要は逃げようとした長尾さんとは反対に、ただ丸まって怯えていた、と?」

香澄が頷いた。

「宮本課長に当日と、最近で、変わった様子はなかったですか?」

しばらく考えたあと香澄は「特には」と返事をした。

「どうもご協力ありがとうございました。最後に一ついいですか? 襲われた時、車で縮こまってた宮本課長やけど、日頃から臆病者でしたか?」
「さあ。支店だけの付き合いやし」

小さく首をかしげた様子から、本当に知らないみたいだ。

「そうですか。どうもありがとうございました」

高石は礼を言って糸屋と病室を出た。
高石は精一杯の大股で歩き、ナース・ステーションにいた看護師に声を掛けて警察手帳を見せた。

「今日、運び込まれた警備員の轢かれたほう。どうです?」
「ああ、まだ意識は戻ってないですね」
「どうも」

病院の外に出ると、救急車がサイレンを近づいてきた。敷地内に入ってきた救急車のサイレンが、途中で切られて情けない音切れだった。

「城見、遠野の話とのズレはないな」車の助手席に高石は乗った。
「そうですね。やっぱり」
「宮本が臭いな。多分、知捜が張ってたのも、長尾やなくて、宮本や。行員を張ってたってことは、横領、不正融資に他は何や、マネロンか? 何にせよ、宮本がきな臭いことをしてたから、遠野がおって、すぐに知捜が入ってきた」
「やはり宮本が誰かに情報を流してた。が妥当ですかね」
「何でやねん。蓮浄寺の誰かかもしれんやろ。誰彼にしろ、どこに流してたかや」

 高石は腕を組むが、膨よかな胸板で、腕を重ねる風体になっている。

「とりあえず支店に帰るで」

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