19

ー/ー



気づけば、窓の外の景色が流れていた。

「あんた。何やんねん」

三人の内の一人が、宮本の隣に座っていた。男の言葉の意味が分かりかねたが、聞き返すのが怖かった。

「え? もう終わりました?」
「もう、ええわ」

会話が成り立っていない。何かしくじっただろうか? 思い返しても、宮本には心当たりがなかた。
 黒いヘルメットを取った男と、バックミラー越しに目が合ったが、いまいち何を言いたいのか読み取れない。表情を変えない、意思疎通を図れないロボットと話しているみたいだった。

ヘルメットを取った男たちは、素早く着ていた黒のジャケットを脱いだ。三人は二〇代半ばから三〇代半ばくらいで、一番長身で助手席に座っている男が年長に見える。
 車は青山の計画通り交野市星田まで走らせた。

 山の入口付近には、日帰りでキャンプができる施設があった。川が流れ、人工的な川辺だったが、平日に利用している客はいない。
車は次第に舗装道路を逸れて山の中に入っていく。青々と木が茂っていて、車窓から上を見上げた。木が空を挟んで、雲一つない空が川のように見えた。
山道に慣れていない宮本は、蛇行が増えてきた道に、気分が悪くなってきた。
車二台が余裕を持ってすれ違える車道から、地元の人間くらいしか使わない、林道のような場所に入っていった。

さらに細い道に少し入っていくと、溜池とゴミが捨てられている一角に着いた。木々の枝が重なりあって、陽射しを遮って入る分、辺りは薄暗い。
乗ってきた車を止めて、助手席の男が降りてその先へと歩いて行く。

扉が開いた一瞬、ゴミの臭いが怒濤のごとく車中に入ってくる。車内は誰も口を開かず、静かだ。車のエンジン音が、呼吸音みたいに聞こえるだけだった。
姿が見えなくなってから五分くらい経って、あるかないかの道の先から、黒いミニバンが走ってきた。白い乗用車に横付けされ、現金を素早く移し替えていく。

宮本は何をしていいかわからず、男たちの動きを呆けて見ながら、耳元で飛ぶ羽虫を追い払っていった。

「あんたも、早よ乗り。ていうても、金と一緒にトランクやけどな。ちゃんと冷えるようにしてるから大丈夫や」

中背中肉の男にせっつかれて、手で虫を払いながら、トランクに手を掛けた。
後ろで長身の男が乗ってきた車を押している光景が目に入ってきた。溜池に乗用車を落としている。中途半端に沈んだ車を見て、戻って来た長身の男に聞いた。

「いいんですか? ちゃんと沈めんでも」
「ええねん。中が汚れてしもたら」

 そんなもんかと、宮本は金と一緒にトランクに身を埋めた。
狭くて暗いトランクは普通なら不安になるだろうが、四億円に囲まれている宮本は、安らかな気分だった。

二時間ほど走って車が止まった。トランクが開けられると、攻撃的な光が宮本を襲った。トランクから降りて体を伸ばした。筋肉が心地よい悲鳴を上げた。
車が止まっているのは潰れた喫茶店の駐車場で、建物の後ろは林になっている。

周りには誰もいないし、車もほとんど通らない場所だった。薄暗い錆びた風景とは正反対に、目の前にはキラキラと光る琵琶湖があった。
宮本はゆっくりする暇もなく、止めてあったSUVに素早く乗り換えた。青山から渡されていた携帯が、ポケットで鳴った。

「宮本さん。ご苦労様でした」
「凄かったですわ。どんなアトラクションよりも迫力があって、漏らしそうでしたわ」

電話の向こうで青山は大いに笑っている。

「ほんだら予定通り、しばらく、そこで釣りでもしてて下さい。名前は、田中陽一で取ってますから。また高飛びの準備ができたら、連絡しますんで」
「あの、青山さん」
「なんですか?」
「車が襲われた時、通行人を巻き込んだみたいやけど」
「ああ、刑事ですわ。宮本さん、バレてたみたいや」

鼓動が早くなった。計画は誰にも言ってはいないし、書き残してもいない。青山の言葉が、宮本に不穏な影を落とした。

「やることをやってはったんやったら、言うてくれてはったら。まあ、色々とイレギュラーはあったけど、結果オーライやったからええですよ。ほんだら、また」

融資の件がバレるのは、明日以降のはず。なのに、どうして警察が? 青山の言葉を頭の中で反芻する。

「じゃあ、青山さんを怒らせんなよ」と、二人の男たちが同じく用意していた別の車に乗り換え、長身の男がそのまま乗ってきた車で走り去っていった。
結局、男たちの顔を無意識的に見ないようにしていたから、記憶にはほとんど残らず、背中だけがやけに印象に残ってはいた。

宮本は車を走らせて、湖沿いを三十分ほど走った民宿の駐車場に入った。
民宿は、下町にある古いアパートを連想させる外観だった。釣り帽子を被り、竿一式を持ってチェックインを済ませた。
ピンクの作務衣を着た、一五〇センチくらいしかない民宿の女将は、宮本を特に気にする風もなく、宿帳に記入をしてから二階の部屋に案内をしてくれた。
六畳の部屋に卓袱台(ちゃぶだい)とテレビ。布団は押入れがないので、部屋の隅に畳まれて置かれている。

「お風呂は一階突き当りにあります。夜の十時半から五時までは入れませんから。それ以外は、いつでも使って下さい。朝食は何時にしますか?」
「八時頃でお願いします」

宮本は、荷造りを解くふりをして答えた。

「かしこまりました。夕食は付いてませんので。この辺りの飲食店の地図になります。それにしても、のんびりしていきはるんですね」

宮本の鼓動が一段と大きく跳ねる。

「ずっと休みなしで働かされてて、やっと休みが取れたんですよ。せっかくやから、釣りだけじゃなくて、観光もする予定なんですよ」
「そうですか。滋賀もええ神社仏閣があるし、史跡もあるから、ええですよ。金運やったら、竹生島神社がいいですよ。船で島に渡って行くんですけど、なかなかお勧めです」

女将の長々とした話を半ば聞き流していた宮本は、それよりも早くテレビを点けたくて、ウズウズしていた。
女将がやっと部屋から出ていき、テレビを点けた。ちょうど主婦向けのワイドショーが終わり、夕方の情報番組に切り替わる時間だった。

ワイドショーのテロップが流れ始めていた。司会者が早口で、現金輸送車強盗事件を襲った車はまだ見つかっていないと口にした。連れ去られた行員の安否も不明だと、司会者が頭を下げてコマーシャルが流れた。
行員の名前も顔写真も出なかった。個人情報さまさまだと、宮本は胸を撫で下ろした。

警察の展開がどうなっているか、判断はできない。堂々と辺りを歩くのも気後れはするが、変に顔を隠すのも怪しい。
よっぽど目立たなければ、通りすがる人間の顔は覚えていない。釣りをしている時と、宿の出入りをする時だけ、帽子を被っておけばいいだろうと、宮本は考えた。

夕方、女将から貰った案内地図を片手に民宿を出て、シジミ飯が美味しいと書かれた店に出向いた。
テーブル席で食べていても、観光客程度にしか見られてはいない。ボリュームのある御膳だったが、宮本の腹にはまだ余裕があり、親子丼を追加注文して宿に戻った。

昼間の緊張が、腹を満たしたことで眠気となって急激に宮本を襲った。眠気に堪えつつ風呂に行きたかったが、結局は布団も敷くことなく、そのまま畳の上で意識が途切れてしまった。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


20

next-novels
表示設定 表示設定
ツール 目次
前のエピソード 18

19

ー/ー

気づけば、窓の外の景色が流れていた。

「あんた。何やんねん」

三人の内の一人が、宮本の隣に座っていた。男の言葉の意味が分かりかねたが、聞き返すのが怖かった。

「え? もう終わりました?」
「もう、ええわ」

会話が成り立っていない。何かしくじっただろうか? 思い返しても、宮本には心当たりがなかた。
 黒いヘルメットを取った男と、バックミラー越しに目が合ったが、いまいち何を言いたいのか読み取れない。表情を変えない、意思疎通を図れないロボットと話しているみたいだった。

ヘルメットを取った男たちは、素早く着ていた黒のジャケットを脱いだ。三人は二〇代半ばから三〇代半ばくらいで、一番長身で助手席に座っている男が年長に見える。
 車は青山の計画通り交野市星田まで走らせた。

 山の入口付近には、日帰りでキャンプができる施設があった。川が流れ、人工的な川辺だったが、平日に利用している客はいない。
車は次第に舗装道路を逸れて山の中に入っていく。青々と木が茂っていて、車窓から上を見上げた。木が空を挟んで、雲一つない空が川のように見えた。
山道に慣れていない宮本は、蛇行が増えてきた道に、気分が悪くなってきた。
車二台が余裕を持ってすれ違える車道から、地元の人間くらいしか使わない、林道のような場所に入っていった。

さらに細い道に少し入っていくと、溜池とゴミが捨てられている一角に着いた。木々の枝が重なりあって、陽射しを遮って入る分、辺りは薄暗い。
乗ってきた車を止めて、助手席の男が降りてその先へと歩いて行く。

扉が開いた一瞬、ゴミの臭いが怒濤のごとく車中に入ってくる。車内は誰も口を開かず、静かだ。車のエンジン音が、呼吸音みたいに聞こえるだけだった。
姿が見えなくなってから五分くらい経って、あるかないかの道の先から、黒いミニバンが走ってきた。白い乗用車に横付けされ、現金を素早く移し替えていく。

宮本は何をしていいかわからず、男たちの動きを呆けて見ながら、耳元で飛ぶ羽虫を追い払っていった。

「あんたも、早よ乗り。ていうても、金と一緒にトランクやけどな。ちゃんと冷えるようにしてるから大丈夫や」

中背中肉の男にせっつかれて、手で虫を払いながら、トランクに手を掛けた。
後ろで長身の男が乗ってきた車を押している光景が目に入ってきた。溜池に乗用車を落としている。中途半端に沈んだ車を見て、戻って来た長身の男に聞いた。

「いいんですか? ちゃんと沈めんでも」
「ええねん。中が汚れてしもたら」

 そんなもんかと、宮本は金と一緒にトランクに身を埋めた。
狭くて暗いトランクは普通なら不安になるだろうが、四億円に囲まれている宮本は、安らかな気分だった。

二時間ほど走って車が止まった。トランクが開けられると、攻撃的な光が宮本を襲った。トランクから降りて体を伸ばした。筋肉が心地よい悲鳴を上げた。
車が止まっているのは潰れた喫茶店の駐車場で、建物の後ろは林になっている。

周りには誰もいないし、車もほとんど通らない場所だった。薄暗い錆びた風景とは正反対に、目の前にはキラキラと光る琵琶湖があった。
宮本はゆっくりする暇もなく、止めてあったSUVに素早く乗り換えた。青山から渡されていた携帯が、ポケットで鳴った。

「宮本さん。ご苦労様でした」
「凄かったですわ。どんなアトラクションよりも迫力があって、漏らしそうでしたわ」

電話の向こうで青山は大いに笑っている。

「ほんだら予定通り、しばらく、そこで釣りでもしてて下さい。名前は、田中陽一で取ってますから。また高飛びの準備ができたら、連絡しますんで」
「あの、青山さん」
「なんですか?」
「車が襲われた時、通行人を巻き込んだみたいやけど」
「ああ、刑事ですわ。宮本さん、バレてたみたいや」

鼓動が早くなった。計画は誰にも言ってはいないし、書き残してもいない。青山の言葉が、宮本に不穏な影を落とした。

「やることをやってはったんやったら、言うてくれてはったら。まあ、色々とイレギュラーはあったけど、結果オーライやったからええですよ。ほんだら、また」

融資の件がバレるのは、明日以降のはず。なのに、どうして警察が? 青山の言葉を頭の中で反芻する。

「じゃあ、青山さんを怒らせんなよ」と、二人の男たちが同じく用意していた別の車に乗り換え、長身の男がそのまま乗ってきた車で走り去っていった。
結局、男たちの顔を無意識的に見ないようにしていたから、記憶にはほとんど残らず、背中だけがやけに印象に残ってはいた。

宮本は車を走らせて、湖沿いを三十分ほど走った民宿の駐車場に入った。
民宿は、下町にある古いアパートを連想させる外観だった。釣り帽子を被り、竿一式を持ってチェックインを済ませた。
ピンクの作務衣を着た、一五〇センチくらいしかない民宿の女将は、宮本を特に気にする風もなく、宿帳に記入をしてから二階の部屋に案内をしてくれた。
六畳の部屋に卓袱台(ちゃぶだい)とテレビ。布団は押入れがないので、部屋の隅に畳まれて置かれている。

「お風呂は一階突き当りにあります。夜の十時半から五時までは入れませんから。それ以外は、いつでも使って下さい。朝食は何時にしますか?」
「八時頃でお願いします」

宮本は、荷造りを解くふりをして答えた。

「かしこまりました。夕食は付いてませんので。この辺りの飲食店の地図になります。それにしても、のんびりしていきはるんですね」

宮本の鼓動が一段と大きく跳ねる。

「ずっと休みなしで働かされてて、やっと休みが取れたんですよ。せっかくやから、釣りだけじゃなくて、観光もする予定なんですよ」
「そうですか。滋賀もええ神社仏閣があるし、史跡もあるから、ええですよ。金運やったら、竹生島神社がいいですよ。船で島に渡って行くんですけど、なかなかお勧めです」

女将の長々とした話を半ば聞き流していた宮本は、それよりも早くテレビを点けたくて、ウズウズしていた。
女将がやっと部屋から出ていき、テレビを点けた。ちょうど主婦向けのワイドショーが終わり、夕方の情報番組に切り替わる時間だった。

ワイドショーのテロップが流れ始めていた。司会者が早口で、現金輸送車強盗事件を襲った車はまだ見つかっていないと口にした。連れ去られた行員の安否も不明だと、司会者が頭を下げてコマーシャルが流れた。
行員の名前も顔写真も出なかった。個人情報さまさまだと、宮本は胸を撫で下ろした。

警察の展開がどうなっているか、判断はできない。堂々と辺りを歩くのも気後れはするが、変に顔を隠すのも怪しい。
よっぽど目立たなければ、通りすがる人間の顔は覚えていない。釣りをしている時と、宿の出入りをする時だけ、帽子を被っておけばいいだろうと、宮本は考えた。

夕方、女将から貰った案内地図を片手に民宿を出て、シジミ飯が美味しいと書かれた店に出向いた。
テーブル席で食べていても、観光客程度にしか見られてはいない。ボリュームのある御膳だったが、宮本の腹にはまだ余裕があり、親子丼を追加注文して宿に戻った。

昼間の緊張が、腹を満たしたことで眠気となって急激に宮本を襲った。眠気に堪えつつ風呂に行きたかったが、結局は布団も敷くことなく、そのまま畳の上で意識が途切れてしまった。



write-comment-iconコメントを書く
write-comment-iconレビューを書く



comment-icon新着コメント



コメントはありません。投稿してみようっ!


20

next-novels