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金の勘定も終わり、何杯も出された茶で膨れた腹を揺らして、トイレを貸してもらった。
宮本はトイレから、青山から貰った携帯で「もう直ぐ寺を出る」とメールを送った。打ち合わせでは、寺を出て支店に戻る途中にある十字路で襲われる予定になっていた。

分かっていても、緊張感は体の中で肥大して、体が上手く動いていない錯覚に囚われていた。それなのに筋肉、皮膚はしなやかに動いて、札の横勘定する手首はいつもと同じ感覚だった。

一〇〇万円の束は輪ゴムで縛り、支店に戻ってからもう一度しっかり数え直して、小封紙で締める手筈だ。
一〇〇万円の束が増えていく度に顔が緩みそうになって、口の内側から頬の肉を奥歯で噛んで凌(しの)いだ。袋に現金を放り込んでいき、四つの現金袋をトランクに詰め込んでいく。

運転席と助手席に、警備員。助手席の後ろには、女性行員。宮本は予定通り、運転席の後ろに座った。車内は静かだった。
流石(さすが)に手馴れているとはいえ、四億円の札を数えるのは、かなり疲れた。手首も指の関節も力が入らない。一緒に来ていた女性行員も疲労が体から滲み出ていたし、余計な仕事を持ってきた宮本を終始、睨みつけていた。

寺を出発すると、贅沢に敷地を使っている住宅が並んでいた。市内ではお目に掛かることがない長い塀が途切れては、また新しい塀に変わっていく。敷地が徐々に圧縮され、窮屈に立ち並ぶ住宅街へと変容する。

片や資金にも土地にも余裕があり、片やあまり余裕もなく家のローンに支払いを追われている。本当に世の中は、つくづく不公平そのものだと思い知らされる。
狭くても生活にあまり余裕がなくても、家族が健康で幸せならそれいいと、人は言う。だがそれは、負け犬の遠吠えと変わらない。

大黒柱である夫が、家族が幸せならと言っても、もし妻に金持ちの男との出会いがあって、夫を捨てて一緒になってくれと言われたら、だいたいの女は夫を捨てるはずだ。所詮、金は愛情にも物をいうのだ。
似たよったブロックみたいに立ち並ぶ家を横目に、虚しさが込み上げてきた。車内での会話がないから、宮本に無意味な雑念が浮かんできた。他の三人の誰かが、気を使って話せば、それはそれで煩わしいが。

広々とした道も次第に細くなってきった。車が十字路に差し掛かり、急ブレーキが掛かった。全員の体が勢いよく前に持って行かれる。宮本は来るぞと、上部にある取っ手を力強く掴んだ。
 現金輸送車を避けようとしたバイクが転倒して、フルメットを被った男が倒れていた。

 助手席の警備員が下りて、倒れた男の様子を窺っている。男はピクリとも動くことはないと、宮本には分かっていた。

「私たちは関係ないですよね?」

同乗している女性行員が、前を見たまま、宮本に同意を求めてきた。
倒れた男の意識を確認していた警備員が、運転手を呼んでいる。青山の言ったとおりだった。
現金輸送車が襲われる確率は、宝籤の高額当選する確率と等しいと青山が言っていた。だから危機感が薄く、いい意味で平和ボケをしている、と。

「ちょっと見てきます」

 運転していた警備員も下りて、倒れている男の容体を確認しに行ってしまった。運転している本人が、倒れている相手が気にならないわけがない。
動かない人間と経過する平和な時間に、警備員二人は油断していた。宮本は計画のほとんどが成功したと確信した。

 宮本さえ記憶にある億単位での現金輸送車襲撃事件は、昭和の事件くらいしか思い浮かばない。
青山は断言していた。「警戒をしていても、まさか自分の車が襲われるはずがない。だって宝籤の一等さえ当たらないのだから」と。

最初に様子を見に出た警備員が少し離れて、携帯を手にした。同時に白い乗用車が、反対の筋から走ってきた。
電話を手にしていた警備員は跳ねられて、木の葉のようい軽々と宙を舞った。
「嘘やん」と隣から、唖然とした声が聞こえた。

現実や。宮本は心の内で突っ込んだ。倒れていた男が立ち上がり、介抱していた警備員を隠していたスタンガンで気絶させていた。
いつの間にか見知らぬ男が参戦している。たまたま通り過ぎた、正義感の強い男が立ち向かっているのか? 気にはなったが、車中から外の声は聞こえない。

乗用車から中背中肉の男と長身の男の二人が、拳銃を持って下りてきた。長身が見知らぬ男のリンチに加わった。宮本は体を丸くして、中背の男がこっちに来るのを待った。
拳銃がモデルガンだと知っていても、緊迫した現場で目にすると、反射する光で凶悪に見える。宮本は、あくまでも怯える行員を演じた。
同乗していた女性行員は、言葉にならない言葉を発して車から飛び出した。
女はあっけなく男に髪を掴まれた。女性行員は泣き叫んでいたが、腹を一発殴られて静かになった。

そのまま、軽い紙が舞うように、路肩に放り投げられた。見た目よりも、中背の男は力強かった。
宮本はどこか夢見心地で、体を丸めて事の過ぎるのを待っていた。宮本は観客のいない車内で、ひたすら怯える行員を演じ続ける。
運転席の扉が開いて、外の空気が中にとめどなく入ってきた。警備員なのか、リンチされた男なのかわからない呻き声が聞こえてくる。

後部から軽い音が聞こえ、男は開けたトランクから金を下ろし始めた。長身と、轢かれ役のガタイのいい男も混ざって運んでいる。

ふいに音が聞こえなくなって、宮本は顔を上げた。貝みたいに丸まっていた宮本の隣の扉が開いた。宮本は首根っこを掴まれて、男たちが乗ってきた車に押し込まれた。時間にしては数分だった。しかし宮本には永遠に続く時間に思えるほど長く感じた。



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宮本はトイレから、青山から貰った携帯で「もう直ぐ寺を出る」とメールを送った。打ち合わせでは、寺を出て支店に戻る途中にある十字路で襲われる予定になっていた。

分かっていても、緊張感は体の中で肥大して、体が上手く動いていない錯覚に囚われていた。それなのに筋肉、皮膚はしなやかに動いて、札の横勘定する手首はいつもと同じ感覚だった。

一〇〇万円の束は輪ゴムで縛り、支店に戻ってからもう一度しっかり数え直して、小封紙で締める手筈だ。
一〇〇万円の束が増えていく度に顔が緩みそうになって、口の内側から頬の肉を奥歯で噛んで凌(しの)いだ。袋に現金を放り込んでいき、四つの現金袋をトランクに詰め込んでいく。

運転席と助手席に、警備員。助手席の後ろには、女性行員。宮本は予定通り、運転席の後ろに座った。車内は静かだった。
流石(さすが)に手馴れているとはいえ、四億円の札を数えるのは、かなり疲れた。手首も指の関節も力が入らない。一緒に来ていた女性行員も疲労が体から滲み出ていたし、余計な仕事を持ってきた宮本を終始、睨みつけていた。

寺を出発すると、贅沢に敷地を使っている住宅が並んでいた。市内ではお目に掛かることがない長い塀が途切れては、また新しい塀に変わっていく。敷地が徐々に圧縮され、窮屈に立ち並ぶ住宅街へと変容する。

片や資金にも土地にも余裕があり、片やあまり余裕もなく家のローンに支払いを追われている。本当に世の中は、つくづく不公平そのものだと思い知らされる。
狭くても生活にあまり余裕がなくても、家族が健康で幸せならそれいいと、人は言う。だがそれは、負け犬の遠吠えと変わらない。

大黒柱である夫が、家族が幸せならと言っても、もし妻に金持ちの男との出会いがあって、夫を捨てて一緒になってくれと言われたら、だいたいの女は夫を捨てるはずだ。所詮、金は愛情にも物をいうのだ。
似たよったブロックみたいに立ち並ぶ家を横目に、虚しさが込み上げてきた。車内での会話がないから、宮本に無意味な雑念が浮かんできた。他の三人の誰かが、気を使って話せば、それはそれで煩わしいが。

広々とした道も次第に細くなってきった。車が十字路に差し掛かり、急ブレーキが掛かった。全員の体が勢いよく前に持って行かれる。宮本は来るぞと、上部にある取っ手を力強く掴んだ。
 現金輸送車を避けようとしたバイクが転倒して、フルメットを被った男が倒れていた。

 助手席の警備員が下りて、倒れた男の様子を窺っている。男はピクリとも動くことはないと、宮本には分かっていた。

「私たちは関係ないですよね?」

同乗している女性行員が、前を見たまま、宮本に同意を求めてきた。
倒れた男の意識を確認していた警備員が、運転手を呼んでいる。青山の言ったとおりだった。
現金輸送車が襲われる確率は、宝籤の高額当選する確率と等しいと青山が言っていた。だから危機感が薄く、いい意味で平和ボケをしている、と。

「ちょっと見てきます」

 運転していた警備員も下りて、倒れている男の容体を確認しに行ってしまった。運転している本人が、倒れている相手が気にならないわけがない。
動かない人間と経過する平和な時間に、警備員二人は油断していた。宮本は計画のほとんどが成功したと確信した。

 宮本さえ記憶にある億単位での現金輸送車襲撃事件は、昭和の事件くらいしか思い浮かばない。
青山は断言していた。「警戒をしていても、まさか自分の車が襲われるはずがない。だって宝籤の一等さえ当たらないのだから」と。

最初に様子を見に出た警備員が少し離れて、携帯を手にした。同時に白い乗用車が、反対の筋から走ってきた。
電話を手にしていた警備員は跳ねられて、木の葉のようい軽々と宙を舞った。
「嘘やん」と隣から、唖然とした声が聞こえた。

現実や。宮本は心の内で突っ込んだ。倒れていた男が立ち上がり、介抱していた警備員を隠していたスタンガンで気絶させていた。
いつの間にか見知らぬ男が参戦している。たまたま通り過ぎた、正義感の強い男が立ち向かっているのか? 気にはなったが、車中から外の声は聞こえない。

乗用車から中背中肉の男と長身の男の二人が、拳銃を持って下りてきた。長身が見知らぬ男のリンチに加わった。宮本は体を丸くして、中背の男がこっちに来るのを待った。
拳銃がモデルガンだと知っていても、緊迫した現場で目にすると、反射する光で凶悪に見える。宮本は、あくまでも怯える行員を演じた。
同乗していた女性行員は、言葉にならない言葉を発して車から飛び出した。
女はあっけなく男に髪を掴まれた。女性行員は泣き叫んでいたが、腹を一発殴られて静かになった。

そのまま、軽い紙が舞うように、路肩に放り投げられた。見た目よりも、中背の男は力強かった。
宮本はどこか夢見心地で、体を丸めて事の過ぎるのを待っていた。宮本は観客のいない車内で、ひたすら怯える行員を演じ続ける。
運転席の扉が開いて、外の空気が中にとめどなく入ってきた。警備員なのか、リンチされた男なのかわからない呻き声が聞こえてくる。

後部から軽い音が聞こえ、男は開けたトランクから金を下ろし始めた。長身と、轢かれ役のガタイのいい男も混ざって運んでいる。

ふいに音が聞こえなくなって、宮本は顔を上げた。貝みたいに丸まっていた宮本の隣の扉が開いた。宮本は首根っこを掴まれて、男たちが乗ってきた車に押し込まれた。時間にしては数分だった。しかし宮本には永遠に続く時間に思えるほど長く感じた。



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