17
16/40部屋には、安立、萱島、平野が並んで座り、机を挟んで富田、城見、営業の狭山が座った。一様に、死刑台に立たされた囚人の顔をしている。
さながら、安立と萱島は執行立会人だった。四人ともが、様子を窺って沈黙で押し付け合いをしている。
一番の責任者であるはずの城見も口を開かない。城見が支店長の役職に付いているのが安立には不思議だった。威勢はいいが、大きな問題が起こった時には対処ができる器量は持ち合わせていない。上司には持ちたくない類の人間だった。
「何かあったみたいですけど」
「実は、先月に融資を始めた取引先の引き落としが、今日できなかったんです」
「それは……入金忘れとちゃうんですか?」
「私は決裁した覚えもないんですよ。小林不動産なんて、大した先でもなかったし、贔屓(ひいき)でもなかったのに、融資がされてたんです。でも、富田課長は、私が太鼓判を押したって聞いてたし、書類に私の承認印があると」
「ちょっと待ってください。整理しますけど、融資は支店長決裁をされているのに、本人である城見さんは覚えがない。でも、承認されて融資が実行。引き落としができてない。それで合ってますか?」
「はい」
「書類を見せてもらっても?」
城見は持っていた書類を机に置いた。パソコンで作成された書類を受け取り、安立はざっと目を通した。
「押されてる印鑑は、支店長のもので間違いないんですか?」
「間違いありません」
「いつも印鑑は?」
城見は何とか爆発寸前の感情を、必死に押さえつけているのか、膝の上で色が変わるほどに力を入れて掌を組んでいた。
「印鑑とオペレーション・カードは、鍵の掛かる抽斗(ひきだし)に入れてます。ずっとあります」
「誰も開けることはできない。やのに、カードを使われている。富田さん。誰から聞いたんですか? 太鼓判って話は」
「念のために、ちょっと鑑識を呼んで調べてみましょうか」
知捜が宮本に目を付けていた事実は隠しておきたい。安立は、なるべく軽い口調で流し、直ぐに鑑識班を呼び出した。
三〇分も掛からない内にやってきた鑑識に事情を話し、安立と萱島は食堂に戻った。
「文ちゃん、どう思う?」
「宮本が連れ去られた、現金輸送車の強奪。ほんで、見覚えのない融資。融資先の担当が、宮本やから」
「宮本が全部に噛んでる。しかないわな。でも、決裁する時は、印鑑やら支店長権限のカードが必要や。どうやったらできるか。鑑識待ちか」
安立と萱島は帳簿を捲り始めた。
鑑識の結果は夜の会議までに上がってきた。捜査員の報告から、入行五年以降に在籍していた支店で、宮本の筆跡の伝票が見つかり、総額が一億近くになった。額面が増えていくのと比例して、気持ちも高揚してくる。他の捜査員も同じ様相をしていた。
「ジュンジュンのとこは、どうや?」
安立は、捜査員がいなくなった部屋に残った。残ったと言っても、同じフロアには三課もいるために、静寂が訪れることはない。
安立は携帯の画面に淡路の名前を出した。通話ボタンを押して、五回目で相手は電話に出た。
「どうした?」
「今、ちょっといいですか?」
「こっちから架け直す」と電話は切れた。五分もしない内に、電話が鳴った。
「すみません。忙しいのに」
「構わん。こっちからも電話しようと思ってたんや。アーバネットやろ」
淡路の口調は、今回の連れ去られた行員が事件に何らかの関与をしているのを確信しているものだった。
「淡路さんは、どう考えてます?」
「行員がグルやった。やな。知捜が目を付けてたんは、あの男やろ」
淡路の声色は、全てを分かっているぞと言わんばかりだ。自信たっぷりの声が、癪に障る。
「どっちが先に目を付けてようと、結果やで。終わらしたら、いっちょまた、やるで。ほんだらな」
淡路は言いたいことだけを言って、電話を切ってしまった。淡路らしいといえば淡路らしかった。
分かったのは、やはり一課の目も宮本に向いているのと、淡路が先にパクる気でいること。
冗談じゃない。宮本は知捜の獲物だ。淡路は違うリングにいながら挑発し、安立が応えるのを分かっている。
宮本を確保するのは知捜だ。本来なら憤怒してもおかしくないが、淡路からの叩きつけられた挑戦状は、とても満ち足りた心持にさせてくれた。
さながら、安立と萱島は執行立会人だった。四人ともが、様子を窺って沈黙で押し付け合いをしている。
一番の責任者であるはずの城見も口を開かない。城見が支店長の役職に付いているのが安立には不思議だった。威勢はいいが、大きな問題が起こった時には対処ができる器量は持ち合わせていない。上司には持ちたくない類の人間だった。
「何かあったみたいですけど」
安立が話の切り口を開いた。
「実は、先月に融資を始めた取引先の引き落としが、今日できなかったんです」
富田が声を震わせながら話した。
「それは……入金忘れとちゃうんですか?」
「私は決裁した覚えもないんですよ。小林不動産なんて、大した先でもなかったし、贔屓(ひいき)でもなかったのに、融資がされてたんです。でも、富田課長は、私が太鼓判を押したって聞いてたし、書類に私の承認印があると」
「ちょっと待ってください。整理しますけど、融資は支店長決裁をされているのに、本人である城見さんは覚えがない。でも、承認されて融資が実行。引き落としができてない。それで合ってますか?」
安立は現況を纏めた。
「はい」
城見を一目した富田は、責任は自分にはない。責任者である支店長の承認がされたものを処理しただけで、問題の中心は城見だと言いたげだった。
「書類を見せてもらっても?」
城見は持っていた書類を机に置いた。パソコンで作成された書類を受け取り、安立はざっと目を通した。
金額は二億円。横から萱島も覗き込んで見ている。承認の印鑑はシャチハタではなく、朱肉で押されていた。
「押されてる印鑑は、支店長のもので間違いないんですか?」
「間違いありません」
「いつも印鑑は?」
城見は何とか爆発寸前の感情を、必死に押さえつけているのか、膝の上で色が変わるほどに力を入れて掌を組んでいた。
「印鑑とオペレーション・カードは、鍵の掛かる抽斗(ひきだし)に入れてます。ずっとあります」
「誰も開けることはできない。やのに、カードを使われている。富田さん。誰から聞いたんですか? 太鼓判って話は」
「宮本課長です」
安立の体に電流が走ったように痺れたのと併せて、大きな置き土産をした宮本を不謹慎ながらに褒めたくなる。
「念のために、ちょっと鑑識を呼んで調べてみましょうか」
知捜が宮本に目を付けていた事実は隠しておきたい。安立は、なるべく軽い口調で流し、直ぐに鑑識班を呼び出した。
三〇分も掛からない内にやってきた鑑識に事情を話し、安立と萱島は食堂に戻った。
「文ちゃん、どう思う?」
安立は小声で聞いた。
「宮本が連れ去られた、現金輸送車の強奪。ほんで、見覚えのない融資。融資先の担当が、宮本やから」
「宮本が全部に噛んでる。しかないわな。でも、決裁する時は、印鑑やら支店長権限のカードが必要や。どうやったらできるか。鑑識待ちか」
安立と萱島は帳簿を捲り始めた。
しばらくして「乗り捨てられた逃走車両が見つかった」と話が聞こえてきた。一課が色めきだって、全員が先の見えないゴールに向かって行進する足音が聞こえていた。
ただ捜査員たちの喧騒から、やはり宮本が見つかっていない実情が窺われた。
ただ捜査員たちの喧騒から、やはり宮本が見つかっていない実情が窺われた。
鑑識の結果は夜の会議までに上がってきた。捜査員の報告から、入行五年以降に在籍していた支店で、宮本の筆跡の伝票が見つかり、総額が一億近くになった。額面が増えていくのと比例して、気持ちも高揚してくる。他の捜査員も同じ様相をしていた。
「ジュンジュンのとこは、どうや?」
「同期にもあまり親しい関係の人間はいなかったです。交友関係も希薄で、大した情報も掴めませんでした」
「そうか。こっちは支店で今日、城見に覚えのない融資が発覚した。鑑識が調べた結果、支店長しか触れないオペレーション・カードと印鑑からは、なんも出んかった。ただデスクの抽斗(ひきだし)に、抉(こ)じ開けられた微傷があった。宮本は現金輸送車強奪事件で連れ去られたまま、まだ見つかってない。クレジットカードから、飲食店に絞って接触した人間の洗い出しと、交友関係をもう一度しっかり洗い直せ。俺と文ちゃんは融資の件を調べに入る。解散」
「そうか。こっちは支店で今日、城見に覚えのない融資が発覚した。鑑識が調べた結果、支店長しか触れないオペレーション・カードと印鑑からは、なんも出んかった。ただデスクの抽斗(ひきだし)に、抉(こ)じ開けられた微傷があった。宮本は現金輸送車強奪事件で連れ去られたまま、まだ見つかってない。クレジットカードから、飲食店に絞って接触した人間の洗い出しと、交友関係をもう一度しっかり洗い直せ。俺と文ちゃんは融資の件を調べに入る。解散」
安立は、捜査員がいなくなった部屋に残った。残ったと言っても、同じフロアには三課もいるために、静寂が訪れることはない。
安立は携帯の画面に淡路の名前を出した。通話ボタンを押して、五回目で相手は電話に出た。
「どうした?」
背後から聞こえてくる喧騒(けんそう)が、現状を語っていた。
「今、ちょっといいですか?」
「こっちから架け直す」と電話は切れた。五分もしない内に、電話が鳴った。
「すみません。忙しいのに」
「構わん。こっちからも電話しようと思ってたんや。アーバネットやろ」
淡路の口調は、今回の連れ去られた行員が事件に何らかの関与をしているのを確信しているものだった。
「淡路さんは、どう考えてます?」
「行員がグルやった。やな。知捜が目を付けてたんは、あの男やろ」
淡路の声色は、全てを分かっているぞと言わんばかりだ。自信たっぷりの声が、癪に障る。
「どっちが先に目を付けてようと、結果やで。終わらしたら、いっちょまた、やるで。ほんだらな」
淡路は言いたいことだけを言って、電話を切ってしまった。淡路らしいといえば淡路らしかった。
分かったのは、やはり一課の目も宮本に向いているのと、淡路が先にパクる気でいること。
冗談じゃない。宮本は知捜の獲物だ。淡路は違うリングにいながら挑発し、安立が応えるのを分かっている。
宮本を確保するのは知捜だ。本来なら憤怒してもおかしくないが、淡路からの叩きつけられた挑戦状は、とても満ち足りた心持にさせてくれた。
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